#19 商業都市ラブレス
樹が生い茂るルベド森の中では満足に浴びることができない日光を、ミストルティンは森の入口前で隠れながら浴びていた。
「とーちゃくいたしましたお嬢様方。ルベドの森の入口でございます」
「は、速かったですね……まさか十分かからずに入口まで来れるとは……」
「もしかしたら、レジーナさんの箒よりも速いかも……改めて思いましたけど、竜ってすごいんですね」
短い空の旅だったが、二人の少女にはご満足いただけたようだ。
「ごめんね、ミスト。お土産買ってくるから、見つからないようゆっくり日光浴してて」
「……帰ったら軽く家の周りを掃除しないとなー」
リルの言葉に眠たそうな鳴き声を返すと、瞼を閉じて穏やかな寝息を立てる。エンシェントドラゴンは植物の光合成に似た栄養生産能力があると言われているが、普段は軽く差し込む木漏れ日程度しか浴びれていなかった。余程日光に飢えていたのだろうか? そう考えると少し申し訳ない気もする。
秒速でまどろみ、十秒足らずで心地よい眠りについたミストルティンをひと撫でし、森の入口を後にする。森から出てくる人間も珍しいだろうから、こそこそと物陰を通りながらにぎやかな方へと道を進むと、程なくして人通り多い大通りに出た。
「ここが商業都市ラブレスです! きっと皆さん歓迎してくれますよ!」
「ほっほー。久しく街を見てなかったが、こりゃ随分と栄えているなぁ」
「人がいっぱいだ……それに物も! 見たことない店、食べ物、馬車に鳥の獣人が運ぶ空船……すごい……すごすぎる!」
この世界で初めて見た文明的且つ文化的なものに、主と従者は揃って感嘆の声を上げる。
ヘルメスは転生以後、人気の鎮まった真夜中に出没したくらいで、リルはそもそも「人間の住まう街に人狼は行ってはならない」という先入観があった。おそらくは感動も一入だろう。
今、ヘルメス以下三名は商業都市ラブレスの北区に来ている。中心街よりは離れているものの、行きかう人々も商店街もある。
北区にはルベドの森唯一の入口へと続く大通りがあり、森の探索と解明が流行った時には大通り沿いに武器やら薬やら、冒険者御用達のアイテムたちがお祭りの露店のように売られていた。しかし、最後の大規模探索から既に百年単位の時が流れている。現状森の入口がちょっとした観光スポットのような扱いをされているだけで、最盛期よりかは露店の数は減っている。
「あー……思った以上にお祭りだなぁ」
あくまでも最盛期よりかは、だが。
コンクリートに似た灰色の道路は馬車や荷台が通る謂わば車道があるみたいなので、端っこの歩道らしき色とりどりの煉瓦で装飾されたところを歩いているのだが――。
「いらっしゃいそこ行く金髪の美人さん! ウチのメシ屋で昼飯食ってかなーい!? 今ならカナタの漁港で獲れたての刺身が食えるよー!」
「ヴァリアー鉱山で発掘された質のいい宝石ですよー。そこのご令嬢様方、いかがでしょうかー?」
「あら、綺麗な方。絹みたいな肌もエステでお手入れを怠ればすぐに老化しちゃうわよ。私のお店ならお安くお手入れできるわよぉ」
――目立つなぁ、やっぱり。
乾いた笑いしか出ない。というかアークヴァイン王国に「エステ」の概念があるのか。どうでもいいところで驚いた。
鏡を見て自画自賛するくらいで、男だった自分がここに居たら見惚れるくらいだ。男女問わずに惹きつける美貌は、「おにゃのこハーレムを作りたい」自分の生きる目標には沿っているようで、無駄に男を惹きつける副産物効果は本当に余計だと感じる。
一瞬市長の娘のリュノアと『聖女』サマが隣にいるからか、などと思ったが、そもそも二人の名前が出てないのだ。己惚れや自意識過剰な言葉だが、二人の輝きを食っているとしか思えない。
一方、魅力による客引きを一点に受けた主を他所に、三人の少女たちは観光を楽しんでいた。
「おお、あっちにあるのは焼き鳥の屋台……あの服屋もいいな。主が作る服はとことんセンスが悪いものもあるし、教会に行った後でまた見に行こう」
「なんで俺がディスられてるワケ?」
目をキラキラさせて街の観光を楽しむリルは、ラブレスで生まれ育ったリュノアの案内を聞きながら、店の情報をメモに取っていた。その陰でラフィーゼも初めて来るかのように辺りを見回している。聖女という立場上、大っぴらに街を出歩くのを禁じられているのだろうか。
また来ることになりそうだな、などと思いながらヘルメスは少しずつ変わりゆく街の光景を楽しんでいた。というのも、思った以上に文明が発展しているのが、街並みから見て取れたからだ。掛け値なしに素直に称賛を送っていた。
元の世界の史実で表現すると、雰囲気は中世と江戸時代の文明開化の時期が入り混じった具合だ。ヘルメスもとい中身の蓮也としては、転生三年目にしてようやく『異世界転生』の醍醐味を感じた気がした。
現実と同じく多種多様な肌の色の人間が、発達した都市部の街中同様に行き交っている。その中にも異世界特有の異人種――多岐に渡るベースの獣人種が居る。犬だったり猫だったり、熊らしき耳を生やした獣人や、爬虫類ベースのすらりとした体形の獣人と、一見するだけで十を超える種族が目に留まる。
北区から中央区にかけての地形は坂道や曲がりくねった道路が続いている。丘陵地帯の地形を崩さずに作られたようだ。それに合わせて家屋も建てられており、みっしりと詰まって建ち並ぶ感じが人口増加の情緒を感じられる。今でもなお人が増え続けるが故、余す土地なく家を建てて開発を続けているのだろう。
物の造りや質は時代的に大凡近代的な技術を用いられた物がそこそこ多かった。高純度の鋼を用いた包丁・鉈などの刃物や、熟練の職人が彫金を施したと分かる宝飾品、滑らかに舗装された道路と煉瓦造り・白亜造り・木造石造と多彩過ぎる建物などなど。煉瓦造りは住んでいた日本でも見たものだが、白亜の外壁なんて日本では存在するのか不思議なものだ。潮風や日光が似合う海外のリゾート地でもないのにいったい誰が考え出したやら。
異国情緒――異世界情緒とでもいうべきか――漂うどころかごちゃ混ぜもいいとこの街並みだが、人間獣人や技術の新旧が混沌と入り混じる風景がどうしようもなく馴染むような気もした。人間でありながら領分を超えた力を持った自分も混沌の象徴に似たもんだが。
――ホント、どこの誰が最初に技術を見出したんだろうな。
電子機器や化学繊維といった構造物が発達している元の世界で、現状最も繁栄している時代を生きていた身からすれば、誰が技術を流布したかも気になった。良い意味では〈魔術〉を利用した独自の技術発達を遂げているとも言える。が、現代史実と比べるとどうにも虫食いな技術発展を遂げているようにも見えた。
「精錬技術は発達しているが火薬、塩酸とか水酸化物とか、化学薬品の類は無いのか。こんな商店街で売る代物でも無いだろうが……。まあ、石から銅、鉄、鋼の精錬に至るのは、単純に頑丈且つ効率的な農具を作る事と殺傷能力の高い武器の製造を考えるならば順当に行きつく結論か。魔術的な発火・発炎能力で鉱石を高純度に精錬するに必要な炎の温度を確保できるし……」
「……主、一人で何をブツクサと呟いているんだ?」
「だが化学薬品の製造には至らないのは何故だ? 技術的に及ばないから? でもアルコールの概念も当然あるはずなんだから……ここでも果実酒とか麦酒とか、発酵を利用して製造する食品は存在するし……いやでも蒸留酒を三年間見たことが無いから――」
「おい、おーい。二人がキョトンとした目で主を見ているぞー。返事しろー」
「山脈から硫黄・硝石が採取できるとして、火薬の生産には着手できていない……? 史実で実用的な鉄砲の発明が信長くらい……だったか? だとすると、この世界ではまだ黒色火薬すらも発明されてないのか? ある意味では魔術発展の弊害なのか? 作るとすりゃ爆薬ないしは鉄砲かぁ……時代背景に合わん気もするし用途も限られるが、作れば一山築けるか?」
「ダメだこりゃ。皆、しばらく私が主を引きずって連れてくから案内してほしい」
口元に手を当てたまま、独白を垂れ流す機械に成り果てた長考状態のヘルメスを見かね、リルは腰に手を回して引きずり始めた。
「え、ええと。じゃあ時間もお昼ごろですし、昼食にしましょうか。美味しいカフェがこの近くにあるんですよ!」
「私達は異論無いぞ。聖女様はどうするんだ」
「……同じく異論はありませんが、あまり高額なのはちょっと払えませんよ」
「問題ない。それぐらいは私が持っている」
提案するも難色を示すラフィーゼに、ポシェットからじゃらじゃらと硬貨を取り出す。
「ん? あれ、お前に金持たせてたか?」
「死人には不要だからな」
「おぅふ……さいですか」
「なんで報酬受け取らなかったかなー。こうやって五分くらいで街に来れるんなら、これからこっちでお買い物してもいいのにー」
上機嫌で先導するリュノアについていくリル。したたかにも森で生きている間、時折訪れる命知らずな冒険者の哀れな遺体から拝借していたのだろう。
まあ、人狼の持つ人間たちへの不信感が薄れさせてくれたこの街に感謝しよう。考え事を中断したヘルメスは、引っ張っているリルの手を取ってゆっくりとリュノアたちに付いていく。
最後までお読みいただきありがとうございました。
商業都市ラブレス以外にも地名がちらほら出てきましたが、そこら辺はきっと今回では触れない地域です(というか話の本線に関係ないんじゃなかろうか……)。
あと気付けば十万文字ですよ、十万文字!
一話の文字量約5200文字って多いのか少ないのかいまいちわかんないですけど、これからもこんな感じで更新していきますのでよろしくお願いします。




