女王蜂
目を開けてゼオの力を開放できるようになり数日が経った。
力の制御の訓練中に気づいたことがある。
ゼオは雷の力の放出量を制御することは得意だが、力を緻密に扱うことができない。
俺はゼオの雷の力を糸のようにとらえているが、ゼオ本人は膨大なエネルギーと感じているらしい。
ゼオ本人の集中力は高く、訓練中にカレンが俺に差し入れを持ってきたことに気づかない日もあった。
ゼオが一度に放出できる雷の量は5万本程度。
フラスコ内には3万本残る計算だ。
ゼオの体力を考慮しなければ、8万本の力を使える。
威力を正確に計っておきたかったが、あいにくそんな機械はない。
じゃりじゃりと音を立てながら、砂利道を歩く。
コンコン、という足音に変わり、俺は思考を止めた。
俺たちの住むエリアから北に5kmほど進んだ場所。
三角の屋根の家が転々と立ち並ぶ。
縦に長いもの、横に広いもの、形状は定まっていなが、どの家にも小さな庭がある。
道は灰色の固い土で固められており、どこからか甘い香りがする。
道行く人は汚れもほつれもない服を着て、にこにこ笑いながらゆっくりと歩いている。
手には棒に白いふわふわとした雲をつけ、それをぱくぱくと食べていた。
おそらく甘い香りの現況はあの雲だろう。
「やっぱCランクの居住地となると、余裕のありそうな顔ぶれの奴が増えるな」
ゼオが雲を食べている女性2人組に笑顔で手を振ると、女性たちも笑顔で振り返した。
女性たちはナンパされちゃった‼とキャッキャ騒ぎながら軽い足取りですれ違う。
D,Eランクの居住区で手を振っても、よくて無視。
普通なら舌打ち、最悪の場合、ケンカになる。
その日暮らしの俺たちD,Eランクのやつらは余暇を楽しむ気持ちの余裕がない。
「学校ってこの辺りだったよな?」
「おいおい、ウルフくん。
最近卒業したばっかりだろ?」
しっかりしてくれよ。とゼオが茶化す。
住宅街の途切れに横に広い青い屋根の建物が見えてきた。
建物の前には開けたグラウンドがあり、何人か人が集まっている。
「おー他の連中は早いな」
「選考は先着順だからな。さっさと合格してやろうって事だろ」
合格枠が埋まってしまえば、その時点で公募は終了する。
焦って先行順を早めることより、他の受験者への採点基準を観察し、より合格の可能性を上げること。
それが俺たち格下ランクのエクリチュールの合格率を最も高める。
グラウンドには特に目立った物は設置されていない。
試験内容は最善で個々のレベルを計るもの、最悪はバトルロイアル形式、というところだろう。
バトルロイアルになった場合、隠れる場所もなく、雷の力を持つエクリチュールばかりの中でどうやって生き残るか……。
思考を巡らせていると、品の良さそうな香りが漂ってきた。
随分前に教師が持ってきた赤い花の香りに似ている。
透明な花瓶に1輪だけいけてあったが、茎の部分に刺があって水を変えようとした生徒が指を切っていた。
ざわざわとした空気を静め、カツ、カツ、と一人の足音が響く。
校舎から誰かが向かってきている。
艶やかな黒髪はフェイスラインを囲うように整えられており、膝上までしかない黒のノースリーブワンピースからは透き通った白い足が見える。
顔に熱が集まるのを感じ、咄嗟に視線を上にやるが、綺麗な曲線を描くボディラインにまた視線をさ迷わせる。
「あんたたちが応募者?」
ツンとした物言い。
黒いサングラスの下に隠されている瞳がわからないため、表情が読みにくい。
「返事なし、と。礼儀知らずばっかりね。
いいわ。早く終わらせましょう。
前列の5組、力を開放しなさい」
豊満な胸の下で白く細い腕が組まれる。
鼻の下を伸ばしてその仕草をジーと見ているゼオを肘でつつく。
一斉にクリエーターが口上を述べ、十字をきる。
プレゼンターの背中に様々な雷の翼が出現する。
一番目立っているのは左のエクリチュールだろう。
4翼の羽を持ち、下の2翼は地面に這いずっているほど大きい。
バチバチと大きな音を立て、同時に審査されているエクリチュールたちの顔には落胆の色が浮かんでいた。
「俺様、あんまり好きじゃねぇな」
ボソッとゼオが呟く。
視線の先には4翼の羽のプレゼンターが居る。
彼らの佇まいは自分達が格上。
他の参加者は格下だ、といいたげな余裕の笑みを浮かべる。
「全員不合格。帰って良いわよ」
試験官は一歩も動くことなく告げる。
バチバチと雷が弾ける音だけが響く。
「ふざけんな!!」
数秒後、怒声が響く。
顔を真っ赤にしてずかずかと試験管に詰め寄るのは一番目立っていたエクリチュールだ。
「ったくよー、流星も代理たてるならこんな身体しか取り柄のない女にするなよな。
俺知ってるんだぜ?
今回の試験官は発明王デリートのはずだろ?
まぁ?デリートさんに急用ができたとして?こんな見る目のない新人寄越されてもなぁ?」
お前らどう思うよ⁉と試験官に背を向け、俺たち参加者に呼び掛ける。
男の言い分に賛同し、あちらこちらから声が上がる。
ゼオを再び肘でつつき、集団の中から逃げだすように移動する。
今回の試験官は発明王デリートだった。
発明王デリートは英雄ビルに並ぶ流星四天王の一人だ。
そんな人が代理を頼むとするなら考えられるパターンは2通りだ。
デリートさんの直属の部下、もしくはデリートさんと同じ四天王。
抗議する集団から抜け出し、周囲を見渡す。
右手には抗議する集団。
自信ありげに集団を煽るエクリチュールの背後で腕を組んだままの試験官。
何ら変わりなく思える風景に寒気がする。
「ちゃぁんと試験をしような?お嬢ちゃん」
煽っていた参加者が試験官に向き直ろうとする。
瞬間、ニヤリと試験官の口角が上がる。
「汝、雷の力授かりし者。
その力開放せよっ‼」
ゼオの力を開放し、瞬時に雷の糸を万本束ね、ゼオヘ渡す。
ゼオが左足で地面をトンっと踏みつけると、ドーム型の雷のシールドが俺たちを包み込む。
バチバチという音とブンブンという音が混じり合う。
雷の糸と糸の隙間から黄色と黒の生き物が動いているのがわかる。
「さっきから黙って聞いていれば舐めた口聞いてくれるじゃない」
騒いでいた受験者の周りを飛び交う蜂の群れ。
発明王には失礼だが、試験官は彼の部下のようには見えない。
そうなれば残る選択肢は1つだ。
発明王デリートと同じ四天王。
誰もを釘付けにしてしまう女王蜂。
「こんな蜂ごときっ!!」
抗議を先導していたクリエーターが声を荒らげる。
が、彼はわなわなと震えるしかなかった。
「何やってんだよ、お前……っ!!」
クリエーターの首筋に雷の剣が当てられる。
雷の剣を手にしていたのは4翼の羽を持つプレゼンター、彼のエクリチュールだった。
「ち、違うっ!!体が勝手にっ!!」
「こんな身体しか取り柄のない女を嫌らしい目で見てたから自業自得ね」
試験官はクスクスと笑い、僅かに指先を動かした。
すると、クリエーターの手に雷の剣が生成され、彼もまたプレゼンターの首筋に剣を当てる。
「蜂に刺されたい?
それとも自分達で斬っちゃう?」
まるで小さな子供が遊ぶように軽く言葉を弾ませる。
蜂が少しずつエクリチュールに迫っている。
首筋が剣先から弾ける電気に傷を少しずつつけられていく。
「試験終了。
今集団から離れて自衛をしている4組を合格とする」
試験官がはっきりとした物言いで告げた。
雷の剣は消え失せ、周囲を飛び交っていた蜂は空へと消えていく。
ほっと胸を撫で下ろし、ゼオの力を閉じる。
集団から離れて自衛をしていた、って事は俺たちも含まれるのか?と考えていると、4翼の羽を持つプレゼンターが拳を握りしめ、試験官に殴りかかろうとしていた。
よくやった!!と彼のエクリチュールが声を張る。
バチバチと電気を放つ拳が試験管の顔面に当たる寸前、彼の動きが止まった。
何かに縛り付けられているかのようにびくともしない。
「無駄に雷を放出し続けた結果、体が麻痺状態になっていることにも気づけないエクリチュールが私に勝てるはずないでしょ」
試験官はくつびを翻した。
試験官の背中には羽はなく、カツ、カツ、という音だけが響く。
ブンブンという羽音に気づいたのは数秒後だった。
2匹の蜂が手紙をぶら下げて俺の目の前で羽を鳴らしている。
恐る恐る手紙を受けとると、蜂は試験官の元へ飛んでいく。
真っ白な手紙の隅に名前が書かれていた。
「やっぱあの人が女王蜂ナナリー、か」
ゼオが俺の手元の手紙を盗み見して呟いた。