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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第一章 魔性の森の錬金術師
15/62

#14 ひと狩り行きたい錬金術師 3

 姿を現したのは、大きさにして四メートルを超える巨大な亀――のような竜だった。


「ゴルバルァァァッッ!!」


 けたたましい咆哮を上げて、視界に入ったヘルメスたちへと襲い掛かる。

 想像していた竜の姿とあまりにかけ離れた竜もどきの魔獣に、リルは素直な感想を言った。


「爬虫類だろ! というか亀だろ! 竜じゃないだろ!」

棘甲竜(スパインリザード)と名付けようか。魚竜種かギリ獣竜種ってとこだ、似たようなもんだろ」

「いやアイツを竜とは認め難い! ……ってそれどころじゃない!」


 無数の棘に覆われた甲羅から大木のように太い四対の足を出し、爪は足の先端に埋没しているが、ごつごつとした前足はまるで破城槌だ。あんなもので殴られればミンチよりも酷い死にざまになりそうだ。

 爬虫類よりのつるりとした頭部は、それこそ竜よりも亀に近い。森に溶け込まない黒ずんだ黄色の肌に無数の傷が刻み込まれているが、甲羅には傷一つ付いていない。自然界で生きてなお傷を負わない部位を背負っているのだ、あの甲羅の堅牢さを物語っているといってもいいだろう。


「こりゃあ討伐は難儀しそうだぞ」


 まともにダメージが通りそうな部位は、甲羅から露出している前後の足と頭部のみだろう。

 高純度の鋼を用いた大太刀は、武器として成立し得る強度を十分に保持したまま、二対の翼と足を持つ竜種との戦闘を想定して長さを決めている。一応ヘルメスが想定しえる範囲内の生物を断ち切れる威力は備えているが、堅牢な甲殻や甲羅を断ち切れるほどかは怪しい。討伐には何かしらの策を弄する必要がある。


「主! 頭を下げろ!」


 背負った鞘から抜刀するのではなく、リルは鞘に納刀されたまま大太刀を持つと、そのまま袈裟斬りに振り抜いた。刃を滑りながら鉄拵えの鞘を棘甲竜(スパインリザード)へ向けて飛ばす。

 指示通り頭を姿勢ごと下げたヘルメスの頭上を鞘が通り抜ける。そのまま一直線に棘甲竜(スパインリザード)の頭目掛け飛んでいった。鞘単体でもそこそこの質量を持っているため、全力でぶつければ十分飛び道具に成り得る。


「なっ!?」


 ただし、それは当たればの話だ。棘甲竜(スパインリザード)の頭がずるりと格納された。多大な遠心力によって大きく体勢が崩れたリルだったが、その一瞬を見逃さなかった。


「首を引っ込めたぞ!」

「とことん竜とは言いたくないっ!」


 亀っぽい生態的にはらしいともいえるが、同時に竜種と呼びたくない気持ちも最高潮に達したリル。


「なら……こうだっ!」


 抜き身の大太刀を構え直し、今度は剥き出しの前後の足へと攻撃をシフトしたが、引っ込めた首をすぐさま戻した棘甲竜(スパインリザード)は足先で受け止める。足と一体化した硬質な爪を一刀の元にはさすがに斬れなかった。逆に受け止めた前足で強烈な前蹴りを放つ。


「ぐっ!」


 大太刀の腹で防御するも、刀身はギシリと歪んだような音を響かせる。衝撃を全て吸収しきれずに、リルは森の深くへ吹っ飛ばされた。


「足は爪が硬質化して硬い……トゲトゲの甲羅は言わずもがなだよなぁ。あの大太刀でも斬れる光景(ビジョン)が浮かばねぇ」


 吹っ飛ばされていく姿を見ながらも、ヘルメスは冷静に新種の魔獣、棘甲竜(スパインリザード)を解析していた。


「首を引っ込めるけど前後の足は引っ込めない……前後の足は硬質化した爪が皮膚と癒着して固いし――っとぉっ!?」


 咆哮を上げながら棘甲竜(スパインリザード)がヘルメスの元へと突進し、首を鞭のようにしならせて頭突きを繰り出す。身を翻して急いで逃げると、吹っ飛んでいったリルに向けて叫んだ。


「リルーッ! 生きてるよなーっ!?」

「生きてるよーーーバカ主ーーーっ!」

「ならよーし! 〈想像錬金〉――!」


 黒雷を纏った掌を地面につき、地面を構成する土砂そのものに構造変化を働きかける。周囲から吸い上げられるように土砂がせり出し、盾のように土の壁が出来上がった。

 ヘルメスはそのまま駆けながら土壁を錬成し続け、吹っ飛んだリルの元へと向かうと、防御に成功したリルはぴんぴんした様子でこちらの心配をしてきた。


「主、無事だったか!」

「ああ。つっても土壁張って逃げただけだがな。もうじき破られるだろうて」

「なんか策があるんだろ? そうじゃなきゃ、無計画に逃げ回る事はしないタチだろ」

「当然。耳貸しな、リル。これから作戦を伝える」


 革のヘルメットから飛び出したケモミミにひそひそと作戦を伝えると、静かに首肯して森の中へと身を潜めていった。


「さて、と……」


 ヘルメスの〈錬金術〉の『黒い雷光』の射程範囲は五メートル――最大効力を即時に発動できる距離であり、五メートル以遠でも時間をかければ効果が行き届く。縦横五メートルの空間範囲内ならば瞬時に物体の構造、元素配列を組み替え変換することが可能だ。


 即時発動の条件を満たす、高さ五メートルの範囲内で土壁を建てながら、森に身を隠して「棘甲竜(スパインリザード)討伐の仕掛け作り」を始める。

 自由に棘甲竜(スパインリザード)が暴れているおかげか、木が片っ端から薙ぎ倒されているので、土壁を建てるスペースは十分にある。そして、「倒れた木」すらもヘルメスの仕掛けの根幹となる。


 そうこうしている内に棘甲竜(スパインリザード)はヘルメスの姿を見失っていた。


 森の中で獣を狩り、喰らい、生きてきた森の頂点捕食者たる自身が見たことのない、土壁を建てる奇妙なを技を使うヘルメスに、棘甲竜(スパインリザード)は意識の端では警戒しつつも生命の危機を覚えるほどの恐怖は無かった。

 堅牢な甲羅に守られ、森の深層で生存競争に生き残ったこの竜もどきは、恐怖という概念を持ち合わせていない。「我こそが強者」と信じて疑っていないのだ。


「ゴルゥ……バルゥ……!」


 しかし、虫けら程度の存在だと思ってた奴が仕留めきれない。

 壊しても壊しても増え続けるちょこざいな土壁が邪魔で邪魔で仕方ない。

 踏みつけたいのに壊した土壁を構成する土が足場をも悪くして腹立たしい。

 まるで己の思い通りに事が進まないことに、野生生物のちっぽけな脳味噌にも憤怒の感情が芽生え始めていた。


「ゴバルルルゥゥッ!」


 怒り任せに、今まさに目と鼻の先に出現した土壁を頭突きして破壊した――同時に厄介な虫けらも姿を現した。


「よぉ、竜もどき。大変お待たせいたした……つっても、言葉は通じんな」


 奇妙な姿をした二足歩行の獣としか思っていない棘甲竜(スパインリザード)は、破壊しきった土壁から観念して姿を現したに見えたヘルメスへと襲い掛かった。万感の怒りを込めて。



 不運だった要因。ともすれば、知略を以てして敵を狩る相手に会わなかったことだろう。

 そして「知略を以てして敵を狩る」ことに全能力をつぎ込むヘルメスと出会ったことが運の尽きだったのだろう。



 その場から一歩踏み出した瞬間――。


「つーかまーえーた」

「グルゥアァァッ!?」


 ヘルメスが口角を上げてニタリと嗤う。


 土壁が破壊された残滓が地面にまき散らされ、地面は土色一色に染まっていた。それが『罠』を覆い隠すにはうってつけだった。

 大量の土砂で覆い隠されていたのは地面に張っていた網。倒木の葉や生えている草の繊維を何重にも編み込み、ゴム質の樹液を織り混ぜながら錬成した捕縛ネットにより、強力に前後の足を固定された棘甲竜(スパインリザード)はその場から動けなくなる。


「ゴガッ! ガァァァッ!」


 魔力で錬成したゴムを織り込んだとて所詮は草の繊維。暴れまくる棘甲竜(スパインリザード)は、いずれ図体からなる膂力で千切られるだろう。


「残念ながら、そこから出るまで待つ気は無いぜ。――〈想像錬金〉」


 ヘルメスの足元に転がる『大太刀の鞘』と倒木に黒い雷光が奔る。

 一度造った代物さえもヘルメスの錬金術に掛かれば、何度でも別の物質に造り替えられる。飛び道具として通用しなかった大太刀の鞘も、暴れまくった末に倒された森の木も全て。

 黒い雷光が迸ると、足元に転がった材料がすぐさま変形していく。倒木は樹皮が剥がれ落ちて丈夫な板に加工され、木の切り口から流れ出る黄色の樹液はゴムに似た弾力の高い物質へと仕上がる。最後に大太刀の鞘に黒雷が奔ると、それまで部品として錬成された物体たちと融合し、一つの物体へと昇華される。

 

「こーれなーんだ……って分かるわけねぇか。分からねえなりに説明してやるが、カタパルトってヤツだな」


 木の板の射出台に、錬成されたゴムと鞘だった鉄棒にくっついたそれは、カタパルトというよりはパチンコに近い。白刃輝く大太刀が上部八十度に射出角度を取っていた。

 ()()を地面についたまま(・・・・・・・・・)カタパルトを見せつけられる棘甲竜(スパインリザード)はというと、未知の建造物が再び瞬時に出現したことに困惑しているようだった。


「さあ、いってこい!」


 即席のカタパルトから射出された大太刀は、ヘルメスの想像通りの軌道を描き空を舞う。


「ゴガァッ!?」


 一メートルを超す鉄塊に見紛う大太刀が空を舞う――首を狙われているのかと本能で判断した棘甲竜(スパインリザード)再び首を引っ込めた(・・・・・・・・・)


 ヘルメスはほくそ笑む。


「そう、お前は鈍重故に甲羅に潜むことを選択する。この刃と装置の危険性を本能で理解したからだ」


 人語の意味を理解するほどの知性も、論理的に物事を考える理性も無いが、本能的に危機や損得を勘定するような獣性においては野生の獣に勝るものはないだろう。


「ま、それが仇となったんだがな。危険から身を守る本能があるのに、生物の範疇を過ぎた殺戮を行った代償。今受けてもらうぜ」


 射出された大太刀は首元ではなく、棘甲竜(スパインリザード)の眼前に「人狼の気配を希釈して待機していた」、「二つ目のカタパルトの上に立っている」リルの目の前に落ちた。


 〈錬金術〉の射程距離・最大効力範囲は五メートル――その制約下では手元だろうとカタパルトの錬成は素材の選出からしても一個が限界だが、遠隔で錬成することは時間と物さえあれば容易にできる。片手間に相手をしながらはヘルメス自身の戦闘力からして難しいが、少しでも足を止めて時間を作れば、遠隔だろうと簡単にできる。


 リルは目の前ピンポイントに落下した大太刀の柄を両手でしっかりと握りしめ、姿勢を深く落とした。


「ナイスパスだ、主。そして――チェックメイトだ」


 大太刀でカタパルトを固定するゴムを切り離し射出されたリルは、全身全霊を込めて棘甲竜(スパインリザード)を突き穿った――!



「「『一閃撃滅』――!!」」



 爆発的な推進力を得たリルは、彗星の如く棘甲竜(スパインリザード)の引っ込めた首の部分めがけて突撃していく。甲羅の内に隠れ潜んだ柔らかな肉を、鋭く研ぎ澄まされた白刃はいとも容易く突き穿ち、肉を、皮を、血管を、内臓を、突き破っていく。

 血肉が弾けるような音と共に、尻尾まで貫ききったリルは、尻尾の先端から噴出されるように飛び出てきた。


「おっと、〈想像錬金〉」


 着地点に駆け出して〈想像錬金〉で簡素ながら草のネットを造り出し、勢いづいて飛ぶリルをキャッチする。剛性よりも弾性に富むように錬金したため反動で跳ね返りそうになっていたが、ネットにがっちり腕をかけて飛んでかないように耐えて留まる。


「あーあ、我が愛しのリルが血まみれになっちった」


 草のネットの上に優しく落ちたリルは、棘甲竜(スパインリザード)の血やら表皮の分泌液やらでべとべとになっている。ばっちそうにアーマー一式を脱ぎ捨てると、中のシャツがぴっちりと張り付いていたり、黒スパッツがテラテラと照りを帯びている。


 ――ちょっとエッチぃな。


 などと思ったりしたヘルメスであった。


「〈変換錬金〉」


 悶々とした脳内を払しょくしつつ、空気中から水素と酸素を単離して再結合し水を錬成する。


「なんだか今までで一番錬金術師らしいことやってんなぁ」

「ん? 今までも錬金術師だったろうに」

「んーまあそうだけどねー……」


 余った窒素等の元素を地中に逃がし、大量に錬成した水をリルの頭の上からぶっかける。


「うひゃぁっ!」

「うぉ、どした」

「あるじ……ちめたい……おゆにして……」

「あ、ワリ」


 寒そうに身体を震わせて革のヘルメットを脱ぎ捨てる。びっくりしたのか耳をシュンが折れていた。今の行水で血肉は流れ落ちたが、リルの体臭は幾分か獣臭くなっていた。

 ヘルメスは元の世界で飼っていた家の犬を思い出しつつ、濡れた犬みたいにぷるぷる震えるリルのために水を今度はお湯にして錬成する。


 じゃばじゃばと頭の上から適温のお湯を錬成しながらかけていくと、気持ちよさそうに浴びている。


「あったかい……きもちいいなー」

「帰ったらお風呂だな。なんか肌がガサガサしてるぜ」

「なんか……少し皮膚がヒリヒリする。あの体液、なんなんだろうな。というかあんな狭い風呂に二人で入るのか……」

「ぴったりくっつきゃ広い広い」

「その無駄な胸がなけりゃもっと広いのにな」

「言ったなこんにゃろ」


 お湯をかけながら楽しくお話しする主と従者。血塗れの棘甲竜(スパインリザード)の棘付きの甲羅を見て、感慨深くため息を吐く。


「ま、何はともあれ任務成功(ミッション・サクセス)――討伐(ハンティング)は完了だ」

「新種の討伐……冒険者ギルドがあれば、昇級間違いなしなんだろうなぁ」

「全くだ。まあ目的は違うけどな……こんな臭くて硬い竜の肉は食いたくもないしなぁ」

「そういやそういう目的だったな。忘れてた」


 砕け散り飛散した肉片と鮮血が発する悪臭に、ヘルメスは苦笑するしかできなかった。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 竜種……なのかなぁ(おい)の討伐は完了でございます。が、これで終わるかは定かではないですよ……?


 ちなみに見た目は「アイアンタートル」を三倍ごつくして有機的にした感じを想像していただけるとだいたいあってます。


※2018/12/10

 誤字修正の際に小説の内容が一部消失?しておりましたので、そこを埋めなおしました。

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