第46話 道化師は笑う
遅れました。あと2話のストックがあるので3日連続投稿します。
『イクスアルディア戦記』を読んでいただきありがとうございます。今後とも宜しくお願いします。
「おい聖剣使い、さっさとマスターの手当てをしろ。私はコイツの相手をする」
「お、俺もやられてるんだが……」
「先にマスターの手当てをしなければ、私がお前を殺す」
そういってパンドラは敵対者に刃を向ける。半身だけ血肉が付いたそいつは、
「……フッ……久しいな。刃の小娘」
パンドラは返事より先に高速で刃を突き出す。
が、ジョンですら捉えるのが困難だった太刀筋を、不死王は紙一重で受け流し続けていることに全員が戦慄した。攻防が不規則に入れ替わり、どちらも臨機応変に対応している。
不死王の速さと重さ共に圧倒的な斬り降ろし攻撃をパンドラが刃にした両腕で受け止めたことで、一時剣戟の音が止んだ。
カチカチカチ……と刃が軋み、擦れる。拮抗……否、上から抑えている不死王が僅かに上か。
「ふっ…… どうした? 以前の貴様なら俺など退けられよう?」
「チッ……不完全な分際で……」
「………あぁなるほど? 貴様の主が未熟者だからか?」
「っ!!……貴様……———暗夜之礫———!!」
突如パンドラの周りに無数の短剣が出現し、敵に迫る。が、それも後ろに大きく下がって躱される。
「私のことを貴様のような汚物がどう言おうが構わぬ。その口を黙らせればいい。だが—————」
空気が凍る。喉元に冷たい刃が押し当てられているような錯覚が体をその場の全員を硬直させていく。
先ほどまで不敵な笑みを浮かべていた不死王も、今は油断なく構えている。
「―――我が主を侮辱した大罪……その不死なる体を以てしても贖えぬと知れ!!!」
刹那、彼女の姿が掻き消えた。直後に音を追い抜く勢いで激しく刃が火花を散らす。
先ほどまで不死王が僅かに圧していた戦いが、ここにきてパンドラの方にじわじわと傾いていく。
「……チッ……腐ってもアイツの武器……か……」
「力を差を識り、失せろ廃棄物」
「――――いや? お前では勝てぬさ……俺にはな」
直後、不死王の体が爆散する。肉片はもちろん、骨までもがあちこちに散らばった。
「………………」
不気味な静寂が支配する。
水滴がどこかで垂れ堕ちる音が一定の間隔で響く。
トルトが何かを言おうとしたその瞬間、ジョンが目を見開いて叫んだ。
「っっ!! 後ろだ!!」
パンドラが声に反応し咄嗟に体を回転させた瞬間、斜めに振り下ろされた剣によってパァッ! と赤い線が駆け抜けた。
「っっ……おのれ……」
「パンドラ!?」
ジャンプで大きく後退するも、膝をつくパンドラに応急手当の終わったトルトが駆け寄る。
「マスター、良かった……ご無事で」
「今は自分の心配をしてください! 」
「勿体無きお言葉………感謝します。それと……申し訳……ありま……せん」
その言葉を最後にパンドラは黒い光を放ち、短剣の状態に戻ってしまった。
不死王は禍々しい殺意を纏いながら、歪な口元を吊り上げる。
「邪である以上、俺には勝てぬ。よもやそれを忘れていたか? 堕剣が」
ジョンとミレイがほんのわずかに話して頷き合うと、短剣を握りしめたトルトをかばうように前に出た。
「ほう? よもやお前らごときで俺の相手が務まると?」
「さてな。けどこっちは天下の聖剣を使ってる身でね。お前にも効くか試してみたくてな」
「なるほど、だから俺の動きに反応できた……か。フッ……面白い……遊んでやろう……」
両者が同時に動き、甲高い音が響く。
ミレイが目線を前から外さず、しかし後ろにいるトルトに小さく呼びかける。
「ジョンからの伝言、隙を作るから全力で撤退しろって」
「て、撤退はいいんですが……全員が逃げる隙なんてどうやって……」
そこまで言ってトルトはハッとする。普段はギャグに回ったりすぐに調子に乗るジョンだが、誰よりも仲間想いな一面は目を見張るものがある。
つまり、
「……一人で残るつもり……なのですね」
「………………私たちじゃ…それ以上の策が浮かばない…」
「そんな……」
「だから……」
ミレイは一旦そこで言葉を切り、静かに……だが強く
「それ以外の策を、3分以内に考えて。無理なら、あなただけ逃げて」
そうトルトに頼むと、自分も地面を蹴ってジョンの援護に駆け出す。
だが、それでも不死王の優位性が揺らがない。
(皆を……失わないためになんとかしないと……なにか……なにか……)
トルトは自身の無力さに苛立ちながら手持ちのアイテムを探る。が、まともな武器なんて短剣以外には無く、ピエロ用の道具だけがこちらを馬鹿にするようにポンポンと湧き出してくる。
道具の全てを出し切ったとき、悟った。あぁ、何もできないと。
今までが奇跡や偶然、仲間に助けられていただけだと。
勝手に冒険をしてきたと思い込んでいただけだ。だって、自分は大したことなどしていないじゃないか。
自分にはなんにも無い。誇れるものなど何も……。
『そんなことはありません。マスター』
カタカタと短剣が震え、そこから声が響く。
「パンドラ……心読まれてる感じ?」
『勿論。そして不躾ながら助言をすることをお許しください。
確かに人間……いや、生命とは支え合い……いえ、利用し合わなければ生きていくことが困難な貧弱な存在です。ですが、その利用し合うことで、個々では決して叶わないものにも届く可能性は見出せます。
マスター……自分と仲間を信じてください。あなたなら大丈夫です。なにせ……私が選んだお方なのですから』
短剣の表情を伺うことは出来ない。それでも、言葉からは優しい微笑みが想像できた。
「っ……そう……だね……そう……まだ、こんなところで終われるものか!」
『勿論です。これが終わったのちは結婚式を挙げましょう」
「フラグですね!」
『では、あの汚物……不死王のご説明を手短にします。アレは現在、全盛期……までとは行きませんが、ソレに近い戦闘力を有しています』
「……全盛期……」
『はい。【中途半端】な肉体を持つ半端もの……故にアレは異常な強さを有している……あれに勝つには完全なる聖剣使いでなければ歯が立たない……さて、私が諦めるなといったのも何ですが、策が思いつきません』
「えぇ……」
トルトは決して頭脳戦で優れているとは言えない頭をフル回転させていく。
確かに不死王の血肉は中途半端についたまま。加えて痛覚も無いのか、自分の骨すら武器として平然と扱っている。
アレが万能薬で完全に肉体を取り戻したらと想像するだけで寒気が……。
…………いや、あの肉体を分離させ、自らの骨すら武器に出来るあの不完全性こそが、奴の強さだとすれば……?
「ねぇ……パンドラさん?」
『いかがなさいました?我が主』
「今の不死王って……不完全な体だから強いってこと?」
『……といいますと?』
「アレが……完全に肉体を取り戻したら……弱くなる?」
数瞬の沈黙。のちに短剣はカチンと一度鳴った。
『…………なるほど、万能薬がまだありましたね……奴はもともと人間の身でありながら契約、もしくは何らかの方法で自身の体を生死の境界に押し込んだ存在……であれば……一時的にでも人間に出来れば………………はい。おそらく可能かと……しかし、その……今のマスターの……その接近戦での力では不死王と交戦するのは……』
躊躇うように言葉を切る短剣に、しかしトルト……否……道化師は、ジョンが取っておいた予備の万能薬と……自分だけが扱えるであろうピエロ道具一式を広げて断言した。
「大丈夫ですよ。私はピエロですから」
その顔は、道化師らしく、笑っていた。




