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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第二章 神霊王女争奪戦
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#29 神霊王女

 底知れぬ恐ろしい力を持ちし魔獣たちが、何十何百と潜む魔性の森ことルベドの森。

 人目と呼べるものは無いに等しい人外魔境の森の中、人目を忍ぶように黒いマントを纏う者たちが、けもの道を掻き分けていた。


「さてと、到着だ。ようこそ、錬金術師ヘルメスの錬金工房へ」


 頭一つ背の高い人物が黒のとんがり帽子とマントを脱ぎ捨てる。まず現れたのは、危険地帯ど真ん中に堂々と錬金工房を築く主こと、ヘルメス・トリスメギストス。


「……改めてどうかしているな。また敵が増えるだけだ」

「んーにゃ、まるでどうもしてねぇよ。俺はこれが正しいと思ったからこうしたまでさ」


 不服そうにマントのフードを脱ぐのは、偉大なる錬金術師の従者にして、人間とそっくりの見た目を持つ人狼種のリル。常人には無いイヌ科の生き物に似た黒い耳がぴょこんと、フードから解放されて飛び出てきた。


「さあ、息苦しいマントに包まってもらって済まなかったな。君の美しさにゃ、森の魔獣も引き寄せられるのが目に見えてるからな。安全に来るためとはいえ、窮屈だったろう?」


 最後に黒いマントを脱ぎ捨てたのは――。


「いいえ、全然大丈夫よ! ヘルメスさん! リルさん!」


 白磁の陶器を思わせる白の肌。

 薄い碧色のロングヘアと柔和に微笑む同色の瞳。

 翡翠で作られた四葉のクローバーの髪飾りと、ちょこんと頭の上に乗った小さな神銀のティアラが、森の僅かな光を取り込んで煌めいている。


 何より目を引いたのは、常人よりも長く尖った耳――。


「『神霊王女』がいらっしゃったんだ。無礼のないよう、丁重におもてなしさせていただきたいもんさ」


 ヘルメスの瞳がねっとりと、妖しい光を孕んでいた。




 時は今から三日前に遡る。


「最近は騒動ばかりでまいっちまうなぁ」

「騒動の種が堂々と何をのたまっているのだか」

「炊事洗濯ばかりの日々よりゃぁマシだろ?」

「少し手伝ってくれるだけで私も趣味を作る時間はできるんだけどな」

「んー、ちょっと何言ってるのかわかんないっすねー」

「期待はしてなかったからいいけどな」

「ごめんて」


 どんよりとした曇天の空が木の葉の隙間から覗くが、家の中の雰囲気は湿っていない。軽口を互いにたたき合い、冗談で流しあう。束の間の平和を噛み締めているヘルメスとリルだった。軽口を交わし合いながらも、彼女ら二人は先ほどから集いつつある何かに敏感に反応していた。


「おい、主」

「ああ。気付いてるよ。魔獣じゃなくて人間だな。相当な人数居る。ここまで来れる時点で、「人にしてはかなり戦い慣れしてる奴らだ」


 窓越しにちらと見るが存在は視認できない。だが魔力の反応だけは雄弁に存在を主張していた。

 殺気に混じって放たれている生命体特有の力の大小、特徴ある魔力の波形の揺らぎ。正確に数を識別することもできるが、ひときわ大きい魔力を感知した時点でヘルメスは諦めた。


 この大きな魔力反応の主がボス格――「家に入れろ」と主張しているようだ。


「チッ……しゃあねぇ、家の中に入れよう。万が一にも負ける気はしないが、一応臨戦態勢でな。あちら側も殺気を放ってるんだ、殺されても文句はねぇだろ」

「了解した」


 果物ナイフを一本、メイド服の右手裾に忍ばせ、リルは扉をゆっくりと開ける。


 出入口から三歩ほどの距離に、ボス格らしき人物は立っていた。


「ほぉ、人狼か。流石人知を超えた錬金術師様。人ならざる異形を供とするのが好きなのは噂通りだ」 


 口元を覆う布で籠った声だったが、嘲るような抑揚が混じっていた。

 出会い頭の分かりやすい侮蔑に、さすがのリルも苛立ちを覚える。


「……お名前とご用件を」


 普段よりも低いトーンで、目の前の男を睨みつけた。


 ――化物みたいだ、かなり強い。


 平均的な女性よりも背の高いヘルメスよりさらに長身な男は、どこか不気味なオーラを放っている。


 鴉の羽根をモチーフにしたマントを羽織る男。

 出で立ちは黒いブーツとジャケット、皮手袋と服装をはじめ、首飾りやピアスといった装飾品にも黒曜石を使っている。夜闇に溶け込むように長めに伸ばした髪も、瞳の色も、全てが黒。

 漆黒の闇がそのまま人型を成した出で立ちは、誇張なくとことん不気味だ。

 顔も黒い布を巻いているのか半分判別が出来なかったが、ヘルメスに相対するや首元まで下げた。


「おっと、機嫌を損ねたのなら悪いな。俺はついつい思ったことが口に出ちまうタチでね」

「ならさっさと名前と要件を言えよデクノボー。出会った途端にウチの従者に随分なクチを叩いてくれんじゃねぇか。タチだかなんだが知らねーが、次に俺の従者を貶してみろ。依頼があろうが誰だろうが、塵一つ残さず消してやるからよ」


 蒼く、鋭く輝く瞳で一瞥する。途端に周囲から殺気が沸き立つが、すぐさま膨大に湧き出るヘルメスの魔力によって飲み込まれた。相手の実力は未知数だが、ヘルメスとて自分が愛し信頼を置く従者を嘲られて黙っているはずもない。


「なるほど、こんな森で……っと、無駄話は嫌いそうだな。さっさと仕事の話をしようか」

「最初からそうすればお互い気持ちよく交渉できんだ。雑兵を引き連れて愚連隊紛いのことをしてるのなら覚えときな」


 挑発的なヘルメスの言葉に短く笑う黒づくめの男。余裕綽々といった様子だが、ヘルメスには本心かどうかはつかみ切れていない。武力による威圧で尻込みする男ではないことは確かだ。視線をヘルメスへと改めて向けると、恭しい動作で一礼をしてみせる。記憶が正しいのなら、いつぞや見た王国騎士の一礼と似ていた。


「俺の名はクロウ=サルバトーレ・ダリウス。盗賊団『屍喰(しぐ)いの鴉』の総団長を務めている」

「……素直に驚いたな。盗賊団風情が俺の工房まで来れるとは」


 ヘルメスの言葉に嘘偽りは無かった。

 最近ではヘルメスの創作物たる『魔獣除けの鈴』によって踏破の難易度は格段に下がったが、本来のルベドの森は分隊を組んだ兵士程度では表層で軽く全滅するほどだ。小隊規模でもここまで来れるかは三割以下だろう。


 今にして思えば、よくガドルノスの部隊はここまで辿り着けたものだとしみじみ感じている。荷車を積載した馬車に非戦闘員のガドルノス・リュノア・リーリエを連れてだ。運が味方をしたとしか言いようがない。


 ――にしても、『屍喰いの鴉』か。


 どこかで聞いたことのある名だった。世俗にこと疎いヘルメスが聞き覚えがあるということは、それなりに高名か凶悪な盗賊団なのだろう。後で情報通の魔女ども(ウォー・ソーサラー)にでも聞いておくとしよう。


「考え事は終わりかい?」 

「ああ。おかげさまでな。で? 人の家にアポなしで来たアンタらは何の用で?」

「俺が今回アンタらに頼みたいのは他でもない。アンタらにしかできないことがあるからだ」

「ほぉ。それはそれは有難いこって。だが俺は錬金術師であって何でも屋ではないんだ。他をあたってくれ」

「フッ、邪険にされてるな。ま、こちらも早々に引くわけにもいかなくてな」


 良い予感は微塵たりともしない。

 悪いことをしたからとか、職業柄そんな気がするとかではない。

 端的に言えば、ここ最近の騒動の巻き込まれっぷりに警戒せざるを得ない。

 ただそれだけだ。そんなヘルメスの予想をことごとくなぞっていくかのように、クロウと名乗った男は口を開いた。


「ルベドの森を根城にしているアンタなら分かるはずだろう? 『神霊種(エルフ)』がこの森に実際に居ることを」

「何言ってんだテメー。頭沸いてんのか?」

「隠さなくていいさ。住んでいる場所は既に俺の部下が発見している」

「そりゃ大したもんだ」

「が、精霊族神霊種の魔術はこと人間種の魔術とは本質からして違うという話じゃないか。あくまで我々は人を相手取る盗賊団……惜しい人材も多い。噂じゃアンタは錬金術とかいう〈魔法〉じみた技術を持っているらしいじゃないか」

「今この場でテメーに使ってやってもいいんだぜ?」

「ハハッ、怖いことをいうもんだ」


 二人の思惑はかみ合っていなかった。

 それもそのはず、ヘルメスはクロウの発言を何一つ信じていなかった。

 ルベドの森に『神霊種(エルフ)』こと、『精霊族』と呼ばれる種族は確かに存在する。

 しかし住処とされる場所は深層の奥深く、最早まともな生物と呼べるものは居ないエリアにあるのだ。訓練を積んだとはいえ、ただの人間程度ではどうにもならないのは変わらない。

 

 ところが、冷めた表情のヘルメスが最後の台詞で大きく顔色を変える。


「シアラ・ウィル・マナリア――『神霊王女』の誘拐を頼みたい」


 してやったりと、クロウと名乗った男は嘲笑う。


 ――確信を得ることができた、と。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 サブタイトルが四字構成になっている意味は特にないですが、こんな感じで一章ごとにちょっとした変化を付けていきたいですね。

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