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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第一章 魔性の森の錬金術師
13/62

#12 ひと狩り行きたい錬金術師 1

 不気味に薄暗いルベドの森をも照らす快晴の日は、ひと月に十日もあれば多い方だ。


 月に数度の珍しい晴れ模様をヘルメスは窓から眺める。マグカップに入った黒茶――珈琲に似たこの世界の豆茶だ――に角砂糖を落とし入れ、一口飲んで満足気に息をつく。従者のリルは庭の花畑の一角に置かれた物干し竿へ、溜め込んだ洗濯物を干していた。


「ふへー、やっぱ天気が良いと気分がいいねぇ」

「自分の着た服くらいは自分で干してもらってもいいんだぞ、主」

「あーあー聴こえない聴こえない」


 頑として動かないヘルメスにリルは呆れ果てながらも手を止めない。家事の類で自分から動くのは飯が絡むことだけであり、それ以外は何を言っても動かないのを知っているからだ。


 今日のヘルメスは下着姿ではなく、動きやすい軽装として濃紺のデニムと白の半袖ワイシャツを着ている。現代知識を活かして作ったそれは錬金術師たる自身謹製なため、従来の生地とは比べ物にならない軽さと強靭さを兼ね備えている。ただし、ワイシャツは少々自身の胸の大きさに合わせてボタンを削っているため、半分以上下着が見えている。

 リルのメイド服も半袖ミニスカートになり、ニーソックスも脱いだ仕様と、季節が変わる気配が感じられる装いだ。


 溜まった洗濯物の第一弾が干し終わり、さて次々とリルが家に戻ろうとした矢先、停電したかのように真昼間が瞬時に暗転する。


「ん? 通り雨……なことは無いよな?」

「いや、雨雲は無いな。なにか別のものが空を遮ったっていうか……」


 バファッ、バファッ、と空気を押し出す重い音が上空で響き轟く。鳥の羽ばたきにしては些か大きすぎる音だが――。


「あ、これってもしかして」


 はたと気付いたヘルメスは、窓に身を乗り出して空を見上げる。

 注意しながら空を覆い隠した何かを凝視すると、影のグラデーションが微妙に揺れていた。雨雲にしては不自然であり、生きているかの動きをしていたそれを見て正体に感づく。


「リル、洗濯物を干し続けて大丈夫。あれ雨雲じゃねーや」


 二対の翼と足、山の如き巨体と大きく太い尾、鋭い牙と深緑の瞳が光る頭部――空を見上げながらリルに告げたヘルメスは、目線を少しずつ影の両端へとずらしていくと、影が少しずつ真の姿を現していく。


「おぉ……『エンシェントドラゴン』か!」


 (いわお)を思わせる鱗を幾重も貼り付けた甲殻には、力強い深緑の苔が繁茂している。

 船の錨の如く太く重厚な爪と足は、何百を超える外敵を屠った証の血の鈍い光沢がある。

 羽ばたき一つで森の木々を吹っ飛ばす力を持つ分厚い翼は、幾筋の傷があっても破けることなく健在だ。

 歴戦の猛者と言うに相応しい雄々しい顔とは裏腹に、悠久の時を歩んだであろう年月からなる穏やかさを帯びていた。


「『渡り竜』か。あの巨体ならそりゃあ大きな日影ができるわな」

「もうエンシェントドラゴンの渡ってくる時期なんだな。そろそろ本格的に暖かくなりそうだぞ」


 ヘルメスたちは空を飛ぶエンシェントドラゴンの腹を見上げていたのだ。


 諸島連合国家のアークヴァイン王国は、元の世界で日本にあたる気候――つまり四季がある。位置も東の方であり暦も似た形で換算されていて、唯一の違いは「十三月」があることくらいだ。

 現在は五月、温暖湿潤な気候の今は、生活するに非常に快適な時期だ。エンシェントドラゴンは暖かい気候を好み、この時期に南方諸島国家のミューレス共和国の草原地帯から、アークヴァイン王国の草原地帯へと渡ってくる。この現象を渡り鳥さながら『渡り竜』と呼ぶ。


「壮観壮観。まるで山が丸ごと飛んでるみたいだ」

「豊穣の象徴だからな。おとぎ話でも心優しい長老みたいな描き方をされてる」


 大地の古竜とされるエンシェントドラゴンは自然の魔力で栄養を自ら生産する。光合成に似た栄養生産を果たすので、野生の獣や植物を食べることも無く人に対しても基本的には危害を与えない。


「でも昔は討伐しようとしたバカがいたんだろ?」

「そのせいで諸島国家の内二つが消し飛んだな」


 現在この世界の地図に描かれている諸島連合国家は四つ。


 東のアークヴァイン王国。

 西のクァルジ皇国。

 南のミューレス共和国。

 そして北のオルテンシス帝国となっている。

 これに加えてあと二つ、諸島国家に名を連ねる島国があったが、エンシェントドラゴンによって跡形も無く崩壊させられていた。


 エンシェントドラゴンは自ら危害を及ぼすことはまず無いが、当然ながら自らへの危機が無い時だけに限られる。温厚な性格だろうが危険が迫れば反撃に出る。優しい人、もとい竜が怒ったら、というやつの典型例だろうが、エンシェントドラゴンの逆鱗に一度でも触れれば、島国消失レベルの被害が訪れるとされているのだ。


 エンシェントドラゴンは火炎や冷気のブレスといった攻撃はしないものの、特性として自己の魔力によって地中の地脈水脈を操作し、地殻変動を起こすことができるという。二つの島国が消えた原因は、これらの能力による大地震と大津波によって大地と海に飲み込まれためだ。


「でも可愛いよな。一度背中に乗ってみたけど、全然大人しいぞ」

「ホントに命知らずだな、主は」

「気性の荒い馬よりよっぽどマシだろ。身体はびくとも動かないから安定性抜群だし、デカい分推進力がハンパないからめちゃくちゃ快速なんだよ」


 酔っぱらいのような語り口調のヘルメスを無視しながら、最後の洗濯物を干し終える。すると、何か天啓を得たかのような表情をする。


「なあ、リル」

「神妙な顔してどうした、主」

「竜って……旨いのかな?」

「「…………」」


 ……沈黙が流れる。


「やっぱバカだろ、主。分かりきってたけどバカだろ」

「いや、人の原始的な欲求に乗っ取ってだな。食事っていう生存のために必要不可欠且つ、豊かな人生を送るために外すことが不可能なファクターを研究するのは当然だと思うんだよ、俺は」

「簡潔に要約してくれないか?」

「要はだな、食ったことが無いから食ってみたいってことだよ」

「……私たちの祖先でもそこまで食い意地張ってないだろうな。頭のデキは良いはずなのに、たまに壊滅的にアホだよな。主って」

「バッカおめぇ人の食に対する執念舐めんなよ?」


 そう言ってヘルメスは冷蔵庫に向かって歩き出す。洗濯物を干し終えたリルが家の中に入ると、ヘルメスが冷蔵庫からけむくじゃらな動物の手らしき部位を持ち出してきた。


「それってこの前落ちてた鬼熊(オーガベア)の掌だったな。何に使うか知らないけど、そろそろ処理してほしかった。スペース圧迫するし」

「これを食うんだよ」

「……これを?」


 怪訝そうな目で拾い物の鬼熊(オーガベア)の手を見る。赤黒い毛は硬く、触った感触だけでは食べれるとは判断しにくい。


「俺が元居た世界じゃ結構レアな料理なんだぜ? 熊の手の煮込みって。毛を綺麗に抜いて煮込んで皮をうるかして剥いで、指の骨ごとに分けてワインと蜂蜜でソテーして……」

「はあ……凄まじい手間暇だな。にしても料理人というか、私たちの祖先は本当に恐ろしいと思うよ。掌の食べ方にしてもそうだし、毒魚や道端のキノコとか、何が含まれているか分からない物を食べようとしてたんだから。たまに変態の類に思ってしまう」

「料理人はある意味で変態が多いと思うぞ。俺の主観だがな」


 調理法の一例を挙げながら熊の手を冷蔵庫に戻すと、リルは微妙な顔つきで評した。


「それでなんで竜を食べたいなんて突拍子もない発想に至るのか」

「先ず以て竜を倒す……竜狩り(モンスターハント)は全人類の夢さ。きっと俺と同年代の現代っ子はみんな夢見るはずだ」

「……否定はしない」

「なら実際に狩り(ハント)したくなる」

「……ま、まぁ」

狩り(ハント)したとなりゃ食うっきゃないだろうよ?」

「……そ、そういうものなのか?」


 ヘルメスが思いをはせたのは、現代で何作にも渡って続編を販売するモンスターをハントするゲームの事だ。ヘルメスこと人格を司る蓮也は例にもれず厨二病の気があり、神話とか竜殺しとかに並々ならぬ憧れのようなものを抱いていた。この世界でもそういった思想は根付いており、邪道に堕ちた悪しき竜を狩る英雄譚や、邪神を殺し神となるおとぎ話が存在している。

 ちなみにリルもそういったお話が大好きだったりする。そうでなければ北欧神話の狼の名前を嬉々として名乗らないだろう。


「ん、うーん。ま、まあ私は実際竜を見たことはもちろん、食べた事はないけど。どうやら小型の翼竜(ワイバーン)とかの肉は表でも高値で流通されてるらしい。裏ルートだったら、格安で挽き肉が売られてるらしいけど、信憑性は無い。挽いちゃえば一般人だろうと貴族王族だろうとどんな肉かなんて分かりっこない」

「えー……翼竜(ワイバーン)なんてぺらっぺらの竜は嫌だなぁ。どうせなら大型の……エンシェントドラゴンとまではいかないまでも、尻尾を部位破壊できそうなくらいの竜がいい」

「……部位破壊ってなんだ」

「頭とか背中の鱗と甲殻を叩き割ったり、尻尾をバッツリぶった切ること」

「文字通りだし、ただの狩りの一環の攻撃じゃないか、それ。しかしだな、中型の竜は――……ってちょっと待て主。まさか本当に狩りに行く気じゃないだろうな?」

「大丈夫大丈夫。剥ぎ取りは小型二回の大型三回までってルールは守るから。二人仲良く三回ずつ剥ぎ取ろう!」

「そういう事じゃないぞ! 何だそのルールは!? 聞いたことないぞ! あと私まで狩りに連れて行く気か!?」


 リルの制止の声も聞かずにヘルメスは部屋軽い足取りで地下の錬金工房へと入っていく。


「ああっ、もう!」


 いつになく素早い主の後を一歩遅れて錬金工房へと足を踏み入れると、既に〈錬金術〉を行使している真っ最中であった。


「〈想像錬金〉」


 どこからどうやって引っ張り出してきたの故も知らない山積みの鋼を用いて、〈想像錬金〉の黒雷が鋼に奔り廻る。

 すぐさま形が粘土細工のように練り上げられていき、出来上がったのは一メートルを超える抜き身の異国の剣――元の世界の大太刀に相当するものが一本。次いで残った鋼をふんだんに使ってククリナイフと肉厚の剥ぎ取り用ナイフが二本完成する。


「剥ぎ取りはこっちの分厚い方を使うとして……俺が太刀でリルが双剣だな」

「ああ、もう……こっちの話なんて聞いちゃいない……」


 創作意欲が最高潮に達したヘルメスは手加減も止め時も知らない。

 次に種類分けもされずに積み上げられた魔獣のなめし皮を取り出す。それと樹脂を錬成したゴムに、接着用の由来も知れないドロドロとした何か――生体由来の結合用の粘液らしい――を用意する。


「もういっちょ――〈想像錬金〉」


 バチリ――黒い雷光のエフェクトが素材に走ると、用意した素材が寄り合わさりメキメキと姿を変えていくく。

 一分と待たずに出来上がったのは、魔獣の皮をふんだんに使ったレザーアーマー、スカートデザインの腰装備とブーツ。伸縮性の高いスパッツ状のアンダーウェアも作る。

 思い付きでデザインも特に考えずに作った割には、そこそこの出来栄えに仕上がったことに、ヘルメスは満足気に鼻を鳴らす。


「これで今からでもハンターにジョブチェンジができるぞ!」

「あーもう! バカなこと言ってないで早く片せ! 私はそんなの絶対に着ないぞ!」

「いやいや待てて! 似合うからちょっと着てみって! 俺は胸が収まらないから着ないけど!」

「遠回しにスタイルを自慢するな!」


 わちゃわちゃと揉み合いながら強引にレザーアーマーを着せようとするヘルメスと抵抗するリル。

 数分間攻防を続けたのち、先に折れたのはリルの方であった。結局、嫌々ながらも着替えることになった。


 半袖のシャツと伸縮性の高い黒いスパッツを着て、その上から魔獣の皮のレザーアーマー一式と皮のブーツを着せる。最後に余った素材で即興で作った、ケモミミ部分を開けた皮製の頭防具を被らせて完成だ。

 小柄だが、程よい肉付きでスタイルが整ったリルに、ぴっちりとフィットする黒スパッツは中々に破壊力が高いなと、眼福とばかりにヘルメスは視姦する。


「あ、あまりじろじろ見るな……」


 ――恥ずかしそうに身をよじらせるのがまた。


 リルの羞恥で本来の目的を思い出す。名残惜しそうにぺたぺたと触りつつも、リルに抜き身のククリナイフを渡した。


「それではただいまより、ルベドの森の深層に潜む竜種及び魔獣討伐任務を開始する!」

「おぉー……」


 やる気満々のヘルメスは、自己申告通りアーマーを装備できないのでそのままの姿だ。リルに渡したククリナイフに持ち手を錬成して装着し装備させ、自分は大太刀を担ごうとするが――。


「あっこれはやばいですね」

「どうした主。一番ノリノリだったくせに及び腰か?」


 幅広の刃が藍染の布が巻いてある鉄拵えの鞘に収まった、羅刹や英雄が振るうかの大太刀。それを背負ったまま、ヘルメスはその場から一歩も動けなかった。


 言うまでもなくその理由はたった一つ。


「俺の太刀……重過ぎ……!」

「知識は詰まっているけどやっぱアホなんだよなぁ、主は」


 レザーアーマー一式を纏いククリナイフを腰に差した従者は、白い目で大太刀を引きずることすらできないアホな主を見つめていた。とはいえ、鉄塊の領域に至っている大太刀だ。鞘を含めて重さにして10kgを余裕で越している。ちなみにリルの装備でも軽く5kg前後はある。

 もはやヘルメスの肉体性能云々の話どころではなく、武器としての浪漫を追求し過ぎた故の結果だろう。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 今回は単純に「てれれれー(英雄の証)」が大好きだっていう自分の欲を詰め込んでみました。


 ちなみに「神を喰らおう」の方も大好きです。12月が待ち遠しいです。

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