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エクリチュール  作者: 綴葉
第一章
6/18

かつての彼は

ラズベリー色の髪を持つ少女、カレンは拠点のリビングでただロウソクの火を眺めていた。

カレンが所属するチームのリーダーであるレンにはただのロウソクを眺めていても意味がないと言われたが、彼女はそうしている事が好きだった。


エデンの引き上げが行われた日。

初めて見るエデンの引き上げ作業に私は少し感動した。

沢山の水の羽を持つプレゼンターが海の中からエデンを引き上げた。

いつか、私がリンの力をもっと引き出せるようになれば、皆に感謝してもらえる仕事ができる。

視線を隣に居るエクリチュールに向けると、彼女、リンはつまらなそうな顔をしていた。

かつてのリンがあまりしなかった表情だ。

あの日、川に出かけた大雨の日からリンは変わってしまった。

何事にも消極的な態度を示した。

一番前に立って私たちを引っ張る事がなくなった。

ううん、一番前に立っていたのはリン一人じゃなかった。

エデンの引き上げが無事に終わり、帰ろうとした時だった。

一瞬体が宙に浮き、気がついた時には地面に押さえつけられていた。

膝がじんじんと痛い。

幸いな事にチームの誰も怪我をしていなかった。

私の中で大きな揺れを感じた。

身体中の水がぐわんぐわん、と回っているみたいで、気持ち悪くなる。

リンが私の隣を駆け抜けて行った。

リンの視線の先には溺れている人がいた。

開放しなきゃ。

頭がそう告げるけど、ピンと伸ばした指は情けなく震えていた。

もし、万が一、私もあの時の彼のように開放できなかったら…。

不安が込み上げてくる。

『カレン、リンの事頼むよ』

ロウソクを眺めていた時に彼に言われた言葉を思い出した。

そうだ、私は彼に頼まれたんだ。

リンの事をちゃんと支えてやってくれって。

ぐわんぐわん、と回っている水に私が付いてるよ、と伝えるように口上を述べ、十字を切った。

私が知っているリンの翼より小さく、流れの穏やかな水の羽が形成された。

リンはその羽と共に海に消え、溺れている人を助けてテトラポットに戻ってくる。

立ち上がってリンの元に駆け出そうとした時、焦点が合わず、ゼェゼェと呼吸をするレンに気がついた。

手足がガクガクと震えていて、誰の目にもレンが異常なのがわかる。

レンに声をかけようとした時、ゼオさんにポンポンと肩を叩かれた。

振り返るとゼオさんは首を横に振り、カレンちゃんはあっち、とテトラポットをよじ登っているリンを指差した。

私は一度レンに視線を落としてから、黙ってリンの元へ駆け出した。

リンは溺れていた子供くどくどと説教をしていた。

泣き出しそうな子供をあやめながら、視線だけ後ろに向けるとゼオさんが軽い足取りでこちらに向かってくる。

その後ろでレンは黙って自分の右手を見ていた。


「お邪魔してもいいかな?」

ロウソクの火の向こうに金色の髪の男性が現れる。

「どうぞ、ゼオさん何か飲みますか?」

「カレンちゃんが俺様のために飲み物を用意してくれるのは嬉しいが、今回は遠慮しておくよ」

「そう、ですか」

私は立ち上がろうとした腰を椅子に沈める。

ゼオさんは私の前の椅子に座ってたわいのない話をしばらくした。

この前の仕事で成果を上げたとか、私はいつでも可愛いね、とか。

ゼオさんはいつも通りの口調で、何でもない事を思い出したように切り出した。

「ウルフくんとリンちゃんに何があったか教えてくれる?」

予想もしていなかった質問に目をぱしぱしとさせる。

ゼオさんは女の子の事に関しては熱心だけど、レンのこと、というよりエクリチュールの事には無頓着のように思っていたから。

「いくら俺様でもあれは異常だって思うし、あぁなるとリンちゃんもカレンちゃんもしんどそうだからね。

俺様、女の子には笑っててほしいからさ。

だが、困った事にウルフくんに聞いても答えてくれそうにないしさ。

カレンちゃんくらいしか心当たりなくて」

嫌な役目お願いしてるね。とゼオさんが苦笑する。

ゼオさんは私たちより1つ上で、チームを結成してから知り合った。

あの大雨の日の事は知らない。

女の子のため、と言いながらレンに向き合おうとしてくれている。

もし、レンが昔みたいに誇らしくプレゼンターの力を開放するようになれば、リンも変わってくれるかもしれない。

「川に魚を取りに行ったんです」

ロウソクの火がゆらゆらと揺れる中、私はあの大雨の日のことを語り始めた。


1年ほど前。

私たちは義務教育過程、いわゆる学校の最年長生だった。

学校を卒業すると、どこかのチームに所属し、生活をしていかなくてはいけない。

チームに所属し、生活をするという事がどういうことなのかを知るために1日山でキャンプをすることになった。

私はレンに誘われて同じ班に入れてもらった。

同級生の中でもレンと、彼のエクリチュールであるリンは目立っていた。

大きな水の翼を軽々と出現させるレンと、水を魔法使いみたいに自由自在に操るリン。

私は秘かに2人に憧れていた。

『食糧って自分達で集めるんだろ?川に行って魚取ろうぜ』

レンの提案に私は頷いた。

その時リンは綺麗なエメラルドの目をした男の子と話していた。

『リン!!魚取りに行くって言ってるだろっ!!』

レンが少し強めの口調で言うと、リンはため息をついた。

『聞こえてる。でも私たちが行ったら川の魚なくなっちゃうわよ』

『なくなったっていいだろ』

ほら行くぞ!!とレンが踵をひるがえし、ズカズカと歩いていく。

年下の男の子に接するようにリンははぃはい。と返事をしてレンに続く。

置いていかれた私は同じ班の男の子2人と先生に川に行くことを告げてから憧れのエクリチュールの背中を追った。

先生が山の天気は変わりやすいから、って言ってた。

珍しく頭上にエデンが浮遊していないお陰で顔を出したポカポカ太陽が変貌するなんて思えなかった。

しばらく歩いているとポツリと雨が降ってきた。

雨が降るとレンとリンは嬉しそうだった。

『なぁ、引き返さないか?』

綺麗な声の男の子が先頭を進むレンに提案した。

『こんな小雨くらいで?』

『山の天気は変わりやすいって先生言ってたし』

『俺もタケルの意見に賛成』

綺麗な目の男の子が声の綺麗な男の子、タケルの意見に賛同する。

レンはムッと眉をひそめ、やれやれ、と首を横に降った。

『これだからフリーとそこそこのエクリチュールはダメなんだよな。

リンは水の力を持ったプレゼンターで、俺はリンのエクリチュール。

学年で一番のエクリチュールが雨くらいで帰れるかよ』

ほら、行くぞ!!とレンが先を急ぐ。

あぁなると手がつけられないな。と男の子たちは話しながらしぶしぶとレンについていった。

川についた時雨は少しだけ強くなっていた。

『ほら、リン早く』

『さっさと終わらせるわよ』

リンが靴を脱いで川の浅瀬でレンが力を開放してくれるのを待っていた。

『そんな浅瀬じゃ魚とれねぇよ。

もっと奥まで行ってでっかいの取るぞ!!

どーせ他の班は食糧なんて手に入れてないからな。

俺たちの食糧分けるしかないだろ』

レンに促されてリンは川の奥へと進んで行った。

リンの腰から上が見えるくらいの深さまで移動すると、よし!!とレンが指を立てた。

私はこの瞬間をワクワクしながら見ていた。

目の前で憧れの人が力を開放する。

『汝、水の恩恵を受けし者』

その先の口上はバケツをひっくり返したように強く振りだした雨音にかき消された。

どこかで雨宿りをしないといけない。

偶然目に入った大きな木を知らせようとレンの腕を引っ張った。

レンはニッと笑って私の手を引いて大きな木の下に走りだそうとした。

『助けてっ!!』

大雨の中届いた声。

何度彼女は叫んでいたのだろう。

振り返ると川の水かさは高くなっていって、リンの顔が辛うじて見えているだけだった。

レンはため息をついて、ちょっと面倒くさそうに口と指を動かした。

リンは泳ぐの得意だし、水の力を持っている。

魔法のように水を操って戻ってくると信じて疑わなかった。

でもリンは魔法を使わなかった。

何度もリンの顔が水の中に沈んでは浮かんでくる。

どんどん横へ流されていく。

レンは何度も口上を述べて、十字をきっていた。

でも、変化はなかった。

どうしよう、とパニックになっていた時、タケルが川に飛び込んだ。

『これ引っ張るからな!!』

目の綺麗な男の子が木の幹にくぐりつけたロープを私に握るように言う。

ロープは川へと続いていた。

『レン!!お前もっ!!』

『うるさい!!フリーのお前に何がわかるんだ!!

俺はなっ!!』

『ほっといたらリンが死ぬ!!

それしかわからねぇよ!!』

ロープは早くなる川の流れに引きずられていく。

ぐわん、とロープが動き、私は転んだ。

レンは何度も力を開放しようとしてた。

目の綺麗な男の子だけがロープを握っていた。

私は泣き出してしまって、探しにきてくれた先生たちがリンとタケルを川から引き上げてくれた。


「今のウルフくんからは想像できないね」

私が話し終わるとゼオさんが苦笑した。

「あの日から本当に変わっちゃったの。

安全第一、大きな進歩より、小さな一歩って。

そういう変化はいいんだけど、レンはクリエーターとしてプレゼンターの力を開放するのを怖がってる」

あの日までは軽々とプレゼンターの力を開放していた。

あの日以来レンは目を瞑ってしかプレゼンターの力を開放しない。

できないんじゃない。

目を瞑ることであの日みたいな光景を見ないようにしているのだろう。

「私、ちゃんとレンにゼオさんの羽見てほしい。

クリエーターにとって、自分のエクリチュールの翼が輝く事は誇りだから」

私はかつてのレンのような翼をリンにあげれない。

レンが開放するリンの翼に憧れていた。

私が開放するリンの翼を誇らしく思っている。

レンがあげた翼より小さいし、水の変化も少ないけれど、それが私が今知っているリン自身のように感じる。

レンにも思い出してほしい。

クリエーターがプレゼンターにしてあげれるたった1つの事。

そして、たった1つの宝物を。


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