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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第二章 神霊王女争奪戦
39/62

#35 援軍要請

 静かな森を爆音と爆風が駆け抜ける。

 大火力の爆薬を一斉に炸裂させたような衝撃波は、例外なく家の四方を囲んでいた鴉の団員たちを襲う。


「ぐわっ!」

「うぉっ!? 何が起こった!?」

「爆発だ! ターゲットの家が吹き飛んだぞ!」

「おい、竜が飛んだぞ!」

「どうなっている!? 逃げたのか、死んだのか!?」


 『屍喰いの鴉』の団員たちには拭い難い強い動揺が走っていた。

 それもそのはず、標的が居る居城が標的の意思で破壊されたにとどまらず、示し合わせたかのようにヘルメス邸に棲む竜も飛翔を始めたのだ。小屋と思しき建物を破壊してまでも。

 戦火に滅ぼし尽くされた跡地さながらに、まっさらな森に残ったのは、まばらに逃げの姿勢をとっている人間だけだった。


「これはまた……とんでもない手段を取ったもんだな」


 崩壊の瞬間を玄関先で目の当たりにしたクロウ=サルバトーレ・ダリウスは、巻き起こる砂ぼこりを払いながら口をマスクで覆う。


「おいッ師団長! いったいどういうことだよ!」


 ロングソードを抜剣している男がクロウに詰め寄る。

 幼さを拭いきれていない面持ちから、少なくとも年齢は成人には至っていないだろう。右目を眼帯で覆い、左腕に金属製の鈍い色をした籠手を着けている。

 

「どうもこうもないだろう。見たままのことが起きた。ただそれだけだ」

「だからって……家が爆発して、錬金術師も人狼も、神霊王女さえも! 瓦礫に呑み込まれたって報告するのか!?」

「コルヴォ。落ち着け、目的を忘れるな。別に神霊王女の命があってもなくても俺らに関係ないだろう。返って楽になったくらいだ」

「だけど!」


 コルヴォと呼ばれた少年はことさら声を荒げるが、クロウの一瞥に体が強張り口をつぐむ。蛇に睨まれた蛙、もとい親鴉に睨まれた小鴉か。黙らせると静かな声で、誰にともなく問いかけた。


「シュカ、様子はどうだ」

「クロォ~? 逃げた影は無し。動きは無いわよぉ~。ケヒャッ、ホントに潰れちゃったかもねぇ~」

「了解した、お前もこちらに来い」

「あ~いあい、さ~」


 語尾が間延びして、それでいてハリのある不思議な声は森をよく通る。

 真っ黒なレインコートを雨も降っていないのに深く被ったシュカと呼ばれた団員が木の上を伝ってクロウの隣に立った。隙間から黄金に光る眼と赤いドレッドヘアーが顔を出す。


「な~にカッカしてんの?」

「うるせぇ。黙ってろ」


 イライラとしているコルヴォの耳の穴に、レインコート越しに人差し指を突っ込む。


「ぬわぁっ!?」

「だからなぁにカッカしてんのさぁ、コルヴォちゃ~ん?」

「気持ち悪いんだよ……ったく! 師団長、コイツやっぱ偵察に戻して! コイツが傍に居ると背筋と尻がゾッとする」

「えぇ~? ひっどい物言いねぇ~!? 背筋はまだしも尻は無いでしょ、尻はぁ~?」

「……はあ。帰った後にしろ。今は水に流せ」


 丸いシルエット(シュカ)が首を傾げ、コルヴォは舌打ちをする。

 片やひょうきんで、片や険悪な雰囲気を隠す気なく放っている二人に、クロウもやや表情を歪める。


「……今回の依頼には全力を尽くしている。だからお前やシュカの『師団』も呼んだんだ。これで終わればそれはそれ、生きていればそれはそれだ。神霊王女が死んでたとて、半割も俺らの依頼に影響を及ぼさんさ」

「それはそうだが……」

「ちょいともったいないけどねぇ~」

「だから今は注意深く回りを視ろ。目だけでなく全身から気配を感じろ。五感を以て周囲を警戒して捜索に当たらせろ」

「……ああ、承知したよ、師団長。お前ら――!」


 コルヴォの指揮の元、鴉の団員たちが跡地へと続々と足を踏み入れる。


 それを遠巻きに眺めながら、クロウは崩れ去った家の意味を探っていた。

 ヘルメスたちが諦めて自爆したとは思っていなかった。

 自滅でも自決でもない、何か別の意味があると取っていた。

 だからこそ、ヘルメスの番竜が敵意を発さずに空へと飛び始めたのだ。


 ――ここに居てはいけない、と。


 何故居てはいけないか?


 ――ここに居ては邪魔になるから、と。


 邪魔になる理由は?


 ――ここに居ては巻き込まれる、と。


「……虫の知らせとは言い得て妙だな。竜の知らせ、或いは錬金術師の知らせとでも言うべきか」


 あの錬金術師が意図して送ったかは分からないが、確かに竜へと指示を発していた。あの竜にはある種の危険信号が発せられたと言えるだろう。


「有り得るんじゃない? 現に今、何かが近づいてきてるし」


 番竜が、自分が守るべき場所を捨ててまで、空へと逃げる選択を選んだのだ。


 ――主が自分よりもいい選択を下す、と。


「……おい、シュカ。何が来てるっていうんだ。僕には全く気配は感じ取れないぞ」

「そぉねぇ~……じゃあクイズ形式でいこうかしらぁ~? でれれ~ん、問題で~す!」

「喧しいわ! またそれかよ!? その下らねぇクイズ出すクセ、いい加減飽きたわ!」

「……お前らちょっとは集中しろ」


 クロウはやれやれと、シュカとコルヴォのやり取りに深々とため息を吐く。



 一方その頃。


 ヘルメスとリル、シアラの三名は地下の錬金工房で一息ついていた。我が家の大規模な崩落を辛うじて回避し、転がり込むどころか転がり落ちながら錬金工房まで辿り着いていた。


「ふぃーっ、こりゃひでぇや。家具は全部作り直しだな」

「……もう二度とやらないでほしいな」

「誰が二度とやるかっつーの。俺の服も私物も何もかもペっちゃんこだっての」

「右に同じくぺっちゃんこになってるわ!」


 家の柱を同時に崩せば必然と支えを失った家が崩れるのは道理だ。

 同時に多大な質量の瓦礫が屋内の物を潰すのも自明の理だ。

 となれば家具も寝具も調理器具も何もかもが失われたのは必然起こり得ることだ。


「あ、あの! ヘルメスさんは今何をなさったのですか!? い、一瞬で家が木っ端微塵に……」

「家を錬金術で崩した。今ここは地下二十メートル地点辺りに位置する俺の錬金工房さ」

「はわわわ……!」

「そういやシアラちゃんに錬金術を見せてはいなかったな。これが俺の本来の力……『右手』はあくまで補助スキルみてぇなもんさ」


 黒雷を手に纏わせつつ、右手に権能を宿らせる。白と黒の二色が溶け合い、景色が陽炎みたいに揺らめていている。


「どーだい? 錬金術師らしい力に秘密の工房。かっこいいと思わない?」

「カッコつけるな。鼻につく」

「わぁ……これが彼の錬金術師が纏ったとされる……」

「感嘆しているし……」


 触れるくらい近くまで右手に顔を寄せるシアラは、恍惚とした表情で黒雷が弾ける様を眺めている。


 魔術や魔法を行使する者は学んだ知識技術を多くは秘匿とし、親類や親友など一部の者に口伝した後は墓の中で確実に失伝させる。

 自己顕示欲の強い魔法使いや魔女が落書きを交えつつ、所謂『魔術書』なる本を書いたりもするが、真意を理解する者は限られる。そもそも魔術に造詣が皆無な人間にとってはただの落書きだ。


 故に魔術に馴染んでいる種族は他者の魔術を文字通り目で盗む。稀に魔術書を掘り出して偶然魔術を学ぶ場合もあるが、それよりも多くを占めるのがラーニングだ。


 錬金術師と名乗り、エンシェントドラゴンの存在を知ったシアラの眼差しは情景の色が強くなっていた。自身への並々ならぬ興味や尊敬、畏敬に似た何かだと本能的に理解していたが、ヘルメスもちょっと引いていた。


 誘拐前にちらっと積まれていた本のタイトルを見たが、その大半が魔法や魔術に関連する書物……というか正に『本物の魔術書』だったし、知識欲がこの子は尋常ではない。いくつかは紙の質から推測しても軽く三桁は昔の書物だった。


 ある意味では〈精霊魔術〉よりも彼女の恐ろしさを垣間見た気がする。


「えー、ちなみにだが、ミストは森の奥へと飛んでもらったぜ。……っつってもまあ、俺の意図よりも雄弁に語る魔力反応で察しているだろうがな」

「うん。今は森の奥の泉で寝てるな。……それで主。ここから一体全体どうするつもりだ? アイツらも馬鹿じゃない。家の跡地を徹底的に掘り返してでも私たちを見つけに来るぞ。こっそり脱出するのなら、出口はどこなんだ?」

「こっそりもなにも、出口なんて無いぜ?」

「はぁっ!? わざわざ袋小路に閉じこもったのか!?」

「正確にゃ入ってきた階段と落とし戸以外に無いんだよ。その代わりに保証するぜ。ここは現状世界で一番の安地……俺の魔力が作り上げた難攻不落の砦だ」


 客のシアラに宥められているのも従者としてはどうなのか。やけに好戦的になっているし、興奮している風にも見える。


 とはいえ、万が一にも入ってきたとしても入口も出口も一か所だ。迎撃のしようはあるし、相手方からすれば自ら籠城したのだ、誘い込まれている可能性も考えるだろう。


 実際にここを攻略するのも少なく見積もって一日二日、周囲の安全確保や発破に使う物資が無いと仮定して、調達や製作諸々を込みに概算しても一週間前後はかかるだろう。

 団員の総数はざっと手足の指の数を超している。物量では敵いようがないが、同時にごく短期で決戦を決めること前提の人数だ。森で取れるもので兵站を補うとしても、最小限の労力に抑えたいはずだ。

 見つけたとしても相手には地下錬金工房の脅威は未知数。魔力で強化された扉と外壁が物理的に保護してくれているのも加味して、今は非常に有利な状況だ。


 今挙げた前提は相手の心理から推察したに過ぎない。けれども「何が起こるかまるで見当もつかない怪しい場所」という不穏な存在は、相手の思考心理に大きくのしかかる。無限の不安と緊張が偽の真実を与え、僅かに紛れた真の計略が命を奪うのだ。


 『屍喰いの鴉』は時間と手間暇をかけて罠や妨害を掻い潜る必要がある。

 対するヘルメスたちは攻めてきたら一網打尽にするだけでいい。

 心理的にも、物理的にも、今の我々は非常に有利な状況と言えるのだ。

 それに、可能性を広く考えるならば、このままアイツらが帰ることも、限りなく低い可能性だがここを見つけられないことも考えられる。


 ――我ながら完璧な死亡フラグを脳内で綺麗に構築したものだな。


 微かに「相手方の想像をはるかに上回る策略が来たらどうしようか」などと思ってしまったのは二人には内緒だ。


「……このままいつまで籠るつもりだ? 私やだぞ。餓死だけはやだぞ?」

「大丈夫ですよ、リルさん。きっとヘルメスさんもいろいろと考えてこんなことをしたんですから! ねぇ!?」

「お、おう。そうだね」


 それにしてもリルはしょぼくれている。お気に入りの家具や服が瓦礫の底になったのもあるが、ヘルメスにはさっきからどうも普通とは違うような気がしていた。

 どうやらシアラもその気配を感じているらしく、しきりに前向きな台詞をかけていた。誘拐された立場で誘拐した犯人に施すのかとも思ったが有難いかぎりだ。


「んー、そだなぁ。質問の回答に沿うかは分からんが……」

「いつまで、だ?」

「森の住人が援軍に来るまで、かな」

「森の……住人?」

「援軍、ですか?」

「俺らが手を下さずとも、森を荒らす鴉共に制裁を下す奴はいっぱいいるってな」


 アリの巣状の工房の奥へと進みながら、ヘルメスは二人にそう言うと――。


「おっと……それ来たそれ来た。怖い怖い傭兵さんがな」


 感覚の糸が近づく何かを察知した。


「へ、ヘルメスさん! 強い魔力反応が空を移動しています!」

「あ、主! まさかこれは……!」


 まずシアラが真っ先に。次いでリルが空の魔力に気付く。


 高速で地上よりもさらに遥か高高度を突き進む魔力が三つ。


 ルベドの森に大気に満ち満ちている高濃度の魔力よりも色濃く、瓦解した家を取り囲む『屍喰いの鴉』たちの魔力よりも戦意を主張する三つの気配に。


「さ。後は頼むぜ――『魔術小隊(ウォー・ソーサラー)』」


 天井を見上げ、彼方遠くで意気揚々と漂う力へと、ヘルメスはしめしめと嗤う。

最後までお読みいただきありがとうございました。


鴉の盗賊団らしく全員の呼び名の一部は鴉をもじっていたり、いなかったり。

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