#15 ひと狩り行きたい錬金術師 4
リルのカタパルトアタックによって撃破した棘甲竜は、厳正な協議の結果あまり食いでが無いことが判明した。
竜ではなく亀に近い生態と予測したリルの判断は正しく、瑞々しかった棘甲竜の肉が干物みたいにカラカラに干上がっていた。皮膚表面を覆うべとべとした液体は表皮の乾燥を防ぐためのものなのか、生命活動が止まった現在では液体の分泌も止まっている。
棘甲竜を倒した所のそばの泉で干からびた肉の破片を洗うと、水を吸って肉自体は元通りになった。伴い皮膚表面に浸透していた分泌液も染みだすが、しばらく水に付け込んでいると出し尽くされた。
肉の洗浄を行っている際に生臭い異臭の元は、この分泌液だということも判明した。分泌液は毒性を持ち、皮膚の保護以外にも異臭と毒による外敵からの防衛を兼ねているようだ。
毒の成分は組成が溶解液に寄っていた。濃度は元の世界の硫酸以下の酸性濃度だが、人よりも強靭な皮膚組織で革のアーマーを全身に纏ったリルが皮膚に痒みを覚えるのなら、常人が浴びてよい物とは言えないだろう。
「こんなモン浴びてよくもまぁヒリヒリするで済むよなぁ」
「この森で暮らしている内に多少は強くなったのかな。手を加えないとそのまま食べれる植物も魔獣も少ないし、捕獲し易い獲物は大抵毒持ちだし」
「魔獣の肉は魔力も補給できるし栄養価もやたら高くなってるからな。魔力上限は伸びないにせよ、体は頑丈になって当然ってもんよ」
ちなみに魔力の回復は「周囲の魔力をゆっくりと体内に取り込む」か「食事によって物体の魔力を取り込む」ことが主な手段となる。
前者は、時間がかかるが自動的に最大値まで回復することが利点だ。眠ったり精神的に安らいだ状態であれば回復速度は更に増す。欠点は即効性に欠けること。
後者は食事すれば手っ取り早く魔力を補給することができる。消化吸収の過程で魔力も同様に体内に取り込まれるためだ。欠点は食べた物に含まれる魔力量次第では魔力吸収が非効率的になってしまうことと、当たり前だが胃の容量以上は食べれないことだろう。
魔獣は野生の獣が高濃度の魔力に晒された結果為った生物で、肉体を構成する細胞一つ一つに魔力を取り込んでいる。そのため魔獣の肉を食べると体内ですぐに魔力に変わり、消費した魔力を簡単に補給できる。またルベドの森で今のところ食べれると判明した肉や植物だけでも、人間の街で食べる畜肉や野菜とは桁違いの栄養価を誇る。中には新種の栄養素もいくつか存在するらしく、目下ヘルメスも研究中の概念だ。
ヘルメスが食事を大事にしていることも、偏に魔力供給の効率を考慮するためでもある。
現状魔力が枯渇した事はないが、ヘルメスの身体は常時魔力を発散し続けている。魔力の栓が抜けている状態と表現するのが正しいだろうか。
本来この世界の全ての生物は、生まれながらにして魔力を操作する術を会得している。食べて、寝て、呼吸して。それらと同じように最低限度の魔力操作は生きるために必要不可欠なためだ。
魔力が枯渇すれば、人間で例を挙げると頭痛・目眩・重篤な倦怠感など、著しい欠乏症状が現れる。そうならないために、この世界の生物は身に纏う魔力の発散を抑制し、体内に保持することを無意識に行えるようになっていた。
ところがヘルメスは、転生して三年経った今でも自分の魔力を保持することが出来ずにいた。抑制はなんとなくの感覚で掴めたが、いまいち魔力を纏う感覚が理解できていなかったのだ。魔力の概念が無かった『転生者』の間桐蓮也だからなのか、理由は未だに分からない。
兎も角、今のヘルメスは常時魔力垂れ流し状態だ。魔力は体力とは似て非なるものだが、魔力の消費に比例して体力の消費も発生する。しかしヘルメスは何が特別なのかは分からない――体力を直に削られていくのではなく、その代償としてか何故かとても腹がすくのだ。
休息を取っても、ヘルメス自身の基礎代謝と合わせて常人の倍以上の魔力が霧散していく。回復よりも損失が多いというワケだ。
結局のところ、失った魔力を補填する手段は食事が最適となる。代償のおかげでいくら食べても数時間後にはすきっ腹になっているのだから、いくら失えどその度補給すれば何ら生きるのに不便はしない。
言うまでもなく、食事をこしらえるリルは毎日がてんやわんやであった。
同じ献立を連続して出したら文句は言う――なんだかんだ残さず美味しいと言って平らげるが――し、勝手に冷蔵庫にある簡単な調理で食べれる物を食べるしで。リルの料理スキルが日に日に向上するのも、良くも悪くも日頃から口出しするヘルメスがいるからこそなのだろうか。
さらに余談だが、人間種や人狼などの魔力量上限は種族差と個人差があり、成長に遵ってある程度は必ず上昇する。しかしそれも肉体の成長期を過ぎると上昇度合はゆるやかになり、人間種を例に挙げれば三十代を過ぎた辺りでピークに入る。
この魔力量の上限値は『魔法使い』と『魔女』の強さに直接影響すると言えるだろう。
大は小を兼ねるでもないが、どうあれ魔術の元手となる魔力は無いよりも有った方が有利なのは間違いない。
閑話休題。
ヘルメスたちは辺りに異臭が漂う中、討伐した犬魔人と棘甲竜の肉を泉へと運搬し、食えなさそうな部位を仕方なしと地面に埋める。
犬魔人の肉は肉厚な部位を、棘甲竜の肉は頭から首にかけての柔らかい部位と、舌や心臓などの内臓類を持って帰ることにした。分泌液のせいで肉が生臭い異臭を放っているが、リルの料理の腕を持ってすればはきっとどうにかなるだろう。
「……にしても、どうしたもんかなぁこれ」
犬魔人と棘甲竜の肉の埋葬が済んだ後に残ったのは、前後の足が残ったままの棘甲竜の甲羅だった。人一人が余裕で通れるくらいの穴が首から尻尾までぽっかり空いている。
「甲羅だけならまだしも、前足と後ろ足が残ってるのが気持ち悪いな。これ」
食いである肉は飛び散った肉片であり、それは全てもう拾い集めた。残った食いでのない爪が一体化した四本の足と、どうやっても食えそうにない棘付きの甲羅がセットをどう使おうか。悩ましい問題だ。
「堅牢な亀の甲羅ねぇ。何にしようかな」
「棘付きの大盾とか面白そうじゃないか? 硬度は抜群、魔力を帯びてるから魔術にも強い。遠距離攻撃を封じつつ距離を詰めて、相手が近接攻撃をしてもそのままシールドバッシュで串刺しにできる」
「んー、そうなったら手槍も作んなきゃなあ」
「……なんでだ?」
「純粋なお前が知る必要はないよ」
「なんだそりゃ」
ヘルメスの現代知識が漏れ出た一言に眉を顰めながら、リルは切り倒した樹木をあちこちから集めてくる。集めた倒木に素早く〈想像錬金〉と〈変換錬金〉をかけ、樹液を分離させて木材を加工する。黒雷が分離した樹液とそこらの草の汁を混合して接着剤を作成すると、加工した木材と合わせて簡易的な荷車を作り出す。
「よっし、とりま持って帰るとしますかね。わが家へと」
「了解だ。主」
肉を積み込んで元来た道へと戻ろうとしたその時、何か「空気が噴き出るような音」が聴こえた。押し込めた空気を噴き出したような、少なくとも風の音ではない何かが。
「……ん?」
積み込みを終えたリルは、音のした方向へ木々をかき分けて進んでいく。
「おーい、どこへ行くんだいリルさんやー」
後ろ姿に気付いたヘルメスは声をかけるが、リルはピタリと止まってこちらの呼びかけにも答えない。首をかしげてヘルメスはリルの後を追う。
「何やってん――」
追いついて顔を見ると、リルは何故か呆然と固まっていた。その視線は、森の中の不自然に開けた草原へと向いていたことに気付き、ヘルメスもそちらを見やる。
リルの表情は、驚愕と恐怖が入り混じったものであり、その理由も目の前にあった。
「――エンシェント……ドラゴン……だと?」
空を覆う大きさのエンシェントドラゴン――それが、森の深層の草原で眠っていたのだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
最後の「手槍」の下りはティンベーとローチンです(分かる人には分かるはず)……さすがにそのままで出したらいろいろ問題ありそうだったので(笑)。
そしてひと狩り編がこんなに長くなるとは思わなんだ……。




