第6話 ボッチ・ジョン!
ジョン、トルト、ミレイ、ヘリミアの四人は段差も激しい複雑な地形の遺跡を少しずつ進む。
元々ジョンとミレイは身軽であり、このような地形の探索もある程度は慣れている。安定した足場を瞬時に見極め、跳び回るように進行していく。
ヘリミアは何やら魔法で自分の身体はある程度浮遊させることが出来るようだ。そのため常人では移動困難な場所でも問題なく進める。
と言う事でやはりというか当然というか、遺跡を少しずつしか進めない理由はトルトにあった。
「おい、オッサン!、遅せーぞ。ちんたらしてんじゃねーよ!」
「いえいえ皆さんが速すぎるだけです。私は一生懸命頑張っていますよ」
最も先行しているジョンが苛立ちながらトルトを急かす。
崖のような道を確実に一歩一歩進むトルトは、ジョンの急かしに対しても落ち着いて返した。
「あの方のお婿様候補に、あまり危険な目にあって頂きたくはないですね」
その様子をみてヘミリアは、来た道を戻るようにゆっくりとトルトの方へ浮遊して行った。
「おやヘリミアさん、すみませんね私が足を引っ張ってしまって」
トルトは目の前で浮かぶ少女に対して、頭を掻きながらハハハと笑いおどける様に話しかけた。
「いえいえ、多少の得手不得手は仕方がない事ですわ。私が魔法で下まで下ろしましょう」
それに対してヘリミアもまたクスリと笑いながら答え、トルトの方へ手をかざした。するとトルトの身体がゆっくりと宙に浮く。
「おお」
初めてかけられる浮遊魔法に、自分の意志以外で動き出す自らの身体の様子に、関心するように呟くトルト。
「では下まで行きますね」
ヘリミアがそう言うと、ヘリミアとトルトの身体はゆっくりと下降し始めた。その様子をジョンとミレイも物珍しげに眺める。
「なんだよおっさん、女にエスコートして貰ってんじゃねーか」
「いやはや面目無い」
茶化すジョンにトルトはへらへらと笑いながら返す。
2人が下まで降りた所で進行方向、つまりは遺跡の広陵遺跡の入り口から物音がした。
そちらに目を向けると子馬程の大きさがある真っ黒な犬が数匹こちらに敵意を向け睨んでいる。
ただし通常の犬は違い、1つの胴体に対して頭が2つある魔物ではあるが。
「ヘルハウンドか、流石は魔物の巣窟って所だな」
ジョンはそう言って剣を抜いた。やや後ろでミレイも鞘ごと暗黒剣を構える。
「あ、ヘルハウンド程度なら私が」
ミレイの更に後ろでヘリミアが右手を前に付きだし、手を広げる。
すると手のひらから電撃が迸り1体のヘルハウンドに命中した。
「ギャンッ!!」
電撃を食らったヘルハウンドは、元々の真っ黒な毛並みがそれ以上に黒焦げになりプスプスと音をあげて横たわった。
その様子をみて周りのヘルハウンド達は蜘蛛の子散らすように逃げ出した。
「い、いまのはヘリミアか。やるな~」
背後から急に光が走ったかと思えば、睨み合っていた魔物が黒焦げになった。
その事実にジョンは冷や汗をたらしヘリミアに称賛の言葉を贈る。
「ヘリミアさん流石です!」
横から見ていたトルトはやや大袈裟に拍手をしながらヘリミアを誉める。
「ありがとうございます、では遺跡の中へ行きましょう」
その二人の反応に、ヘリミアは年相応の少女の笑顔を見せると前に歩いて行った。
その歩みを見送りながら、ミレイは最後尾にいるトルトにこっそりと近づき話しかけた。
「トルト、ヘリミアの誘いに乗ったの、これが狙い?ヘリミアがいると楽」
ヘリミアの提案は『トルトが自分の主人である魔王の婿になる事』、そしてその条件として『遺跡探索の手伝い』を提案したのはトルトである。
最初はトルトが鼻の下を伸ばしただけだと思っていたミレイであったが、ここまで計算しての判断だと言うあればトルトへの評価を見直さなければならない。
「おやミレイさん、貴女から私に話しかけてくるなんて珍しい。まぁ流石に気づきましたか、その通りです。実際魔王の娘さんと結婚するかどうかは別として、ヘリミアさんがただ者ではない事位は見切っておりましたよ?ピエロは人の心を掌握してナンボですので」
そこまで言うと、トルトは話の続きを小声でミレイに耳打ちする。
「私達を纏めて下さっているジョンさんは実力は一流ですが、イマイチ人を見る目が無いようですからね。私の独断でやった事ですが思っていた以上に上手くいったようですね」
ミレイはその発言に眉を潜めて聞き返した。
「……見る目がない?」
「ええ、ミレイさん御本人にこう言うのも失礼かもしれませんが、普通このような危険な場所に来るのに暗黒剣に捉われた少女と戦闘力もなさそうなおじさんは誘わないでしょう」
トルトの答えに、ミレイは空を見上げて呟いた。
「……納得」
「それにしても、どうして私共の様な怪しげな人に声をかけたのでしょうね」
「友達がいないとか?」
「確かに――ありえます。それ」
「そう」
「友達いそうにないじゃないですか。『何を隠そうこの俺は、いまやこの大陸を納める十王達の先祖、武軍で最強を誇った伝説の王ジョン・イクスアルディアその人だ』なんて言う人ですからね、あまりまともな友達は出来ないんじゃないでしょうか」
「友達って言ったか?」
2人の会話が耳に入ったのか、ジョンがいつの間にか隣に居た。この辺の話をするにも本人が近くに居るんだから油断ならない。
「いえ……なんでもないです」
「まぁ待てよ。何と言うか俺は友達っていう言葉に敏感なんでね。一応聞いておこう」
「じゃあ、面と向かって聞きたいのですが、ジョンさんは友達居るのですか?」
「そりゃあ、いるとも。エドガーっていうんだ。俺の唯1の友人だ」
「唯一ってことは1人だけ」
ミレイが小さく呟いたが、ジョンは笑いながら耳を塞いで聞こえないふりをした。トルトは空気を変えるべく再びジョンに質問をした。
「それで、そのエドガーさんはどうなさったんですか?」
「エドガーは……何と言うかちょっと重い感じの憂鬱になる病気なんだ。昔から俺が何を言っても悪い方向に考えちまってな。妄想だって酷い。空に住む人間が誘拐しに来たとか何だとか言ってやたらと怯えていたんだ。まぁ、そんなこんなではあるが、仲良く旅をしていたんだが、いつの間にか消えちまった。今はどこで何をしている事やら」
「件のキノコで私の病気と同じように治るかもしれませんね」
「そうなんだよな、その為にミレイとトルトをスカウトした様なもんなんだがな。はぁ、エドガーは憂鬱な病気さえ治れば、大陸一の剣士になれる腕を持っているんだが、どこに行ったのやら」
「へぇ、それはそれは大変でしたね。あ、もしかして誘拐云々はヘリミアさん達の仕業だったりするのですか?」
トルトの問いにヘリミアは平然と答えた。
「色々やりすぎてわかりませんわ。だってお嬢様は異世界からも婿を探していますので。その方は強いお方なのでしょう? ならば、優先的に婿候補になり得ますわ」
「俺のエドガーが嫁候補で拐われたっつー事か?」
ジョンは右腰に差された剣の柄に腕をかけた姿勢でヘリミアに問い掛ける。
トルトは「俺の」と言ったことに引っかかりを覚えた。
「その姿勢は、私に向けて剣を振ると言う警告のつもりですか? 」
「まぁ、エドガーを拐ったのがヘリミア達だってんならな」
一触即発の危機である。いきなり、こんな所で仲間割れとは洒落にならなかった。トルトはミレイに2人を止められるのか目配せしたが、ミレイは首を横に振った。そんな中で2人を止める手段は残されていなかった。
※この話で覚える事
・エドガーって誰?
・まともかと思ったらジョンもまともじゃない。