第44話 下水道はゲスいどう
薄暗い地下墓地に響く複数の足音、その発信源である四つの人影。
地下墓地に侵入し二時間程歩を進めていたジョン、トルト、ミレイ、パンドラの一行。
四人はそれぞれ神妙な面持ちで慎重に歩を進めていた。が、その実四人全員が異なる心境をしていたのである。
(あれから複数のアンデッドは出現した。敵意をもつアンデッドは全てをパンドラが有無も言わさず瞬殺している……今は頼もしい味方ではあるが、コイツの思考も含めて危険すぎる……トルトの仲間であり共通の目的がある今は大丈夫だろうがなにかの弾みで殺されかねん)
ジョンの思考はパンドラの戦闘力と行動原理、そして立ち位置にあった。
戦闘力はこの二時間でわかった通り絶対的。ひとたび本格的な敵意を向けられれば抵抗も逃亡も不可能な圧倒的かつ絶対的な暴力。
つまりジョンに出来る事最善の行動は自らの『パンドラの機嫌を損ねない事』であった。
(まあそれに関しては一先ずは大丈夫だろう。コイツはトルトに溺愛している……トルトさえ味方につけておけば……ただ問題は今後だな)
トルトは広稜遺跡での依頼にて、不死王とはまた別の所属である魔王の娘の婚約者候補となっている。
パンドラにはまだ話していないがパンドラにしてみれば絶対に許せない案件であろう。
(どのタイミングで打ち明けるか……矛先が魔族の方へ行ってくれれば最悪……いや、最高の場合はパンドラと魔族の共倒れ……いや、魔族側は馬鹿でかい組織だ、そこまでは難しいか? それはそうと問題は矛先が俺達に向いた場合……今回の件が終わり試合パーティ解散しといた方がいいか?)
アンデッドが徘徊する現在の地下墓地は危険極まりない場所ではあったがその危険全てをパンドラが排除してくれているため、ジョンはその先の不安ばかりを考えていた。
その隣でトルトも先ほどから冷や汗を垂らしっぱなしである。
(パンドラ強いですねえ……これ私が魔王の娘の婚約者候補とか言ったらどうなるんでしょう? 私がその場で殺される……だけならまだマシですね。いきり立ったパンドラにジョンさん達も皆殺しにされる気がします。さてはてどう転ぶやら……)
トルトも概ねジョンと同じ心境であった。
違いがあるとすればトルトはまさに『当事者』である事、つまりはジョンと違って『逃げる』などと言う選択肢はないと言う点である。
更に後ろではミレイが顔をしかませる。
(パンドラ……強い……アンデッド達と全然触れ合えない……無害な子達は味気ないし……う~んでもパンドラも可愛いな、トルトには勿体ない……この件が終わったらもっとお喋りしてみよう……)
そんな三人の想いを知ってか知らずかパンドラもまた険しい顔つきをしていた。
「マスター、思った以上に厄介なのがいるようです」
パンドラそう言いながら足を止めた事で三人の意識も今の現状に向く。
10メートル程先にある大きな棺桶が目に入る。そしてその棺桶は開かれていた。
「空っぽ……じゃないか? 中身はどこに行った?」
ジョンが呟いた。パンドラが周囲を警戒している自体に、自然とジョンも剣に手を添え臨戦体型に入る。そのジョンに対してパンドラはやや呆れ顔で返した。
「見えないか聖剣持ち? 目の前にいるぞ、上位ゴーストだ」
パンドラがそう言った瞬間、ジョンの全身に悪寒が走り、鋭く風を切る音と同時に目の前の空間が歪んだ。
反射的にジョンは抜剣した。抜きさった刀身に何かが当たり、あさっての方向の壁に音を立てて穴をあけた。
「な……なっ!?」
慌てるジョンにパンドラは続ける。
「見えない瘴気弾だ。威力は通常の物の比じゃないぞ? 当たれば死ぬ。今のように聖剣で跳ね返せ」
当のパンドラは左手でトルトの右手を取り、自身の右手は刃に変えていた。
「マスター、私から離れないで下さい」
続けて先ほど同じ音に合わせ空間が歪む。
その見えない瘴気弾に合わせているのだろう、パンドラが右手を振るうとまた違う衝撃音が響き、パンドラとトルトの頬を風が撫で髪が揺らめく。
「見えない瘴気弾!? どうしろってんだ!? おいパンドラ! なんとか出来るのか!?」
ジョンの元に跳んできた瘴気弾は一つ。直感で振るった聖剣にまたまた当たり跳ね返せたが次はそうもいかない。
しかしトルトに害なすものであればパンドラが排除するだろう。そう思いジョンはパンドラに言葉を投げかける。
「気安く名を呼ぶな聖剣使い。私はただの刃よ。実体のないゴーストは相性が悪い。斬っても斬れないしね」
どの面を下げて『ただの刃』などと言うのかとジョンは内心苦笑もしたが正直それどころではない。そしてパンドラの続く言葉に更に言葉を失った。
「私はマスターを守る。お前とそっちの少女で何とかしろ。邪を切り裂く聖剣と、暴食の暗黒剣でならヤツも倒せるわ」
ジョンは今回の戦闘は完全にパンドラに頼り切るつもりでいた。そのパンドラからのまさかの丸投げ。相手の姿も攻撃も見えない。そしてパンドラの口ぶりからその攻撃は一撃必殺の威力。
ジョンの悩みとは裏腹にミレイが動いた。暗黒剣を抜剣し、見えない筈の瘴気弾に的確に暗黒剣を当てる。
《うぶっ!! また瘴気弾か! 不味ぃよ我で防ぐな! かわせ小娘!!》
叫ぶ暗黒剣の言葉を聞き入れたのかミレイはステップでジグザグに動きながら棺桶の方へ距離を詰める。
ミレイの背後の壁が音を立てて穴を空けていく様子から、本当にかわしているのだろう。
棺桶の前でミレイを暗黒剣を大きく振るう。しかしその後すぐに天井の方へ目を向けた。
「上に逃げた……」
「ミレイ! お前には相手が見えるのか!?」
ジョンは悲鳴のような歓喜のような叫びにミレイは平然と答えた。
「見えない。ただ感じる」
アンデッド好きのミレイには、もはや気配で完全にアンデッドを察知出来ているようだった。
その様子を見てパンドラがミレイとジョンに向かい激励を上げる。
「悪くないわね、お前達! マスターのためそのままやっておしまい!!」




