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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第一章 魔性の森の錬金術師
3/62

#2 『錬金術師』ヘルメス・トリスメギストス 2

 ――死んだ? 俺は……死んだ?


 蓮也の頭は今や正常な機能を失っていた。


 ――まだ二十にも満たない年月しか生きていない俺が?


 汗が噴き出す。

 身体が震える。

 恐怖が心を支配する。


「は、ははは……そんなバカな……これは夢だろ? 明晰夢(めいせきむ)ってやつ……だろ?」


 口をついて出たのは、精一杯の強がり。

 そもそも懸念はあった。自分の物かと疑う身体の快調ぶりをはじめ、周囲の異常な景色に、そこに佇む謎の人物――少し冷静に考えれば、多少なりとも理解や納得のいく答えに辿り着けたのかもしれなかった。


 それでも、拭いきれない事実のような感覚が頭にこびりつき、離れない。


「うあ……う……うあぁぁぁっ……!」


 喉から絞り出す嗚咽、涙が零れ落ちる。不安、恐怖、絶望、全てが入り混じり溢れるその時、ふわりと目の前の影が動いた。影が蓮也にかぶさると、むにゅり――柔らかい感触が顔に当たり、眼前が真っ暗闇に覆われた。


「大丈夫……怖れることはなにもないの」


 慈愛に満ち、狂った心を鎮めるような声。

 それは紛れもなく黒ローブの女性のものだった。


「君は死なない。私が死なせないわ。ほら、これを見て」


 ふにふにとした柔らかい感触から解放され、フリーズした脳が熱を帯びて動き出した途端、彼女は蓮也の体を離して右手を注目させた。そこに在るのは、暗い空間に浮かぶ眩いまでに白銀に煌く火の玉。表現するのならば、『生命』を具現化したかのような形をしていた。


「……それは?」

「君をこれから、『私が居る世界』に転生させるの」

「……は?」

「そしてこれは蓮也の生命……言うなれば『私が作った新しい君の命』よ」

「……え?」


 回答の内容はある意味では順当であり、まるで現実味を帯びていないものだった。


「これを君に与えれば、晴れて私がいる世界へと転生できるわ」

「……なるほど」

「けれど、転生した後の器……身体は私になるわ」

「……んん?」


 前提条件がまるで想像もつかないものだった。先ほどから曖昧な相槌しか打つことが出来なかった蓮也は、必死に理解しようと混乱した頭を働かせ、一つの結論へと至った。


「要するに……アンタの体で転生するってことは……『転生』して『転性』することになる、よな? 俺はこう、ヤロウなワケだし……」

「分かり易い表し方ね。私の力不足で申し訳ないけど、命を蘇らせる力の行使が限界でね。選択権は無いわ」

「いやむしろめっちゃ嬉しいくらいでげふんげふん」


 改めて抱きしめられた時のことを思い出す。黒いローブで体を覆っているので遠くからでは分からなかったが、非常に、ひじょーにスタイル抜群ってことだけは今まさに分かった。

 生前送るはずだった人生の中で、絶対に経験することはないだろう出来事をたった今経験できたのだ。


 そしてその経験をくれた身体が自分の物になる。変態くさいが昂りを抑えきれなかった。

 黒ローブの女性は察したようで、上品にクスリと微笑む。……色々、余計なことまで察された気もする。


「詳しい事情とかは身体に慣れてから伝えるわ。後は君の心次第よ」


 とんがり帽子を少し上げると、その瞳を覗くことができた。

 サファイアを思わせる美しい蒼の瞳で向けられた慈愛の眼差しは、確かな真剣味を帯びている。


「……ああ、心は決まった」


 蓮也も答えるために真摯に、誠実に言葉を返した。


 すると、彼女はとんがり帽子を取り去った。


 途端にバクンッ、と蓮也の心音が弾んだ。


 目が慣れても暗がりの中では正確に顔を認識できなかった。


 それでも、蓮也は顔の輪郭を、微かに輝く蒼の瞳を、長く嫋やかな髪の毛を、余すことなく見た。初めてだが、これが魅了されたということなんだろう。そう思った。


「改めてはじめまして、私は『錬金術師』のヘルメス――『ヘルメス・トリスメギストス』よ。これから君にこの体を授け、アークヴァイン王国のルベドの森……私の居る世界へと誘います」


 ヘルメスは白銀に輝く『命』を蓮也の身体の内へと押し込んで、頬に優しくキスをして豊満な胸に抱き寄せた。


 蓮也とヘルメスは腕をお互いの背中へと回す。そしてヘルメスは耳元でそっと囁いた――。



「君は私の代わりにこの身体として、世界の平和を守る役目に就いてもらいます」

「えっ――」

「蓮也になら、任せられるわ――この『力』を」



 蓮也の視界は白光に包まれる。


 最後の最後に投下された疑問の爆弾が爆ぜながら、意識は途切れた。




 目が覚めると、見慣れない天井を見上げていることに気付く。次いで身体を起こすと、胸の辺りが重く感じる。違和感を覚えて身体に目をやると――心臓が止まりそうになった。


 自分の身体は元の身体とはまるで違うものとなっていたのだ。


 上質な絹よりも艶やかな白い肌。どんな宝石の輝きもくすむだろう美しい蒼の瞳。鏡越しの自分すらも直視に堪えない美貌。男の自分にあった「モノ」が無くなり、代わりにあった豊満な双丘。

 驚きのあまり声を上げる。そして再び驚嘆の極地へと至る。自身の声の明瞭なまでの違いにだ。

 ベッドで上体を起こした状態でしばらく呆然とする。自分の身体が男性のものから女性のものへと変わってしまい、あまつさえ下着姿で寝ている事実を受け止めきれなかった。


 第一に「自分が死んだ」という事実。頬をつねっても夢からは覚めなかった。

 第二に「異世界に転生した」という事実。窓から見える景色や、調度品の質や作りから察せる。

 第三に「転生した上に転性した」という想定外の事実。

 正直一番受け入れ難い事実だった。焦りが募りすぎてて仕方がなかった。なんてったって十七年男をやってた上、悲しい事に童貞だった。女性の体の仕組みや生理現象の知識なんざ、青年誌のHなシーン程度の中途半端なものだ。


 ひとしきり悶えた後、再び目線を真下に落とす。

 

「……くふふふふふふふ」 


 自分のものになった綺麗な手で軽く胸を触る。あまりの柔らかさに頬が緩んだ。


 次いで黒い下着をちらりとずらす。


「――ンッ……フフフッ」


 悶絶し、声にならない声を出す。

 童貞少年には些か刺激が強すぎるパーフェクトなボディラインに、蓮也の精神は悩殺されていた。

 この後も一日かけて自分のものになった身体を、綿密に、丹念に、どういうものなのかを調べていったのだった。


「……ふぅ」


 清々しく息をつく蓮也は、どこか成長したような面持ちだった。浴室と思しき部屋で湯に浸かりながら、妖し気な翡翠に淡く輝く液体を飲んでいる。ミント独特のスーッと鼻を抜ける爽やかな香りと、元の世界の紅茶に似た味を併せ持つ独特なそれは、恐らく香草を煎じて淹れたお茶なのだろう。驚くことに冷蔵庫らしきケースの中に入っていたのでキンキンに冷えていた。


 窓から差し込む月明かりを見上げ、興奮を抑えて素面に戻り、冷静に「今の自分」を顧みた。


 思い返したのは黒ローブの女性――ヘルメス・トリスメギストスが告げたこと。


「……「君は私の代わりにこの身体として、世界の平和を守る役目に就いてもらいます」……ね」


 (てい)の良い自分の役目を丸投げにするような発言にも捉えられかねない話だ。それも随分な重荷をぶん投げられた気分だ。


 それでも、このヘルメスの身体は、世界平和の維持という大層な役目を背負うに相応しい力を持っているのは分かっていた。

 残念ながらステータスやポップアップメニューが空間に出て、自分のパラメーターを確認することはできない。そのため今日一日かけて自分の身体機能を確認していった。決して肉欲に従って奔放なコトだけをしていたわけではない。

 筋力や敏捷性といった基礎的な機能は転生前よりも劣っていたが、それは男女の性差という文言である程度納得はつく。

 それ以上に身体の中には、常に燃え盛る炎のように滾っているモノがあった。

 それが所謂ファンタジー世界の『魔力』らしき力ということなのは、何となく想像がついた。

 問題なのは感覚の強度とでも言うべきか。今でも身の内で轟々と湧き立つ『魔力』は、活火山のマグマのように全身を焼き焦がさんと、血流と共に全身を巡っていた。


 ともすれば、『上位存在から大きな力を授けられて転生』のパターンに近いのだろうが、転生よりも転移に近いのか。『転生』に『転性』が混じるなんて思いもよらなんだと、お茶を一口含んで慣れない感覚に身を任せながら思い耽る。


 結局のところ、間桐蓮也は死んだのだ。異世界で常在する謎の力――それが巡る感覚に一喜一憂していることが、本来の(ことわり)が統べる世界から外れた証拠に他ならない。


 『間桐蓮也』という存在は死に、『ヘルメス・トリスメギストス』という存在が言ったとおりに、自分は今、精神だけを共有した「同一存在」になっていた。


 美女に転生したことは格別に嬉しい事この上ないのだが、何よりもまず見つけるべきことがあったのだ。


()は……どうすりゃいいんだろうなぁー……」


 この世界で自分は何を成すか。何を成せる存在として生きていくのか。


 ヘルメスは確かに蓮也に世界の救済という突飛な目的を与えたが、それはあくまで『ヘルメス・トリスメギストス』だった「彼女」が果たさなければならないものだ。

 その「彼女」に為った『間桐蓮也』が果たすべき目的ではない。そのためだけに生きるのでは転生し、転性した意味は無いに等しい。

 望まずとも救ってもらった身分とはいえ、彼女自身の目的に応えるために蘇り、傀儡となるのは面白くもなんともない。新たに生を受けたからには当面の目的というか、この世界でなす目標を作らなければならない。けれど、生前ですらも大それた目標も夢も無かった蓮也には、生まれ落ちた一瞬で目標を作るのは無理だった。


 もやもやした不安感を抱えて浴室から出ると、傾いていた夕日は山間に引きこもってしまっていた。その後も消え難い不安に苛まれながらベッドに潜り込む。転生初日はごくあっさりと、無為に終わった。


 そんな日から数日後、再び『ニグレド』と呼ばれるヘルメスの深層心理へと呼ばれた。というよりは、最初の訪れと同じ明晰夢の状態だった。

 「今後何度も来る」とはそういう意味かと納得しつつも、暗闇で穏やかに微笑むヘルメスは蓮也に語り始めた。


 内容は転生した世界の歴史や国家間の繋がり、基本的な知識や常識だった。言語が蓮也が元居た世界の日本語に準拠するのは、同時翻訳と似たようなものだと言われた。理解はしにくいが、要は聞こえた異世界語が日本語の意味できっちり判読できることなのだろう。日本語のままで会話が成立してくれるのはラクチンだとくらいに思っていた。異世界ものの言葉と文化の違いによる交流遮断の心配はなくなったのだから。


 授業を受けながら頭をよぎった単語は「チュートリアル」であった。またそこでは自分の姿は「ヘルメス」から「間桐蓮也」へと戻っていたのが気になった。


 その数日後、再び『ニグレド』へ呼ばれ、自分の身の内で流れる力こと『魔力』や、ヘルメスの職業――『錬金術師』として使える能力を教えられる。

 この世界の錬金術師が行う『錬金術』は、金属の錬成を行うだけでなく薬品までも錬成してしまうらしい。それどころか生活実用品までも作り出したり、果ては占いによる未来予知までやってのける、所謂「何でも屋」に近い職業らしい。

 それにしても、この『ニグレド』という空間にしても、自分が暮らす『ルベド』の森にしても、どこか現代知識に掠っているのがどうにも頭を離れない。


 さらに数日後、『ニグレド』へ呼ばれた蓮也はつい気になって姿の変化を問いた。

 答えは「ルベドの森での蓮也の精神と人格が入れ替わっているだけだから」だそうだ。納得できるようなできないような回答だった。


 またまた数日後、別の何かを教わりそのまた数日後……そんなサイクルを何度も繰り返し、ルベドの森での生活を三年過ごした。間桐蓮也の肉体、精神で換算すれば成人になった。

 三年間で何時の間にやら従者ことリルが家に住み着き、錬金術師として依頼をこなしていくうちに、いつしか転生当初に抱えていた不安は霧のように消え去っていた。


 そしてとうとう、目標を見つけた。


 三年間、絶世の美女というありふれた形容では表しきれない女性になって過ごした歳月は、思春期の少年に大きな影響を与えたと言っていいだろう。主に性癖の点だが。

 多種多様な種族が絡み合い広がる新たな世界は、人間・神霊・妖魔が入り混じる世界だった。元の世界のデジタルに染まった世界とは違う『魔力』によって成り立つ世界に、重度のオタクでなくとも厨二病の気があった蓮也は深く惚れ込んでしまった。


 三年間、錬金術師として暮らして彼が得た新たな夢は、「おにゃのこハーレムを作ってみせる」だった。



 ……果たして、どこでどう間違えたらこんな夢を持つことになったのやら。



「――い、おーい、あるじー。なに呆けてんだー?」

「ん……ああ、ちょっと考え事」


 遠巻きに聴こえたリルの声に反応すると、当の本人は無遠慮に主の頭を叩いていた。ちらっと時計を見ると、時間は一分も経ってなかった。


「『転生』した『転性者』の勇壮な冒険譚をしみじみ思い出していただけさ」

「ああ、主がラリってるしている間の話か」

「お前なぁ……主様が頑張って学習している時間をそんな呼び方するぅ? せめてトランス状態とか、もっと優しく言ってくれよ」


 『ニグレド』へと呼び出される頻度は減ったが、今でも時折呼び出されることはある。呼び出されている間は蓮也は何をされても起き上がらないうえ、目覚めた後は若干トランスしたような精神状態になっているため、リルには口悪くそう呼ばれているのだ。


 明らかに機嫌を損ねたふくれっ面でそう言うと、ヘルメスの腹がぐぐぅーっ、と盛大に鳴り響いた。


「考え事してたらお腹すいた……って、今冷蔵庫空っぽなんだっけ。魔獣を狩って焼肉にしようぜ」

「私は狩りには行かないぞ」

「えー、巨猪(エボルボア)が食べたいー。生きたまま血抜きして獣臭さを抑えた肉が食ーべーたーいー」

「めんどくさい注文までつけても行かないぞ」


 ぶーぶーと注文を付けるヘルメスにぴしゃりと言って、リルはナイフとカゴを取り出してきた。


「それ何する用意だ? ナイフにカゴって、果物採取か?」

「言っただろ、今日の主の飯は庭の花だって」

「え、マジで言ってるそれ? 襲っちゃっても文句ないよねそれ? むしろ誘ってるのと同義だよねそれ?」

「ド変態。魔獣で発散してろ」


 冷たい視線がヘルメスへと刺さる。主に対してペット以下の態度だ。


 ヘルメス宅の極彩色の庭の花は『マンドラゴラ』と呼ばれる、元の世界では「引っこ抜いたら叫ぶ」と噂されていた薬学や錬金術で使用される植物の亜種と元人格のヘルメスから聞かされている。不老不死の秘薬の素材ともされる植物であり、滋養強壮の効果が含まれている。

 ただし副作用として強力な催淫効果も含まれており、明言しないが早急に発散しなければならない程度に危険な代物でもある。


「わかったわかった。俺もついてくから魔獣狩りにいこーって」

「……ついてきてもどうせ手出ししないくせに」


 ぶすっとむくれながらもカゴを置くとリルは自室へと走っていき、銀製の弓と矢筒を携えて戻って来た。ヘルメス謹製の魔獣の甲殻や外皮すら射貫ける銀の弓矢は、大型の魔獣を仕方ないなと言ってリルはそっぽを向く。


「ヒューッ! さっすが俺の愛しいリルだぁ!」

「バカなこと言ってないでさっさといくぞ!」


 抱き着きながらリルの手を取り、二人で家のドアを開ける。

 錬金術師とその従者は弓矢を携え、昼下がりのルベドの森へと消えていった。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 二分割しても一万文字越えという長文になってしまいました。またちょっぴりHな描写も増えました。


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