可能性
流星に依頼された作業の1日目が終了した。
突然の襲撃を受けたが、エデンに電力を供給するという任務は遂行できた。
上出来だろう。
電力の供給作業は明け方まで続いた。
星空が消え行く頃、負傷した四翼のエクリチュールを介護する部隊が到着し、ゲイルさんが同行することになった。
ゲイルさんには日中はテントの中で仮眠を取るよう促され、寝袋に入ったことまでは覚えている。
遮光性のテントだろうか。
瞼を開けても暗闇が広がっている。
すぅすぅ……と小さな吐息が左から聞こえる。
疲労しているゼオを起こさないようにテントを抜け出した。
目映い光に手で影をつくる。
ぱしぱしと瞬きした後、手を額に当てながら空を仰ぐ。
様々な形をした雲海と輝く点が1つ。
ワイヤーで繋がれているエデン-メカニクル-からガタンゴトン、と大きな歯車が回る音が漏れ聞こえる。
少し散策してみようと宛もなく歩き出す。
無限に広がる大地には貝殻の欠片が散らばっている。
乾いた潮の香りが少し気になるが、それなりにいい場所だろう。
ようやく見えた人工物に手を置く。
地面に突き立てられた棒の先に鉄球がついているもの。
昨日、ゼオが電気を送り続けた発明品だ。
「……聞くべき、なのか………?」
「何を聞くべきなのかな」
不意に聞こえた声に振り返ると、金色の髪が太陽の日差しを受け、ゆらゆらと揺れていた。
「えっと、そろそろ起きるかって」
咄嗟にでた偽りの言葉。
疲れて寝ているとばかり思っていたゼオがそうだな。と適当に会話を合わせる。
昨日は大変だった、とか、今日は何をするんだろうな、とか。
表面上の関係を円滑にする会話。
踏み込めば壊れてしまう。
踏み込まなければ失ってしまう。
「昨日の話だけどさ、ゼオの翼の方がいいってのは本当」
ぞわぞわっとした感覚が身体を伝う。
嫌悪ではない、照れ臭さを隠す時のゼオの癖。
「豪快そうに見えて繊細で、力強い」
だからこそ、触れていいかわからない。
昔の俺ならこんなことすら考えなかっただろう。
プレゼンターの翼を早く、綺麗に出現させる自分に酔っていたから。
意識的に空気を体内に入れる。
「ゼオは、エデンに来たことがあるよな」
薄い青色の箱、キャリーボックスに乗せられてエデンに浮上した時のゼオの言葉。
『どうせならエクリチュールが必要ねぇくらい発達すりゃあいいのに』
あの言葉がどこかに引っ掛かっていた。
「まぁ、ちょいとな」
ポリポリと頭をかき、ゼオが空を見上げる。
バチッと雷に心臓を叩かれたような感覚がする。
それ以上踏み込むな、と警告されている。
「エクリチュールが必要ないくらい発達してほしい、ってのは?」
「んー実際その方が楽じゃね?
プレゼンターも無駄に疲労しねぇし、クリエーターも他のことに専念できるだろ?」
本音を隠すために用意した回答をゼオはすらすらと述べた。
「疲労してほしくないんだな」
遠回しに聞くとゼオは肩をすくめ、苦笑する。
「ウルフくん。その質問は正解だ。
今はこれ以上答える気がない」
最後の警告がゼオ本人の口から発せられ、俺はその場に立ち尽くすしかなかった。
深い湖の中からようやく地上へ上がろうとしたが、雷神がそれを許さない。
鉄球の上に置いたままの手に力が入る。
「二人ともテントに居ないから探し回ったよ」
淀んだ空気を変えたのは平凡な男性の一言だった。
「あいつらの引き渡し終わったんですか、ゲイルさん」
ゼオがテントがある方向から歩いてくるゲイルさんに言葉を投げ掛ける。
「まぁね。君たちの事が気になって」
ゲイルさんがしゃがみ、乾いた地面の砂を握った。
「これは何に見える?」
すくっと立ち上がり、広げた手のひらには先ほど掴んだ砂があるだけ。
水分がほとんどないのか微かな風でさらさらと流される。
「ただの砂だと思います」
率直に考えを答えると、ゲイルさんが片手を砂に被せる。
パチパチと小さく何かが弾ける音。
自然と俺もゼオもゲイルさんの手の中へ意識を向けていた。
ゆっくりとゲイルさんが手を開くと、乾いた土の上で小さな火花が生まれていた。
「何したんっすか……」
ゼオがツンツンと火花を放つ土を指先でつつく。
「考古学者としての検証作業だよ。
昔、この世界にはプレゼンターのように羽を持った種族が生きていたとされているんだ。
学者たちの間では妖精と呼ばれていて、彼らの羽が震える度、鱗粉を落とすと考えられている。
その鱗粉に正しい反応を与えると、新たな輝きが生まれる。
間違った反応を与えるとこうなっちゃうけどね」
ゲイルさんはポケットから小瓶を取りだし、中に入っている透明な液体を1滴垂らした。
彼の手のひらで火花を放っていた鱗粉は、輝きを失い、さらさらと手の隙間からこぼれ落ちていく。
「僕は君たちに期待しているよ」
ゲイルさんが優しく微笑む。
何に?なんて野暮な質問はしない。
正しい反応を与えれば、新たな輝きが生まれる。
俺とゼオがエクリチュールとして、どういう道を歩むかは、クリエーターである俺に委ねられている。
グッと全身が強張り、そんな俺の様子を見てゲイルさんは肩をすくめた。