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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第一章 魔性の森の錬金術師
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Side Story 錬金術師の番竜

 私は竜の『ミストルティン』。

 この名は主人にして人狼のフェンリル様から貰ったものだ。種族の通り、私は多くの生物から忌避されるような狂暴な顔と凶悪な爪牙を持ち合わせている。現在はもう一人の主人こと錬金術師のヘルメス・トリスメギストス様の錬金工房の番犬もとい番竜として飼われている。


 時刻は明朝六時を回った頃。朝早く目を覚ましたフェンリル様が活動を開始するのが、自宅の中を動き回る魔力の流れで分かる。人狼種という種族ながらも魔力は非凡ならぬものがある。森で生活していた期間が長いそうで、他の人狼種よりも格段に多いだろう。


 人狼種は人間種の敵――私が生きてきた中で拾い集めた人の言語では、大凡この文言は含まれていた。聞き訳がない子供に、「悪い子にしてたら人狼が食べに来る」なんて言っていたくらいだ。人と人狼との溝は、そもそもの種族が違う私には計り知れないほど深いのだろう。


 ただ、今でも不思議に思っているのが、人狼種は「人肉を食べる欲がある」のか、「食べなければ生存できない」のかだ。普段ヘルメス様とリル様は二人とも同じものを食べている。食べ物に含有されている魔力に大きな差も無いし、食事の際に二人の魔力が不自然に乱れることもない。それでもこの家で暮らしていてフェンリル様が「人肉を食べたい」と聞いたこともない。何も言わずに人の肉を食べているなんてこともない。


 魔力の流れは気配と同義で精神状態に引っ張られやすい。もし食事に「変な物(じんにく)を混ぜてる」と罪悪感を感じているのなら、人間性がまともなら、正常な精神状態で食事を摂れるはずがない。そもそも味で気付くだろう。倫理的に普通の肉とは取得の難度は桁違いに高いのだ。だから人肉を食べていることは二人が暮らし始めてからは一回も無い。


 ……はずだ。


 いやもしかしたら、味覚音痴で人肉の味に気付いていないのか? 


 いや、そんなはずは……ないだろう。ないはずだ。うん。


 それはさておきヘルメス様はというと、自宅の寝室に位置する場所ですやすやと眠っていらっしゃる。人の領域を超えた強大な魔力を放出しながら。

 ヘルメス様は体内魔力を留めることができないらしいそうだ。「俺にはやり方も元がどうだったか(・・・・・・・・)もわからん」とのことだ。


 「元がどうだったか(・・・・・・・・)」というのは、私としてはどのような意味を持つかは分からない。

 いつぞやか『てんせい』という概念を語っていらしたが、それが果たして私が知り得る語句の意味を持って語られていたのかは不明だ。錬金術師としては確かに『天性』の能力を持ち合わせていることに間違いはないだろうが。


 常人が持ち得る常識には収まらないような方だが、命の恩人であることに違いはない。ルベドの森という生命が生活する領域の何十倍以上の魔力濃度の地帯で暮らすにおいて、免れられないであろう魔力汚染。ヘルメス様はこれを中和する薬剤を作りだせるのだ。


 高濃度の魔力に晒され続けると生命体はいずれ魔獣と化してしまう。強力な魔力が体中の細胞を変質させ、精神すらも蝕み壊してしまうためだ。それは人であろうが人狼であろうが、竜であろうが差は無いとも言われている。


 私を拾った理由を、フェンリル様は「私が寂しそうだったから」、「独りぼっちだった自分とシンクしたから」と言っていた。

 その言葉通り、フェンリル様は私の事をとても大事にしてくださっている。実の家族のそれと感じることもある。時には本来仕えるはずのヘルメス様より愛を受けている気がして、申し訳ないというかむず痒い気持ちもある。


 ヘルメス様は「魔獣化もとい魔竜化することを未然に防ぐために」と、お二方とも思惑や意思がありながらも私と触れ合ってくれた。


 触れられる心地よさと温かさ――今まで私に無かったものだ。


 ゆっくり考え事をしながら工房よりも大きな私の家に、親愛なる主人の魔力が近づいてくる。


「おはよう、ミスト」


 人間界の侍女(メイド)服を着ているフェンリル様が、大きな扉を小さな体でいとも容易く開ける。


 ミストとはどうやら私の愛称のようだ。フェンリル様もヘルメス様から『リル』と愛称を付けられているからそれと同じものだろう。


 リル様か……うん。今から、私もそう呼ぶことにしよう。


 年を十五と言っていたリル様は、花のような笑顔を私に向けて朝の挨拶をしてくれた。普段他者に対しては私すらも冷淡なのだなと感じるからこそ、年相応の可憐な表情を向けられると穏やかな気持ちになる。リル様は主人といえ、まだ四半世紀も生きていない。対象に、私は一世紀を超える年月を生きている。一応は人生の先達ではあるのだから、このくらいは思っていても無礼では無いのではないか?


 リル様はいそいそと工房裏の狩った獲物を血抜きしている解体場から、つい先日仕留めたばかりの巨猪(エボルボア)を丸焼きにしたものを持ってきた。こんがりと焼けており、内臓も綺麗に取り除いてある。取らなくても私は全て美味しく頂けるのだが、折角の主人の手間暇かけた調理を無下にすることなどしない。私は一口でガブリと豪快にかみつき飲み込んだ。


 自然の魔力や太陽光で消費した魔力のほぼ全量補充できる私には、実際は経口での魔力補給(しょくじ)は不要だ。それでもフェンリル様は自分たちと同様に朝昼晩、三食を欠かさず与えてくれる。それだけでなく、日暮れにはヘルメス様が錬金術で大量のお湯を錬成して水浴びをさせてくれる。


「美味しいか?」


 私の顎下を撫でるリル様は満足げだ。本来ならこれが「逆鱗に触れる」と言葉通りの意味なのだが、主人に触れられて嫌な場所など何一つない私には、全く関係のない言葉だ。とても、とても心地よい。つい猫のように喉を鳴らしてしまいそうだ。


 この世に生を享け、親を知らぬまま人間一人が天寿を全うとする年月を生きてきた。


 私と同種同類の竜にこの百年ほどの歳月で出会ったのは、この世界の人類史が出来上がる前から生きていたであろう、所謂『古の地竜(エンシェントドラゴン)』と称される、〈龍脈起こし〉を起こせるくらいに成熟した個体だけだ。

 私と同じくらいの大きさの竜は、今のところ一体も出会えていない。

 〈龍脈起こし〉と呼称されるその能力は、魔力によって引き起こされる現象であり、森羅万象に干渉する一種の『魔法』とされている。

 現状島国を渡るエンシェントドラゴンの中でも最大級の個体でも、〈龍脈起こし〉を行使するために膨大な魔力を必要とするらしく、最も近い過去で島国を二つ沈めたエンシェントドラゴンも、魔力を消費し疲弊しきったところを討滅されたそうだ。


 世界にはまだ大きな力を持つ竜種も、別の力を操る竜種もいるようだが、今の私にはどうでもいい話だ。今日も主人二人は騒がしく過ごしている声を聴きながら、私はゆったりと過ごしている時間の方が好きだから。


 最近では客人も増えた。人が頻繁に訪れる環境ではないはずだが、ヘルメス様を慕っている人や、ヘルメス様自身が懇意にしている人へは、魔獣を寄せ付けない音域の音色を放つ鈴を贈っている。

 彼女らも最初は私の事を怖がっていたが、日に日に慣れていってるようだ。日光浴している最中に私の背中で寝てくるくらいに。


 ……人の子とは、時たまに不可解な行動を起こしたがるものだ。私の背中なんて、鱗で硬くて寝辛いだろうに。


「うふふっ――」


 人にとっては意味のある言葉には聴こえないが、私は笑う。

 空虚だった一日が、最近やけに早く過ぎていく。

 色づき始めた毎日が愛おしく、いつまでも続いてほしく思う。


 けれども、いつか一人になる時がくるのだろう。

 私の寿命は恐らく果てしなく長いのだろう。

 そう遠くない内に、ただ生きるだけの永劫の地獄へと堕ちるのだろう。


 何日か前、木漏れ日を背に受けながらそんな感傷に浸っていた時のことだ。

 

 珍しく早起きして私の元へ、リル様と一緒に来たヘルメス様が言ったのだ。

 「お前はもう一人じゃないよ」と。

 まるで心を見透かしたように。あの時のリル様の顔といったら……不可解で何となく理解したようで、とても可愛らしかったものだ。


 この人たちのためなら、この身が朽ち果てるその時まで、仕えるのも悪くない……などと思ったりもする。


 偉大な錬金術師(ヘルメスさま)の番竜として仕え、その従者たる我が主人(リルさま)に寵愛を受ける。人間を遙かに超える年月を生きる私は、大切な者と過ごす何気ない日常というこの上ない幸せを噛み締めている。


 愛を受けて生きる日々でできた心が二度と亡くなる事はない。もしもこの世から主人たちが息絶え、この世から魂が消え去ろうとも、寵愛を受けた日々を私が忘れる事はない。この身一人で残されても、もう私は怖くない。


 楽しそうに私を撫でるリル様とヘルメス様を見る。


 ――うん……これなら悠久の時を与えられるのも、存外悪くない。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 サイドストーリー一本目は人を超える知性を持つ、ヘルメスとリルの愛竜『ミストルティン』のお話です。


 ここでお知らせですが、しばらくの間全作品の更新が一旦止まります。

 詳しくは活動報告にて。

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