#38 王女争奪
神霊種の里に訪れた際、往来から気付かれない二人はそれぞれ感慨や物思いに耽っていた。その間ヘルメスの目は常に別のものを探りも入れていた。エルフたちをしっかりと記憶のフォルダに収めながらも。
「それがこれの素材なんだが、何処にも無かったんだ」
「何処にも……ですか? でもこれ……『ピュリフィ』ですよ?」
臭いを嗅いだシアラは素材を見抜いたようで眉をひそめる。名称が分かろうとそれ以上にクリアできない課題があったヘルメスは口をへの字に曲げる。
「この薬を作ったのは俺であって俺じゃない。だが、俺が俺と共有している記憶は、コイツの素材は里にある、その『ピュリフィ』だと告げているんだ」
「……『ピュリフィ』は深部方面に咲いていますが、それほど珍しい花ではありません。魔力を吸収する特性を持ちますが、ヘルメスさんが薬にするような代物とは……」
「いーや、使いようはわんさかのはずさ。現にそんな性質を持つ植物は、俺ら人間が住む領土には無いからな。未発見未研究の物質は有機無機だろうと欲しいくらいだよ」
「なるほど……研究してこそ生まれる可能性、あの花からは考えつきもしませんでした」
心からの発言を噛み締めるように言うと同調してシアラもうんうんと頷く。
ヘルメスの記憶は一部欠落はあるものの、元の人格をベースにしている。〈薬事錬金〉で作成する薬剤のレシピも記憶から引っ張り出したものであるため、記憶の欠落に該当する薬品等は作り出せない。精霊族と交流が無く神霊王女も認知していない自分が、どのように珍奇な特性を持つ花を入手したか謎は残る。
「それが第一の理由、レア素材の入手と薬剤精製。俺はさておき、魔女でもねぇリルがルベドの森で魔力漬けになって健やかに育つわけねぇだろ? 成り行きで番竜も増えたからな。丸薬の消費量が現状マッハなんだよ」
高濃度の魔力は耐性を持たない生物には毒となる。特に大概の亜人族に類する種族は先天的な耐性を持たないため、これを有するのも一種の天性ともいえるだろう。
体内に蓄積された余剰な魔力を浄化するための丸薬もこのままでは消費する一方。再生産は現状不可能。一時の縁で少量の譲渡ではどれだけ持つかも不明。
今後の生活を考えるなら、できることなら、安定供給を成す。
精霊族と神霊王女と繋ぐ交流が生む結果。望む結果はそれに尽きる。
「リルは普通の人狼にしては魔力耐性は高い方だが、それでも限度っつーもんはある。一年でもまともに漬かってりゃたちまち魔獣化しちまうだろうよ。そんな長い年月をかけて臨床実験したことはねぇがな」
つい三日前、ちょうど『屍喰いの鴉』が話を持ち掛けてきた時点で薬の在庫は残り一か月分を切っていた。何かしらの対策を講じる必要があった矢先の依頼であり好都合だったともいえる。
解説を聞いていたリルはというと、憮然な表情で考え込んでいる。
「……にしても、いつそんな薬を私に飲ませていたんだ? 三食ご飯を作るのは私だし、黒茶を淹れるのも時たまだし、チャンスは少ないはずなんだが……?」
「そりゃおめぇ寝てる時にこそっと飲ませてたからな」
「は?」
目を真ん丸にして予想外の答えに固まったリル。
「なんでそんなことしてた!?」
「だってお前、俺から薬渡されてどう思うよ?」
「効能も知れないアブない薬」
「ほれみたことか! 絶対正しい効能を説明しても飲まんな! お前の行動なんて俺はオミトオシよ!」
食ってかかるリルの額に人差し指をぐりぐりと押し付けて悪態をつくが、魔女たちが味方したのはリルの方だった。
「普段の行いのせいじゃない」
「じごーじとくってやつねーヘルメスちゃん」
「主と従者の関係性としては減点対象ねぇ……」
三者三様の否定文に乾いた笑いがこみ上げるが気にせず続ける。
「第二は精霊族神霊種……エルフたちに、そして君に会ってみたかったから。純粋な、素直な好奇心が第二の理由かな」
「はわわっ!?」
かしづいてシアラの手の甲へとキスをするヘルメス。実際、理由をつけるならそれが一番近いといえよう。
そもそもクロウは報酬としてシアラを提示して「好きにしていい」とは言ったものの、それが果たしてクロウ自身が成り立たせるほどの強制力があるかは甚だ疑問だ。
クロウら『屍喰いの鴉』らの目的はおそらくだがシアラ以外の精霊族だろう。精霊王女の誘拐に伴い発生した混乱に乗じ、希少価値の高いエルフを奪う。
抵抗の可能性も魔術による反撃も考えられるが、何かしらの対策を講じる気でいるのだろう。寧ろ現状の手札で考察するにはあまりに数足らずだ。深読みもできないほどに理由付けがしにくい。とはいえ自分たちがどう動くかは変わらないのも事実だった。
「ま、なんにせ今後の動向は決まったようなモンよ。シアラちゃんを守る。精霊族と、神霊種たちと仲良くなる。鴉を駆逐する。以上三点を重点に置いて行動することになるな」
いつもの出所不明な確信が生むしたり顔を向ける。
「んで、お前らには二つほど頼み事があるんだが――」
「へぇー……荒唐無稽とは言わないけど、面白そうじゃないそれ」
「ヤダヤダヤダ! ゼッタイヤダ!」
ほくそ笑むレジーナとは裏腹にリルが子供が駄々をこねるように拒否するも、引くことを知らず、かといって獲物を逃がすも負けるも嫌いな錬金術師と魔女たちに届くことはない。
「となれば、小隊員は全員出撃するのが好ましいですね。ノクトとキャスト、それにヨハン君も」
「ああ。特にヨハンはすぐに借りてくぜ。ああ、システィのヤツは呼ばんでいい。手綱も取れんわ自由に動くわでかえってこっちの作戦が狂うからな」
「了解。そもそも私の言う事聞くとは思えないけど。六人で追跡、防衛、そして交渉ねぇ……どう転ぶことやら。やるだけやるから、報酬は弾んでよ?」
「そーだそーだー! 美味しいもの食べたいし、新しい服もほしいぞー!」
「このっ……私の話を少しは――」
よどみなく決行の方向に進む流れに、ただ乗れていないリルとシアラは流されていくままだ。唯一の良心といえよう誘拐された王女も、ついていけるはずもなくただ泡を食うだけだった。
やいのやいの喚いているのがリルだけになったところでヘルメスは宣言する。
「只今より『魔術小隊』全小隊員を指揮下に置く。俺とリルを除き三分隊に分かれて作戦行動を開始しろ。各自、各々の仕事は通達した通りだ。矢の如く光の如く箒を飛ばし、鴉共の権謀術数を打ち砕くぞー!」
「だから私の話を少しは――」
両掌を強く叩き合わせ、不服不満を隠さない従者を遮って。
「さあ、神霊王女争奪戦の始まりだ!」
「いつの間に争奪対象に!?」
「だから話を聞けってのぉー! バカ主ぃー!!」
ヘルメスが出した作戦決行の号令と、リルとシアラのツッコミが混ざって響いた。
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