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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第一章 魔性の森の錬金術師
14/62

#13 ひと狩り行きたい錬金術師 2

 自身の錬成品である大太刀を引きずりながら、やっとこさ階段を上って家を出る。鉄塊そのもののような大太刀を玄関に置いた――半ば打ち捨てたにも近かったが――だけで、刀身の重圧によって砂埃が舞い散る。


「リル……疲れた……おんぶして……」

「もう魔獣討伐に行かなくていいんじゃないかな」

「嫌じゃ! 俺はこの大太刀が竜の尻尾を一刀両断する姿を拝みたいんじゃ!」

「まともに剣戟を放てないどころか満足に持つことすらできないくせに」

「じゃあリルに振ってもらう……」

「ほら、結局そうなる。だーから少しは考えて錬成しろって言おうとしたのに、勝手に錬金工房でバケモノの武器なんか作るからだ」

「返す言葉もないですぅ……けどこれがお蔵入りになるのはやだ……」


 情けない声を出していじけているヘルメスは、未練がましく玄関に置いた大太刀を頑張って鞘から抜く。純度の高い鋼を選りすぐって錬成した刀身は、大鉈のように分厚く、それでいて研ぎ澄まされている。人の持つ代物というより怪力乱神の大男が差しているのが相応しいやもしれない。


「鞘くらい木製でもよかったんじゃないのか?」

「ダメだ。俺の世界では鞘は高純度の鋼から作られるのが一般的なのだ」

「主が居た世界はそんな長重武器を余裕で振り回せる人間がゴロゴロ居るのか……もはや鎧の隙間を狙って斬るよりも、鞘ごと殴った方が絶対に強い気がするぞ。というかそれが重鎧との戦闘のセオリーだし」

「馬鹿言うなよ。この刃は鎧ごと叩き割るために作ったんだよ。殴ることを目的とするなら別の作ってるから」

「馬鹿言ってるのは自分だってことにいい加減気付いてくれ……」


 切れ味はもちろん、重厚な刃が生み出す破壊力とスイングスピードを鑑みれば、フルプレートの鎧や竜の尻尾すらも両断できる威力があるだろう。振るえる者が居なければただの置物かインテリアでしかないのだが。


「うぅ……俺の『一閃撃滅(いっせんげきめつ)』ぅ……」

「銘までつけたのか……」


 薄っすらとだが、刃の根本に『一閃撃滅』と刻み込まれている。竜を一刀両断でもした後に、必殺技の口上として言うつもりだったのだろうか。いじいじと、運ぶことすらままならない自分の刀を愕然と見下ろしている哀れな主に、リルは盛大にため息をついて頭をひっぱたいた。


「分かった分かった、私が持てばいいんだろ! だからあんまり女々しくぶつぶつ言うな、主のクセに見苦しいったらありゃしない」


 腰に差していた二本のククリナイフをヘルメスに投げ返し、抜き身の大太刀を右手で持ち上げた(・・・・・・・・)


「むっ……なるほど」


 予想外の重量に驚いたのか目を見開くも、すぐに重さに慣れたのか確実に右手のみで大太刀を保持し続けている。地面に落ちている鞘を蹴り上げて浮かし、空いている左手でつかみ取ると、流れるような動作で右肩から左の腰に流すように背負う。


「ふむ……名前負けしない重量と仕上がりではあるな。どれ――」


 リルは大太刀を構えたままスタンスを大きく開いて腰を落とし、重心を低くして大太刀を右肩に担ぐように構える。

 そのまま左足を軸に、歯を食いしばり、重厚な幅広の刃を思いっきり横薙ぎに振るった。


「せあぁぁぁっっ!」


 裂帛の咆哮と共に、斬撃は傍らの太い幹の樹木へと高速で放たれるや――バギャンッッ!


 乾燥した木の皮を砕きつつ、肉厚の刃は速度と自重と切れ味の三点を以てして、一刀の元に木の幹を断ち切った。切っ先に重さを寄せているため大太刀に込められた遠心力と重さは、全て余すことなく一撃に集約される。

 木の幹を散らし、砂埃を巻き上げ、彫りこんだ銘に違わぬ圧倒的破壊力を見せつけた大太刀を、回転させながら鞘へと納めてリルはヘルメスを得意げに一言――。


「『一閃撃滅』……なんてな」

「――――」

「……なんだよ。怪力女とでも思ってるのか」

「くっそ、トゥンクしそうになっちゃったじゃないか、どうしてくれる……!?」

「な、なんだそれ……なんか気持ち悪いな……」


 あまりに威風堂々と鞘を担ぎ、大太刀を構えてみせただけでも勲章ものだというのに、あっさり振り回して樹木を軽々とぶった切ったのだ。廃棄処分を覚悟していた分、華麗に振り抜いてみせたリルに「お前はやっぱ最高の従者だ」と抱き着く。


「リルが人狼だってことを最近忘れてたよ。可愛い耳と尻尾以外は人と何ら変わらんし。身体能力だけで言えば俺換算だと何十倍だったな」

「これより重くなったらいよいよ振り回すことくらいしか出来なくなりそうだがな。横薙ぎか振り下ろしならいけるだろうけど」

「頼もしいなぁ……さすが我が最愛にして最高最上の従者だ!」

「おだてても何もでないぞ」


 抱き着いたまま革のヘルメットから飛び出たケモミミをわしゃわしゃと撫でまわすヘルメスを、顔を少し赤らめながら手で押し退ける。


「これで満足しただろう。行くのならそろそろしゃんとしてもらわないと困るぞ!」

「おう、大満足だ!」

「討伐対象は?」

「んなもん森に居た大きな竜種に決まってるだろ!」

「……今更だけど、森に竜種がいるのかな?」

「知らん! けどこんな生態系バグったような森ならいるだろきっと!」

「……まあいいや。行こうか」


 こうしてヘルメスとリルはルベドの森の深層へと歩を進め始めた。


 木々で塞がれている獣道をククリナイフで切り開きながら進むが、それでもなお進みにくい。中央部までは森の侵攻の際に先人たちが、人員や物資搬送用の荷車を通すためにある程度は舗装してあるが、深層まで行きつくと舗装された道は皆無だ。

 鬱蒼と生い茂る植物は高濃度の魔力の影響下にあるため、どれも規格外の大きさに成長している。舗装路ですら半分以上が草木に侵食されている上、人の背丈を余裕で超すお化け植物のせいで視界も通りにくい。


 きっとピクニックには最も適さないが、竜狩り(ドラゴンハント)をする地形としては最適だ。

 その証拠に竜を求めてあてどなく森の深層へと足を踏み入れた主と従者は、奇妙な虫やら得体のしれない鳴き声が聴こえる森を上機嫌で歩いていた。


「久しぶりだなぁ、こんな深くに来るのも」

「私もだ。あの時歯が立たなかった魔獣にも、今だったら勝てる自信がある」

「リベンジついでに竜も討伐して森の頂点捕食者になっとこうぜ」

「フッ、面白そうだな」


 のどかにも会話を交わしながらもリルは警戒しながら枝を切り払い進む。


「主。ストップ」


 リルの一声でヘルメスはピタリと足を止めた。

 何事かと耳を澄ますと、どこからともなく騒々しく枝葉を蹴散らすような音を立ててこちらへと向かってくる音がする。音からして複数、魔獣だとするとかなりの規模の群れがこちらに迫ってきている。


「主、少し距離を取ろう」

「あいあいさー」


 リルに促され、一緒に元来た道へと少しだけ引き返す。そのまま引き気味に構えていると、群れが正体を現した。木々や藪を蹴散らして現れたのは、形容するのなら「二足歩行するぶさいくな野犬」の群れだった。


「これは……犬魔人(コボルト)か。随分と数が多いな」


 ファンタジーでおなじみ、犬の頭部を持つ獣人だ。もっとも、こちらの世界ではフィクションで描かれているものよりも数倍醜悪になっている。凶暴な野犬が魔力の影響で強靭な肉体と膂力を得た魔獣であり、鋭い爪牙を用いた攻撃は薄い鉄のプレート程度なら貫くほどだ。

 数にして百を優に超えている。群れで行動する魔獣だが、これだけの規模の群れで行動することは聞いたことが無い。


「繁殖期でもないのにこれだけいるのは妙だな。リル、どうするか?」

「主、やろう。あまり多かったら少なからずここらの生態系に影響を及ぼすだろうし」

「オーケー。かといって木を伐採し過ぎるなよ。木材を運ぶ採取クエストをやりに来たんじゃないだからな」

「善処する」


 言い残すとリルは猛然と犬魔人(コボルト)の群れへと駆け出すが、ふとヘルメスは疑問を抱いた。


「……そういや、あれってどうやって抜刀するんだ?」


 そもそも武器を十全に扱うには、握り方や体重や力の込め方、攻撃に適した間合いの理解と数多ある知識を頭と身に叩き込まなければならない。

 リルが持つ大太刀は、いわばその知識が皆無のヘルメスが現実のゲーム知識だけで造り出したものであり、使い手の技量及び振るい方まではまるで考えていなかった。一メートル以上の刀身なんて、まず抜けない代物だろう。

 そんな主の心配など知らぬ存ぜぬと、姿勢を低く保ちながら犬魔人(コボルト)の群れへと潜り込んだリルは、左手で鞘の中ほどを、右手でしっかりと大太刀の柄を握りしめる。


「はぁっ!」


 前傾姿勢のまま両の手を素早く引く。正反対の方向へと鞘と刃が滑りながら抜刀され、勢いそのまま右手を前方に背負い投げの要領で突き出すと、切っ先に至る刀身全体が姿を現す。


「おぉ、上手い!」


 思わず感嘆の声を上げたヘルメス。腕の長さが足りずに抜刀できないと思ってたからだ。

 抜刀に成功したリルは、これまた運悪く真正面に居た犬魔人(コボルト)へと分厚い白刃を水平に突き入れる。


「ギャワッッッ!!」


 一撃で脳を破壊しただろうくぐもった断末魔を上げる。絶命を確認するまでもなく水平に刺さった切っ先を捻じり込む。鉄板が脳味噌をかき回すかのような連撃に、犬魔人(コボルト)の息の根は止まる。


「ゴアァッ!?」


 一瞬の出来事で頭部を破壊された光景を見て、知性に乏しい犬魔人(コボルト)の群れは本能で危険性を感知したのだろう。群れが大太刀の射程距離外まで一斉に引き下がろうとしたが、百を超える物量が一気に下がったためか、生い茂る樹木に邪魔されたのかは定かではないが、うまく下がれていなかった。


 森で生まれ、ここを住処としている魔獣にしてはお粗末な行動に、ヘルメスとリルはどこか違和感を感じたが好機を逃さない。


「〈想像錬金〉……地中の鉄分を集約して……っと!」


 地面に片手を付き、黒雷を地中へと奔らせる。掌から放電するように地面へと黒雷が行き渡ると、突如として巨大な鉄塊が地面からせり出した。地中に常在する鉄分を用いて造り出したのだ。

 刺突で犬魔人(コボルト)一匹を仕留めたリルは、背後で錬成された鉄塊を見るや後方へ跳躍、ヘルメスに大太刀を向けた。


振り回す(・・・・)くらいならできるんだよな――〈想像錬金〉!」

「ああ、任せてくれ」


 地面にそびえたつ鉄塊と大太刀へ黒雷を奔らせると、鉄塊が瞬く間に刀身のように細長く変形した。そのまま錬成された刀身をすぐさま大太刀へと結合させ拡張する。純度の違う鉄でできた拡張用の刀身は切れ味も鈍く重いが、一撃に限りリルでも振り回すことは可能だ。それにこの刀身の使い道はただ振り回すだけではない。


「せぇっい――やあぁぁっ!!」


 回転の勢いを殺さずに木を真っ二つにへし切りながら横薙ぎに振り抜いた刹那、ヘルメスは錬金術によって大太刀に結合させた拡張刀身を切り離す。


 初段の回転斬りに巻き込まれた犬魔人(コボルト)は胴体から両断されていき、二段目の分離した刃は無数の犬魔人(コボルト)を切り裂いてなお速度を落とさず飛翔していく。まるで回転ノコギリの鋸刃を全力で投げ付けたかのような「飛ぶ斬撃」は、犬魔人(コボルト)の群れを真っ二つに分断していった。刃が巻き込んで引き裂いた肉片と血は、不浄の雨になって森の地面に舞い散り、飛翔した刃は複数の木を薙ぎ倒したのちに地面へと刺さる。


「まだやるか?」


 言わずもがな人語が通じる道理は無い。


 ……無いが、その一刀で決着はついていた。


 瑞々しい肉片と血の海の中、レザーアーマーの奥にちらと見える灰色の瞳で、大太刀を鋭く突き付けられ睨み付けられた犬魔人(コボルト)の残りは、悲鳴に似た鳴き声を上げて散り散りに逃げていった。

 鞘へと大太刀を華麗に納め、リルはヘルメスの元へと戻る。「ちょっと褒めてもらいたいな」とわくわくして戻ったが、当のヘルメスは顎に手を当てて何やら考え事をしていた。


「妙だと思わないか?」

「何がだ? 確かに犬魔人(コボルト)ごときが私たちを襲ってくるのは恐れ知らずだなと思ったが。主は魔力の内包量だけで言えば魔王みたいなモンだし」

「正にそこだよ。見ろよこれ」


 ヘルメスは胴体を切り裂いて倒した犬魔人(コボルト)の死体から、枝で胃袋を引きずり出していた。直前までどこかで仕留めたであろう魔獣を喰らっていたのか、肉らしきものが詰まっている。


「腹いっぱいにも関わらず強者に襲い掛かって来るのは、野生の生物としてちょっと腑に落ちないだろ?」

「……どういうことだ?」


 魔獣とは、身体を構成する細胞に魔力を取り込んだ野生の獣を示すカテゴリだ。魔力が集まりやすい地帯の野生の獣はいずれ魔獣へと成り果てる。

 広義に狂暴性、敏捷性、筋力といった面が魔力によって強化されるため、どの魔獣も基本は人間たちへ被害を及ぼす。その狂暴性は、魔獣同士でも喰い合い、縄張り争いを行うこともしばしばなほど。自種族以外ならば全部敵に近い敵対の意識を持っている。


 それでも本質は野生の獣に変わりない。生きるために獲物を狩り、無益な殺生は人間と違って犯さず、何より自分よりも強い相手には手を出さない。

 魔力に晒され肉体を強化された魔獣は、生物が内包している魔力量によって強弱を見分けるとされている。だのに魔力の化け物のヘルメスに歯牙を向けてきたことに疑問を感じていた。


「狂暴になったとしても自然界の生物としてのルールはおよそ変わらんだろ。自分よりも強く危険な生物には、自分の命の危機が無い限りは近寄らない。人間と違って、獲物を自分が捕食できる以上の数を過剰に仕留めることはないしな」

「まさか……」

「この行動は不自然極まりないんだよ。満腹の犬魔人(コボルト)が、何ら危害を加えていない俺らに、何の目的があって襲ってくるんだ?」


 その時だった――森の奥から無数の犬魔人(コボルト)の断末魔が立て続けに聴こえたのは。

 薄っすらと細めた蒼の瞳で、ヘルメスは森の奥へと意識を向ける。森が帯びる魔力の中に、一際大きな気配を感じた。リルも同じく巨体の生物らしき魔力を感知する。


犬魔人(コボルト)はルベドの森の深層にそもそも現れない。群れでもここでは生き残れないザコが、表層部の獲物を群れで仕留め、その群れの中で仕留めた獲物の肉を取り合い殺し合うような奴らだしな」

「表層部のヤツがここに居るってことは餌が無いから……移動してきたんだよな?」

「推察だけどな。じゃあそんなザコが深層で満腹になっているのはどうしてだと思う?」

「……死骸の、共食いか?」

「大体合ってるだろうな。このデカい音出してるヤツが片っ端から殺してるんだろうよ。幸か不幸か、犬魔人(コボルト)の群れが腹一杯死体を食い漁れるくらいにな」

「この様子だと最後の晩餐になっているみたいだな」


 ズシン――周囲の木々に音が吸収されているが、地鳴りが近づいてきていた。


「俺らが「こいつら(コボルト)の逃走ルート上に居た」から……「強力な何かに襲われた自分たちの逃げ道を塞ぐ邪魔者を退かそうとした」んだ。そう考えるのが適切だろうよ」


 のっぴきならない緊急事態に陥っていたから、何かに襲われていたから。断定したヘルメスは近付いてくる音の方へと意識を向ける。


 地鳴りはとうとう間近へと迫り、木々の裏から地鳴りを発生させる正体が姿を現した。


「こいつ……まさかホントに竜種か……!?」

「なんだろうといいさ。自然界のルールを破っちまった魔獣は、ここで討伐(ハンティング)だ!」

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 次回竜狩り(モンスターハント)の始まりでございます!

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