灯火の中で
ガァーッ…と不規則に鳴り響くゼオのいびきに目が覚めた。
力を使った後はプレゼンターもそれなりに疲労するらしく、いつもいびきをかいて寝ている。
そういうダサい所を女の子に見せたくないから、という理由で男のクリエーターを探していたらしい。
2段ベッドの上で気持ち良さそうに眠っているゼオを一度睨み付けてから騒音から離れるべく自室を出る。
時間を潰しにうろつける場所もなく、リビングに足が向かう。
右手で頭をかきながら、ふぁぁっと大きな欠伸をしてリビングの扉を開けると、テーブルの上に小さなロウソクを立てて、ぼんやりとその火を眺めている人物がいた。
頭をぽりぽりとかき、何気ない振りをして彼女の前の椅子に座る。
「カレンも眠れなかったのか?」
ぼんやりと火を眺めていたカレンは小さく肩を竦めて、照れるように笑った。
「なんだか落ち着かなくて。
ロウソクの火ってアロマ効果があるって聞いたから試してたんだけど…」
「たぶんそれただのロウソクじゃ意味ないと思う」
「そうなの!?」
カレンはどうりで…と呟いた後、ちらっと俺の様子を伺うように俺に視線を向けた。
よし、と小さく呟き、カレンの口が動いた。
「まだ、リンの事気にしてる、よね?」
しんとした夜の静けさに聞こえなかった、なんて冗談が言えるはずもない。
言葉に詰まり、ゆっくりと蝋を垂らしているロウソクだけが時は進んでいると自覚させてくれる。
「私、レンが本当は凄いクリエーターだって知ってるよ。
ずっと見てたから」
「確かに昔はそこそこ良いクリエーターだったかもな」
昔は同年代のどのエクリチュールよりも優っていると思っていた。
プレゼンターと向き合い、プレゼンターが己の翼を誇っている様を見るのが気に入っていた。
この翼は俺が引き出しているんだ、という優越感に浸っていたのかもしれない。
自己満足の道具としてエクリチュールを使っていたのだろう。
無駄にエクリチュールの力を見せつけていた。
誰かが揉めていたら、無用意に首を突っ込んでいた。
揉め事を解決したい訳じゃない。
俺の力を見せびらかしたかった。
ある日幼馴染みに言われた事がある。
もっとプレゼンターについて学んだ方がいい、と。
幼馴染みは一度もエクリチュールの契約を結んだ事のないクリエーターだった。
天狗になっていた俺は素人同然の幼馴染みの忠告を聞かなかった。
次第にプレゼンターと向き合う時間が減っていった。
離れていても、どんな事があっても、俺の力で解決できると過信していた。
「リンがレンにきつく当たるのは、その、レンに…」
「わかってる」
誰かに言われたら明確に進まないといけない気がした。
明確な進歩なんてすぐ出来るはずがない。
言い訳を並べる俺に優しいカレンも呆れただろう。
心の中で小さくため息をついた。
いつからこんなに臆病になったのだろう。
ロウソクの長さが1cm程しか残っていない。
「カレン、リンの事頼むよ」
カレンが断れない事を知りながら、自分の罪悪感をカレンに擦り付けた。
カレンはキュッと唇を噛み締めてから、何時ものように明るく笑う。
「大丈夫だよ。リンは私のエクリチュールだから」
カレンがそう言ってくれるのなら、俺は無理して進まなくていい。
幸いな事にゼオはとりあえずエクリチュールの契約さえ結べていればいい、というタイプだ。
自分の力を見せびらかしたり、優越感に浸る事を望まない。
進みたくないのなら、進まなくていい。
「あ、ロウソク消えそうだね。
私、新しいの取ってくるね」
部屋にあったはずだから、とカレンはいそいそとリビングから出ていく。
ロウソクの火は溶けた蝋にすがりながら僅かに灯っていた。