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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第二章 神霊王女争奪戦
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#32 古竜咆哮

 リビングルームに爆発音のような嘶きが轟く。

 シアラの叫びに呼応して背後に出現したのは、紛れもなく竜と呼ばれる存在だった。


「なんなんだあれ……これなんなんだあるじぃ!?」

「あれが〈精霊魔術〉か。初めて見たが、確かに〈魔法〉に近いって言われるだけあるな。全く理論で証明できる気がしねぇ」

「落ち着いて観察している場合じゃないだろ! ブレス攻撃だぞ! 主なら何か防ぐ手段はあるだろ!?」


 人狼特有のイヌ科の耳をぺたりと折って怯えるリルに、未知の事象を分析しつつ脅威度を量っているヘルメス。動じず冷静に振舞っていたが、内心かなりの焦燥感に駆られていた。


 〈精霊魔術〉――神霊種が行使する本来この世に肉体を持たない精霊たちを使役する魔術であり、限りなく〈魔法〉に近いとされているもの。

 シアラの背後に顕現した赤い竜『スプリフォ・サレファドラ』は、元の世界で言うところの所謂『サラマンダー』に該当するのだろう。枕詞のように発せられた『スプリフォ』という言葉は、精霊の等級をさす『位階名』と呼ばれる言葉であるらしい。

 『スプリフォ』とは、最上位の精霊をさす位階名。最上位の精霊を自分の意のままに顕現させ、魔力を自在に操作し超高威力の魔術を行使できる。これが『神霊王女』たる所以、神霊種を統べる王女たる才覚――果たして威力は如何ほどか。


 ほんの短い時間、熟考した後に答えを出した。


「防ぐことはできる……できるんだが、この家から直線距離百メートル圏内が焼け野原になるのは覚悟しておけよ」

「えっ」


 解答はどこまでも確信的であり、自信に満ち満ちたヘルメスが言うにはどうにも自信なさげなものだった。


「それってつまり……」

「もれなく家は全壊、それどころか最悪俺らごと吹き飛ばされる」

「えぇぇぇ――っ!?」


 驚愕するリル。自分の魔力総量を上回りつつある目の前の竜に、ヘルメスも動揺を隠しきれていなかった。


 『スプリフォ・サレファドラ』が今か今かと放たんとしている火炎ブレスを防ぐ手段は、ヘルメスの〈遍く虚構〉で作り出される虚構物しかない。

 しかし虚構物を作り出すには、変換する元の物質が無ければできない。そして今ある物質というと、「ヘルメスの錬金工房」……即ち我が家しかない。厳密に言えば、一瞬で錬金術の効力が届く範囲にあるものが、錬金工房を構成している木材・鉄材だけということだ。


 火炎ブレスの威力は未知数だが、森の妖精や大気中の魔力を収束して放たれるのだ。生半可な威力のブレスではないことなど容易く予測できる。こちらも相応の魔力を以てして作り出さなければ、材料とした家ごと消し炭になってしまう。ヘルメスの懸念はそこだったが、最早僅かも猶予は無い。


「やるっきゃないか……遍くきょこ――」


 森の木々ごと焼き尽くされる前に防壁を作ろうとしたヘルメス。その耳に、怒りを込めた嘶きが飛び込んでくる。


「この咆哮は……!」

「ミスト……そうだ! ミストの声だよ主!」


 そうだ、アイツが居たじゃないか。ミストルティンの鱗が多少でもあれば、きっと強力な盾ができるに違いない。ミストルティンの元へガラスをぶち破って向かおうとしたが、ちらとシアラを見て動きが止まる。 


「ひぅっ……? あれ、この声と魔力……エンシェントドラゴン?」


 泣きじゃくっていたシアラがふと我に変える。ぴたりと涙を止め、魔力を頼りにきょろきょろと辺りに視線を送る。錬金工房の中ではちらりとだけ見えるミストルティンの小屋へと目が行くと、ハッとした表情で驚いた。

 強大な魔力と敵意に触発され、独りでにミストルティンが小屋の一部を破壊して顔を出していたのだ。後で修理しないとなと、ヘルメスは頭をかきながら答える。


「……そうだよ。まだ子供だけどね」


 〈遍く虚構〉の発動を一瞬止めたヘルメスの一言に、シアラの表情がみるみると青ざめ始めた。


「も、申し訳ございません! サレファドラ、落ち着いて! あの人たちは敵じゃないわ!」

「おぉ……?」

「……ふぇ?」


 慌てた様子で背後で火炎を吐き出さんとしていたサレファドラを宥めはじめた。その様子に呆気にとられる主と従者。


「え、えーっと……悪事を働いたのは確かですし、こっちに聞くべき資格があるかはわかりませんが……何故貴女が謝る必要があるのでしょうか……?」

「いえいえ当然です! 高潔な大地の古竜が悪意ある者に付き従うことは決してありません。疑うこともおこがましい愚行……それに攻撃の意志まで向けてしまうとは……申し訳ないです……」


 本当に感情の転換が激しいなと思うヘルメス。シュンとした悲しい表情はむしろこっちが悪いことをしている気分になる。まあ悪いことはしていたのだが。


「……君たちの中ではエンシェントドラゴンは信仰対象なのか?」

「森に生きる私たち神霊種には、彼の古竜は大地と豊穣を司る存在として呼ばれているんです。そう、ですね。信仰とは違いますが、根源的な意味で私たちと森林の守護神とみられていますね」

「それは初耳だな……ま、それはともかく信用していただけて何よりだ」

「大事な家が無くならなくて本当によかったな……ミストには感謝しきれないな」

「俺より家とミストの方が大事か」

「当たり前だろ」

「ひでぇ」


 落ち着いたシアラを後目に軽い口撃の応酬をする。

 改めて賓客としてシアラをもてなすようリルに告げると、ヘルメスは手近の椅子に腰かけると顎に手を当て何の気なしに呟いた。


「にしても『屍喰いの鴉』は……サルバトーレとやらは何を考えてんだ?」


 未だヘルメスの懸念は尽きない。


 〈精霊魔術〉は神霊種(エルフ)であれば能力の差はあれど行使できる者は多い。最上級の精霊を使役し力を扱えるのはシアラのみだが、人間種たちに相当する〈魔術〉を使える者、戦える者はいる。決して可憐なだけで弱い女性ばかりではないのだ。


 クロウの目的はだいたい予測はついているが、神霊種たちに激しく抗戦されることは火を見るより明らか。それらを考慮しても彼女たちを制する実力があるのか、はたまたそれ以外に何か策略があるのか。


「あるじーっ。お茶が入ったぞ。こっち来て話の続きをしよう」


 リルの呼びかけに意識を戻されたヘルメスは、再びシアラと対面することにした。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

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