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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第一章 魔性の森の錬金術師
31/62

Epilogue 凶兆胎動

 『聖天教』の騒動から早一週間。

 事件も騒動も、街の噂も時と共に少しずつ忘れられていく。

 それが人々の身に何の危険もないものだったらなおさらだ。


 ラブレス中央区。ガドルノス・リュカティエル邸。


 日がな自室件執務室にて仕事に勤しむ彼だが、今日は慌ただしく家を出ていく羽目となっていた。


「ガドルノス様、朝食は召し上がらなくてよろしいのですか!?」

「スマン! 今日は帰りも遅くなる! くれぐれもリュノアたちを頼んだぞ!」


 朝の支度を普段の倍の速度で行っているガドルノスに、リュカティエル家に仕える侍女リーリエは、ただならぬ気配を感じていた。


「……どうしたのでしょうか?」


 足早に御者に向かわせたのは、ラブレス中央区にある監獄棟だ。


 中央区ということで人の往来は多いが、最も警備が厳重且つ不落の城塞と誉れ高い廃砦を改築したそこは、過去一切の脱獄を許したことは無かった。


 だのになぜ、朝っぱらから向かう必要があるのか?


「……ご安心を、ガドルノス様」


 僅かながら生まれた不安を飲み込み、走っていく馬車が遠くなっていくのをリーリエは見送る。



 ラブレス中央区監獄棟。


 やや風化して苔むした外壁が特徴の建物は、ガドルノスの邸宅同様見上げなければ全容が目に入らないほど巨大だ。地下には深く掘られた三層の牢があり、迷路のように入り組んだ通路は、時に看守すらも道に迷うほどだ。


 平時は人の出入りなど囚人の収容か釈放くらいしか無い監獄棟へ、揃いの制服に身を包んだ憲兵が――こちらの世界の警察機構であり、凡そ元の世界と同様の意味を持つ――忙しなく行ったり来たりしている。


「スマン、どいてくれ!」


 人波をかき分けながら監獄棟の中に入るガドルノス。


 古びた外観とは裏腹に、中はきっちりと整備されており、看守や職員、囚人たちの勤労意欲を損なわないように衛生面も問題ない。今日ガドルノスが早馬で向かう羽目となった理由は、ずばり監獄内で殺人が起こったからだ。

 しかし、本来であればわざわざ市長たるガドルノスが出張る案件ではない。寧ろ専門家たる憲兵たちの邪魔にすらなってしまうだろう。


 では何故、出張る事態になってしまったか?


 三層にて構成される牢獄を駆け足で下ると、濃厚な血の香りが鼻腔を突き刺してきた。

 耐えながらも憲兵や看守が集った場所へと向かうとそこには――。


「ぬぅ……なんということだ……!」


 思わずガドルノスも嘔気に駆られた。目の前の惨禍を一言で表すのなら、血の海と形容すべきだろう。人の身に絶えず流れる血液の全てが、間違いなく一滴残らずこの場に出尽くしているはずだ。原因であり犠牲者でもある、人だったモノの正体に気付くのに、思いの外時間はかからなかった。


「ルスト・クレイトン……!?」


 バラバラの細切れになった肉片が浮かぶ血海の真ん中に、血だらけの若者の首が転がされていたのだ。


 ガドルノスが呟いた名前は自分の愛娘、リュノアへ〈呪術〉を施そうとした張本人だ。ルストは異常なまでに増長しひねくれ曲がった愛欲を、ある時誰も自分に振り向いてくれなかった中優しく接してくれたリュノアへと向けてしまう。

 その結果が〈呪術〉の解呪を行い命を救う演劇――有体に言えば吊り橋効果を狙う喜劇を画策した。


 しかしその喜劇も『魔性の森の錬金術師』ことヘルメス・トリスメギストスらの手によって打ち砕かれ、憲兵が動くまでもなくこの監獄へとぶち込まれたのだった。

 愛娘を苦しみの極致へと立たせた男だったが、いざこのように惨殺されると苦い気持ちになってしまう。こみ上げた嘔気を飲み下し、ガドルノスが辺りの憲兵に報告をするよう促す。


「はい、ガドルノス市長。現時点で幾つか分かったことが――」


 顔を覆うマスクと手袋をした憲兵がバインダー片手にガドルノスへ報告を行う。

 どうやらルスト以外の囚人も幾らか同様の惨事になっているらしい。バラバラに切り刻まれた体の肉片が浮いてる血だまりの中に、一刀両断された首が置いてあったそうだ。


 殺された囚人たちはどれも監獄棟地下一層目の囚人であり、比較的軽犯罪を犯した者が多数を占める。ルストも本来は呪殺という罪状で地下三層の重罪を犯した囚人を収容するエリアへ送られるはずだった。それでも年齢の若さを考慮して特例ながら一層の牢へと入れられていた。彼は収容されてからは模範囚として問題なく過ごしていた。その実心中では何を思っていたかは分からない。


 だからこそ、殺される意味が分からないのだ。


 故人の評価としては失礼に当たるかもしれないが、友人以外に囚人との交流も少なかったようだ。殺される恨みを遺すような生き方をするような人種でも無い。他の殺された囚人たちとも面識はなく、ルスト自身も不干渉を貫いていた。牢獄の友情なんかを信じていないというべきか。


 ただ、目的はある程度理解できた。


 主に囚人の殺害が多かった一層を中心に、何人かの囚人が居なくなっていた。第三層の重犯罪者、ソロウ・アルゴーもその一人だ。目的は囚人の脱獄の手引きだろうが、何故か盗みを犯した流浪の旅人や街で乱闘騒ぎを起こした酔っ払いなど、脱獄させた目的が判然としない囚人が多数を占めていた。


 目的の見当はついても理由に疑問が残る。


「いったいどうしてこんなことに? 調査は進んでいるのかね?」

「はい。それがどうやら組織犯のようで……これが遺体の傍に置いてありまして」


 表情が青ざめているように見えたマスクの憲兵が、革袋に入ったものをそっと手袋の上にあけていく。


 カランカランと、軽快な音をたてて出てきたのは――。


「黒い……ブローチ? いや、これは――!」


 憲兵の青ざめた表情の意味を理解したガドルノスの背筋に怖気が走る。

 凶兆の接近の予兆――憲兵の手の上で妖しく光り輝くブローチを忌々し気に見下ろし、彼は怖れた。

 再び自分に、自分の子に、民衆たちに、暗い影から魔の手が伸びることを。



 ラブレス中央区監獄棟の明かりが人の往来でチカチカと点滅してるように見える。

 薄暗い通りで慌ただしい様相の監獄棟を眺める影があった。

 

「……委細万事ないか。帰投するぞ、お前ら」

「ケヒャ! 随分簡単だったねぇ!」

「退屈だったよ、師団長(・・・)。……少なくとも、こんな汚れ仕事は二度と御免だね」


 低い声、甲高い声、年若い声――三者三様の台詞を吐いた三人。

 羽織る黒いマントの胸元には、鴉の羽飾り(ブローチ)が光っていた。


 陰に紛れて漆黒は踵を返して消えていく。


 漆黒に身を包む凶兆がとある人物へと会いに行くのは、その三日後だった。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 これにて第一章は最後となります。

 サブタイトルも変わり、次から第二章となります。

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