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エクリチュール  作者: 綴葉
第一章
5/18

ダート港

深夜2時を少し回った頃。

俺たち4人はダート港に到着した。

ダート港の海岸付近には俺たちと同じような身なりをした連中で溢れ返っていた。

少し身なりのましな連中はボートに乗って沖に出ていく。

誰もが今か、今かと自分達が活躍できる場を求めていた。

海岸で待機していてもボートで沖に出た連中の活躍を見せつけられるだけだ。

くぃ、っと顎で合図をして海岸から離れる。

少しでも全体を見渡せる場所に行きたい。

ダート港の海岸から横へと広がるテトラポットの上を歩いていく。

砂浜より足場は悪いが、人込みの中から見る風景とは全く違った。

沖に出ているボートの光が数えきれないほどある。

「あいつらあんな沖まで行って何をしたいんだかね?」

ゼオが眠そうに欠伸をしながら言う。

「今滞在しているエデンと同じくらいの大きさならあのくらい沖じゃないと沈んでないわよ」

リンがはぁ、とため息をつく。

偶然リンと視線がぶつかると、彼女はふいっと顔を背ける。

リビングでの会話をカレンから聞き出して機嫌が悪いんだろう。

「ねぇレン。あの子何してるんだろう?」

カレンがくいくいと俺の袖を引っ張り、海に最も近い場所に居る小さな人物を指差す。

「一人だし見物だろ」

「でも、あの場所危なくない?」

「まぁ大丈夫じゃねぇの?

エデン引き上げて大波が来たとしてもあんなに遠いんじゃな」

ほら、始まった。とゼオが右上に浮遊しているエデンを指差す。

エデンからいくつもの小さな影が飛び降りる。

暗闇には1つ、また1つと輝きが生まれる。

青い水の羽。

遠目でも昔よく見たその羽だけは分かる。

ぱしゃん、ぱしゃん、と何人かがボートから海に飛び込んだ。

海から水の柱がいくつも立ち上がる。

水の柱の上にエデンから飛び降りたプレゼンターたちが立つ。

水の柱で囲われた海水が徐々に水の柱に引き寄せられていく。

水の柱は体積を増やしていき、全体を丸く囲うような壁へと変わる。

水の壁の上に立っていたプレゼンターたちは水がなくなった壁の内部に飛び込んだ。

高くそびえ立つ水の壁が視界を遮り、何も見えない。

「こりゃ俺様何もできねぇな」

ゼオがやれやれ、と首を振る。

「エデンを浮遊させてるエネルギーが電気ならゼオの力を活用できるけどな」

なんとなく動きを確認できるような距離までゼオの力を放つことはできない。

ボートを借りれなかった時点でできることなどなかったのだ。

ズズズズ…と何かを引きずるような音がする。

水の壁の内側から音の主が姿を表す。

ゴツゴツとした岩肌、いびつな形をした大地が浮かび上がる。

エデンと呼ぶには不格好な大きな岩の塊のようだ。

ゆっくりと浮遊していき、大地の全貌が露になる。

引き上げ元のエデンに比べ2回りほど小さいように思える。

ボートが水の壁から離れていく。

水の壁はボートの動きを確認したようにゆっくりと沈んでいく。

「無事エデンの引き上げも終わったし、帰りましょう」

ふぁぁ、とリンが欠伸をし、つまらなそうに海に背を向けた。

また明日から安い賃金で働く生活か、と心の中で呟いた時だった。

ガクンッ、と大地が縦に揺れ、テトラポットに倒れこむ。

咄嗟に右腕で頭を庇ったが、じんじんとした痛みが全身に広がる。

「大丈夫か?」

上半身を持ち上げ、仲間の安否を確認する。

「なんとか…」

いてて、とカレンが擦りむいた膝を擦っていた。

リンは黙って立ち上がり、服の汚れを落とすと、俺たちを見た。

「嘘でしょっ!!」

大袈裟にため息をつかれるかと思っていたが、リンは俺の隣を走り抜けていった。

足場の悪いテトラポットの上でらしくない事するなぁ、とリンが向かった方向に視線を向ける。

テトラポットが並んでいるだけの代わり映えのしない風景。

「カレン開放してっ!!」

リンが靴を片足ずつ脱いでいく。

リンの視線の先にあるのは静けさを取り戻した海だ。

テトラポットから3メートルほど離れた海面がぱしゃぱしゃと動く。

誰かの頭が見え隠れする。

「汝、水の恩恵を受けし者」

カレンの声は震えていない。

記憶の奥底に沈めた情けない幻聴が聞こえてくる。

「その力、開放せよっ!!」

リンの背中に緩やかな水の流れが描かれる。

水の流れは蝶の羽を形取る。

羽を畳めば自身の腕くらいは掴めそうな比較的小さな羽。

カレンが引き出したリンの羽。

バシャンッと音を立ててリンの姿が海へと消える。

見え隠れしている頭の回りに水の輪ができる。

形成された水の輪は一度海面に沈み、溺れていた人の腕を引っ掻けて浮上する。

水の浮き輪にへばりつき、ぐったりとしている人の目の前にリンが頭を出す。

何かを話した後にリンは水の浮き輪を掴み、片手と足を器用に使って泳ぐ。


バクバクと心臓の音が大きくなる。

リンは昔から泳ぎが上手かった。

だから、リンが溺れるなんて事態起こるはずがなかった。

『助けてっ!!』

速い川の流れにのまれた少女が声をあげる。

幸いな事に少女は水の力を持つプレゼンターで、同行した仲間の中で一番実力のあるエクリチュールだった。

少女のエクリチュールはあいつも溺れるんだ、と他人事のように思いながら馴れた手つきで口上を述べ、指で十字を描く。

何故そうするのかは知らないが、この動きをすれば一番凄いエクリチュールになれるのだ。

短い口上も、適当な十字も描き終わった。

後は少女が水を操って帰ってくるのあくびをしながら待てばいい。

少女の頭が川の中に消えた。

『っ、たす…』

少女の顔が少し見えたが、川が少女を飲み込む。

エクリチュールは何度も口上を述べ、十字を描いた。

いつもは簡単に現れる自身を包み込む激流のような水の羽は現れなかった。


「ウルフくん、そろそろ立ち上がれよ」

ほれ、とゼオが手を差し出す。

その時初めて自分の状況を認識できた。

肩を上下に動かしてゼェゼェと呼吸をしている。

妙な汗が額を伝い、手足がガクガクと震えている。

ゼオの後ろの風景には薄暗く、静かな海が広がっている。

海にほど近いテトラポットの上でずぶ濡れになっている2人の人影と、目立つラズベリー色の髪の少女。

黙ってゼオの手を借り、立ち上がるが、ぐらりと視界が揺れた。

足に力をいれ、体が傾くのを防ぐ。

ゆっくりと呼吸する事を意識すると自然と手足の震えが収まった。

ゼオは黙って俺の手を離し、カレンちゃーん♪と上機嫌でラズベリー色の髪の少女の名を呼び、軽い足取りで彼女に近づく。

俺は黙って自分の右手を見た。

震えは止まっている。

大丈夫だ、と自分に言い聞かせ、鉛のように重い足を前へと動かした。

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