第7話 フェアリーテイル
先ほど、ヘリミアはヘルハウンドを一瞬で葬るほどの威力と速度を持つ雷撃の魔法を涼しい顔をして放った。その事から常識的に考えれば仮にこの場で2人が戦闘を始めた所でジョンに勝ち目はないはず。にも関わらず、ジョンは全く引こうとはしなかった。──自らの命を天秤にかけてでも聞き捨てられない状況──ジョンを本気にさせたのは、先ほど会話の中に出てきたエドガーという人物が関係しているに違いないと、トルトは思った。
「2人ともやめたまえ」
トルトの言い放ったその台詞に、目線を戦わせていた二人も臨戦態勢をほどいた。ミレイもあまりの出来事に驚きを隠せない。
3人は同時に「誰だ、こいつ?」と思った。
「私達は協力して遺跡を探検するのではなかったのかね?それがどうだ。つまらない事で喧嘩なんかして、今はそんなときではないだろう。ここは危険な場所なのだぞ。見た前、さっそく強そうな化け物達が顔を出しているじゃないか」
辺りを見渡すと昆虫系の魔物達が、周囲に同化しながら包囲していた。完全にジョンとヘリミアの仲間割れに乗じての奇襲であった。
その魔物の1匹、キラーマンティスがトルトに襲いかかった。
ヘリミアはトルトを守りに足を一歩踏み出したが間に合いそうになかった。ジョンとミレイは「あのオッサンとは、早い別れになったな」と、それを見ながら思ったという。
トルトがキラーマンティスに食われそうになったと思った瞬間、魔物が飛び散った。それは倒したというよりも突如飛び散ったというほうが正確な表現であった。
それを見た昆虫系魔物達は一斉にトルトに襲いかかった。彼らの本能がこいつを生かしておかないと思ったのだろう。
だが、次の瞬間には彼らも最初の一匹と同じ運命を辿ることとなった。
「おい、トルトもやるじゃねーか」
「凄い」
「さすがお嬢様の婿殿、これぐらい強くなくてはね」
部屋には昆虫の脚だか触覚だか良く分からない破片が飛び散っていた。トルトは真面目な顔をしながら、背後に飛び散った透明なプレートを拾い集める。
「今何やったんだトルト?」
「このカードで背面一周の御手玉をしたのですが、どうも後ろに障害物が有ったようで、カードが戻って来なかったのですよ。いやぁ、未熟です」
トルトはそう言ってズタズタになった昆虫の遺骸から透明なプレートを一枚抜き取った。
「ふぅん、このパーティーは攻撃力はあるけど各自不安定という欠点がありますのね」
「ヘリミアさんに不安定な点はあるんですか?魔法万能だと思ってましたが」
「魔法力の限界と言う縛りがありますわ。無尽蔵という訳ではありません。無尽蔵でしたらお茶だって自分で淹れますし、ドアだって自分で開けますわ。つまり、ゴブリンさんだってゴブリンキングさんだって来なくても良いのです」
「ああ、なるほど。でその魔法力は使うだけ消費して回復しないのか?」
「回復するはするけれど、微々たる量しか回復しないわ。3日かかってさっきの放電くらいです」
「いくらなんでもコスト悪くないか!?」
「でも、どの魔族も1年分くらいまでは溜められますから、いざって時はどうにでもなるのですよ」
「目減りしていく貯金と言うのは怖いですな」
「怖くない所で妥協しますわ。あの、話変わりますけれど、今探してるキノコとやらは何処に有るんでしょうか?」
「冬虫夏草系のキノコで春人秋樹ってキノコらしい。人の死体から生えてくるらしいが、生えるのに200年位かかるらしいから、古い墓地に行けばたまに見つかるそうだよ」
「それで、探しかたとかは無いのでしょうか?」
「片っ端から棺を開けてくしか無ぇな。水と食料は2日分はあるぞ」
「きりがないですね……」
「ヘリミアは魔法かなんかで見付けられないのか?」
「まぁ、見付かるかどうかはわかりませんが、魔法での探査は可能ですわ。先程言ったように魔法力には限度がありますので、これだけ広い場所の探査は致命的な消耗になりかねませんが」
「因みにどんな魔法なんだ?」
「半透明でちょっとした透視能力を持つ妖精を放って探させる魔法ですね。但し、動きは人と同じレベルですから…これだけ広いと何日間探し続けるかわかりません。仮に帰って来なかったら魔法力だけ損ですし」
「仮にその何日間探し続けるのを俺達がやってもそれ以上に消耗するだろうから、やって貰った方が良いな。その妖精さんに」
「そうですね。やって貰った方が助かります」
トルトはジョンの提案に賛同の意思を乗せるようにして素敵な笑顔で言い放った。
「仕方ないですね、まぁ新しいゴブリンさんを呼んでくれば半年くらいは魔法使わなくて済みますでしょうしね」
ヘリミアの右手と左手からまさに妖精と言った感じの半透明な妖精が飛び出して、通路の奥に消えていった。
「ふぅ、取り敢えず此方は此方で探しますか?」
「いや、余計な消耗を抑えてキャンプで待とうか。遺跡の入口で待っておこう」