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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第一章 魔性の森の錬金術師
1/62

Prologue 『天秤の錬金術師』

 とある世界の四つの島国によって形成される【諸島連合国家】の一角、【アークヴァイン王国】の北東部、【ルベドの森】。

 名前だけ与えられた未開の地であり、建国五百有余の年月が経ってなお手つかずの地。

 人狼の隠れ家、魔獣の巣窟、魔女の住まう森と囁かれながらも、精霊の楽園、未知の物質と、人の欲望を煽り、魔境へと誘う財宝や神秘を秘める地とも噂された。


 噂は国が栄えるのと並び、長い年月をかけて現実味を帯び、容易く人を動かした。

 多くの資産家から王侯貴族、時の国王までもが財を投げ打ち、森に眠る財宝を求めた。時に競争し、時に協力して、未開の地を拓く開拓者さながらに続々と森を侵攻した。


 憐れかな、『人』という名の『猫』は、好奇心に喰らわれていった。


 静謐な森の蓋を開ければ異形の獣が跋扈していたのだ。極めて獰猛な魔獣と称される獣たちの膂力と異能たるや、人如きでは到底抗えるはずもなく。五体不満足でも帰れれば上々であり、遺体の欠片や臓物さえ帰ることがない者もいた。

 過去二度に渡って大々的に進攻していった森の開拓者たちは、例外なく壊滅的な被害を負った。当時の世界に名を轟かせた勇猛な戦士たちは、いずれも悲惨な末路を辿ったとされている。


 建国から七〇五年の時を経た今でなお、ルベドの森は全体の半分程度しか明らかにされていなかった。表層・中央部・深層と、三つの領域に分かれた森の中央部――そこまでが尋常の人類が到達できる限界だった。

 人間を深淵へと引きずり込む魔性の森に入る者は、今や物好きか、自殺志願者か、或いは「命を捨てる思いをしてまで果たさなければならない理由」を叶えるたい者以外はいなくなっていた。



 そんな、平時は人っ子一人立ち寄るハズの無いルベドの森の中央部。

 最後の探索の果てに判明した、ある『人物』の一軒家がポツリと建つ。

 虫食いの木材をより合わせた子供の秘密基地然とした木造家屋が、白塗装の木の柵で囲まれた得体のしれない極彩色の花の海に佇んでいる。


「何故ですか! 何故なのですか!?」


 静かな森には不釣り合いな嘆願の声が響く。見ているだけで目がチカチカしそうな庭先で、黒地の整った服を着た壮年の男が膝をついていた。


「貴殿に再びまみえるためにここまで来たのです! 貴殿への報酬は言い値でも構わない……だのに何故なのです!?」


 元々彫りの深い形相がより一層険しくなる。苛立ちを何とか腹の奥にしまいながら叫び続ける。背後には疲弊しきった表情で息を整えている、男の付き人らしき女性が一名。さらに背後には鎖帷子を着込んだ男が五人、息も絶え絶えにその場で座り込んでいた。他人の邸宅の玄関先だが、彼らに体裁だ常識だどうのと気にしていられる余裕はなかった。


 目的地に至る三日間、地獄以上で地獄以外の形容すらも思いつかない行軍の果てに、彼らは仲間を既に六人も失っていた。腸を抉られ、生きたまま喰われる仲間をその目に焼き付けていた。身も心も削れて無くなる寸前だった。


 そしてそれは壮年の男――ガドルノス・リュカティエルも同様だろう。

 彼と侍女という非戦闘員を庇いながら敵だらけの森を進むのは、戦闘経験のある一小隊が森を進むより格段に危険性は増す。その上彼らは大きな足枷を付けて、もとい引いていた。人一人は余裕で入りそうな荷車を、馬力でなく人力で引いていたのだ。


 ルベドの森の木々は異常な成長を遂げている。あちこちへ無造作に木の根や枝葉が伸びており、当然舗装されているはずもない。荷車が通れる道を確保しながら進むのは至難どころか自殺行為に等しい。


 では、何故。大きすぎる危険を冒してまで、この森へ来たのか。


 痺れを切らしたガドルノスはノッカーに手をかけるや、ガンガンと力任せに叩き付ける。首輪をされた女神像のノッカーという、家主のセンスやモラルを疑う悪趣味なそれは、殊の外重厚な音を鳴らす。


「いるのでしょう――ヘルメス・トリスメギストス殿!」


 最後にノッカーどころか扉さえ壊す勢いで叩きつけようとした瞬間、扉が勢いを返すように押し出された。そのせいかガドルノスは手首をねじられたまま扉に打ち付けてしまう。


「ぬぉ……ッ!?」


 やや曲がってはいけない方向に手首が曲がり、襲い来た鈍痛を噛み締めながら耐え、顔を開いた扉の元へと向ける。

 

 そこに居たのは黒基調の侍女(メイド)服を着た少女。恭しく礼をする無表情な少女は、美しい漆黒の長髪に、奇妙な犬の耳らしきモノを生やしていた。ガドルノスは一見でそれが家主の趣味かと勘違いしかけたが、風になびく艶やかな髪から人間のモノと変わりない耳を見てしまう。さらに不自然な犬耳を留めるものは見当たらない。


「……ガドルノス・リュカティエル様ですね。少々お待ちいただけますか?」


 不可思議な光景に人である事実を突きつけられ、思わず狼狽してしまうガドルノスへ、少女は是とも否とも反応はせず家の中へと戻っていった。



 六分後――よろよろと眠たげな表情で出てきたのは、家主らしき黒い下着姿の長身の女性。全員の視線が一斉に集まるが、すぐに全員が顔を背けた。寝間着が下着なのだろうが、ガドルノスも驚きでつい目を惹かれてしまった。


 彼女と会うのはこれで二度目だ。それでも決して慣れる事はなかった。如何な宝石の輝きすらも劣ってしまうその美貌に。それは直視に堪えるほどであり、心だけでなく魂までも奪われると身震いするほどだ。


 身に纏う妖艶な雰囲気と上下の下着が窮屈そうに見えるわがままな二対の双丘。上質な絹を思わす艶やかな肌とスレンダーな肢体に合わさり、既婚で子供が三人もいるガドルノスですら、つい下半身に滾る情欲を抱きそうになる。


 そんな彼よりも視線が熱かったのは男性兵士諸氏だ。一度は目を逸らしたものの、数秒後には忘れ去って全身に余すことなく目をやっていた。


「なんだ……まーた性懲りもなく金と命の浪費をしに来たの。ガドルノスさん」


 目を擦り、めんどくさそうで男勝りな、落ち着き払った声色でぴしゃりと言う。兵士の舐めるような視線も気にせずに。


「こ、今度は満足のいく額を持ってきたつもりでございます! トリスメギストス殿、どうか……どうか!」


 侍女に目配せしてケースを開けさせるよう促すと手際よくロックを外す。そこにはケースの隙間なく紙幣が詰まっていた。ガドルノスが暮らす街でしばらく遊んで暮らせるだけの金額を詰めたつもりだったが、「トリスメギストス殿」と呼ばれた女性はそれに目もくれない。


「いらないよそんなの。こーんなへんぴな森に住んでりゃ金を使うことも無きゃ、そもそも金はいくらでもあるもの。言ったじゃん、前に何度も」


 ぼさぼさの薄い金がかった髪を手で梳きながら、気だるげな視線でじろりと睨む。


「まずは患者(クランケ)連れてこいっつってんの。病状を見ずに治療できる医者がいりゃ、どんな世界でも怪我や病気で死ぬような奴はいなくなるだろーに。アンタが土下座するのはお門違いっつーか……いいからもう玄関で土下座しないでくれよ。そしておい、人んちの庭で堂々腰を下ろして止んでんじゃねー、後ろの奴ら」

「私の娘はもう動けないまでに重病化しているのです! 症状はお伝えした通りでございます! 何卒……何卒ッ……!」

「……だーかーらー。患者(クランケ)実際見ないで処方なんざできるかっつの。代わりに金を積めば仕事すると思ってるんなら、とんだ大馬鹿野郎だね。どんだけ拝み倒そうが、患者(クランケ)見せなきゃ薬は作ってやんねーよ」


 押し問答に対してあくびをしながら応対する。聞く耳を持たないヘルメスは、盛大にため息をつく。


「はぁー……ジジイの相手は面倒だ。何時の時代でも(・・・・・・・)面倒だ」


 吐き捨てて踵を返した。こと嫌そうな表情で。懇願にまるで耳を貸さず、家に入ろうとしたその時、ガドルノスが体当たりをしてでも止めんとする勢いで食ってかかった。


「お待ちください、ヘルメス殿! 患者は……娘はここに居ます!」

「んだよ居んのか。それを先に言えっつの」


 不機嫌そうなヘルメスは荷車の前まで連れてくると、ガドルノスは疲労困憊の兵士たちを叩き起こして荷車を分解するよう促す。特殊な改造を施しているようで、天井や壁を取り外すことができるようだ。壁を全て取り除くと荷車の内部が露わになる。中には移動の際に発生する衝撃を緩和するためか、異様なまでに分厚いマットレスのベッドが鎮座していた。ここに患者(クランケ)がいるようだ。


 ヘルメスはよっこいせと、老人臭い掛け声と共にベッドに寝ているであろう病床の依頼人の顔を拝む。すると、ぴたりと動きを止めた。

 

 ベッドに寝ていたのは金の嫋やかな長い髪が目を引く美しい少女だった。

 白い肌と白のワンピースが金の髪に合わさり年若い湖畔の淑女を彷彿とさせるが、首筋に不釣り合いな八つ足の生物らしき黒い斑紋がが浮かび上がっていた。

 体の動きは硬く、触診する限りでは筋肉や関節が酷く硬直している。意識も混濁しており、顔を覗き込んでいる顔が誰かすら認識できていないようだった。


「これが我が娘のリュノアでございます。一月前からこの病斑が出てきてどうにもならんと……匙を投げられたのです……!」


 症状自体は一度目の邂逅時に知れているはずなのだが、そこにガドルノスは再び説明を付け加える。


 だが、その言葉がヘルメスの耳に届くことはなかった。


「よし、今から薬作るからちょっと待ってろ」


 言うや否や錆び付いた蝶番が悲鳴を上げるのを無視して扉を開け、どたばたと慌ただしく家に帰っていく。かと思いきや、数分後には片手に薬包紙を載せて戻ってきたではないか。


「よし、できたぜ」


 数分の間に意識が消えかかっていたリュノアの上体を起こし、首を立てて口を開けさせる。

 ヘルメスは顔の前で薬包紙を開くと、そこにあったのはどぎつい原色のピンク色の粉薬だった。普通の製薬の手順では到底なるはずないだろう色の薬に、途端に背後のガドルノス達から悲鳴が上がる。

 

「ほれ、飲みな」


 喧しいと睨みつけた後に口へ注ぎ込むと、リュノアは力無くむせ返る。軽く背中をさすりながら、水筒を口につけさせてゆっくりかたむけていく。


「よしよし、いい子だ」


 喉が薬と水を飲み込んでいくのを見て、ヘルメスも心なしか安心したような表情をする。全て飲み込んだのを見計らい、優しくリュノアの体を横にする。しばらくは荒い息遣いで呼吸をしていたが、一分も待たないうちに安定した呼吸を取り始めたではないか。


「こ、これは……!」


 青ざめた表情に血の気が戻っていくのを見て、ガドルノスは驚きを隠せなかった。


「『黒毒呪』――これは疾病じゃなくて呪術の一種さ。体内や分泌物などに毒性を持つ生物を呪術触媒として、呪術の対象の髪や爪といった肉体の一部を用いる。身体に出た斑紋は使った毒性生物を表しているんだが、見た所今回は毒蜘蛛が触媒に使われたみたいだな」


 ヘルメスが解説をはさむ間にも変化は続く。首筋の黒い八足の病斑がみるみるうちに薄まっていき、それはついに綺麗さっぱり消えてなくなった。


「治し方は呪術に使った毒性生物の有毒器官……毒腺とか唾液とかだな。それらを用いて精製した薬を飲むこと。動けなくなったのは筋肉の麻痺が原因だが、これは典型的な神経毒の症状だ。ガドルノスさん、アンタの領地は森の近くだろ? 有毒で神経毒を持つ、調達がそこそこ簡単な蜘蛛で、症状の程度がどうか。そこまで見りゃあ触媒が何かは容易にわかる


 リュノアはゆっくりと、苦し気に瞑っていた目を開ける。蒼白だった顔色には血色が戻り、張りと艶のある健常な肌色に治っていた。


「幸運だったのは、この呪術の効き目は触媒に使った生物の毒の強さに左右されることだな。仮に激痛を伴う毒だったり劇毒レベルの毒性を持つ生物を使ったら、病斑発症から一か月以内で死ぬケースが多い。今回は神経毒だったから一か月以上は持ってくれたってことだ。……呪術をかけられた事実は目を瞑るとして、確実に殺しに来ていないのがちと気になるがな」


 最愛の娘(リュノア)へと聴こえないよう声を潜めて所見を告げていると、ヘルメスとリュノアの眼があった。額の汗を服の袖で軽く拭ったリュノアは、周りの光景を見て自分がどうなっていたかを思い出そうとしていた。健康体に戻った少女は可憐な目で、傍にいたヘルメスへと眼差しを送り問いかける。


「あ、あの……貴方は……? ここは……どこでしょうか?」 


 最後の探索の果てに発見されたモノ――ルベドの森の中央部には、『ある錬金術師の工房』があった。


「うん、意識の混濁も記憶の欠如もないね。気分はどうだい? ここはアークヴァイン王国、商業都市ラブレス北東部、ルベドの森さ」


 齢にして百を優に超え、巧みな話術と妖艶な美貌で人を篭絡(ろうらく)し、摩訶不思議な術式を以て天変地異を引き起こすと噂される者の工房。


「そして()は、そんな魔性の森に住まう『錬金術師』――」


 深淵から這い出る悪魔を従者に、天空から舞い降りる天使を血肉にし、不老不死の肉体と神威(しんい)の叡智を持ち合わせる、傲岸不遜(ごうがんふそん)と唯我独尊の権化と呼ばれる人智を超えし者――。


「改めてはじめまして、リュノア・リュカティエルちゃん。俺は『ヘルメス・トリスメギストス』だ。これで呪術……もとい、病気は完治さ」


 ヘルメス・トリスメギストス――そう名乗った女性は、血色の良くなったリュノアの頬を愛おしそうに撫で、蒼色の瞳を妖しく輝かせる。


 直視すれば心どころか魂さえも奪われてしまいそうな微笑みを向けられたリュノアは、それでも目を逸らさず正面から受け止めていた。蝶よ花よと育てられたリュノアは真面目で恩義を忘れない気質であり、今まさに助けてもらった人から目を逸らすなんてとんでもないと、彼女はそう思っていた。

 とはいえ彼女もまじまじと顔を見つめられていれば、言い表し難い昂りを覚えてくる。目の前の人物がセクシーな下着姿なこともあるだろうが、朱に染まったかに熱い頬を気にしだしていた。


 恥ずかしそうに頬を抑える仕草を見て、ヘルメスはふと発言する。


「んで、報酬の話だったなそうだそうだ。それが無ければわざわざ薬を作るなんて真似はしなかったからね」


 笑顔で諸手を挙げて報酬の話を取り上げる。妖艶を体現したその姿からは想像ができない子供っぽい歓喜の表現だ。


「そ、それではひとまずこれを。足りなければ私共に着いてきてくだされば、必ずや満足のいく額を――」

「いらねーよ、んな紙切れ。さっきまでの話、聞いてたか?」


 侍女が持ち出した箱をそのまま押し返し、おもむろに歩み寄る。


「そうだなぁ……じゃあリュノア(・・・・)を貰っていこう!」


 顎をくい、と持ち上げて笑顔で言い放った。

 場の空気が凍る。

 誰もが、当事者のリュノアさえも、誰かの言葉を待っていた。

 冗談――ではないのは、彼女の満面の笑みから察せる。


「そ、それだけは……どうか……」


 なんとか声を絞り出すガドルノス。得体の知れない恐怖心が豪胆な肝を冷やす。


「……ダメ? 侍女ちゃんでもいいんだけど……」


 その一言に諦めたようにヘルメスは瞳を潤ませて、ガドルノスの背後の侍女へ子犬のような目で見やった。突如話を振られた侍女は、困った様子で主に助けを求めるように視線を送ると、ガドルノスは再び首を横に振る。


 年若い侍女はリュノアが物心つく前からの仲であり、長女のリュノアが唯一姉と呼べる存在である。ルベドの森にも、リュノアのためと恐怖に耐えて付いてきたほどであり、ガドルノスとしてもおいそれと渡すわけにはいかない存在だった。


 するとヘルメスは口をへの字に曲げた。

 あからさまに機嫌を損ねている。


「じゃあいいや、そんじゃとっとと帰っていいよ。帰り道に『魔獣』に襲われておっちんでも知らんからね」


 あっち行けと言わんばかりにガドルノスを扉の前から押しのけると、身を翻して家の中へと歩みを進めていく。


「あ、あの……報酬の件は……?」

「いらねーよ。間違っても森に捨てるなんてしないでくれよー」


 目に映る人間全てに興味を失ったかの如く、大きな欠伸を残して家へと入っていった。ただぽつりと庭先に残されたガドルノスたちは、判然としない状況を飲み込めないまま、一人、また一人と帰路につく準備をしたのだった。


 きっと誰よりも状況を飲み込めていないリュノアは、あたふたと辺りを見回す。確かに森だ。説明に違わず森の中だ。天を仰げば木漏れ日が僅かに差してくるくらいに深い森だ。


 ――私はいったい何を?

 

 ヘルメスが確かに言っていた「病気」という文言。

 ルベドの森という危険地帯に居るという現状。

 約一か月の間の記憶が断片的にも存在していない事実。


 自分の身に覚えのない事象が、自分の意識のない内に、自分の意思なく解決されていく。


「分からない、何もかも……」


 リュノアの鉛のように重く纏わりつく困惑を他所に、荷車が組み上げられていく。


「リュノアよ……その、具合はどうだ?」

「あ……お父様……」

「あのお方が言った通り、お前はひと月の間病魔に襲われていてな。しかし心配することはない。すぐに家に帰れるぞ! もう少しだけこの荷車の中でゆっくりしていてくれ」


 やけに明るいガドルノスは、何かを隠しているようだ。


「私はどうなっていたんですか!?」

「……大丈夫だ。帰れれば……必ず何があったかを教える。だから今は……ゆっくり休むんだ」


 不安に思っている娘を宥める言葉のはずが、彼女は不安を寧ろ抱いた。ルベドの森の噂は大人も子供も誰もが知っている、もはや御伽噺の定番だった。自分が知らないうちにここに居ること自体が怖れるべき事実なのだ。


 ――「帰れれば」、きっと帰れるかも分からないから濁したのだろうか。


 そんな父の覚悟を決めた後ろ姿を最後に、荷車の扉が閉められる。


「どうなるんだろ。これから……」


 沈み切った心がため息を絞り出し、力無く拳を握る。


「……あれ?」


 ちりん。

 鈴の音が、手の中で微かに響いた。



 外装と裏腹に綺麗に整った室内。庭先の異様な景色とは裏腹に、落ち着いた木製の家具が立ち並び生活感があふれている。


「んふふ……可愛かったなーあの子! リュノア・リュカティエルちゃん……んふふふふー」

「おい(あるじ)、キモイ笑いが口の端から漏れてるぞ」


 家の中に入ったヘルメスは、リビングの中央にあるテーブルに向かって突っ伏して、先ほど思うままに視姦していた子に思いをはせていた。するとイヌ科の動物っぽい耳を持つ黒髪の少女がエプロン姿で奥から出てくる。ミトンをはめて朝食のシチューが入った鍋を持っていた。


「うっさいバカ()。名前負けはさっさと()の飯を出すのだ。そしてもっと(あるじ)を労え。〈錬金術〉はそこそこ疲れるんだ」

「……転生者(・・・)のクセに自炊の一つもできない殻潰しはとっとと餓死でもしてろ」

「あんだとバカ狼!? 錬金術師たる(あるじ)様に対してそんな態度、いい度胸してんじゃねーの?」

「どーこが「巧みな話術で篭絡する」だ。口喧嘩のレベルも煽りの程度もたかが知れすぎてて、従者として恥ずかしいったらありゃしない」

「言ったなてめぇ! 狼鍋にして食ってやるからそこでお行儀よくお座りしてろ!」

「うわぁやめろバカ(あるじ)! 果物ナイフ振り回すな!」


 語彙力に差がみられる口喧嘩に乗ってしまったのは、(あるじ)と言われたヘルメスの方だった。あわあわとテーブルの果物の山からナイフを持ちだしたのを見て、フェンリルと呼ばれた少女は持っていたシチューをテーブルに置くや、ゼロ距離まで詰めて思いっきり頭突きをかます。力無く崩れてびたーんと床にたたきつけられたヘルメスは、額を抑えてごろんごろんと床を転がりまわる。


 寝起きのぼさぼさヘアーに下着姿の憐れな姿を見て、ナイフを拾い上げて吠え立てる。


「第一ねぇ! アンタの『権能』には女性への効果が無いんだ! いい加減諦めたらどうだ!」

「嫌じゃ! ()が男のハーレムを作るなんて嫌だぁ!」

「警戒心の強い女性がホイホイアンタみたいなアブナイ野郎についていくわけないだろ! 警戒心の無いアホな男を魅了するのが関の山だな!」

「やじゃー! 可愛い女の子に囲まれて残りの余生を往生したいんじゃー! できれば可愛い子と()の子をいっぱいいっぱいこさえて夢の一夫多妻生活がしたいんじゃー!」

「女性の体で女性と結婚するのはできても子供はできません!」


 ハアハアと息と声を荒げて反論した少女もいよいよ無視して、トリップした様子でヘルメスは床を転げまわる。


「それが成立する丸薬の製法は既にこの手にあるんだい! あとは可愛いおにゃのこを見つけて、仲良くなって、そして美女(・・)たる()とのハーレムライフを……んふふふふー……」

「ダメだこの(あるじ)早く処分しないと」

(あるじ)に向かって処分とは何事だぁっ!?」


 ヘルメス・トリスメギストスは『転生者』にして『転性者』――元の世界で男だった彼女の野望は可愛い女の子のハーレムを作る事だった。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 今回は異世界転生ものとなりますが、転生要素は次の話から書いていきます。まずは要素の一つ『転性』からです。


 常日頃自分の書きたい要素は詰め込むだけ詰め込んで書いているので、今回もまたいろんな意味で性癖全開になっておりますw


 そんな作品ですが、一話で七千程度のまとまった文章で更新していきますので、お時間がある際にお読みいただけると幸いです。


 ではでは、次回更新をお楽しみに(*´ω`)

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