及第点
エデンへの電力供給の任務が完了し、若いエクリチュールをアンダー 地上へと返した。
1日目は予期せぬ四翼のエクリチュールの襲来を独力で対処し、見込みありか、とも思えたが……。
2日目からはちぐはぐだった。
エデンへ電力を流す、という最低限の任務は完璧にこなせていた。
クリエーターは変に力みすぎ、プレゼンターは表面上の関係を保とうとしている。
今回のケースで言えば、プレゼンターの歩みよりが足りないように感じられたが、今踏み込むと破綻していただろう。
その辺りはレンくんはゼオくんの事をよくわかっている。
「どうあの二人は」
サクサクと足音を立てて近づいてくる女性。
フェイスラインを囲うように短く切り揃えられた艶やかな黒髪。
膝上までのピッタリとした黒のワンピースが彼女の豊満なボディラインを強調する。
「そうだね、及第点ってところかな」
彼らが浮上させたエデンの地面に座り込んだまま、手元の資料を眺めていると、背中に温もりを感じた。
「ゲイルはいつも無反応よね」
彼女が僕の耳元で妖艶に囁く。
普通の男ならすっかり彼女の思い通りなのだろうが…。
「僕はナナのエクリチュールだからね」
首を右へ回すと、不満に細められた綺麗なサファイア色の瞳が写る。
幾多の男を手駒にしている彼女がこんな表情をするなど誰が思うだろう。
彼女の様子がおかしくて、少し笑うと、今度は頬を膨らませた。
「私ばっかり必死じゃない」
「僕は誘惑されるよりも、ドキドキさせてあげたいから。
まあ、それはプライベートでの話。
今は依頼の成果を報告させてもらうよ。
ナナリー・ジ・ヴォッカ」
すっと背中から温もりが消えていく。
地面に手をつき、立ち上がると、彼女は胸の下で腕を組み、仁王立ちをして待っていた。
「レン・スノードとゼオ・ヴォルガの評価は
素質 A
将来性 B
相性 B
総合評価 Bで、今後の関係性次第だね」
「私が試験で下した評価と大差ないわね」
ナナリーが小さく肩を落とす。
わざわざエデンを浮遊させる、という小規模な依頼で僕を呼んだ理由。
彼らが今後も流星のパートナーとして依頼できるレベルにあるかを見極める。
ナナリーから提出された事前資料の通り、二人とも素質はある。
レンくんの場合、プレゼンターの能力把握が的確だ。
プレゼンターによって些細な違いはあるが、能力の属性が同じならば、本質は非常によく似ている。
現に他のエクリチュールから力を奪ってみせた。
ゼオくんの場合、適応力だろう。
雷の能力は形を保つことも、自在に操ることも難しい。
より速く、より鮮明にするほど自身の力が暴れてしまう。
9割近くの力を一定量流しながら、残された1割の力で足を綺麗に撃ち抜くなど簡単にできることではない。
「今のところ有望はブラダイのあの二人、かしら」
「エクリチュールという観点だけなら彼らが一番だろうね。
流星の四天王も太刀打ちできないと思う」
プライドの高いナナリーが一瞬だけ眉をひそめ、ため息をついた。
胸の下の手を組み替え、ゆっくりと息を吐く。
「確かにあの二人は最高位のエクリチュールに最も近いでしょうね。
またいい子探してくるわ」
靴を翻し、肩先の髪を揺らしながら立ち去る彼女。
その背中に向けて
「今回は早く帰るよ」
「いつもそう言って帰って来ないくせに」
風に乗って運ばれてきた声色は暖かく、優しいものだった。