表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第一章 魔性の森の錬金術師
2/62

#1 『錬金術師』ヘルメス・トリスメギストス 1

 諸島連合を構成する王国の一つ、東部諸島アークヴァイン王国。

 ヘルメス・トリスメギストス――諸島連合国家に属する全ての国を含め、ただ一人だけ存在する『錬金術師』。唯一無二の職業を表す称号にして尊称。

 齢二七八という人の身を超えた長寿からなる思想と叡智、年月の流れに逆らうかのように老いを見せない(あやかし)の如き美貌。


 数多の戦場や国交問題の場に何故か現れ好き放題に引っ掻き回し、弄繰(いじく)り回す様からついた二つ名は『天秤』――「各国のパワーバランスを推し量り、調整する」という意味をもって与えられたものだ。


 称号と二つ名を合わせ、今や『天秤の錬金術師』と呼ばれる存在にまでなったが――。


「あーるーじ! また勝手に冷蔵庫の中のご飯食ったな! 今日の昼どころか夜の分まで無くなってるぞ!」

「あーワリ、今朝食っちゃった」

「今朝ってのも明朝三時と昼前含めて三食目だろ! 栄養過多なんだよ! その馬鹿にデカい無駄な胸にしか栄養行ってないだろ!」

「無いからってひがむなよー、この身体消耗激しすぎてすぐお腹すいちゃうんだものー」

「よし、これから三食庭の花しか出してやらん」

「悪かったって、あれマズいからホント食べたくないんだってば」


 ……このありさまである。


 未知の魔獣や怪異が潜むルベドの森の中央部に居城を構える錬金術師ヘルメス。普段は下着姿でうろうろしているが、珍しく徹夜で何かしらの作業を行っていたため、今は真っ白な実験服を着ている。従者の『フェンリル』こと「リル」の愛称で呼ばれる少女は、黒のスカートとニーソックスにフリル付きの白ブラウスにエプロンと、所謂侍女(メイド)服に相当するものを着ている。


 主のあまりにも自由奔放で欲望に忠実な暮らしぶりに、従者としては常々困らされているリル。今しがた食糧を勝手に食い尽くした挙句、昼前ながらもブドウ酒を取り出してきた主をジト目で睨み付けている。


「昼間っから酒盛りか。『転生者』は舌が肥えている上、生活習慣がだらしないものなのか?」

「イヤミかコラ。食を失った人間ほど悲しい余生を生きる人間はいないんだぜ」


 偉そうに講釈をたれるヘルメスは、リルに怒られながらもブドウ酒をくぴくぴとあおっている。なお時刻は午前の十一時である。


「『転生』して力を得ちまった以上、代謝消費と魔力消費が発生しているからなぁ。供給と消費した分がきっちり合わなきゃ痩せるし。きょうびダイエットできねー奴ってのは、それを理解していないからなぁ」

「なんでオーバーフローしないんだ。代謝機能壊れているだろ、絶対に」

「うるへーやい」



 『転生者』――リルが言ったセリフに、ヘルメスは懐かしい思いがこみ上げる。


 『転生』は死した生命が生まれ変わること。宗教的な話を除けば、フィクションの世界によく使われる設定の一つだ。

 不慮の事故で亡くなった命を神様が手違いで別世界に送り届けられたり、或いは『召喚』という名目で、目の前が暗くなったと思いきや急に見知らぬ世界に居たり。はたまた超常能力が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する人外魔境にひょんなことから生まれ変わったり。


 上位存在から大きな力を授けられて転生するパターン。

 持たざる者のまま転生し、転生後の世界で覚醒していくパターン。

 生前の知識を生かし、転生した世界に無い現代の物を作り出すパターン。

 今ではありふれた設定の一つ。

 力無きものが力を都合よく手に入れる設定の一つ。

 死後という不確かな終わりを想起する設定の一つ。


 ヘルメスこと、転生と転性する前まではそれこそありふれた少年だった存在は、身をもって転生を体感した人物の一人だった。

 間桐(まとう)蓮也(れんや)、十七歳。北国の辺鄙な某所で生まれ育った、中性的な童顔が特徴の一般人。少なくとも、自分ではそう思っていた。


 転生の時は、いつもと変わらない日常の一幕に忍び込んできた。夏の体育の授業中に視界が明滅した後、蓮也はそのまま意識を失っていた。突発性の貧血なのか、それとも命に関わる急病の発症だったのか、直接の原因は今も分かっていない。次に目を覚ました時、自分が居た空間は宇宙空間に似た場所だった。超常存在が脳内に語り掛けてきたり、荘厳尊大な神様らしき人物も見当たらない。真っ暗な星空の只中で、透明な板の上に足をのせているような状況だった。


「……どこだよ、ここ」


 混乱していた。あまりにも異な光景に。だがそれもすぐに消え失せる。


 周囲は星雲を思わせる輝く光球が、淡く煌いては星屑のように散っていく。幻想を見せられているような異質な光景に、蓮也は瞬く間に目を奪われた。一歩二歩と、ゆっくりと歩を進めていく。宙を浮いているというよりは、大海の水面に足をつけているかのようで、足を一歩と置くごとに光の波が波紋を起こしていた。


 あてどなく、歩けるから歩いていた。さながら銀河の海を悠々自適に散歩する気分だった。するとふと、鼻腔をくすぐる不思議な香りが漂っている事に気が付く。

 ふんわりと、気付かない程度にほのかに香るそれはお香の類だろうか。香りは蓮也が歩いている方向へと少しずつ強くなっていく。発生源に興味を抱いた蓮也は、香りが強い方向へと向かっていくが、どこか香りに吸い寄せられているような気がしてならなかった。なんだか蜘蛛の巣に絡め捕られた憐れな蝶の気分に――なんでこんな恐ろしい想像をしているんだろうか?


 疑念を振り払い、蓮也は無心のままに歩みを速めた。

 どれだけの時間、道しるべも無い空間を歩き続けただろうか。

 退屈はしていない。星雲の煌きや弾けていく景色は神秘的で、蓮也の足取りの強さで波紋の広がり方が変わっている。どこを見ても退屈しなかった。疲れてもいない。不思議と足は軽く、体力も減ってる気がしない。このまま何時間でも歩みは停まらないだろう。


 ただずっと、薄気味悪い気配だけは常に背中に張り付いている。

 香りが強く感じられる方向へ、ただただ歩き続けているだけなので、今でもいつでも引き返すこともできる。足場は際限なく広がっているらしく、どこへなりとも歩みは進められそうだ。……どこへ行っても誰かの掌の上で転がされているような気がしてならないが。


「……夢でありますように。あわよくば公欠になってますように」


 嬉しくもあり、少し怖くもある未知との遭遇に、つい口に出たのは現実味を帯びたみみっちい願いだった。

 再び気合を入れなおし、今度は走ってみた。身軽に感じる体と尽きない体力で、香りへ向かってガンガン突き進む。


 走り始めて一分も経たないうちに、周囲の光景が少しずつ暗さが増し始めてきた。星の瞬きが激しくなり、弾けては消えていく。景色の変化に終点が迫っていることを感じた蓮也は、さらに速度を上げる。そしてとうとう辿り着いた。終点と思われる地へと。


「……ここが、終点か」


 終点と形容したのは、空間の継ぎ目があるのか星の輝きが届かない区画になっており、そこだけまるで漆黒を空間に押し込めたように真っ暗だったからだ。

 そこから先を蓮也の眼は何も映さない。どこまでも深い、深い闇だった。深淵を覗き込む云々、なんて言葉が頭をよぎる。


 恐れもあったが、蓮也は気を奮い立たせ、暗闇の中匂いだけを頼りに探索を開始する。

 右手を前に突き出し警戒しながら進んでいくと、ふと柔らかな感触が返ってきた。


「ん……なんだ、これ」


 生暖かくて、柔らかくて、それでいて絶妙に適度な硬さを帯びていて。まるで人の肌のようだ。力を込めてそれを掴むと――。


「んっ……」


 悩まし気な、苦悶に喘ぐような声が聴こえた。


「えっ」


 女性らしき熱を帯びた声に、蓮也は硬直する。


 ――これってよくある、ラッキーなスケベってやつでは?


 真っ白になった頭によぎった思考に反して、伸ばした手は欲望に忠実だった。止めなければならないのに、その手は柔らかさを得る事を止めなかった。

 暗闇に慣れた視野は、いずれ蓮也の目の前にいるであろう何者かを映してくれるのだろうが、揉めば揉むほどに扇情的な喘ぎを発する。それに触発されて手を動かし続けているようなものだった。


 夢心地な感触と昂りを覚える嬌声の我慢が限界に達したのか、目の前の存在が動いた。


「ちょ、ちょっと……も、もうダメ……」


 ぬるりと暗黒が形どると、温かい吐息が耳に吹きかけられる。


「うぉあぁぁぁぁっ!?」


 脳が撫でられる感覚に、蓮也は耳を抑えて飛び退いた。脳髄がチリチリと焼き焦げ、ドクドクと心拍数が高まっていく。


「あ……アンタ……は……?」


 息を整えながら、改めて暗闇の奥底へと視線を送ると誰かが確かに居た。

 お香っぽい匂いがするが、陰気臭いよりも香水のような役割という印象を受けた。何故か懐かしささえ覚える香りだ。黒いローブととんがり帽子が顔も体のラインも隠しているため、その存在がどういうものかを表す情報はほとんどないが、先ほどの『事故』で分かったのは「とてつもなくすごい何か」を隠し持っているってことだ。ごくりと唾を飲み込み、もう一歩と近寄ると――。


「はじめまして。そしてようこそ『ニグレド』へ――間桐蓮也君」


 顔が軽く上がると口元が見え、蠱惑的な声がそこから流れる。ついドキリと心が弾むが、それよりも驚きが隠せなかった。


「なんで俺の名前を……? 『ニグレド』……『腐敗』? 『黒化』?」

「あら、知っているのね。そう、『大いなる業』の第一段階、『腐敗』と『黒化』を指すものよ。と言っても、「貴方の世界」とは準拠が違うけどもね」


 ウフフ、と楽しそうに笑む。口元しか見えないはずなのに、所作の一つ一つに、声の一音一音に心を奪われていく気がした。


「まあ大層な表現だけど、ここは私の『深層心理』よ。蓮也も今後何度も来るから、覚えておいてね」

「今後……何度も? ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は今どうなってるんだ!? 確か俺は……体育の授業中に気絶して……」

「あらあら……貴方、自分が死んだこと、気付いていないのかしら?」


 突然の死の宣告に、蓮也の脳がフリーズした。

 最後までお読みいただきありがとうございました!


 今回はヘルメスこと間桐蓮也君の『転生』についてのお話になりますが、あまりにも膨大な分数になったので分割する羽目になりました……orz


 次回更新は2~3日以内にいたしますので、お楽しみに!


 ブックマーク・感想等いただけましたら、執筆の励みになりますのでよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ