第3話 遺跡への道
『馬の横顔亭』から馬車で走ること数日。開けた丘の上、とある看板が立っている所に辿り着くと馬車は止まった。
「おっちゃん、ありがとよ! 馬車代だ!」
始めにジョンが馬車から降りると馬主に料金を渡した。その後に続くようにトルトも馬車を降り、ジョンに疑問を投げかけた。
「ジョンさん、ここで降りるのですか? 広陵遺跡まではまだ結構距離はあると聞いていましたが」
「ここから先はもう魔物の住み家だ。行く先に人が落ち着ける拠点があるわけでもないし、よっぽどの物好きでないと馬車は送っちゃくれねえよ」
「ええ~、ではここから先はずっと歩きですか?この広大な道を?」
「依頼の報酬金額見たろ? ただのキノコ探しであんな金が動くわけがない。まず並の奴らじゃあ遺跡に辿り着くのも難しいのさ」
トルトはそこまで聞いて軽く頭を抱える。
あの日『馬の横顔亭』で特別落ち込んでいたという理由はある。そこに美女2人に誘われては断れる筈もないという言い訳もある。
しかし全ては自分が軽率にジョンの口車に乗ってしまったことが原因なのだ。来てしまった以上今更泣き言を言っても何か変わるわけではない事は理解している。そこでジョンと初めて交わした会話を思い出し、右手の親指で自ら左胸を軽く押えた。
「冒険に必要な物はココ、でしたね?ジョンさん」
「お!いいね~オッサン!わかってきたじゃねえか」
トルトのその返事にジョンはニカッと笑顔を見せ、話を続ける。
「遺跡まで歩いて行く事自体は大変だけどよ、魔物との戦闘に関しては大船に乗ったつもりでいな、ミレイの奴も腕は立つし、そして何より……」
ジョンはそこで親指をビシッと立て、自分の顔に向ける。
「何を隠そうこの俺は、かつて武軍で最強を誇った伝説の王ジョン・イクスアルディアの生まれ変わりだ。流石に当時の名前そのまま名乗っちゃ不味いんで今はジョン・ジョガー・ジョーシャンクって事にしているがな」
突然大層な妄言を吐き出したジョンに、覚悟を決めたばかりのトルトは再び心が折れそうになった。
そんな2人を気にする様子もなくいつの間にか馬車から降りていたミレイが、真っ黒なビキニアーマーにマントをたなびかせながら、寝ぼけ眼をこすりながら1人先に歩いて行った。
◇ ◇ ◇ ◇
広大な道を歩く事数時間。日も沈み始めた頃、左前方に見える森の入り口、その奥から物音がした。
「……出やがったな」
ジョンがつぶやくと3人は森の方へ目を向ける。
そこからゆっくりと姿を現したのはいくつもの子供のようなシルエット。しかしそれは人のソレとは明らかに違っていた。
緑色の体色に真っ赤な目、口には大きな2本の牙が上向きに突き出ており、個体ごとに斧や棍棒、短剣といった様々な武器を手にしている。その数見える限りでも10体以上。森の向こうにはおそらくまだいるだろう。
「ゴブリンか。……数が多いな。ミレイ、やるぞ! オッサンは下がってろ! 援護が出来るならそれでもいいが大道芸はもう止めろよ!」
そう言うとジョンは腰につけた鞘から長剣を抜いた。ミレイも無言のまま、持ち前の暗黒剣を鞘に納めたままゴブリンに構える。
臨戦体制の2人を見るやいなやゴブリン数匹がジョンとミレイに躍りかかっきた。
「はああッ!」
向ってくるゴブリン対して、ジョンは流れるように美しく鮮麗された動作で剣を振るう。
その鮮やかな剣技は瞬く間にゴブリン2匹を切り捨て、そのまま更に残りのゴブリンの方へ斬りこんだ。
同じようにミレイも向かってきたゴブリンを、納剣したままの暗黒剣を振るい迎撃する。
ジョンのように一撃で相手を仕留めるわけではないが、それでも鞘の一撃を受け、大声でわめき散らしながら地面に転がるゴブリンにはもう戦闘能力はない。隙をみて頭を潰しトドメを刺す。
向かってくるゴブリンを一通り倒した頃、まだ息のある個体がひときわ大きく奇声を上げた。
「なんだ!?」
それにジョンが反応する。そしてその答えはすぐに出た。その奇声がしたすぐ後に、森の奥から甲冑を纏った常識はずれの大きさを持つゴブリンが姿を現したのだ。
「ゴブリンキング……!」
身長は並の人間の倍近くはあり、体の筋肉は大岩のように強靭。そこから生える手足もまた丸太のように太い。その巨人が並の冒険者では担ぐことすら困難な程の大きさの戦斧を背負っている。
「ミレイ、奴は強敵だ! 左右から叩くぞ!」
ジョンは叫ぶと、ゴブリンキングから目を逸らさず左側にゆっくりと移動する。
それに対してミレイはその反対側に────
ゴスッ!
突如ミレイの方から聞こえる音に反射的に目を向けると、そこにはいつの間にか鞘から抜き捨てた暗黒剣を殴打してしているミレイの姿があった。
「こんな時に……!」
ジョンは絶句した。荒くれやゴブリンの集団を相手している時であらば別にかまわない。しかし今対峙している相手は単純な戦闘力は自分よりあるだろうゴブリンキング。1対1で勝てる保証はない。
しかしこうなってしまったミレイがしばらく止まらない事はよく知っている。そこでジョンはトルトに援護を求めようと声を上げようとする。しかしその瞬間────
《血だ! 我に血を与えよ!》
聞いた事がない不気味な声が辺りに響く。それは明らかに、ミレイの持つ暗黒剣から発されていた。
《ゴブリンキング! 大物の血だ! その血を我にへぶぅっ!》
突如声を上げる剣に、ミレイはそのまま躊躇なく拳をぶつける。
《ええい! またも邪魔を! 痛いから! ちょ、たんま! 痛ッ! 痛たたたたッ!》
邪悪な声を遮るようにミレイは手持ちの剣を乱打する。
《ちょ、ミレイさん! 止めて! だってほら! アレ、ゴブリンキングだよ!? 我の力使って戦わないと厳しいって! 君たち強敵斃せて、我も久々に血を吸えてWinwinだと思わない? ね?!》
わめき続ける暗黒剣と、ソレを無表情に殴り続けるミレイ。ゴブリンキングはその様子を見て、ジョンやトルトよりもそちらが未知の脅威と判断したのだろう。戦斧を振り上げ、ミレイの方へ駆け出した。
「ミレイさん!」
トルトがミレイに向かって叫ぶ。
ゴブリンキングが振り下ろした戦斧を、ミレイは剣を殴り続けながらも華麗にかわした。
かわしたのはいいが、その剛腕と大柄の武器から繰り出される一撃は地面を深くえぐるほどのパワーを発揮する。
《ほら! アイツ超強い! 我ならあんなヤツすぐ斃せるし! だからお願い! 殴るの止めてアイツ斬ろ? 我の剣先でアイツ刺すだけだから! ね? 先っちょだけ! 先っちょだけだから!》
ゴブリンキングはミレイへの追撃のために再び戦斧を振りかぶる。
その様子をみてミレイは、誰にも聞こえないような小さな声で、ため息交じりに呟いた。
「……仕方ない、か」
ミレイに再び襲いかかろうとするゴブリンキングを見て、トルトは短剣を、ジョンは長剣を構え、ミレイの援護に向かおうとする。
────が、2人は自分の武器を振るうことなく、ゴブリンキングの胴体は真っ二つになり消し飛んだ。
「は?」
「……へ?」
ジョンとトルトは魔の抜けたような声を上げる。
真っ二つにされたゴブリンキングの甲冑は音を立てて地面に落ちる。しかしゴブリンキングの身体自体は、血肉の大半がミレイの持つ暗黒剣に吸われるように姿を消した。
そしてそこに残ったのは、獣か何かが集団で死体を食い散らかしたようなゴブリンキングの残骸と、剣を振るったまま視線を伏せて立っている金髪黒ビキニアーマーの少女。
「……ミレイ? お前がやったのか?」
ジョンがミレイに話しかける。
ジョンがミレイとパーティを組んでから日は浅い。口数の少ない彼女の事は腕が立つと言う事以外はジョン自体よく知らず、暗黒剣の事情は知ってはいたがその剣が解放された所は見たことが無い。いや、見るのは初めてだったというべきだろう。
「……ミレイさん?」
ジョンとトルト、2人の問いかけにミレイは答えない。その代わりにゆっくりと顔を上げる。
顔を上げたミレイの瞳は虚ろで黒紫色に染まっており、そして口角を不気味に上げながらこちらを見つめていた。
ジョンは不意に数日前、馬の横顔亭前でのミレイとの何気ない会話を思い出す。
『それにしても、よく正気を保てるな。素手で暗黒剣を殴り付けるなんて痛くないのか?』
『多少痛い、でも、抑えつけなければ死ぬ』
────抑えつけなければ死ぬ。それは精神を乗っ取られた自分ではなく、
(周りの人間が、ということか!)
ゴブリンキングの脅威は去った。代わりにそれを上回る脅威を生み出して。
そしてその時、森の直ぐ脇の丘の上に1つの人影が姿を現した。
※この話で覚える事
・ミレイ怖い。
・暗黒剣は喋る。
・ゴブリンキング(故)は強い。