第5話 トルトの春 転落の崖
「……」
「……」
魔族の少女の発した結婚条件。その条件の導き出されたしょうもない理由はその場の全員を貫いた。緊張の天秤は最早床に転がっている状態であった。
「言っちゃ何だけど……。御嬢様、あまり結婚向いて無いんじゃないかな?」
とジョンが言いかけた瞬間。
「良いですねぇ、結婚しましょうか」
トルトが笑顔で返答した。
「おい」
「但し、その代わりと言っては何ですが私が健康になるのをお手伝いしてもらえませんか?」
「健康?ああ、そうか。トルトは病気だったな」
なんだこいつ、トルトは見た目の適当さとは裏腹に意外に賢いじゃないか――とジョンは思った。しかし、それ以上に魔族のダメさ加減に驚愕していた。
「良いですよ。婿候補を連れてくる期限は2年以内に~とかですし、お手伝いしますわ」
「いやー、ありがとう。お手伝いいただけるなんて助かりますわー。ところでお茶とかご飯とかあります?お腹空いて喉も渇いたのですけれども」
「直ぐご用意させたいところですが、さっき屋敷の者が通り魔に遭いまして、皆殺しになってしまったので出来ませんの。そうだ、そこのお兄さんやりませんか?」
「え?俺?ああ、まぁ茶を淹れる位なら。うん。まぁ、通り魔と言っちゃあ通り魔か……ごめんね」
「では、いってらっしゃいジョンさん」
トルトは笑顔で手を振っている。
「なんか腹立つな」
いつの間にかにトルトは屋敷の主人側の人間になり、ジョンは不満を覚えつつも通り魔の一味だという事を加味して一時的に食事の時だけはと言う気持ちで召し使いとなった。一行は目を覚ましたミレイと共にジョンの用意した昼食を取りつつ、自己紹介等を行った。
「私はミレイ」
「私はトルトです。未来は婿入り魔王でしょうかね」
「俺はジョン・……あー、ジョン・ジョガー・ジョーシャンク」
ジョンはトルトとミレイに目配せをするが無視された。
「私はヘリミアです。宜しく」
少女は不気味な笑顔で脚を深く交差してカーテシーを行う。何故かスカートを摘まむ指が小指と薬指だった。右上がり斜め65°に切り揃えられた銀髪の前髪の影から正面からは見えない左目が覗いている。銀のバレッタで留められた髪の毛は頭の右上で三つ編みが編み込まれており、残りの髪は重力の赴くままに下に下がっていた。そして、黒を基調としたエプロンドレスには純白のフリルが靡く。いわゆるゴスロリ風の衣装と言えば早い。
彼女の雰囲気はかなり独特ではあったが、パーティーの総合力がそれを打ち消していた。彼女1人が怪しいと言う訳でなく怪しい集団と言った評価に収まっているといった状況だ。軍服風のサーコート、ビキニアーマー、ピエロ、ゴスロリ風エプロンドレス、仮面舞踏会の会場ならば違和感はないだろう。
「病気と仰いましたが、何のご病気ですか?」
「ああ、トルトは奇融病なんだよ。人格は変わらないが性格が上下左右にブレまくるんだ。躁鬱病のバリエーションが豊富なバージョンと言えば良いか?」
「それは治るのですか?」
「わからん。取り敢えずそれを治すために万能薬の材料を集めてるんだが、まだ見付けていない。まぁ、見付けてきても万能薬を分けてくれるか解らないし、そもそも性格が変わるなんて病気が治るかさえもわからないけどな」
「そう言われると不安になりますねぇ、酒場で誘われた時はもしかしてとは思いましたが、いやぁ、道は遠そうですね」
トルトはやけにニヤニヤしながら会話に入って来た。不安があるような表情には見えない。
「ともかく、広陵遺跡で例のキノコを探さなきゃな」
「ええ、そうですね」
一行は食後の紅茶を飲み干して、広陵遺跡へと向かう準備をする。
「は?片付けも俺かよ!」
「私、手伝う……」
◇ ◇ ◇ ◇
広陵遺跡――。1,000年以上前の豪族が眠る複合型の陵なのだが、あまりの広さと生息する魔物の多様さに調査隊の踏破すら終わっていない秘境。しかし、副葬品や古い遺体から生えるとされているキノコを求めて、定期的に盗賊や冒険者が訪れている。しかし、中にどんなアトラクションがあるのか、戻ってくる人は多くない。その多くは木乃伊取りの木乃伊として遺跡の中をさ迷っている。
『貴方の街の秘境観光ガイド』
著ユーフラテス・フォールンイグアス
~24pより抜粋
「さて、この崖の下が広陵遺跡な訳だが……」
30mはある崖の下には遺跡と言うには真新しい原色の瓦が地面を埋め尽くしていた。所々樹木が瓦を突き破っていはいるが、建物は頑丈そのもので1,000年と言う時の流れに耐えている。わからぬ人が見たらばただただ広大なスラム街とされても仕方の無い所だった。そして、広陵遺跡の恐ろしさは地下にも膨大な量の通路と玄室があると言う所であり、その中には数千体と言うあまりに多い遺骸が納められていると言う。
「これ、どうやって降りるのですか?と言いますかかなり広いですけど食料足りますか?こんな軽装と言いますかピエロの格好と言うか着の身着のままで来てしまいましたけど本当に大丈夫なのですか?」
「ヘリミアと遊んでたトルトは知らないだろうが、一応ヘリミアの屋敷から食べ物は拝借してきた。そもそも多目に準備はしていたが、補給はするに限るからな」
「……そんな意味ではあの屋敷は有用」
「あっ、今日初めてミレイさんの声聞いたッ!いやー、流石!準備万端ですね!」
「いや、さっき喋ってただろ。ってか、トルトは本ッ当に何もしないのな。…さて、この辺からは本格的に魔物の生息地なのだが、ヘリミアは魔物を操ったりして回避出来たり……する?」
「無理ですわ、人間だって切った張ったの戦闘で知らない人の言うこと聞いて仲良しとはいかないでしょう?」
「ごもっとも、じゃあ降りますか」
※この話で覚える事。
・少女の名はヘリミア