偽善
半ば逃げ出すように仕事にでかけた。
仕事の開始は午前9時から。
まだ7時前くらいだから、出掛けるには早すぎる。
不振に思われちゃったかな……。
はぁ、とついたため息が白くなって消えていく。
見上げた先にはいくつもの浮遊するエデン。
綺麗な空を見たのはいつが最後だろう。
体を震わせながら、とぼとぼと歩く。
ゼオさんとレンの間に漂う変な空気。
私が、ゼオさんにお願いしたから、だよね…。
もう一度ため息をついた時、
私以外の音が聞こえた。
沢山の小さく、か弱い足音と、じゃらじゃらと何かを引きずる音。
数メートル先に音源を見つけ、足が縫い付けられたように動かなくなった。
真っ黒に日焼けした肌、ボロ雑巾のような服を着た集団が足枷を繋がれている。
大人四人でやっと運べそうな荷物を一人で抱え、海岸へと進んでいく。
弱々しい真っ赤な列が続いている。
僅かに差し込む日差しが彼らの首もとを照らし出す。
黒く、冷たい、鉄の臭いを放つそれは、彼らが何者なのかを示していた。
不意に一人が転び、真っ赤な列が崩れる。
咄嗟に足が地を蹴った。
彼らがほんのわずかでも失敗した場合、処分が下される。
その光景は決して珍しいものではなかった。
空中を旋回する小さな黄色い箱。
ひゅんひゅんと音を立て、荷物の下敷きになっている人に迫る。
箱が発光し、赤い髪の集団に恐怖の色が映った。
間に合ってっ!!
右手を伸ばし、集団のすぐ側を飛んでいる黄色い箱を掴んだ。
「ーっ!!!!」
直後、右手からバチバチと電気が放たれる。
悲鳴を上げることすらできない、
体の感覚がなくなっていく…
ガクンっ、と力が入らなくなった足を折り曲げ、地面に座り込む。
感覚すらなくなった右手の中で放電しきった箱が暴れている。
手を開けようと思っても、できないんだけどね…。
ゆらり、と動く影に視線を上げた。
さっき荷物の下敷きになっていた人だ。
黒く日焼けした肌と対照的な真っ赤な髪。
私よりもずっと高い背格好なのに、私よりもずっと細い手足。
オレンジ色の相貌が物言いたげに私を見下ろしていた。
『何をしているっ!!』
動かない右手の中で声がした。
箱はガンっと指にぶつかり、手の中から飛び出していく。
同時に赤い髪の集団が静まり返った。
『003番、お前は失敗した』
003番…、きっと私を睨んでいる男の人だ。
周りは素知らぬ振りをして、荷物を抱え直す。
再稼働するのを静かに待っている工場のレーンみたいだ。
「罰は受けます。もう一度チャンスをっ!!」
箱に向かって男性が訴えかける。
折れてしまいそうな細い体で荷物を抱え直す。
『そうだな。チャンスをやろう』
箱から聞こえる優しい声。
それはまるで赤子をあやすように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
『自由にしてやる』
カシャン、と音を立て、足枷と首輪が外れる。
「待ってくれ!!俺はまだやれるっ!!」
男は荷物を放り投げ、エデンへと飛び帰ろうとする箱を追う。
彼が捨てた荷物は別の首輪つきが拾い、レーンが再稼働する。
不意に追いすがっていた男性が転び、動かなくなった。
「あ、あの大丈夫ですか?」
地面に足を擦りながら倒れたままの男性に近づく。
ぼそぼそと何かを呟いているけど、うまく聞き取れない。
男性の肩に手を伸ばそうとした瞬間だった。
「お前のせいだっ!!」
嗚咽混じりに、はっきりと聞こえた言葉。
「お前が余計な事をするからだっ!!」
不意に男性が上半身を起こし、赤く腫らした目で私を睨む。
「ちがっ「お前も赤毛だろっ!!」
ちがう、私は、ただ……っ、
ゆらりと男性は立ち上がる。
おぼつかない足取りで私の隣を通りすぎていく。
「偽善者」
たった一言呟いて。