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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第二章 神霊王女争奪戦
37/62

#33 権能解放

「そいじゃあまずは何から話すべきかね」

「えっと……ヘルメスさんたちがどうやって里へと来れたか……あと私の目の前に急に現れた仕掛けとか、とにかくいろいろ知りたいです!」

「おっ、知りたい? やっぱり知りたい?」

「知りたいです! ぜひぜひ!」

「ならそっからだなぁ!」


 眼を輝かせるシアラと、嬉々として教えたがるヘルメス。

 その二人を見た上で、やはりこの王女は危機管理能力が無いなと改めて認識したリルであった。

 

「んーそだなぁ。あの時のようにやってみせるのがいいよな」


 ヘルメスが思い浮かべるものはつい数時間前の出来事。

 それもちょうど今のように「どうやって神霊種の里へと侵入するか」を説明していた話だ。


 遡ること四時間前、ルベドの森深層。

 深層の領域の中で、百メートル刻みに層数を計上していき、神霊種の里は第四層に位置する。

 曇天のけもの道をリルのククリナイフでかき分けながら、元の人格(ヘルメス)の記憶を頼りにしながら森を進む。


「俺の記憶が正しけりゃ、この先にあるはずだな」

「……以前行ったことがあるのか?」

「俺の中身がな」

「出た、トリップしている時の話」

「だからいい加減信じろや」


 主に訝しみながら付いてくるリルの表情はどうにも冷たい。


「じゃあだなぁ、証明したろうやないけぇのぉ。仰天の事実と共になぁ!」

「ほう、してもらおうじゃないか」

「この前狩りに行った時、あの竜モドキの肉を洗った泉を覚えてるか?」

「ん? ああ、ミストと会ったあの泉か」

「あそこから数百メートル圏内から先が第四層だ」

「……嘘だろ」


 ウソのようにリルの顔から血の気が引く。


「まあ、泉の位置からもう少しその方角に進んでたらデッドゾーンだったけどな。警戒網に引っかかってるから、あそこからいくらか進めば運が良くて毒矢でハチの巣にされてたろうな」

「……運が悪ければ?」

「多種多様な〈魔術〉の雨あられが降り注ぐ」

「どっちみち攻撃されてるじゃないか! というか神霊種が魔術を行使できることも初めて聞いたぞ!?」


 狩りの時にそうなった可能性があることを、今更ながらあっけらかんと告げた。そして、もしそうなれば如何に錬金術師のヘルメスとてどうなっていたかは分からないのも事実だ。最後に肝心を伝えず、ヘルメスとリルはエンシェントドラゴンのミストと出会った泉にまで辿り着いた。


「こっから北西だな。薙ぎ倒された樹木が僅かにどかされているのが目印だな。分かり易いこって」

「……あの『屍喰いの鴉』だったか。アイツらもこれのズレを判別したのかな」

「さてな。俺は既に行った記憶があるからなぁ。ヤツらがどうかは知らんよ」


 ルベドの森中心部にあるヘルメスの家まで踏破できた実力があれば、ここまで辿り着くことも可能だろう。そこから先は知る由も、知る意味も無いが。


「改めてリルさんや。ここから先、直感的にどう思う?」

「……言わんとしていることは分かるけども」

「感覚では俺にゃなんとも分からんけどな」

「魔獣一匹通さないくらいの神経質な気配がする。たぶん主が言ってたデッドゾーン、踏み込んだら一瞬で察知されると思う」

「パーフェクトだ、リル。何時ぞや俺はこの先に行った犬魔人(コボルト)の群れが一分近く断末魔を上げてたのを見た。聴いた。そして逃げた」

「だろうな」


 多少誇張強めのヘルメスの言葉に真面目に返すリル。出鼻を挫かれた感じに頭を掻いてヘルメスは続ける。


「だからだ。こっからは隠れていこう。潜入作戦(ステルスミッション)の開始ってこった。いっちょ俺の新たな『権能』を見せてやりましょうかい」

「『権能』? 眼以外にも何か権能があるのか?」

「ああ。これは恐らく、俺独自のモンらしいけどな」


 ヘルメスが持っている『魅了の魔眼』とは別物であり、且つリルの前でも見せたことのない『権能』だ。

 空間に突き出した右手にやにわに薄っすら浮かび上がる。一重に重なるのは、同じ形をした真っ白な右手。半透明な膜が右手の形を成したようなそれは、薄らぼんやりと光を帯びている。


「名付けて、『神の見えざる右手』」


 手の外輪に纏った真っ白な右手から手を避けると、それは空間に固定されたように浮いている。


「……すっごく、凄まじく、おぞましくキモいなそれ。「見えざる」とか言って見えてるし」


 手の動きに追従して白い手が同じ動きをする様は、傍から見ても相当異質だ。リルも嘘偽りない素直で率直なコメントをする。


「ひでぇ感想ありがとさん。さて、この権能なのだがな。ごく簡単な一つの能力しかもっていないんだなこれが」


 説明そこそこにヘルメスが『右手』をリルへと向ける。すると、浮遊している『神の見えざる右手』が連動して肩に置かれた。


 すると、朧気に漂う右手から莫大な魔力がリルの体に流れ込む。


「う――うあぁぁっ!?」

「大丈夫。ダメージを負うものじゃない。こいつのごく簡単な能力……それは「俺の魔力を分け与える」能力さ」

「魔力を分け与える……?」

「そ。垂れ流しっぱなしのアレをな」

「セクハラみたいだな」

「さーっせん」


 いつも通りの爺臭い下世話なやり取りをしながら、手を媒介として流れ込む魔力が血流に乗ってリルの全身を巡る。体が軽くなる感覚をリルは確かに感じていた。内臓、骨、細胞と全身の隅々まで活性化している感覚に、まるで体内の澱みすら浄化されている気分になる。


 繰り返し手を握ったり、外面上の変化を探るように体のあちこちを見回している。


「これで人狼の力……『存在感の希釈』の力を使ってみな」


 思いがけずリルは呆けた表情を見せる。


 存在感の希釈とは、人狼種が人間に化ける能力――『人化』の本質だ。

 人狼特有の耳や牙といった外見的異変を誤魔化す能力であり、これが不十分故にリルは人狼の住処を追われた過去がある。

 不完全な能力のため、普段から使用しない『人化』。人前に出る時もキャスケットを被り、人狼の特徴たる耳を隠しているリルにとっては、あまりやりたくないまである行為だが――。


「……分かったよ。やってみる」


 トラウマが残るリルには大きな覚悟が要る行為だ。それでも主の言葉を信じ、両目を閉じて集中力を高める。増幅した魔力を全て使う勢いで『存在感の希釈』を使う。


「……あれ?」


 特徴的な耳が消えている。

 鋭い牙が丸く整っている。

 リルの『人化』が完全に発動している。


「おっほぉー、成功成功。間違いなく可愛らしい森ガールよ。……耳があっても可愛いけど」


 ぼそりとヘルメスが感想を述べながら、他者の視点からでも成功していることを伝えても、リルはしきりに不思議そうな表情をしている。


「どうして……今までどれだけ魔力が充実していてもできなかったのに……」

「ま、それは後で教えてやるとして。こっから先はお前の『人化』を疑似的に俺に付与して突破することとする。というかそうしないと俺が死ぬ。たぶんマッハで殺される」

「『人化』を……主に付与する?」

「ああ。俺の『右手』の力でお前の『人化』は通常の人狼種の数倍以上の効力を発揮している。さらーに。なななんとー、手の接続者の魔術等の効力が、今なら俺にも付与されるーってな」


 生前見ていた通販番組のように演技を交えて効力の説明をする。


「存在希釈、『人化』の本質は「他者の意識から存在している感覚を消す」上「他者の意識を別のものに誘導する」ことにある。かなーり雑な解釈をすりゃ、手品の視線誘導とかとおんなじことをしているもんだ」


 ずっと前に一度だけリルにやってみせた、手の中に隠したコインが一瞬の内に逆の手に移動する手品を再びやってみせる。


「どっちの手ーにー入ってるー?」

「う……右、いや左!」

「残念、みーぎでーす」

「くっそぉ!」


 案の定引っかかったリルはポコポコとヘルメスを殴る。可愛い行為に顔を綻ばせる。


 人の意識は存外に扱いやすいものだ。

 視覚では確実に移動しているシーンを捉えていようと、その瞬間を意識しなければ決して感知されない。人に対するあらゆる意識も、自分が気付くからこそ意味を成すものだ。鈍感な人間であれば気付くことも無いように、意識の外に居れば大凡の行為は見逃されることが多い。例に挙げた手品も、その意識の死角を利用したものが多数を占める。


 人狼種の『人化』の本質はそれだ。人狼という人間に対して害意を持つ存在から、害意の無い何処の誰かに自分を偽装する。それがヘルメスの力によって強化されればいったいどうなるか。


「ま、それはそれでどうでもいいんだけどな。さあ、このまま里へとレッツラゴーだ」

「……効力は?」

「それは里に着いてからのお楽しみ。成功してりゃあ、お前にも嬉しい光景が見れるぜ」


 この自堕落で自由奔放な主が自信満々な時は、大抵言う通りに事が進むのも事実だ。大抵の例外に当たることないように祈りながら、ヘルメスと共に歩みを進める。

 記憶に正しく森の泉から三百メートルほど北西に進むにつれ、けもの道が舗装され始めていることに気付く。通路を阻む木は綺麗に倒され、土は固く押し固められている。


「おお。少し文明的になってきたな」

「俺もここまで来たのは初めてだ。既にデッドゾーン範囲内だから、どうやら『存在感の希釈』はしっかり効力を発揮してるみてーだな」

「……そう、か」


 やや曇り気味だったリルの表情にようやく光が差す。

 人狼として生きることを否定され、失敗した存在の烙印を押された自分自身の『人化』が、ようやく真価を発揮したような気がしたのだ。主のお陰とは口が裂けても言えないが。


 嬉しかったのはヘルメスも同じだ。

 ヘルメス単身では穏便に、害意無くここまで到達することは不可能だった。元より神霊種は興味がある種族だった。しかし、自身が交流を求めたとしても魔力の放出量の調整不能な自分では敵意をまき散らしてしまう。そんな自分が警戒区域に入ればどうなるか、想像は難くない。


 呪うことが尽きなかった不完全な自分に、不完全な従者が付いている。不完全同士、不完全な力を分け合って補って、やっとたどり着けた此処は、ヘルメスにとってもこみ上げるものがあった。

 分岐路を気にせず、ずっと、ずっと真っすぐに進む二人は、とうとう家らしきものを見つけた。縄文だか弥生時代だかを彷彿とさせる藁が外装となった、クラシックな家がずらっと並んでいる大通りを。


 同時に彼女らは道を行きかう彼らと邂逅する。


 ヘルメスが一目見ることを望んだ神霊種(エルフ)たちに。


「ッゥ……良い……エモい……脳溶ける……」

「……キモい」


 木陰から嗚咽に似た感想を吐いた主にこっそり侮言を送る。

 ファンタジー小説通例の『尖った耳』に『美しいご尊顔』に『誇り高い雰囲気』。ポイント三点を最高水準で取り揃えつつ日常の一部を切り取った平穏な風景が、架空の存在を現実たらしめている。

 物語上の彼らを知っているヘルメスにはやや不可思議な光景に見えて、あまり区別を持たないリルには人間種の街(ラブレス)に似た情景があると感じていた。


「さ、さあ……では行こうか。往来のど真ん中ッ……!」

「お、おうっ……了解だ、主……!」


 どきどきと、跳ねる心音を隠さずに、木陰から二人は出た。往来のど真ん中、神霊種から見れば二人の異形が堂々と歩んでいる。

 しかし、二人に敵意を、おかしな目線を送る者は皆無だ。常に視界に納めている木々や木の葉のように、彼らは隣を素通りしていくのだ。


「すごい……誰もこっちを見ないぞ」

「……今の俺たちはさしずめ空気中の魔力と同一存在だ。めったやたらに気を引くようなマネしなきゃ見つかることはないさ」


 五感のどれもが常人の数倍優れているはずの神霊種たちはこちらに気付かない。目を向けたとしても視界に入れるべき対象はその手前か、或いはその奥か。集落を行きかう神霊種たちは、悠然と堂々と道のど真ん中を歩く二人に気付かない。


「さ、感動はここいらにして、探すとしますか。『神霊王女』サマを」

「あ……そういやそんな目的だったな。ふふふ……」


 感動に浸っていた二人は、本来の目的を思い出し神霊種の里を奔走し始めた。




 神霊種の集落。鬱蒼とした樹木はとある法則で切り倒され、それらを符号として理解できる者でなければ道とすら思えないであろうけもの道を進むと「それ」はある。

 木の骨組みと藁の外装が大半の家屋だが、「一軒の家」だけ一際大きく外装の意匠が凝っていた。


「ではシアラ王女。くれぐれも抜け出すことはないように。あまり皆を困らせないであげてくださいね?」

「むぅ……分かってるわ、ニルド。でもたまには私とも遊んでほしいわ。いっつも仕事仕事って、こーんな狭い集落で仕事なんてそうそうないでしょ?」


 中は通常の家よりも広いが、その分生活感はやや乏しい。山積みにされた本と羽ペンが数本立て掛けられた机に、壁一面は本棚となっており、書斎の様相を呈している。

 そこにいるのは膨れっつらの少女――『神霊王女』ことシアラ・ウィル・マナリアが羽ペンを回しながら机に体を投げ出していた。


 彼女が語り掛けるのはその対面、褐色よりもさらに地黒な肌の女性――シアラの侍女、ニルド・フィーネスだ。子供の我が儘のようなシアラの言葉に微笑みながらも、よく磨かれた銀縁の眼鏡を中指で上げる。長身銀髪の彼女は所謂ダークエルフに該当するのだろう。翡翠の目は妹へと向けるような親愛を内包している。

 

「いいえ。私は忙しくて忙しくてたまらないのですよ。執務以外にも最近は魔獣の活動も活発になっていますからね。防衛の指揮を執るのも私の仕事なので、どのみち山積みなのですよ」

「いつもいつもそれー! たまには私にかまってよー!」

「……では、今日中に、その積みに積まれた本の山を全て片付けることができれば、後で構ってあげましょう」


 シアラの傍には凡そ三百以上のページ数に至る分厚い本の山が、少なく見積もっても五個以上絶妙なバランスで立っている。


「うっ……これを条件に出すのは酷いわ……」

「ええ。私も秘奥書をあと数時間で完全読解できるとは思っておりませんので」

「尚更酷いじゃない!?」


 神霊種の中でも一部の者しか読めない秘奥書なる物は所謂禁書の類だろう。それらが無造作に置かれていることに疑問を抱くべきだが。


「冗談です。帰ったら食事とに致します故、今しばらく勉学にお励みください。シアラ王女」

「……分かったわ。ウソついたら『サレファドラ』に食べさせちゃうからね!」


 脅すようにシアラの背後に発現するのは、手のひら大の小さなトカゲだった。目をぱちくりとさせながら、シャーっと威嚇するような鳴き声を発している。


「あらあら、恐ろしい刑でございますね。それでは行って参ります」

「むぅー……いってらっしゃーい」


 上品に微笑むニルドを見送ったシアラはため息を吐く。トカゲ大のサレファドラを撫でて戻し、再び書物の解読に勤しもうと本へと目を落とす。


 コチコチと、時計の音が静かな部屋に響く。


 ふと顔を上げるシアラは、別段理由があってそうしたわけではない。


 何故か、目の前の空間が、夏場の陽炎のように揺らめいてる。


 日が差すはずもない室内で起こる異変に、暇を持て余しているシアラはすぐに目を奪われた。


 歪む景色は徐々に人の形を成す。


 一人は長身の、術師を思わせる風体の女性。

 一人は獣耳の、従者を思わせる風体の女性。


 二人は唖然とするシアラの目の前で確かに膝を折り、そして一言――。



「お迎えに上がりました――『神霊王女』よ」



 回想と現実をリンクさせながら、ヘルメスは改めてあの時の台詞を吐いてのけた。

 あけましておめでとうございます。

 まだ十五日前なのでセーフです。


 三か月ぶりの更新ですが、今後も当然ながらやってきますぜー。


 誤字ってたら後で修正するすたーいる。

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