今の彼は
小鳥の囀ずりすら聞こえない静かな朝。
ベッドからそろり、と起き上がる。
足先が冷たい空気に触れ、もう一度眠ってしまおうか、とも思ってしまう。
欲望を打ち消すように、頭を振り、同室の少女を起こさないようゆっくりと古びた扉を開く。
真っ暗な廊下を、壁に手をつきながら歩く。
しばらくすると、壁が終わりをむかえ、目の前の扉を開く。
ぽかぽかとした陽気に包まれて
レジカウンターでは赤毛の少年がうつ伏せになって眠っている。
前に部屋で寝た方がいい、と促したが、
いつお客がくるかわからないから
と言って断られた。
彼のすぐそばに薄いシーツが落ちており、そっとそれをかけおした。
ふと目に入ったのは、
赤毛の少年の首に巻かれた上質な革の首輪だった。
誰かに飼われ、人権など奪われた者の証。
多くの首輪つきは読み書きができず、過酷な労働環境で働かされている。
そっと自分の肩に触れている髪に触る。
眠っている少年の髪は赤、というよりオレンジに近い夕焼のような色。
それに比べ、私の髪は真っ赤なラズベリー色。
「私の方が赤いのに……」
ぽつりと呟いた言葉は静かな朝に溶けていく。
あの日、レンに声をかけてもらっていなければ私はここに居ない。
冷たい首輪を巻かれ、体に鞭を打ちながら働いていたのだろう。
すやすやと気持ち良さそうに眠っている少年の首輪に触れようとした時だった。
カランカラン……と控えめに音が鳴った。
咄嗟に手を後ろに隠すと、うーん…と唸りながら少年が目をこすり、起き上がる。
「いらっしゃいませーってなんだレンかぁ」
少年は来客を確認するや、またうつ伏せになって眠りにつく。
一回りも下のような彼の行動にくすり、と笑い、扉に視線を向ける。
1週間も離れていない。
これまでだって3日くらい顔を会わせられないこともあった。
ボロボロの作業着も、ダークブルーの髪も何も変わっていない。
そのはずなのに
「ただいま、カレン」
彼の雰囲気が少しだけ違うように感じた。
「お帰りなさい。レン、ゼオさん」
「いやー今回の依頼で俺様大活躍したからさ、
是非とも武勇伝を聞いてもらわねぇと」
「ゼオそれは夕食の時でいいだろ」
おどけた調子で私に近づこうとするゼオさんの首根っこをレンが掴まえる。
前と変わらないはずのやり取りに混じるちょっとした違和感。
なんだろう、と首をかしげた時、ムクッと眠っていた少年が起き上がる。
「じょー機嫌ってことは、りゅーせーの依頼せいこーしたのか?」
「まっ、俺様にかかれば楽勝だったな」
ふん、と鼻を鳴らし、ゼオさんがキールにポイントの清算を促す。
「あの、」
「なに?」
黙ってゼオさんとキールのやり取りを見ていたレンに近づき、口を開いたけど、なんとなく紡いでしまった。
レンとゼオの間に漂うわずかな違和感。
何かあったの?なんて、聞けなかった。
「ありがとな」
私が言葉を詰まらせていると、レンが明後日の方向を見ながら、人差し指で頬をかいていた。
「え……?」
「一応、目を開けてゼオの翼を開放できるようにはなったから」
「あ、うん。よかった」
ちょっとした罪悪感を隠して、明るく笑った。
私が憧れていた、なんでもできちゃうクリエーターに戻ってくてるのは嬉しい。
でも、そのせいでゼオさんとの関係が悪くなっちゃったの……?
「かーれん」
ほんの少しだけ俯いていると、ポイントの清算をしていたキールが私をじっと見つめていた。
「なに?」
「今日はおいしーもの食べれるな!!
ポイントいっぱーい!!」
キールは無邪気な子供のように手を広げた。
私が落ち込んでたの気づいてたのかな、
「そうだね。すっごく楽しみ。
私もお仕事頑張ってくるね」