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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第一章 魔性の森の錬金術師
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#9 窈窕淑女と瀟洒な従者

 『魔女』こと『魔法使い』――生命や大気に宿る『魔力』と称される物質にて魔術や呪術を使う、亜人族、ひいては人間種へと害を成す存在だった(・・・)もの。

 彼らが行使する『魔術』とは、発火や雷鳴、風や音と多岐に渡る現象を身の内の魔力を用いて「再現」し、武器防具の形状へと「発現」させる「技法」である。応用として細菌やウイルスを模した現象を病気の形で表す技法を『呪術』という。


 上述の形式から、魔術を行使できる才能を持つ者を『魔法使い』と広義し、呪術を得意とする者は『呪術師』と類別される。その中でもとりわけ能力が高く、活性化した魔力によって体内を強靭に保ち、長い年月を生き永らえ、魔術を研鑽した女性の魔法使いは『魔女』と呼ばれている。


 現在アークヴァイン王国は軍備の四分の一を魔法使いが兵力を占める『魔装部隊』に割り当てており、代表されるのが魔女傭兵集団『魔術小隊(ウォー・ソーサラー)』だ。

 団名の通り『魔法使い』と『魔女』を中心に作られた傭兵集団であり、団員は一個小隊以下の人数とされているが、記者団独自の調査結果では十名にも満たない数とされている。しかし一国の正規軍を差し置き、自国からも他国からも最高戦力と称され警戒されている。


 たったの十人で他国の軍武装に対抗できる強大な力――傭兵としてこの地に住まう『魔女』は、国からの恩赦によって外敵を駆逐する尖兵として雇われている。



「――以上が現在知られている『魔法使い』と『魔女』、『魔術小隊(ウォー・ソーサラー)』についてでございます。リュノアお嬢様(・・・)

「もう……今は私達以外この部屋に誰もいないんだから。お嬢様(・・・)はいらないわ、リーリエ」


 アークヴァイン王国北東部、商業都市ラブレス。市長ガドルノス・リュカティエルの邸宅。

 商業都市を統べる市長としての正統報酬たる私財を惜しみなく使い、家族のためと改築を繰り返し絢爛豪華になった邸宅は、室内の光で夜闇の中煌々と輝いている。


 邸宅の一室、子供に与えられたものとしては些か広すぎる部屋で、ベッドに横たわっている少女が一人。その傍で木製の椅子に座って調査書を読み上げる女性が一人。


 まずベッドに横たわっているのが、学内同級生のルストが雇うレジーナの呪術の魔の手に掛かったリュノア・リュカティエル。呪術騒動から一週間経ってもなお、リュノアはベッドから満足に動くことができていなかった。

 それもそのはず、彼女の体は一か月もの長期に渡り呪術の影響下に置かれていたのだ。体を蝕む呪いから精一杯命を守ろうと肉体は酷使され続けていた。解呪されたからといってすぐさま動けるほど、リュノアの体は丈夫でもない。


「……私はずっと心配だったのですよ? あんな奇妙な病斑が浮かぶ病気なんて聞いたこともないし、医学書にも記載されていない。医者も匙を投げ、魔法使いすらも……」

「大丈夫。私はもう元気になったわよ、ホラ――おっととと……!」


 そしてベッドの傍で椅子に座ってリュノアを支える侍女のリーリエ・ミリエール。

 長い黒髪を後ろで纏め、白と黒のツインカラーの侍女服に身を包んでいる。三白眼と無愛想な表情は、リュカティエル家に雇われてからも直ることはなかったが、健康的な肌色と清潔感のある見た目は、令嬢の侍女として恥ずかしくないように努力する彼女の実直な性格からだろう。


 リュノアはリーリエを安心させようとその場で立ち上がってみせるが、すぐに糸の切れた人形のように膝から態勢を崩す。驚きも見せず、むしろ呆れつつ崩れた体を受け止めた。


「まだ無理はいけないわ、リュノア。一月前まではずっと床に伏していたんだから。しばらくは絶対安静。しっかり栄養補給と静養なさい」

「えへへ……ごめんなさい、リーリエ」

「まったく、心配するこっちの身にもなりなさいな……」


 淑女然としたリュノアは、いわば市長であり財閥の娘という周囲のレッテルが造り出した産物だ。本人もそれは自覚し、受け入れたうえで仮面を付けて振る舞っている。

 だからこそ家庭内の、それも自室の中で、自分が幼いころから出会い遊んでいた侍女と二人きり。そんな時はリュノアも仮面を外せる。


「やっぱりリーリエが一番お姉さんって感じがする」

「あなたはどこまでもお姉さんっぽくならないわね」


 二人の令嬢侍女としての付き合いはリュノアが三歳、リーリエが十歳の時からになる。

 かれこれ十三年寝食を共にした間に、彼女たちは家族と呼んで差支えのない関係になっていた。


「……だからこそ、あんな妖しい人には渡せないわね」

「え?」


 俯き、ぼそりと呟いた言葉に、リュノアは首を傾げる。


「『錬金術師』よ。まさかご主人(ガドルノス)様も本気で応じる気はないでしょうけど……」

「あー……そういえばそんな話してたね」

「なんで当の本人が他人事のように言ってるのよ……」



 リーリエが嫌々ながら調べ物をしていた最中、埃に塗れた文献に奇妙な一文が書かれていた。

 

 曰く、この世界には「真の意味の魔法使い」が存在する、と。

 曰く、この世界で最もそれに近いのが、『錬金術師』とされているのだ。


 『魔術』と『呪術』はあくまでも「技法」に過ぎない。

 『魔術』は「再現」と「発現」の肯定を経てはじめて攻撃と防御の手段になりえる。万物に魔力が含まれ、生命に魔力を引き出し操作する技法があるとしても、魔力使用に適正が無ければ魔術は一生をかけても使うことができない。故に魔法使いの数は限られており、魔術の習得は秘匿とされている。


 『魔術』の才覚は先天性のものであり、魔法使いや魔女が父か母の子供は高確率で魔術を行使する才能がある。そのため魔法使いの多くは一家そろって魔法使い、なんてことになる。

 ちなみに魔術の習得方法が秘匿とされているのも、自分を産んだ母や父から教えられ、授けられるパターンか、それに伴い自発的に習得することが大半を占めるからだ。リーリエが読んだ文献には考察程度に記載してあったが、それは事実である。


 『魔術』は「技法」であり、埋もれた「起源」が存在する。ならば起源とは――それこそが『魔法』とされている。

 『魔法』とは、数多の伝承や冒険譚、喜劇で用いられる不可思議な現象を表す代名詞の一つ。『魔術』の先天的な素養を持ち合わせた魔法使い達の中でも、さらに抜きん出た才能を持つ者――天性の魔法使いのみが習得できる正に『異能』。


 その言葉が一番しっくりくる存在と言えば、『錬金術師』のヘルメス・トリスメギストスだろう。

 医学薬学に詳しいワケではないリーリエにしても、たった数分で病気――実際は呪術だったのだが――の特効薬を精製する所業。魔法と言わずとしてなんだというのだ。

 奇しくも錬金術師と邂逅してしまい治療の報酬に明け渡されかけるわ、従者も従者でおかしなコスプレをしていた――なおこの時点でリルを人狼だということに気付いていなかった――しで、もしも女性同士で性的なことあんなことやそんなことをしてくるようなら……心臓が締め付けられるような思いでいっぱいでしかたない。


「でもきっとそこまで悪い人じゃない気がするの。言動はおかしいけど、とっても綺麗な人だし! それに対価を要求するのは当然でしょう? 商店街も診療所も、何かをしてあげる代わりに対価をもらって切り盛りしているんだから」

「そうだけど! だからといって「リュノア(あなた)を貰う」なんて常識が無いにもほどがあるでしょうが!? あんな人外連中にあなたを渡すことなんて――」

「ほら、そうやってすぐに悪く言う! いーーーっつも私の交友関係にあれこれ口出しするし! 学校で高貴とか、淡泊とか、氷の令嬢とかワケ分かんないあだ名ばっかり増えるんだから!」

「心配させるような人ばっかり捕まえてくるあなたに言われたくないわよ!」


 小動物のように頬を膨らませて怒りを表現するリュノア。リーリエは頭を抱えながら頬を指で突っつく。


 リーリエはいつも心配していた。それはリュノアのあまりにも無防備な人間関係の築き方にだ。

 どうにもリュノアは自分の魅力に気付いていないというか、特に人に対する危険感知能力に乏しい。目に見える善悪はともかく善人を装う悪人にまで目がいかず、表面上の優しさや善意を信じてしまう。


 今回わざわざ『魔術』や『魔女』のことを調べた理由も、呪術騒動で治療を担当したヘルメスの事を彼女が甚く気に入った――いや、惚れ込んでしまったという表現が正しいだろう。

 そのため快復した後も何度もヘルメスについて問いかけられ、リーリエ的にはあまり良い気はしていなかった。


 彼女のリュノアに対する親愛と庇護は、長い時によって育まれたものだ。それがたった一日で、ついぞ治療前までは顔も知らない上、来訪するだけで同行者全員が死にかけたような場所に住んでいるのだ。これでどうやって良いイメージを持てと言うのか。リーリエはリュノアに問いかけたくなったくらいだ。


 とはいえ、ある意味ではヘルメスが治してくれてよかったとも思っている自分も居たから余計に心の整理がついていない。ルストの計画通りに事が進んでいれば、正にルストの思うままにリュノアが惚れ込んでしまっただろう。

 どちらとも性根も性癖も狂って壊れているものの、どちらがマシかと天秤にかければまだヘルメスに軍配が上がってしまう。なんだかんだ言って無償で命を救い、帰り道の安全確保も行い、事件を収束に導いたのだから。

 それでもふくれていたリュノアの頬っぺたをぷにぷにと突っついている内に、リーリエの頭痛もどっかに行ったようだ。


「そのあまり無防備な表情、ホイホイ男性に見せちゃだめよ」

「んぇ?」

「みーんな好きになっちゃうから」

「なら嬉しいなー」

「そういう好きじゃないんだけどね」


 姉の忠告の真意に気付けなかった妹の頭に軽い手刀を叩き込み、わちゃわちゃとじゃれ合う。


 ――コンコンコン。


 その時、リュノアが寝ているベッドの傍の窓ガラスを三回、叩くような音が聴こえた。


「「え?」」


 リュノアの部屋は四階建ての邸宅の最上層。高さは二十メートルを優に越しており、当然ながら誰かが叩ける高さではない。何かを投げて音を立てたにしても、同じ力で、変わらないリズムで投げることができるだろうか。


 つまり、信じがたい話だが、「誰かがノックした」という考えが浮かんでくる。


 リュノアたちは顔を見合わせた。奇病の次は怪現象。流石のリュノアも青ざめていた。実はこの手の怪談や肝試しの類が大の苦手なのだ。不安に満ちた表情でリーリエの手をそっと握る。力なくベッドの方へ引っ張るリュノアに、軽く体を強張らせながらもリーリエは靴を脱いでベッドへ乗った。

 もしかしたら、呪術に失敗したルストの仲間が報復に来たのかもしれない。そう思うと緊張も余計に高まる。


 ――あなただけは絶対に守る。


 決意を改め、リーリエは力強く手を握りながら窓を勢いよく開け放った。


 バサバサバサ。


 何かがはためいている音が聴こえた以外は何もないが、はためくような物体がこの屋敷には存在しない。メイドとして長年この屋敷に居るリーリエには分かりきっていることだった。


 二人は揃って音の方向へ視線をやった。


 そこにあったのは、星と月が輝く夜空に浮かぶ『漆黒』。


 唖然と口を開いたリーリエだったが、何故かリュノアだけはその姿に見覚えらしき何かを感じた。

 夜空に浮かぶような存在とはあったことは無い。けれども、摩訶不思議な存在との邂逅は、つい一週間そこら前にあったからだ。


「満ちし月が金色に輝き、月下の白百合を照らす――不可思議な存在の来訪には素晴らしいシチュエーションだと思わないか?」


 黒い外套ととんがり帽子を身に纏い、闇と同化したそれは月明かりの元で佇んでいた。黒のコルセットスカートとフリルが付いた白のブラウスがはためく外套の隙間から見え、ロングブーツとニーソックスを履いている。首元には黒銀の十字架と、何故か白金でできた「鈴」が掛けられていた。


 満月を背にして陰に落ちた顔では表情は分からなかったが、海よりも深く蒼く煌く瞳を優しく細めたのが見えた。


「気分は如何かな、麗しき令嬢と瀟洒な従者――お久しぶりだ、リュノアちゃん」


 笑みを浮かべて首元に掛けられていた『魔獣除けの鈴』を鳴らす。


 妖艶に夜空へ揺蕩うのは間違いなく、ヘルメス・トリスメギストスその人であった。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 いつか使ったサブタイトルな気もしなくもないです……。

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