第17話 十字路の立て札
以前向かった広陵遺跡から真逆の方角へ数日、ジョン、トルト、ミレイ、トラヴィスの4人は二股ユニコーンが住むといわれる迷いの森の入り口まで足を運ぶ。
そしてその森の入り口にて四人が最初に目にしたものは、立札だった。
『迷わずの森にようこそ!』
「……なんだこれは?」
着いて早々、ジョンが思った事をそのまま口にする。そしてその疑問にトルトもまたそのまま答えた。
「『迷わずの森』って書いてありますね」
「ああそうだな、俺たちが目指していた場所はどこだっけ?」
「『迷いの森』」
今度はミレイがそれに答えた。それに続けてトラヴィスが地図を広げながら口を開く。
「地図の通りなら、間違いなくここが目的の『迷いの森』のはずだが」
ジョンはとりあえず軽く頭を抱え、他の三人を見渡した。トラヴィスは神妙な顔をしながら地図と睨めっこしている。トルトは森の中から出てくる小鳥に物珍しげに眺めている。ミレイは全く興味が無さそうに、ただその場に立っていた。
「……場所が間違っていないなら、とりあえず入ってみるか」
自分が動かなければ他も動かない。手早くそう結論づけたジョンは、特にツッコミも入れることなく森の中に歩を進めた。
◇ ◇ ◇ ◇
森の中をしばらく真っ直ぐ北の方角へ歩くと、再び立札が目に入る。
『北 神秘の泉
東 落とし穴
西 宝箱
南 出口 』
「ああなるほど、これは迷いませんね」
看板をみてトルトが顎に手を当てながら感心するようにつぶやく。
「なんの冗談だこれは」
続いてジョンが半眼でうめいた。
明らかに人為的に立てられた看板。それがゲームか何かのように、いやゲームであってもここまでふざけた内容の立札はそうないだろう。
製作者が何者なのか、どんな意図でコレを作成したのか、立札の内容は真実なのか、当然だが考えてもわかるものではない。そこでジョンはパーティ3人に意見を求める。
「お前ら、コレどう思う?」
「そうですね、せっかくですので宝箱の方へ行ったらよいのではないでしょうか?」
「いや、目的は二股ユニコーンだろう? それならばこのまま真っ直ぐ行くべきだろう(スパーン)」
「落とし穴、気になる」
しかし三人から帰ってきたのは、立札の内容に関して全く疑わず、それぞれが興味を示すものの方へ向かう提案をしている。
ジョンは反射的に大声でツッコミを入れそうになったが、コイツらに叫んでもただ疲れるだけだ、と思い直し開きかけた口を噤んだ。
(トルトは今、賢い性格ではなさそうだな。なるほどトラヴィスは真面目馬鹿なのか。ミレイは戦闘以外はまあこんなもんだろ)
そして辺りを見渡す。
(流石『迷いの森』と言うだけの事はあるな。周りは似たような深い木々がずっと続く……こりゃ確かに立札の目印はありがたいっちゃありがたい、が、何かの罠かもしれねーしな)
そこまで考えた所で東の方角、つまりは立札には『落とし穴』と書かれている方角から物音がする。4人は反射的にそちらに目を向けた。
そこに立っていたのは、剣を携えた人骨。薄黒い瘴気を纏い、本来動くはずもないソレが歯を鳴らしながら無い瞳でこちらを見ている。
「スケルトン!? 聖なるユニコーンが支配するはずの森に、なんで邪悪な存在が居やがるんだ?」
思わずジョンは叫ぶ。そうしている間にスケルトンはこちらに剣を振りかぶって襲いかかってきた。
もっとも相手との位置の近いジョンも剣を構える。しかし、相手が剣の間合いに入る前にジョンの顔のすぐ横を通り過ぎるように鉄の塊が凄い勢いでスケルトンの顔面を打ち砕いた。
ジョンは背後に目を向けると、長槍で突きを行った後であろうトラヴィスが目に入る。
(ヘリミアといいトラヴィスといい、なんで戦闘になると俺を驚かせやがるんだコイツら!)
胸中毒づくジョンの心境など知らぬように、スケルトンを粉砕したトラヴィスは腕に力を込め斜め上を見上げている。
「何をやっているのですかトラヴィスさん」
「勝利ポーズだ」
トルトとトラヴィスの極めてどうでもいいやり取りを見送りながら、ジョンは悪寒を感じる。その感覚に従い、スケルトンが来た方角を再び見やった。
すると木々の奥から更に複数のスケルトン、その奥に明らかに実体のない煙のような人影が数体目に入る。
「まだまだ居やがるのか! しかもゴーストまで!」
そう言った所で、再び背後からまた別の悪寒を感じる。
(なんだ? 前から後ろからッ!!)
再び直感に従い後ろを振り向くジョン。この数秒のジョンのやり取りだけを見たならば振り子のように何度も頭を振り向き続けるなんとも滑稽な姿が写った事だろう。
──ジョンが目をやった先にいたのは、ミレイだった。
顔を伏せ、両手で自分を抱くようにし、小刻みに震えている。
多数のアンデッドを目のあたりにして恐怖が身体を支配したのか。暗黒剣の呪いの類なのか。はたまた違う理由で体調が悪くなったのか。
そこまで考えた所でミレイが顔を上げた。
「あはっ♥」
顔を上げたミレイの表情は、恍惚そのものだった。
ミレイはこれまで『呪いを抑えるために剣身を殴る事』を除けばを暗黒剣を鞘から抜いた事は1度だけ。
脅威的な戦闘力を誇るゴブリンキングを相手取った時だけである。その際も身体が暗黒剣に乗っ取られる事を前提で、しぶしぶ抜いたに過ぎない。
しかし今この瞬間、明らかに自分の意思で暗黒剣を抜きさった。
「可愛いモノ、いーーーっぱいっ!」
剣を抜いた瞬間、黒い瘴気がミレイの身体を纏う。
元々素早い動きを得意とするミレイだったが、明らかにいつも以上の速度でアンデッドの群れに飛び掛って行った。
「あははははっ! みんなみーーーんな吸っていいよっ!」
スケルトン達は向かってくるミレイを迎撃しようとする。
しかし圧倒的速度で暗黒剣が振るわれると、スケルトンの骨はビスケットのように簡単に破壊され、纏っていた瘴気は暗黒剣に吸われるように消えていった。
《ゲ、おい、アンデッドじゃねえかよ。コイツら美味くねえんだよ! ほとんど骨だし!》
「あははははははははっ!」
突如声を発した暗黒剣の事など気にしない様に、いや気付いていないかのようにミレイは更にアンデッドの群れに深く斬りこむ。
瞬く間にスケルトンを破壊していくと、その後方からゴーストがなにやら瘴気の塊を、弓矢のような速度でミレイに向かって撃ち放った。
「可愛いねっ! あっりがとーっ!」
その瘴気弾を暗黒剣の刀身を盾にするよう受ける。すると瘴気弾もまた暗黒剣に吸われて消えた。
《ぐええ! クソ不味ぃ! 血肉を食わせろ血肉を!》
暗黒剣が再び叫ぶがその声をミレイの耳には届かない。
ミレイは瘴気弾を撃ったゴーストのほうに目を向けるとすぐにそちらに躍りかかった。
《え? ゴーストまで喰うの? ちょ、ヤバいって! 我こんなの喰ったら絶対吐くって! 勘弁して! いやマジで! ミ、ミレイさ~ん!》
蹂躙されていくアンデッドの群れと、真逆の感情で叫び狂う少女と暗黒剣。
ジョンたち三人はそれらをただ眺める事しか出来なかった。




