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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第一章 魔性の森の錬金術師
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#3 『人狼』フェンリル 1

 ルべドの森の中央部、錬金術師ヘルメスの家。

 魑魅魍魎(ちみもうりょう)蔓延(はびこ)る魔性の森にてひっそり佇む一軒の家は、常ながら二人の女性の声が絶えない。


「今日から一緒に寝るの禁止!」

「なんでだ!」


 今回は珍しく、普段は困らせている側のヘルメスが怒っていた。

 寝起きでぼさぼさの金のロングヘアに黒い下着姿で、首筋には大型の獣を彷彿させる歯形がついていた。軽く血が(にじ)んでおり、犬並みの咬合力で噛まれたことが窺える。


「なんでって……いい加減気付いてるだろーが! 俺のこの絹も驚く白ツヤ肌に歯形つけるのは誰ですかー!?」

「う……ぐぅ……」


 『フェンリル』――北欧神話にて語り継がれる狼であり、悪意と暴威を振りまく魔獣として名高い狼。その名を与えられたヘルメスの右腕、冷静沈着で礼儀正しい従者ことリルは、赤面して押し黙る。

 そう、ヘルメスの首筋に噛み付いた犯人こそリルだった。


「気持ちよく寝てる最中に首筋ガブッてされる人の気持ちわかるか? 甘噛みならまだしも獲物を仕留める猟犬レベルの力でとか……殺す気かっつーの!?」


 噛み痕を大げさに痛がりながら撫でているヘルメスに、リルも冗談じゃないと反論する。


「そ、そもそもだな! 私が(あるじ)と寝ているのも、(あるじ)が「一人じゃ寂しくて眠れないー」なんて言ったからだ! それに(あるじ)だって寝ている私の胸を寝ぼけて揉みしだいてる時があるだろ! 私だけに非は無い!」

「確かに最初はちょっと人肌恋しくてそんなことは言ってたし、あとリルのおっぱいが割とおっきくて柔らかかったってのはそれはそれ。実害が出たからには容赦なく隔離だ。このオバカ狼め」

「なにが駄狼だコラァッ! その脂肪の塊噛み切ってやろうか!?」

「あーやんのか盛りのついたダメ狼がー!」


 お互い口汚く罵り合いながらキャットファイトをおっぱじめる二名。ヘルメスがリルを押し倒して馬乗りになると、そのまま手を胸元のボタンへと伸ばして服を剥ごうとする。しかし素早く両手を払いのけてリルは体勢を入れ替える。


「ドスケベには制裁を」


 滑らかな動作で腕を取ると、がっちりと腕ひしぎ逆十字が極まる。容赦なくへし折る直前で止め、動けば動くほど強く極まっていく痛みに、ヘルメスはあっけなく降参する。


「いたたたたたっ! ごめんなさいごめんなさい! 関節技はご勘弁をぉぉっ!」

「いいさいいさ! そうやって自分勝手な分からず屋となんかもう一緒に寝てやらないからな!」

「離してって! ホントマジ折れるからぁぁぁぁっ!?」



 諸島連合国家には数多の種族がおり、現状認識され大別されるは三種族。


 諸島連合国家の大多数の人口を占める亜人族。

 清浄な森や泉にてひっそりと、少数ながら繁栄している神霊族。

 魔力が濃い土地にて偶発的に生まれ落ちる魔人族の三種類に大別される。


 そこからさらに派生された種別に分類されていく。

 基本的に諸島連合国家では亜人族の中の人間種――元の世界と同一の人間(ヒューマン)がこれにあたる――が、諸島連合国家の総人口の約半分以上を占める。


 ちなみに一番謎なヘルメス自身も人間種だと思われる。蓮也自身が身体の所有権を持ち、主人格として振る舞っているものの、その実理解しきれていない部分も多い。この世の理から解き放たれた強大な力を持ち合わせているものの、恐らく尋常の人間と遜色ない性質であるのは確実だ。


 亜人族の中でも人間種は、とりわけ特筆した種族特性のようなものは持たない。強いて言うなら探求心だろう。己に秘めた魔力を使う手段を根気よく模索したり、武術学問を啓蒙することに長けたりと、こと探求する意欲においては他の種族とは一線を画する。

 そういう意味では、生まれ持った異能たる〈錬金術〉を独自に極めたヘルメスは、人間種の気質に一番近いのかもしれない。


 であらば、ヘルメスの可愛い従者ことリルは一体何族の何種に類されるのか。

 リルは亜人族人狼種――狼特有の鋭い犬歯と狼の耳を持ち合わせ、「人肉を摂取することで大きな力を得る」特性と「ほぼ人に近い外見へと化ける『人化能力』」を持つ種族。

 人間種と比べて五感が発達しており、ルベドの森の生態環境で生き続ける人狼種は、例外なく身体能力においても人間種を凌駕する。


 ルベドの森が『人狼の隠れ家』と称されるのも事実であり、森の深層には世間から隠れ潜む人狼種の里がある。人を喰らえば力を増す特性のゆえか、人間種からは特に忌み嫌われており、古くより「最も人に近く、最も人を脅かす存在」と言われてきたほどだ。


 人に酷似した外見と『人化能力』を用いて完全な人間に化け、人間種のコミュニティの輪に入り込んで堂々と町で暮らす者。魔獣すらも単騎で仕留める身体能力を生かし、魔獣以下の人間を狩り捕食する者。

 主に人狼種の生活手段を大別すると以上の二つになるが、人間のコミュニティに混じりながらも人を襲って喰らう異端な者も存在する。


 ヘルメスはその事を聞いた時、在りし日に友人と楽しんだ「人狼ゲーム」を思い出した。

 「人狼」は「市民」を殺し、「市民」は「人狼」を見つけ出して処刑する。人と変わりない姿を持つ人狼を探すために市民は話し合いを持って疑いをかけ、人狼にボロを出させて正体を暴く、心理戦を楽しむパーティーゲームだ。


 その例にもれず、人狼種の存在が人間種に広く知れ渡った際、アークヴァイン王国で大規模な『人狼狩り』が行われたこともあった。隣人の正体を疑り、牽制し合い、果ては処刑する……そんな事件の一連で人間と人狼の交わりは完全に断たれ、以降人間と人狼は文字通り、犬猿の仲となっている。



 腕ひしぎ逆十字から解放されたヘルメスは涙目でリルを恨めしそうに睨むと、どこからか取り出してきた固い材質のマフラーを見せびらかす。


「と、も、か、く! これから一週間はベッドに入ってくることを禁ずる! 入ってきたらこいつを巻きつけることも辞さん!」

「んな!?」


 それはペットの犬や猫が負った傷を舐めないようにするための、首に巻き付ける襟巻に似たものだ。また噛み癖が酷い子犬の噛み癖防止にも効果があるらしい。


「そ……それはひどいぞ! そんなものを巻いて生活するなんてホントにペットとかの扱いじゃないか!?」

「だーから噛まなきゃいい話なんだよ。俺も別にこんなの巻いた従者なんて見たくねーし」


 鼻で笑いながら冗談めかして言ったつもりだったが、ヘルメスはぎょっとする。

 リルの瞳から一筋、確かに涙が零れた。悔しそうに歯を食いしばって、リルはヘルメスから顔を背けて言い放った。


「……いいさ、バカ(あるじ)。みっともない従者で悪うございました、なら私は部屋でも家でも好き勝手やらせてもらいましょうか! 互いに干渉しあわなければ、噛むことなんてないだろうしな!」


 あまりの剣幕にヘルメスは気圧され、部屋へと消えてったリルを止めることはできなかった。


「な、なんだよ……そんなマジで怒るなんて……」


 後ろ姿にかけられる声も無く独り言で憤慨したヘルメスも、やるせなさに苛まれながら部屋に戻り、もう一度眠りについたのだった。



 それからヘルメスは、午後三時頃にゆるゆるとした微睡みから目覚めた。ふらりふらりとよろけながらベッドから立ち上がると、よたよたとした足取りでリビングへと出た。自分らが何をしていたかも忘れ去りながら。


「おそよー、リル」


 寝ぼけ眼でリルを見て朝もとい三時の挨拶。

 しかし返ってくるはずの「おはよう」が無かった。見間違えか、と寝ぼけまなこを擦って再びリルを見る。


「おはよー、リルー」


 改めて顔を見合わせる。「自分でも媚びているな、あざといな」と思う微笑みで言った。それでもつーんと、擬音が聴こえそうな態度で無視された。


「おーい、愛すべきご主人様の挨拶を無視するたぁどういうこった。つーかなんだその反応。そのうざったいハエを見るような眼つきは」

「…………」

「無視すんなよー。なになにおこなの? 別にあんなものマジで着ける気無いのにそんなにおこなの?」

「…………」

「……お、おーいリルー? ねぇちょっとリルさーん?」


 何を話しかけても返事をしないリルは、そのまま溜まった洗濯物の籠を抱えて外へと出て行った。

 首をかしげて家の中を見回す。普段と変わりなく食器の洗浄もリビングの掃除もなされている。強いて違う点を挙げるならば、いつもなら起床が不定期なヘルメスにも用意されているはずの朝食はなかった点だけだ。


「ま、マジか……ここまで邪険に扱われるモンか……?」


 冷蔵庫を開けると、食材はつい数日前補充したばかりだったが、バゲットの端がカットされており、野菜とハムも切り分けられてやや減っている。言わずもがな「自分の朝食だけを作った」という事実だ。


「……は、反抗期来ちゃった?」


 的外れな予測を口にしながら、さしものヘルメスも明らかに不機嫌なリルの反応に唖然としていた。普段ならこの手の喧嘩をした後は、なんだかんだ時間が経つにつれてお互い忘れていることがしばしばだった。


「……いや、違うか」


 口をついて言葉が口から漏れ出た。

 ふと、喧嘩の後の日常を思い出す。ほんの些細な理由から絶交なんて子供じみた言葉を口にして、一日言葉を交わすこともしなかった時だ。

 しん、と静まったリビングで、どこか照れくさそうに飲み物が入ったマグカップを置いてくるリルを。寝る時はそっぽを向いて寝ていたのに、夜中目覚めたら首に腕を回していたリルを。喧嘩した次の日の朝には「何も気にしてないさ」と言わんばかりに挨拶を交わしてくれるリルを。


 そして、よく考えれば自分から謝罪したことはそう何度も無かったことを思い出す。いつもきっかけはリルからだった。


「ちょっと悪ノリし過ぎたのかなぁ……いやでもこれ以上ガブガブされても困るしなぁ……」


 首筋の歯型を鏡に映しながら独りごちる。「一緒に寝ることを禁ずる」と自分で言い出したクセに今更申し訳なく思い出す。合わせて以前の自分の非を気付きだしはじめる。


「いやいやけれども……」


 「そもそも今回の非は向こう側にあることも確かであり、さらに自分たちは主従関係なんだ」、などと、妙な自身のプライドと自己弁護が邪魔をして素直に謝れずにいた。

 事のあらましやどちらが悪い云々を除いて、どちらかが「ごめん」の一言が言えればすぐに終わるのだろう。今回のリルの反応からして決して彼女が折れる事はないだろうが。


 リルはかなりの人見知りで、ヘルメスと出会った当初は会話をするさえ殆どなかった。少しずつ会話やスキンシップを続けて打ち解け今に至っている。主従関係ながらも日々の生活を共にしている内に、リルが自分の意見や意思を押し通す強さがある事――決して折れない意志を秘めていることを知った。このままでは改善されない現状。冷蔵庫から出したお茶をぐびぐびと飲みながら逡巡し、ヘルメスは答えを導き出した。


「よし! 俺がパパっと話して謝って終わらせる!」


 洗濯物を干し終えて家へと戻ってくる姿を見て楽観的に決意すると、ガチャリと扉のノブが回る。


 洗濯の後は浴室前の脱衣所に服を入れていた籠を必ず置きにリビングを通る。話すチャンスだと思ったヘルメスは、申し訳なさそうにリルに並び歩いて話しかけようとする。


「り、リル! あのさ――あだっ!」


 が、言葉尻を聞かれる間もなく、リルは足早に脱衣所へと歩いていく。ヘルメスは追いながら歩いていたので、強く閉められた脱衣所の扉に勢いあまって頭を打ち付けたのだ。

 額に走る鈍痛にしゃがみこんでいると、今度は開けられた扉に頭をぶつけられる。一回目よりも痛く感じたのは、意図的に強めに開け放たれているからだろう。

 無残に床に転がる主を一瞥したリルは、一言も発さぬままに自室へと戻っていく。これまた自室の扉を力強く閉めた音を聴いた無残な主は、しばらく呆けた顔で天井を見上げていた。


「……これは大変かもしれないな」


 ただ謝るだけでいい。

 そのためには面と向かって話さなければならず、拒絶されているために跳ね上がった難易度は最悪なほどだ。ヘルメスは大いに落ち込むや、「今日は無理だな」などと弱気の言い訳をして、とぼとぼと自室へと帰っていった。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 題名通り、可愛い従者の人狼ことリルについてのお話でした。


 次回更新は今週……予定です!

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