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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第一章 魔性の森の錬金術師
28/62

#26 聖女として、成すべき事

 『聖女』――諸島連合国家が存在するヘルメス転生後の世界では、一般的に『聖天教』の信仰者の中でも特に敬虔な信仰を積んだ者に渡される一つの称号である。各地『聖天教』で布教活動を続ける主教と同等の地位を持ち、主教と共に各地へと派遣されることもある。


 成り立ちは遥か昔、何百年も前の古き時代、【オルテシア帝国】――現諸島連合国家・オルテンシス帝国の前身が発祥とされ、『聖天教』の創立も同時期にあたる。


 遥か昔のことだ。国家にも権力者にも帰属しない魔女たちの自由奔放な立ち振る舞いは、各諸島連合国家を苦しめていた。戦争含む様々な外交戦略によって各々国力を削りあっている中、好き放題破壊や略奪を行う魔女たちを敵と見做す認識が諸島連合国家内で高まっていた。


 特にオルテシア帝国は侵略によって領土を広げる侵略国家であり、魔女の略奪にはひと際苦しめられていた。この時期はアークヴァイン王国と十三年にも及ぶ長い期間戦争を続けていたことで、魔女被害と戦争被害の板挟みにあっていたのも要因である。


 北方に位置し厳しい寒気が冬に襲ってくるオルテシア帝国は、少しずつ苦境に立たされていく。冬季の糧食生産力低下と、厳しい寒気による兵力及び士気の低下、抵抗力の無い子供の死亡が頻繁に起こるオルテシア帝国に、泥沼化した戦争を耐える力は無くなってくる。

 兵士も兵糧も武器も薬も消耗していく。勝ち目の薄い戦争に、民衆も少しずつ離反しかけていた。


 国の存亡の鍔際、時の皇帝『レリデュース・オルテシア』は、ついに禁忌に触れた。


「彼のアークヴァイン王国(ちくしょうども)から我が国を守るためならば、如何な外法とて力にする」


 暴動寸前の民衆を前にレリデュース皇帝はそう宣言した。そして密かに密命を受けた勅使たちが、行動を移し始める。

 レリデュース皇帝の言葉の真意――一部の争うことを良しとせず身をひそめる平和主義の『魔女』たちを雇いあげた。


「争いを好まぬのは百も承知。だが、この国は貴女の力を欲している。敵を滅ぼす力としてでなく、傷付いた民衆を癒す力として」


 字面を変えて、『聖女』として。

 魔女を祭り上げて誕生したのが『聖天教』――護国のために兵士と民衆を癒す回復の〈魔術〉こと、〈秘術〉を行使する魔女の集団。まだ魔女殲滅という教義は当初は影も形もない頃の話だ。

 真実は伏せられたまま聖女となった魔女たちは、人へ癒しの力を持つ〈秘術〉を施していった。最初はあまりに異な力に不信感を覚える人は多かった。事実、彼女らを魔女だと糾弾する者もいたが、それも時が経つにつれて少しずつ民衆は受け入れていった。無能な帝政が半ば見捨てていた自分たちを、癒し、慈しみ、護ってくれる聖女たちを、受け入れないわけがなかった。


 皇帝の「狙い」がそこだったとは民衆も聖女も露知れず、聖女の存在は民衆たちに浸透していった。


 魔女にしろ聖女になった魔女にしろ、人知を超える力を持っていることに変わりはないが、時の権力者に御しやすいのは己の欲望に突き動かされて魔術を行使する魔女よりも、国の危機を憂い自己犠牲を厭わない聖女だった。


 そもそも〈秘術〉の正体は、術者の魔力を対象者に分け与え自然治癒力を向上させるものだ。

 慢性的な食糧不足だったオルテシア帝国では、生命維持に必要な魔力を食事でほぼ得ることができない状況にあった。生命維持程度の魔力操作しか知らない一般人には、自然の魔力を効率よく取り込む術など知りもしない。栄養以外に欠乏したものを取り込めず死に至ることを防げる〈秘術〉は、食糧不足による餓死や魔力枯渇による死亡を誤魔化す手段として


 そして聖女たちも権力者たちの支援を自発的に受け入れた。

 自分の魔力を分け与えるという性質上、〈秘術〉を行使した後に魔力が回復するまで時間がかかる。自分の生命を維持するだけの魔力を確保したまま、〈秘術〉の効力を十全に発揮するためには安全な場所と時間が必要となるのだ。


 こうして聖女たちは民衆だけでなく、権力者たちも受け入れていった。

 初めは間違いなく民衆のためだった。傷つく民衆を癒し、悪意ある魔女たちから人々を守るために。純粋に護国のためを思った措置だった。それでも民衆たちは不満がる。聖女たちが苦労する原因を作った元凶を受け入れるなんて、と。


 そして、この機に乗じて権力者たちは少しずつ、彼女たちの立場を変えていく。聖女を自らの所有物として扱い始めた。

 家族や大事な人をを人質に取る物理的手段から、民衆への圧力を抑えて高額な税金を抑えるといった搦手など、様々な妨害を以てして聖女らを抵抗できない状況へと追い込んだ。力は持っていても、精神的に反抗の意志を抑え、逃げ出せなくしたのだ。


 聖女といえど、異端の力を持っていても、人の子であることに変わりはない。人としての情が、彼女らを束縛したのだ。


 大事な人の命を握られた彼女らは、とうとう敵対者の血を流すために忌まれた力を振るった。


 では敵対者とは?


 決してアークヴァイン王国(ちくしょうども)ではない。穢れた力に頼る者と同じ力で戦ってたまるかと、内乱を穢れた力で鎮めていたことを棚に上げて、国内の敵対者を打ち滅ぼした。


 それこそオルテンシス帝国の『魔女狩り』だ。今では滅びた帝国の名は消え、現帝国の名で知れ渡っているが、魔女狩りは聖女を以てして行われたとされている。


 平和主義の聖女たちは、とりわけ攻撃の魔術にも精通していた。力を持つが故、彼女らは自らの力が世界を滅ぼしかねないと知っていたから。力の利用を危惧したから、彼女らは誰にも帰属せず、中立に立っていた。

 だが、平和を願うその思いは踏み躙られた。他ならぬ護ろうとした人たちの手によって。脅迫されるままに、彼女らはかつての同胞に、死に至らしめる力を振るった。葬られた魔女たちの中に、もしかしたら友人や知人、もしくは血族が居たやも知れない。けれど、止まることはできない。滅ぼさねば、自分たちが滅ぼされるのだから。


 こうして有象無象の魔女たちは国内から狩り尽くされた。少数は残っていたかもしれないが、暴動を起こそうと手練れの兵士が居れば幾らでも鎮圧できた。

 同時に聖女たちも魔力を使い果たしていた。有象無象とはいえ数は多い。抗戦する魔女たちの魔術に耐え切れず、魔女狩りの際に死んだ聖女も多かった。

 生き残った聖女たちも悲惨な末路を辿っていく。枯渇した魔力を回復できぬまま死んだ者。力を発揮できない魔力枯渇状態で幽閉され、力を利用される者。


 このまま聖女たちは権力者たちの傀儡として、命の果てまで使い潰される――はずだった。


 ある時、然る時代のオルテシア帝国の皇帝が、傀儡のように使われていた聖女の一人を娶った。理由は現在になっても明らかにはなっていない。


 皇帝の名は『シス・オルテシア』。彼が行った政策は「何もない」。どの文献にも彼の活動記録は残っておらず、僅かに時代を生きた者たちの口伝ですら伝わってなかった。誰もシスという皇帝の実態を知る者はいない。 


 彼が「何もない」と後世の歴史で語られるのも、聖女を娶った時を境に皇帝は国内のありとあらゆる権限を手放したからだ。各地の統治権を放棄し、調印や最終的な執行の指令すらもせず、表舞台から去っていった。


 では誰が執政を執り行っていたか――。


 最後に表舞台に残っていたのは、妖艶な雰囲気放つ、この世のモノとは思えない美貌の女帝であったとされる。


 それこそが、娶られた傀儡の聖女の一人にして、『聖天教』の象徴たる聖女から傾国の凶兆を招く魔女へと成り下がったとされるモノ――『神聖母』にして『大淫婦』と呼ばれる『マリア・ハーロット』だ。


 詳しい時期は不明だが、ある時を境に傀儡が入れ替わったとされる。

 彼女が実際にどのような執政を執り行ったか。どのような政策を以てして国を率いたかなどの表の歴史に刻まれるものは皇帝同様何一つ残っていない。生没年、死因なども明らかにはなっていない。

 それでもマリアは国を窮地から救ったとされ、その功績から現在に至るまで『神聖母』と崇められ、女神像として祀られた。


 一見すれば美談で終わるのだが、彼女のもう一つの二つ名。

 いや、忌み名というべきか。

 彼女を傾国の魔女と言わしめた逸話が残っている。


 マリアは数多の子を孕んだ。しかしそれは正統なシスの血を引く子供だけではない。素性も知らぬ城の給仕の男と交わった子から、国内貴族の血筋の子、果ては他国の大貴族から王族の子、どこからやってきたのかわからない旅人との子供もいた。


 当然だが、その後の帝政は混沌と混乱の極致に立たされたとされる。

 誰が次期皇帝か。誰が正統な女帝の血の後継者か。遺産分配はどうなるか――内紛で一時期国は完全に崩壊しかけていた。この時期に怨敵アークヴァイン王国と和平交渉を結ぶ。和平を持ち掛けたのも、内紛を重く見た一時的に執政代理となった者の独断である。


 それから現在に至るまで、国の上層部に残った過去の負債を民衆に気付かれないように清算していくことになるが、内紛の頂点期に諸悪の根源たるマリア・ハーロットは姿を消す。

 死んだのか、はたまた生きているのかは現在でも不明であり、上層部が秘密裏に遺体や彼女につながる手がかりを探している部隊があるという噂までされているそうだ。


 これが忌み名『大淫婦』の由来とされる。


 ある者は彼女への恨みを込めてこう呼ぶ。


 時の皇帝を篭絡し傀儡するだけに飽き足らず、故知れぬ出自の子を数多孕んだ姿から『大淫婦ハーロット』と。


 だが一時とはいえ国を救いようのない危機から救いあげた彼女のことを、ある者はこう呼ぶ。


 死の淵に立った者に寄り添い、暖かな光によって命を救う彼女の慈愛に満ちた姿から『神聖母マリア』と。


 原初の聖女は魔女の側面を残して消えぬ爪痕を刻んだ。『聖天教』の発祥が他の信者たちには歪められて伝えられているのは、魔女廃絶の教義を掲げながらも、「最初の聖女が魔女そのものだった」という矛盾を讃える一面からだ。


 何故国を揺るがした魔女が、最後に聖女として崇められる存在となったのか――真実を知る者はいないとされる。


 数多の主教も。

 主教たちを統治する幾人かの大主教も。

 今の皇帝でさえも。



「時のオルテシア帝国……オルテンシス帝国を死の淵から救った、〈秘術〉を行使する聖女たちは今や誰一人残っていない。……主教が語ったことはこれが全てです」


 語り終えたラフィーゼの目はとても落ち着いている。信仰を根幹から揺るがす真実を聞いたにも拘らず。


「概ね、俺の知る限りの真実と合っている。後は口伝のちょっとした違いなだけだ」

「そうですか。それはよかったです。尊敬していた主教を、今後ずっと背信者として見れずに済みそうです」


 どこか寂し気に笑うラフィーゼ。真実を語る姿は凛然であった。けれど垣間見えるもの悲しい気配に、ヘルメスは心を痛める。


「心配はいりませんよ。この程度で変わる信仰なら、当の昔に私は戒律から背いていましたよ。むしろ少し驚いたくらいですもの。主教としてあるまじき行為はしましたが、あの男は確かに主教の地位にいるだけの知識を持っていたのですから。言い方は変ですが、少し誇らしくも思います。どこで間違えたのかはわかりませんが」


 表情には出していないつもりだったが、察したような顔をするラフィーゼは気丈に言う。


「そっか。ならよかった。一番心配してた事が一つ消えてホントによかったよ」

「いえ。貴方まで心配させるとは思いもよらなんだって感じですけど」

「言うねぇまったく」


 どこかで茶化して場を和ませたかったヘルメスだが、やはりそれは徒労に終わる。無理もないが。


 結局、真面目モードでいくしかないのか。

 転生する前もあまり得意じゃなかった。こんなシチュエーションは。

 いや、得意であってたまるものか。


 心中で漫才じみた独り言を繰り返し、ヘルメスは聞きたかったことがあったと思い出す。


「んじゃあ、ま。一つだけ最後の心配事を聞かせてくれないかい?」

「なんですか。急に改まって」

「『聖天教』のこれからについて、だ」

「これから、ですか」

「ああ。君は同じ神を信仰する一つの集団を率いる立場にある。だからこそ、君の口から聞かせてほしいんだ。どんな組織として、どのように信仰者たちを導いていくかを」


 ヘルメスの蒼色の瞳がラフィーゼの両目を捉える。例え女性であろうとヘルメスの姿は妖艶に映る。『魅了の魔眼』を発動していなくても、落ちてしまいそうなほどに。

 不思議と跳ねた心臓の音を落ち着かせながら、ラフィーゼは口を開く。というのも、ヘルメスが問うたことは今までずっと考えてたことだから。


「私は貴方のように誰かを一目で魅了し、貴方のために我が身全てを捧げるような気になるほどのカリスマ性はありません。人を率いる立場になった途端に、貴方がすごく羨ましく思えます」


 ラフィーゼはヘルメスたちと共に行動しているうちに、彼女のある才能に羨望を抱いていた。

 それは人を自分の味方として引き込む圧倒的なまでのカリスマ性――自分自身は無自覚なのが余程質が悪い。自分の才能に気付かないのも、聖女でありながらどこまでも凡庸な自分には嫉妬の対象になってしまう。


 ラフィーゼに〈秘術〉を扱う力は無い。他の聖女たちも同じであり、宗教流布のために各地へ派遣される聖女は力の無い敬虔な信者でしかない。


 ――それでも。


「それでも、私を本物の聖女と信じ、私を支えてくれる人たちが居ます。私には分不相応かもしれない……資格なんて無いのかもしれない。けれど、私は救ってみせます。絶望の淵に悩み、苦しむ人たちを誰一人置き去りにすることはしません。どのような艱難辛苦が待ち受けようと」


 にこりと微笑んだ彼女は言い切る。


 ――間違いなく言い切れる。


 ヘルメスは確信していた。安心した表情で頷いた。

 彼女は、ラフィーゼは、本物の聖女として相応しい器になったと。

 隣に座るリュノアも、妹のような彼女の成長にやや涙ぐんでいた。重苦しくなりかけている空気を、ヘルメスはパンパンと手を叩き、舞台を静観していた背後の従者に命じる。


「よぅし、そうとなりゃあ今日は祝杯だ! リル、豪勢な飯としゃれこもうじゃあないか!」

「まったく……誰が作ると思っているんだか」

「あっ、それなら私もお手伝いしますよ!」


 困ったようなため息一つ、それでもやる気満々にリルは台所に立つ。リュノアもとことこと後ろについていき、仲良さそうに料理に興じていた。

 二人残されたリビングで向かい合わせに座る二人は、何故か気恥ずかしそうに眼を逸らしあった。別にお互い気まずくなるような事情は無いのだが。


 ヘルメスとしては、強くなった彼女がどこか遠くにいるような気分になったからだろうか。

 ラフィーゼとしては、彼女(れんや)に改めて羨望や畏敬を抱いてしまったからだろうか。

 すると不意にヘルメスが目の前のラフィーゼにすっと、手を伸ばす。


「えっ」


 そのまま手はラフィーゼの頭をぽんぽんと優しく叩いた。そしてゆっくり、よく整えられた鮮やかな水色の髪を手で梳き、頭を撫でる。


「……本当に、よく頑張ったよ」


 ヘルメスは心から、彼女のことを労った。

 どこまでも深く傷付いたはずの彼女だが、自分の心を奮い立たせて気丈に、聖女として振舞った。


「一人この地で仲間を得て、再び歩き出した君への俺からの贈り物は、「温かな時間」ってところかな。改めて、いつでも錬金工房へと訪れてくれ。いつだって待っているから」


 テーブルの向かいのラフィーゼの表情は、台所で料理に集中しているリルとリュノアには見えない。


「ッ――……はいっ……!」


 柔らかな笑みにラフィーゼは、今度は安堵の涙をぽろぽろと零す。


 ――ああ。もう気張らなくていいんだ。自分のままで、飾らないでいいんだ。


 もういない家族と過ごしていた日を思い返しながら、ヘルメスに負けじと快晴の笑みを彼女は見せた。

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