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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第一章 魔性の森の錬金術師
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#10 不屈と純潔と永遠の絆

「ヘルメスさん!」

「ああ、見紛うことなくヘルメスその人さ。従者ちゃんも久しぶり、元気してた?」

「……はい、お久しゅうございます」

「むぅ。なんか変人に対する警戒の姿勢が感じられるぞー」

「空中に浮遊して窓にノックするような人が変人でなくてなんだというのでしょうか、ヘルメス様」

「正論過ぎて返す言葉もねぇなぁ」


 ベッドに横たわりながらも少し近付いたリュノアを、リーリエは手で制して前に立った。

 当然だがヘルメスを警戒していた。そも家を教えていないはずだ。なんで今この場に居るのかも分からないが、ガドルノスにでも聞いたのだろうか。

 いろいろと思案を巡らし対応を考えていたリーリエだったが、矢継早にヘルメスが話し始めた。


「なーに、今日はそれほど大した用事じゃあないんだけどな」


 そう前置きしてヘルメスは外套の内ポケットへと手を伸ばす。豊満な胸がだぷんと揺れるのを見て、リュノアはなぜか感嘆の声を上げ、それほど胸に自信のないリーリエはなんかイラッとした。

 取り出したのは部屋の光を取り込んで透明に輝く十字架だった。輝く黒色の銀が十字の芯になっており、星を模した金の刻印が中央に施してある。


「これを君にね」

「ダイヤ製の十字架、ですか?」

「お代はいらないよ。快復祝いってことで受け取ってくれぃ」

「ありがとうございます。でも、私は十字架を信仰しているワケでは……」


 十字架の信仰はこの世界でも存在し、『聖天教』という教派として信仰されている。一神教であり、神聖母と言われる存在の慈悲と慈愛を以てして、信仰者を邪なる者から救う――そういった宗教である。邪なる者とは主に魔法使いや魔女に向けられており、魔女傭兵を持つこの国では肩身の狭い宗教一派だ。


 ヘルメスのアクセサリにも黒銀製の十字架はあるが、本人が『聖天教』を信仰していた訳でもなく、かといって間桐蓮也が生前宗教信仰があったかというワケでもない。ただなんとなく形どっただけだ。


「それは十字架の首飾りでもあり、もう一つの用途としてダイヤの短剣にもなるんだ」

「短剣? リュノアはお世辞にも武具の類を使いこなせはしないですよ?」

「君に流れる『魔力』の起伏に応じて刃となる代物さ。実を言うと、本来は暗器とかそういう類に向いているギミックなんだけどね」


 説明するや否や、窓の桟に腰かけていたヘルメスはリュノアに向けて手を伸ばす。


「『魔力』は物質を構成する元素同様、万物が等しく持ち合わせる。魔力の通っていない物体は基本としてこの世界で物としての形状を維持することは不可能だからだ。そしてこの十字架のダイヤモンドは特別製でね」


 クエスチョンマークが浮かんでいるリュノアの目の前に人差し指を突き付けて止める。二人の視線は指先に自然と向かう。


「ひゃんっ――!?」

「――んなっ!?」

「うむ、Dと見た」


 ぺろりと舌なめずりをするヘルメス。

 目を丸くして思考停止し硬直するリュノア。

 そしてリーリエはぐいと食い入った。


「なにしてやがんですかっっっ!!?」

「先に怒るのそっち!? いやそれはそれとして、リュノアちゃん。十字架を持って……ってもう持ってたか」


 ちょうど胸の中央を指で突かれ敏感な部分を刺激されたものだから、リュノアはことさら真っ赤に顔を染めていた。奇しくもヘルメスに促される前に十字架を両手で握りしめて持っおり、ふるふると細かに震えるリュノアだったが、十字架に目をやると、はっと眼を見開く。

 

「これ……なんですか……?」


 透き通ったダイヤの外縁から、青色の光を放つ薄い層が発生していた。光とヘルメスの顔を交互に見合わせるリュノアににへらと笑ってみせてから、ヘルメスはそっとその光に指を這わす。

 すると、白い絹のような指に一筋の紅いラインが走る。数秒の遅延(ディレイ)の後、赤い液体が線の端から中央へ、丸い輪郭を描いて集っていく。


「――ヘルメスさん!?」

「見ての通りさ。その光は『魔力の刃』だ」


 傷から滴る血を舐めとった。妖艶にゆったりと舌が指をなぞる様は、背筋がぞくりとするようないやらしさと妖しさが放たれている。


「そのダイヤモンドは魔力を帯びた鉱石の中でもとりわけ等級の高い『宝魔』と呼ばれるものだ。自然界では滅多に採掘できない貴重品でね。所有者の精神の昂りに呼応して帯びている魔力を解き放つ特徴があるんだ」


 森林や山脈といった自然界には例外なく魔力が集いやすい傾向がある。動植物の魔力だけでなく、土中の細菌や微生物の類に至るまで、自然は生命の宝庫だ。そういった数多の生物の死骸から魔力が大地に還っていくことで、大地に魔力が凝縮されていく。


 そういった傾向から鉱山で採掘された鉱石は魔力を帯びていることが多い。魔力を帯びた鉱石は『魔導金属』と呼ばれ、そこからさらに等級や種類によって区別されていく。

 この機能は当初語ったように、本来は要人暗殺用の暗器として開発されたギミックだが、『宝魔』の希少性から武器としては法外な額で取引される代物だ。

 しかもヘルメス自身が魔力放出の出力を調整しているため、周囲に留まる様に魔力が発生する。そのため、刃のように鋭く均一な切っ先が出来上がる寸法だ。


「感情の高ぶり、主に羞恥や殺意とかに強く呼応して刃は鋭くなる。精神が刃を錬磨するのが、この十字架が短剣になる所以さ」

「……よくわかりました」


 赤らめた顔が少しずつ冷静に冷めていくと共に、胸を指で突かれた羞恥に呼応した魔力の刃が消えていく。精神の昂りがスイッチとなるため、怒りが薄れていけば刃も力を失い消えていく。

 魔力の刃が消え去ったのを見計らい、真珠色の結び鎖を付けて十字架を改めて首にかける。


「でも、できる事なら使ってほしくはないな。いや、使うような事態には陥らないでほしい……それが正しいかな。おっとと、そんな暗い話しに来たんじゃないよ、ないない。快復祝いなんだからもっとハッピーにね」


 コロコロと表情を喜怒哀楽と変える様に二人は目を回さん勢いであったが、改めて敵意がないことは十分伝わった。セクハラは百歩譲り目を瞑るとして、リュノアの事を容姿だけでなく彼女の思考や性格を込みで心配していることは感じられたからだ。


「これを送ったのにも意味があってね。ただの自衛のためのアクセサリじゃないんだ。俺の故郷には宝石一つ一つに石言葉っていうのがつけられているんだ」

「石言葉、ですか。花言葉みたいですね」

「そそ。この地方にあまり馴染みがないのは、宝石の取り扱いはしていても鉱石採掘がそれほど盛んじゃないからだろうけどな」


 商業都市ラブレスは主に仕入れや小売りへの販売、物流を担っている。

 陸路は馬車をはじめ、地を駆けるドレイクという小型の竜にけん引させる竜車、そして魔力で駆動するモーターを搭載した魔車を用いて。海路は木像船から鋼鉄艦と発達した造船技術をもってして賄っている。


 また、実は空中の輸送手段もある。亜人族の中でもある意味一番人離れした容姿と容貌を持つ『獣人種』。人間種から偶発的に生まれる獣人の始祖の血が、長い年月の内に自然と広まったのが起源とされ、人狼種と比べてさほど人間種に対して大きな被害を出さないことから人間の輪に混じり、盟約が結ばれたのが交流の始まりだ。


 獣人種は人間種と比べて非常にタフであり、ベースとなる動物によって羽根が生えていたり、嗅覚や聴覚といった五感というように、飛行や水中活動に特化している者もいる。竜ベースを例に挙げれば発火器官があるといったところだ。

 つまりは羽根を持つベースの獣人の力をもってして、空路での輸送を可能としたということだ。


閑話休題(それはさておき)。ダイヤモンドはこっちでも有名な宝石だな。カット次第で如何様にもその面を変える宝石で、汚れなき凛として澄んだ輝きとその名から三つの石言葉がある。そして、この十字架の短剣にもその意味が込められている」


 人差し指を立てて語り始める。


「まず一つは「不屈」。君が無病息災で過ごせるように、邪悪をその輝きで打ち払わんと。そしてこれからの人生で降りかかるであろう困難に打ち克てますように、と」


 次に中指を立てる。


「次いで「純潔」を。純潔(ダイヤモンド)の刃は君の自衛の刃であり、君の最後の尊厳を守る刃でもある。願わくば、それを振るうような状況にはなってほしくはないがね」


 最後の尊厳――仄暗い響きが何故かリュノアの背筋を冷たくなぞっていく。


 リーリエは尚更だ。事情を知っているため、「最後の尊厳」という言葉がどれほど重い意味が込められているか、深く刻み込まれている。


 さらに薬指を立て、軽くウインクする。


「そして「永遠の絆」を。君と、君の侍女や家族と出会えたことに感謝して。これからも変わらぬ親愛を、切っても切り離せないような久遠の仲になれるように、ね」


 そう告げてふわりと窓の桟から飛び立つ。漆黒の空に再び浮かび上がる。


「それじゃあね、リュノアちゃん。今度会う時は『鈴』を持って、ルベドの森まで来てくれ。あるいはレジーナ・フラメクスをタクシー代わりに使っても構わんよ。君と出会ったことは知っているからね。そこらの運送屋どころか用心棒よりよっぽど頼りになるだろうさ」


 冷たい風が吹きすさぶ。どこからともなく雲が流れていき、薄っすらと星の輝きを覆っていく。再び一間の陰が辺りに落ちた時、ヘルメスは背を向けた。


 帰る、帰ってしまう――そう思った時、すでにリュノアの手はヘルメスの外套を掴んでいた。


「あ、あの! ヘルメスさん!」

「あらら……フフ、なんだい?」


 困ったような、嬉しいような。そんな笑みを浮かべる。


「病気の治療からこんな素敵な贈り物まで……私は何から何まで貰いっぱなしで、貴方に返せるものも何もないのに……」

「いいんだよ」


 不安げに震えた身体をなだめるようにリュノアの頬をそっと撫でる。


「君を得たいっていう目的が色んな意味で変わっちゃってさ。何時しか侍女ちゃんやオヤジさんみたいに守りたくなっちゃって。どうにも危なっかしいからさ、君は」

「……少し過保護くらいって思っちゃいますけど、ね」

「過保護で悪かったですね」

「あっ違う! そういうことじゃなくてぇ!」


 口を尖らしてそっぽを向いたリーリエに、慌てながらなんやかんやと弁明する。ヘルメスはその様子を見てクスリと微笑む。


「……ゆくゆくはキャッキャウフフしてイチャコラしたいけど」

「何やら不穏な意味を帯びていた言葉が耳に入ったのは私の気のせいでしょうか?」


 いいえなんでも、とヘルメスはお茶を濁す。

 目ざとく言葉から行動を監視しているリーリエを篭絡するのは難しそうだなと、性懲りもなくヘルメスはハーレムのための攻略対象を増やしていた。


「報酬は「暇な時にでも錬金術師の工房でお話相手になってくれ」ってところかな。来るのを楽しみにしてるからさ。それじゃあ今度こそ――良い夢を」


 月と星が雲に隠れ、一瞬暗闇が深くなり、ヘルメスが空間に溶けた。

 数秒で雲から月が抜けると、ヘルメスの姿はもうなかった。


「あっ……」

「消えた……」


 行ってしまった。彼女には帰る家がある。あの魑魅魍魎蔓延る森へと戻るのは当たり前だ。

 だがそれでも、心の奥底で何かが引っかかっていた。彼女が去った後に胸に残ったのは、虚しさと寂しさだった。


 求めているのだろう。ヘルメス・トリスメギストスを。

 何故かは分からない。けれども知りたかった。悠久の時を生きる錬金術師の彼女をもっと――。


「ねえ、リーリエ。明日はお父様の公務を休んでみない?」


 気付けばリュノアは姉にさぼりの提案をしていた。


「……はぁ。皆まで言わずとも了解したわ」

「さすが私のお姉ちゃん」

「べた惚れしちゃったわね」

「えへへ」


 それを理解するには、もう一度彼女と会う必要があるだろう。

 抱いたことの無い感情の理由を知るためにも。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 私物でもクロスのネックレスが結構ありますが、なんか無難でつけやすいんですよね。

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