第21話 チグリス・フォールンイグアス
一頻り無駄な会話を言い終えた後、一行は宝箱に向かって再び歩みを進めていた。
「おー、これかー、じゃあ開けるぞー」
茶色を基調としたそこそこ頑丈そうな金属の箱。森の中にあるのは明らかに不釣り合いな人工物。鍵はかかっていないようでそのままフックを捻れば手で開けれそうである。
ジョンは最初、コレについて細心の注意を払うつもりだった。しかし、先ほどの不毛な言い争いで神経をすり減らした現在、多少の罠等は気にならなくっていた。
(そもそもこんな深い森にバカしか引っかからんような罠なんぞ置く奴はいないだろ。コレを置いたのは暇人か愉快犯だ)
疲れた顔をしながら胸中でそう結論付けると、宝箱のフックの部分をつま先に引っ掛け、蹴り上げるように宝箱を開いた。そしてその中に視線を向ける。
入っていたのは、宝箱の大きさには不釣り合いな、片手でつかめる程度の小さい緑色の草。
「薬草、だな。それも街で簡単に買えるやつだ。多分この森にもテキトーに生えているだろうな」
隣でトラヴィスが顎に手を当てながら中身について分析する。詰まる所、とてもどうでもいい代物であった。
「そっかー、薬草かー、最初の宝箱の基本だなー」
ジョンは全てがどうでもいいように棒読みで呟いた。
先ほどの言い合いで精神が疲労していなければ、中身へのツッコミや宝箱の存在経緯の分析などを行っていただろう。しかし、これ以上疲れる事をする気になれず、つまりは単純に面倒くさくなったのだ。
その時、トルトの腰ベルトから呪いの短剣が勝手に飛び出しトルトの手に収まる。
「ん?」
突然の出来事に持ち主のトルトも訳がわからない、と言ったような声を上げた。
そして呪いの短剣は小刻みに振動を始めた。
「あちらの方になにかあるのですか?」
トルトは短剣が示そうとしている場所、自分達からみて左方向の木々の上へ目を向けた。するとその木々の奥に人影が見える。
その人影はビクッと身体を震わせると木々を揺らしながらこちらから遠ざかろうとした。
トルトの様子と木々が揺れる音に、他の3人も異変に気がつく。
「なんだアイツは!?」
「私が止めます!」
ジョンが叫ぶと、それに答えるようにトルトは手に収まった短剣をその人影の方に向かって遠投した。
木々の葉や枝が邪魔になるはずの中、短剣は一切それらに当たることなく人影の足辺りに命中。人影が大音を立てながら地面に落下した。
「でかしたぞトルト! 俺らを見ていたって事はそいつが宝箱の、恐らく立札も置いた犯人だ! いや犯人って言っていいか知らんが!」
ジョンは叫び、人影に接近する。
短剣が命中した場所は丁度、厚めの靴の部分であったようだ。人影はケガ自体はしていないようで、素早く起き上がると『降参』を意思表示するように両手を上げた。
ジョンに続いて駆け寄る3人。トラヴィスがまず口を開く。
「子供……?」
木の上にいた時は障害物や距離の問題でよく分からなかったが、地に足をつけ目前にいる今ならば相手の容姿はよくわかる。やや短めの柔らかそうな青い髪の毛にあどけない顔つき。15、6歳程の子供だろう。
「男の子? 女の子?」
続いてミレイが疑問を口にする。
その子供は中性的な顔をしていた。冒険者のような革の軽鎧を纏っており、その恰好からもやはり性別は判断しにくい。
「どうして子どもがこんな所に?」
更にトルトが口を開く。この子が何者なのか、なぜ自分たちを見ていたのか、何が目的なのか、当然疑問は溢れる。
この物騒な森に単身でいる以上、本来いるはずもないアンデッドの仲間の類かも知れない。そうでなくても自分達に危害を加える可能性がある者なのであれば当然それを見極めなければならない。
そこでジョンはそれらの疑問を解消するために、目の前の子どもを尋問しようと鞘から剣を抜き切っ先を相手に向け、口を開いた。
「1つずつ質問をする。逃げられると思うなよ?」
ジョンの言葉に相手は冷や汗を垂らしながら首を縦に何度も振る。
その様子は悪戯か何をした後の、年相応の子供の様子そのものだった。
「まず、お前は何者だ? とりあえず名乗れ」
怯える子供の様子に、決して油断することなくジョンは冷徹に尋問を開始した。
相手は言葉は発さず、手持ちの板にペンでなにやら書き始める。すぐに書き終えこちらに向けられる板には、見た事のある筆跡で文字が書いてあった。
急いで書いたためか多少崩れてはいるが、それはこの森で2回見た立札に書かれていた筆跡と同じもの。そして書いてある文字は自身の名前を示すのだろう。
『チグリス・フォールンイグアス』
子供はこちらに怯えながらもその板を高々と掲げた。




