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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第一章 魔性の森の錬金術師
18/62

#17 『聖女』ラフィーゼ

 昼下がりのルベドの森。極彩色の花を咲かすマンドラゴラに囲まれたヘルメスの錬金工房の隣に、新しい家族のための建物が出来ていた。錬金工房よりも立派な木造家屋は、先日の狩りごっこで伐採されまくった木材でできており、人間の住居だと五、六階建てに相当するほどの大きさだ。


 今日のヘルメスは黒い下着姿の上に白衣を纏っている。性癖的にマニアックな装いがしたくなったワケではなく、目の前でリルが淹れたお茶を飲んでいる「二人の少女」のためだ。


「わざわざタクシーになってもらってすまないな。レジーナ」

「お構いなくー。報酬貰うついででカウントしてあげるわ。……にしても延べ棒三本ポン置きってアンタねぇ。報酬とは言ったけど、せめて貨幣か紙幣で支払いなさいな。換金が面倒でしかたないわ」

「生憎現金は持たない主義でな。街に行くのは億劫だし」

「だからってねぇ……まったく」


 紙に梱包されてテーブルの上に積まれた金の延べ棒を、口をへの字に曲げながら吟味しているのは、魔女レジーナ・フラメクス。アークヴァイン王国の国防を担う傭兵集団にして魔女である。


 本日のヘルメス宅はそれ以外にも珍しく、正式な賓客を二人も招き入れていた。


「お久しぶりです、ヘルメスさん! 言われた通りにレジーナさんと一緒に来ましたよ! ……リーリエも来ればよかったのに」


 まず一人目は時を遡る事二週間ほど前、故知らぬ悪意を持つ者から施された呪術の魔の手に掛かったリュノア・リュカティエル。森の中を歩き回るには少々不釣り合いな白のワンピースと革靴に、白いリボンをつけた麦わら帽子を持っている。さしずめ朝焼け眩しい湖畔に佇む妖精のような容姿に、自然とヘルメスもにやけ面が止まらない。


「よく来たなぁリュノアちゃん。……と、どちらさまか分からないお嬢さん」

「不遜ですよ、この私を『聖天教』の『聖女』と知っての無礼な態度……ではないでしょうが、看過できませんね」

「ごめんなさい、ヘルメスさん……その、彼女は私の通ってる学園の同級生でして……」

「いや君は何も悪くないんだがね。つかなんで乗せたんだよ、レジーナ」

「仲良さそうだったし、家の前でゴネてたから連れてきたわ。一応同意の上だから誘拐じゃないわよ」


 そして二人目。見た目はまだ十歳前半かそこらの幼い外見で、リルやリュノアに比べても幼く見える少女だった。鮮やかな水色の髪色と同じ色の瞳を可愛らしく輝かせながら、誇らしげに白地の修道服と銀製の十字架を見せつけていた。


「して、お名前伺ってよろしいか?」

「まあいいでしょう。私は『ラフィーゼ・エリュシオン』――先も言いましたが、『聖天教』の『聖女』を務めています」

「聖、女?」


 鼻を鳴らして胸を張り、自信満々に自己紹介をしたラフィーゼと名乗る少女に、誰よりも怪訝な反応を見せたのはリルだった。


「ハハハッ……申し訳ないが、アンタは正気な――むぐ!?」

「あー、うちの従者の無礼な振る舞いを咎めんでくれ。田舎育ちなもんで俺と同じく一般常識に乏しくてな」

「そうでしょうね。私の勘違いでなければ「正気なのか」とでも言おうとしてましたもの。本来ならば鞭打ち十回の刑と宣告するところですが大目にみましょう」


 『聖女』とはこの世界では最高位の修道女を表す言葉であり、ヘルメスの『錬金術師』同様に一種の称号としても扱われる。目の前の少女(ラフィーゼ)が信仰する『聖天教』では特に神聖視されており、諸島連合国家各位に派遣されている聖女たちは、教区内の信者を束ねる主教と同等の位を持っている。


「そんな聖女様がなんで魔女の箒に同乗してきたんだ……」

「……それは、その……まさか箒で空を飛んでここまで来るとは思ってなかったから……」

「要はリュノアちゃんが俺と良い仲だってことを知ってついてきたはいいが、魔女の箒で来るとは予想だにしてなかったっつーこったな」


 リルのもっともな疑問に、ラフィーゼは恨めしそうにリュノアに視線を向ける。「ごめんなさい」としゅんと表情を暗くするリュノアに慌てて「いえ別に」と付け加える。「なんか姉妹のようで見ていてほんわかするな」などとヘルメスは思った。


「でだ。今日我が錬金工房にわざわざ、聖女サマがいらっしゃった理由は如何様で?」

「今、商業都市ラブレスでは『堕天』した人々が増えています。特にラブレスを教区とする『聖天教』の信者たちを中心として。それも修道士を避けて一般の女性信徒に」

「つまり俺が何をしたって言うんだね、聖女サマや」

「とぼけたって無駄ですよ。私達には分かります――貴方が諸悪の根源だと」


 そう言って確信めいた理由があるかのようにヘルメスに指をさした。

 明朗快活で明るい笑顔なのに堂々と人を諸悪の根源と言い切るあたり、どこか宗教を妄信している気もするが、年若い故と納得しておこう。


 そもそも『堕天』とは何ぞやと思ったヘルメスだったが、口ぶりからして病気というよりも〈魔術〉や〈呪術〉の類らしい。錬金術師の自分が聞いたことのない単語に、別のベクトルで興味がわいていた。


「諸悪の根源、ねぇ。んで、『堕天』を行ったとされる証拠は?」

「えと、その……つまりですね! 神託が下ったのです!」


 ――何を言ってんだこの子は。可愛いなぁおい。


 神託などそんなものは言わずもがな有るはず無い――ヘルメスは時折下ってくる時もあるが――が、謂れ無き罪を着せるのに納得させられる訳を即興で出せなかったのだろう。言い方は悪いが、心霊的かつ威圧的な言葉でそれっぽくしただけに過ぎない。


 とはいえ身に覚えが無いのに咎人の烙印を押されるのは釈然としないヘルメス。まあ、虚勢を張りながらも自信を崩さない意地っ張りな所が可愛かったので飲み込むとする。

 わざわざ魔獣の巣窟に工房を建てる物好きな錬金術師の元へ来たこの行動も、聖女として『堕天』の症例者が増えていることに心を痛め、なんとしても原因を突き止めようと奮起したためだろう。


「最近『堕天』した方が増え始めて主教様も困惑していらっしゃるのですよ。主教様一人に一日に三人前後も……それもこれも貴方のような魔女もどきの仕業なのでしょう! 違いますか!?」


 追及の口調が強くなったが、知らない以上ヘルメス達は特に何とも言えなかった。回答を待ちわびた様子のラフィーゼに、ため息一つリルが疑問をストレートに問いかける。


「それで、結局『堕天』とはなんなんだ。森暮らしの私には聖女ともに聞き覚えが無い」

「知らないのですか? 『聖女』も知らないし、奇妙なコスプレもなさっていますし、ホント常識を知らない方々ですね」

「だってそもそも無神論者だし、この国の中でも肩身の狭い下火の宗教なんて興味ないし」

「リルちゃん、それ以上はいけないわ」


 一々刺々しいリルの反応に、さすがのレジーナもお茶請けのクッキーを咥えさせて釘をさす。


 『聖天教』の発祥は北方に位置する諸島連合国家【オルテンシス帝国】であり、教義同様に魔女・魔法使いの存在を一切の例外なく認めていない。再三ながら、教義として嫌う存在であるはずの魔女が駆る箒に同乗したのはどうなのか、と聞きたくなったリルの口をレジーナはそっと手で塞いでいた。


 そして、ヘルメスはある想像(・・)に至る。特に理由は無いが、その手の話にはつきもののある想像だ。少々の思案の後、口を開く。


「ちょっち気になるな。その『堕天』騒動は」

「……その言い方。あくまで自分は関係ないって言い方ですね?」


 嫌疑の目線を向けるラフィーゼに、悪意の無い笑みで返す。


「ああ。俺がその気になりゃ、こんな世界をぶっ壊すのなんざラクチンなもんさ。わざわざこっから呪術でチマチマ遊び殺すことなんざしないよ」

「……度し難い物言いですが、有り得かねるのが質が悪いですね」

「あと『堕天』とやらが「どういう状態」で、「どういう治し方」なのかが気になるな」


 ラフィーゼの口振りだと『堕天』の治療――やり方が不明瞭なので便宜上治療と形容しておこう――は全て主教が行っている。『堕天』の症例数はネズミ算ほどで無いにせよ着実に増えているのは確かなはずなのに、たった一人で治療できるものなのか。

 単純な知識欲と、『聖天教』ぐるみで物理的に追及されるのを防ぐ、謂わば自分に降りかかる火の粉を払うためだが、怠惰でものぐさなヘルメスが動くにも十分な理由となったわけだ。


「っつーわけで、だ。よし、その主教様に会いに行こうじゃないか! 今すぐに!」

「え――えぇぇぇっ!?」


 やる気のスイッチが入ったヘルメスの行動は普段の十倍は速い。早速と来客の意向も無視して外に出ようとすると、すかさずラフィーゼが反対する。


「なんでそんなに怒るんだよ。君が属する『聖天教』が排除を思想とするのは『魔女』だろ? 俺は『錬金術師』だもの。迫害されたら教義違反だろ? 問題は皆無さ」

「そ、そんなの屁理屈ですよ! 錬金術師も魔女もほぼ同じようなものじゃないですか!? そもそも事前の報告すら――」

「へえー、屁理屈ですかい。なんならそっちだっておんなじだぜ? そも勝手に人んちの敷地内に来たかと思えば、家に入れろときたもんだ。んで入れた矢先に「貴方は咎人です!」なんて、明確な証拠も無いのに屁理屈捏ねてるのはそっちも同じさ。第一よそ様の家に来ている客の態度としてそっち側が全面的に非常識だろうて」

「う……で、でも!」

「でももへちまもなーいの。疑わしきを罰するだけじゃ、何がホントか分かんなくなっちまうぜ?」


 反論を抑え込むかの如く捲し立てるヘルメスの口撃に、ラフィーゼはついに丸め込まれ、口を噤むしかなくなってしまう。異議が返ってこなくなったことでヘルメスも幾分か調子づく。


「んで、今回の一件はこっち側に正式に依頼を受けたとして処理する。つまり、依頼に対する報酬を俺は正当要求するぜ。無論、『聖天教』じゃなく、君自身にな」

「これは依頼じゃないでしょう!? 何を勝手な事――」

「じゃあこれが俺の仕業じゃなかったら君はどう責任を取るんだい? 指示した大人が責任を、なんて甘い考えはしないことだ。「事件の原因である」と明確に人様を有罪と、咎人だと言い切ったんだ。名高い『聖天教』の、これまた有名人の聖女サマがねぇ、名誉棄損をしておきながら自分の発言を揉み消すなんてしないよねぇ?」

「う……うぅー……」

「だから、今回の件は俺に「一向に終末に至らない『堕天』の調査」を依頼をして、且つ俺への正当な報酬を払う――俺が付ける落としどころはこんなもんだな。ま、拒否してもいいけど、無罪だった時は……ぐへへ」


 意地汚い笑い声を出して目を怪しく光らせるヘルメスに、ついにラフィーゼは観念した。押し切られたと言った方が正確だろうか。最初は苦々しく反論の糸口を探そうとしていたが、ヘルメスが次々に会話のすり替えを起こすものだから、次第に彼女の頭もパンクしかけていた。

 ヘルメス(れんや)のモットーは口喧嘩は押し切ったもん勝ち――巧みな話術で人を篭絡するという本体の悪名高い文言はどこに行ったか分からない理論だが、子供騙しには十分すぎたようだ。


「意地悪い女ねぇ。嫌われるわよー」

「うるへーやい。むしろ俺の無実が証明されても許すんだぜ? 慈悲の精神極まってると褒めるとこだぞ」

「慈悲よりも打算が大半でしょ。はてさて、どーんな報酬になることかねー」


 レジーナの言葉を余所に依頼報酬を考えるフリをして、すぐさまラフィーゼの肩に手を置いて――。


「ではではラフィーゼ! 君をいただくとしようか!」

「ぜっーーーたいに嫌です!」

「くぅっー! 辛辣ぅっー!」

「……何の漫才だ、アンタら」

「会うのこれで二回目だけど、毎日大変そうねぇリルちゃん」


 お茶請けのクッキーを食べながら、リルはため息をつく。

 新年あけましておめでとうございます。本年度一発目の投稿です。


 年明けまで飲んだりいろいろとしてましたので、まさかまた一か月くらい空くとは……ほんとにもうしわけない。


 今年度も目指せ出版!って感じで頑張っていきますので、よろしくお願いします(*´ω`)

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