第26話 胡蝶の夢 誇張の夢
《やった。女の血だ。ここにきてミレイの血ときたもんだ……》
ミレイと暗黒剣の関係は微妙なバランスの上に成り立っていた。普通の人ならば、一瞬で暗黒剣に意識を乗っ取られてしまうというのに、彼女は暗黒剣と共存していたのである。ミレイが暗黒剣を殴ることでミレイに主導権が傾き、暗黒剣が血を吸うごとに暗黒剣に主導権が傾くといった具合にである。
暗黒剣にミレイの血を吸わせるという行為は、すなわち暗黒剣に完全なる主導権を渡す行為といってもよかった。彼女にそこまでの決断をさせたのには、ラストクアは彼女にとってそこまでしても倒さなくてはならない相手だったからである。
脇腹を刺したというのに血は一滴も地面に流れることはなく、暗黒剣に吸い込まれていく。
「ラストクア……これは……? 」
グリマルドと呼ばれた男が心配そうに、ラストクアに問いかける。この声には怯えも含まれていた。彼には目の前にいる少女が、先ほどまでの人物と同じ人物とは思えなかったからだ。
「グリマルド。大丈夫だ。いくら暗黒剣に主導権を渡したミレイだといえども、この捕縛を破ることなど容易ではあるまい。すぐに力尽きるさ」
暗黒剣が血を吸い終わったのか脇腹に刺さった暗黒剣が抜かれた。傷は暗黒剣が抜かれると同時に塞がった。彼女はもはや人間ではないのだ。暗黒剣そのものと言っても良い存在に成り下がってしまわわったのだ。
彼女の目は血のように赤く燃えていた。そして血の涙が流れる。
「ラスト……ク……ア……」
ミレイの意識は消えかけていたけれども、憎しみの念だけは残っていた。
だらりとしたミレイの首か覗く目が光った。捕縛の術は容易に解けた。
「ラストクア……術が……」
「暗黒剣の力……ここまでとは……。グリマルド、捕縛の方針は止めだ。彼女を私の娘だと思うな斬り殺せ!」
「副団長、いいのですか?」
「彼女はもはや人間ではない。ただの化け物だ」
グリマルドがミレイに斬りかかった。ミレイは暗黒剣でそれを軽く防いだ。この段階にまで成長した暗黒剣を浄化することなど、彼らの装備では最早不可能になっていた。
その隙にラストクアが背後から斬りかかろうとしたが、気づいたミレイに腹部を蹴られて吹き飛ばされる。
「ラストクア!」
グリマルドが叫ぶ。グリマルドの腕は恐怖で震え始めていた。
「貴様、怖いか? もっと恐怖せよ。恐怖は旨いからな。ほら、もっと怯えろよ」
「おまえなん……」
「ギャギャ、」
ミレイが暗黒剣をグリマルドに振りかざした。グリマルドは斬撃を剣で防ごうとしたが、剣は砕かれグリマルドは袈裟切りにされてしまった。グリマルドの体に触れた暗黒剣は一瞬で彼の体から血を吸い取ってしまった。しなびた体に変わったグリマルドの体が倒れる。その体からは、乾いた音しかしなかった。乾ききった顔は恐怖に歪んでいた。
「グリマルド! くっそ、最初から殺しにかかるべきだったな」
「次は貴様だ。ラストクア。貴様にこんな楽な死に方はさせないぞ。もっと苦しみを味わってもらう」
今のミレイとは団長、いや聖騎士団全員で戦っても勝てるかどうかわからない。
「ミレイ、すまなかった。そんなつもりじゃなかったんだ」
「……!……!」
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