第41話 幼女が降臨したんゴ
風呂から上がってきたトルトを迎えたのは、ジョンとチグリスの連携確保だった。
「くそっ! こいつやっちまった! 少女誘拐して風呂なんざ最悪の展開だ! いつかやるとは思ってたが!」
『あぁ、僕は……信じる人を間違えたのですね……いつかやるとは思ってましたが』
思ってはいたのかという驚愕の真実に見舞われる中、トルトはお縄にぐるぐる巻きにされていく。
「違うんゴ!! 誤解やで! 短剣が少女になったんや!?」
「そうか、話は後で聞く。ちゃんと更生するんだぞ」
「聞いてない! 聞いてないからそれ!!!」
ぎゃあぎゃあ騒いでいると、突如としてタオルを巻いた少女から冷たい殺意がほとばしる。
「マスターに不敬ですね……ゴミども」
「は?……っ!? 全員下がれっ!」
ジョンが促した時には既に少女は彼の眼目まで迫っていた。そして振るう腕をそっさに避ける。が、続けざまに振るわれる腕をジョンは思わず鞘に収めたままの剣で止める。
キィーーンっ!!という腕と接触したとは思えない甲高い金属音が鳴り響く。
「っ!? なんだ……その腕!?」
少女の腕先ほどのか細い腕はどこへやら。どういう訳か、剣そのものに形も質も色も変化していた。
一度バックステップで距離を取った少女は、底冷えするような視線を放つ。
「忌々しい聖剣め。鞘に収まっていても主を守るか。……だが」
「っ!?」
生命の危機を感じたジョンは咄嗟に聖剣を抜いた。今度は両手をどちらも剣に変化させた少女は猛攻を仕掛ける。
ジョンはかつてないほどの戦慄を覚えた。少女は剣に触れる直前で腕の軌道を変えて死の一手を放ってくる。もはや反射神経の領域ではない。
ギリギリの攻防を続けたが、ついに跳ね上がってくる一閃に対してジョンの剣に刹那の遅れが生じた。
「っ!!?」
喉元に迫る死の一撃に、体が強張ったその刹那。
「止めるンゴ!!」
鋭い制止の声が響き、同時に剣もジョンの喉元と紙一枚程度の距離を維持していた。
「はい、マスターの仰せのままに」
少女は倒れこむジョンなど気にも留めず、トルトの元に向かって縄を一撃で切ると、その腕は人間のそれに変化していた。
「マスターの寛大な心に感謝せよ。人間」
チグリスはあまりの衝撃に腰を抜かし、ジョンも警戒は解かずとも一息をついた。
「……トルト。どういうことか説明してくれないか?」
「えぇ……拙者も分からぬでござる…短剣の呪いも消えないかなって浸けたら幼女が降臨したんゴ……」
「なるほど分からん」
「拙者もナリ」
全員の視点が自然と少女に向かう。
少女はため息をつきながら、心から嫌そうに口を開く。
「マスター以外の者となど会話もしたくないですが……一応最低限の情報は提示します。
私は短剣そのもの。名前はパンドラ。以上」
「情報少なっ!?」
思わずジョンがツッコむが、パンドラはそれを目で射殺す。
埒が明かないので、マスターと呼ばれているトルトがおずおずと手を挙げる。
「あ、あの……パンドラちゃん?もうちょっと詳しい説明を……」
「はい! マスターの為なら好きな情報を差し上げます!」
パンドラは先ほどとは打って変わって、年相応の可愛らしい笑顔で語り始める。
「私はもともと意志のある武器として創られました。ですが、私の持ち主は討たれてしまった……故に私は願った。次の主こそは……守って見せると……そして自身に呪いをかけました。運命の者に出会えるまでは決してこの姿には戻れぬように……と。そしてこの呪いが解けたということは…あなたが私の運命の人なのです……」
「……へ、へぇ……そうでござるかぁ…………その人がもし運命の人ではない場合は?」
先ほどより数段震えた声でトルトが聞くと、パンドラは笑顔で答えた。
「あり得ない話ですけど、もしその場合は消しますよ?それはもう確実に。何せ私は……先代の魔王の武器ですので大抵は殺せます。」
「……そっかぁ」
トルトは目をそらしながら汗が噴き出す。もしかして、本来は解けるはずのない呪いも万能薬は解いてしまったのでは? もしこれが彼女の望まぬ解呪だったらどうなる?
油断していたとはいえ、ジョンですら押し負けていた。そんな少女がいま、至近距離にいる。万能薬の存在を知られてはおそらく…この場の全員が殺されるのでは?
「……そういえば……お風呂場で解けたのは何故でしょうね? 本来なら持った瞬間に解呪されるはずなのですが…」
「えっ!? ……えーと……ほら……拙者がそう望んだからでござるよぉ!」
「ふふっ……まったく……仕方のない人ですね、マスターは」
トルトはトイレに行くと言って風呂場に入ると、心で皆に謝りながら栓を抜いた。
すまない皆……流石に万能薬で解けたなんて知られたらまずいンゴ……
こうして苦労して手に入れた万能薬は、少女と代償に排水穴へと消えていったのだった……。




