第42話 スケルトンパニック
聖職者が早朝の散歩に出掛けて、ふいに罪を犯す。誘惑は何処にでも転がっているものなのだ。早朝、誰も居ないその世界にて行いし背徳の境地、それは立ち小便。神聖な空気の立ち込める街中で、彼は川に向かって放尿する……。
「ん?」
聖職者は激しく高い放物線を描いて川に撒き散らされた昨夜の麦酒のなれの果て……波紋を眺める。すると水面に小便の百倍はある波紋――波が現れる。
「こ……これは!」
水面から現れた影が徐々に盛り上がり……ザバッと正体を現す。
「嘘でしょーーーッ!」
30代に差し掛か聖職者は、尻餅を突き後退る。そして、ズボンに仕舞った逸物から、チョロチョロと二度漏れを起こした。二度漏れを起こした尿は川となる迄は行かず、ズボンにシミを作った程度だった。
◇ ◇ ◇ ◇
「あー、だりぃ」
「眠い」
「眠いですね」
「……」
「zzzグガガ……グオッ!」
「ンガーッ、グォーッ!」
ジョン、ミレイ、トルト、チグリス、トラヴィス、ゴロツキが並んで酒を飲んでいた。しかし後半のメンバーは飲んでいると言うか寝ていた。店の名前は『馬の横面亭』、店主は非常に優しいのだ。金を持っている客には特に……。
そう、ジョン達は万能薬を譲ってもらう代わりに材料を大量に納品した。その量たるや、錬金術師が目玉を落っことした程だった。但し、「不死鳥の嘴」だけは命からがら1つのみ手に入れたものだったので、出来上がった万能薬の数は僅かに3つだった。ジョン達はそのうちの1つを定価で譲り受けたが、余剰分の材料で双殺。依頼料金を丸々手に入れて、尚且つフレイムタイラントの素材等の副収入もあって、かなりの金持ち状態となっていた。
しかし、昨晩のトルトの大失態により、万能薬は全員分の病気を治す前に風呂の栓より下に流れ落ちていた。憐れ。
そんな中、静寂を破る怒声が入り口から雪崩れ込んでくる。
ドタドタ。
「おい、コルァァ!お前達ッ!万能薬……あれ全部捨てたのか!!!」
ジョンがカウンター席に座りつつクルリと振り返ってみると、何処かで見たような顔の人がこちらに向かって怒鳴っている。
「へ?俺達?てか誰?」
「ギルドの職員だッ!お前達以外に万能薬なんて持ってる奴がおるかッ!」
あまりの怒号にミレイとトルトもクルリと振り返る。
「ああ、ギルドのオッサンだっけ?どーも、そうなんですよー。俺の相方の分は瓶に仕舞っておいたから、1瓶だけあるけどな」
ジョンは頬杖を突きつつ、氷の溶けたグラスを五指の先で掴みながらゆらゆらと回す。
「バカ者ーッ!あれは下水に流したらアカンやつだぞー!外見てみろ!」
冒険者ギルドの職員は怒号と共に外を指差す。太陽が非常に黄色い。
「外……?」
ジョン・ミレイ・トルトの3人はフラフラとスウィングドアを割って外に出る。
太陽の光に目をしかめながら辺りを見渡すと、特に刃物をベロベロ嘗めている変質者も居らず、ロングコートの下は全裸といった類いの人々も見えない。そもそも下水に流したらら何がいけないと言うのか?
取り敢えずその様子を受けてジョンは呟いた。
「普通に善良な市民が徘徊してるぞ」
ジョンは更に不審者を探すべく目の上に掌で庇を作って探すも、普段通りに人が通ってるに過ぎない。むしろ、普段の方が躾のされていない犬が走り回ったり、スリの子供が路地裏から飛び出してきたりと、問題の多い通りだと思っている。
「よくみろ!」
ギルド職員は御立腹だ。カルシウム足りてないんじゃないか?
「良く見てもわからん……あっ、通る人みんな痩せてるな」
「バカ者ー!それは全部スケルトンだっ!お前達の流した風呂の残り湯が地下墓地に流れ込んで死体と言う死体が全部生き返って来ているのじゃーッ!」
カルシウム足りているスケルトンは怒鳴らないし、唾も飛ばさない。ギルド職員よりよっぽど無害じゃないか……。
「へぇー、通りで痩せてるんだ」
「ガリガリ」
「長い間ご飯を食べてなさそうですしね」
3人は通りを見て感想を呟く。その様子を見てギルド職員は会話をするのを諦めたような表情になる。
「話通じてるかお前達?」
いや、一応朝まで飲んで超眠てーけれど、話は通じるよ?
「よぉーッ!そこの骨のオッサンこんにちわーッ」
突然ジョンが通りの人に向かって叫ぶ。
「おはようさんフゴフゴ」
当たり前のようにスケルトンが返事する。ミレイは何だか目が覚めてきたのか少し嬉しそうだ。心なしか暗黒剣は先の事を予想してため息を出している様な気がする。と言うか自分達が骨だって自覚してるのか……。
「喋ったぞ」
ジョンは半眼で振り返り、ギルド職員に向かって話しかける。
「そうなんだよ、喋るんだよ……」
ギルド職員は諦めるように四つん這いとなり、下を向きつつ呟いた。




