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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第7章 実験場
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第93話 外道

 フィオラの屋敷に最後まで残っていた使用人、シンシア。アッシュグレーの長い髪と瞳を持ち、細身だが女性らしい体はメイド服に包まれている。彼女はは腕を縄で縛られ猿轡を咬まされてアレハンドロの横に立っていた。悲痛な表情でこちらを見ている。


「彼女がキフネ病に罹って鬱になっているところを、慈悲深い私が保護・・して差し上げました。神子よ、あなたはその見返りとして私に従いなさい」


 アレハンドロは勝ち誇った様子で俺達を見下しながら言った。


「何が保護だ。その原因を作ったのはお前だろ」


「し、シンシアをぉ……は、離してくださいぃ……」


「ふむ、では大人しくこっちに来て頂けますネ?」


「……うぅ」


「フィオラ行っちゃダメだ。殺されるぞ」


  シンシアを人質に取られて戸惑うフィオラ。影に操られた大勢の町人に囲まれ、目の前には神子を狙うコンクエスタンスと人質。状況は最悪だ。


「ふむ、エルトゥール。いくら慈悲深い私でも、邪魔立てする様であれば容赦はしませんよ? 大人しくしていれば見逃して差し上げます」


「そんな訳にはいかないな」


 俺は抱えていたフィオラを降ろし、剣を構える。


「……では、この方はどうなってもいいと?」


 そう言い、アレハンドロはナイフをシンシアの首に突きつけた。先端が当たり僅かに血が滴る。シンシアは少し唸った。


「やめろ!!」


「ではどうすれば良いか分かりますね?」


「……!!」


 奴らには俺の正体がバレているから、氣術を使っても問題無い。周りの町人も影に操られて意識は無いだろうから、俺が術を使う姿を見たところで何も覚えていないだろう。

 しかし、普通の氣術を使うモーションをすればアレハンドロはすぐさまシンシアを刺す。となればモーション無しで発動できるエルトゥールの遠隔操作、これならこの状況をひっくり返すことができるだろう。だが、俺はアレハンドロに触れていない。やろうにも術の発動条件が揃っていないのだ。


「……私、行きます。オルトさんは逃げて」


 俺が考えを巡らせていると、フィオラが真剣な眼差しをこちらに向けて言った。


「フィオラ……」


「シンシアを見捨てる訳にはいきません。彼女は私にとって大切な人です。それに、そもそも私はこの町の人々を守る神子なので」


 涙目になりながらも、口調はしっかりとしている。どうやら覚悟が決まっているらしい。しかし、このままフィオラを行かせて見殺しになんてできない。何か突破口があるはずだ。


「物分かりのいい神子で助かります。さぁ、こちらへいらっしゃい」


 フィオラは俺に向かって一礼し、ケーキ屋の方へと歩き出す。


「ほらエルトゥール、剣を捨てな。変な真似すんじゃないよ」


 俺を睨みつけながら店員が言う。俺はそれに従い剣を放り捨てた。フィオラはこちらを振り向かずに店員の横を通り過ぎ、店の中へと入っていく。

 俺は二階にいるアレハンドロを見上げ、尋ねた。


「お前達はどうして神子を狙うんだ?」


「ふむ、気になりますよねえ? 慈悲深い私は是非教えて差し上げたいのですが、生憎ウチの組織はシークレットな部分が多いのです。お答えできませんネ」


「フィオラを操り人形にして殺すと言ってたな? 何をさせるつもりだ?」


「ふむ、神子の権限を使って為政者に色々ちょっかい出させてもらうつもりです。本当はチョコレートを食べて操られてくれれば話は早かったんですがネ。まぁ神子ほどの者になれば、あのチョコレートの影程度で簡単に操られたりはしないでしょう。ですから、こうしてわざわざ本人に直接埋め込むんですネ」


 神子には影にある程度耐性があるということなのだろうか。どちらにしろ、フィオラは甘いものが苦手なためチョコレートを口にして操られることは無かったが。


「俺はどうして野放しにされている? お前らは俺を殺したいんじゃないのか?」


「ふむ、それは私にも分かりませんネ。私はただ命令に従っているだけですので……さて、お喋りはこの辺で終わりにしましょうか」


 フィオラが店の二階に上がり、アレハンドロの側まで歩いてきた。


「シンシアを離してください」


「お約束ですからネ。どうぞ」


 アレハンドロはシンシアから手を離す。


「さぁお行きなさい。あなたはもう不要です」


 アレハンドロがしっしと手を振る。フィオラがシンシアの猿轡と縄を解いた。シンシアは困惑した表情でフィオラを見る。


「フィオラ様……あ、あの……」


「シンシア大丈夫? 私のことはいいから、早くオルトさんと逃げて」


「で、でも! フィオラ様が」


「ほらほら、早く行きなさい。慈悲深い私が待ってあげているんですから、あそこのエルトゥールとさっさとどこかへ消えなさいネ」


 フィオラがコクンと頷いたのを見て、シンシアは力なく俯く。そして名残惜しそうにフィオラを見ながら歩き出した。ここからは見えないが、恐らく階段を下りてこちらへ向かってきている。


「さて神子よ。あなたには実験に付き合ってもらいましょう」


 シンシアを見送ってからそう言い、アレハンドロがフィオラの肩に触れた。フィオラの表情がさらに固くなる。


 ──その時。




「なあぁっ!?」

「ひゃっ!?」



 アレハンドロの手が凍り、それと同時にフィオラ周辺に突風が吹いた。アレハンドロは部屋の壁まで吹き飛ばされ、壁に勢いよく激突する。そして風はフィオラの体を浮かし、二階の窓から俺の方へとゆっくりと乗せてきた。フィオラは目をパチクリとさせている。


「あ、あ、え、えぇ……?」


 オドオドモードに戻ったフィオラが俺の目の前に降り立った。訳が分からず周りをキョロキョロと見回している。


「大丈夫?」


「あ、えっとぉ……!?」


「……貴様!! アレハンドロ様に何をした!?」


「え、えぇ!? わわ私何もしてないぃ……」


 店員はフィオラがアレハンドロに氣術を使ったと思っているらしい。鬼の形相で睨みつけてきた。


「とぼけるな!! せっかくアレハンドロ様が温情をかけてくださってるというのに、術を使って抵抗するなど……許さん!!」


「ひぁあ!?」


 激昂した店員がナイフを多数投げてきた。俺はすぐさま剣を拾い、ナイフを弾く。


「フィオラを殺そうとしてるのに、温情も何も無いでしょ!!」


「くっ! このおぉ!!」


 店員は今度はナイフを構えて突っ込んでくる。俺はそれを迎え撃つ。

 ナイフと剣が当たり、鋼の甲高い音が鳴り響いた。ナイフは店員の手を離れて回転しながら後方に飛び、そして落ちていく。


「おのれえっ……かはっ」


 ナイフを弾くと同時に俺の拳は店員の腹に入っていた。腹部を強打された衝撃で店員が白眼を剥く。そして体から力が抜け、その場に倒れた。


「あ、えぇ……!?」


 ちょうどそのタイミングでケーキ屋から出てきたシンシアが状況を見て驚く。


「フィ、フィオラ様!? どうやって……」


「えええっとぉ……わ、私にもぉ……よ、よく分からないっていうかぁ……お、オルトさんですよね?」


「そうだよ」


 フィオラを媒介に遠隔操作させてもらった。少しでも操作を間違えればフィオラが氷漬けになるところだったが、上手くやれて良かった。

 駆け寄ってきたシンシアとフィオラは見つめ合い、そして互いに微笑む。


「今のはエルトゥールですか。……はぁ、やってくれましたねぇ」


「「!!」」


 二階からアレハンドロの声が聞こえた。結構な勢いで吹き飛ばしたつもりだったが、気絶まではいかなかったらしい。


「慈悲深い私の好意を無下にしたことを……後悔なさい」


 アレハンドロはその痩せ細った青白い顔を歪ませながら俺達を指差した。額から血が流れている。


「行くのです! 下僕達よ!!」


 次の瞬間、周りを囲んでいた町人達が一斉に飛びかかってきた。


「あーやっぱりそうなるか!」


 殴りかかる者、噛みつきにくる者、中には包丁や鉄の棒で攻撃しにくる者もいる。しかし町人達を傷付ける訳にはいかない。フィオラとシンシアを守りつつ、町人達にも怪我をさせない様に攻撃を受け流していく。だが相手の数が多い上にこちらからは攻撃できないとなると、かなり状況は厳しい。


「お、オルトさんん……!!」


「わ、私も戦います!」


 俺の後ろでどうしたら良いか分からずオロオロするフィオラと、助太刀しようとするシンシア。シンシアは武術の心得はあるのだろうか。というかシンシアもキフネ病になっているのなら、もっと暗い表情になっているだろうし、そもそも操られているのではないのだろうか。今の所操られてはいなさそうだが──と、そう思った時。


「やあーー!!」


 シンシアは勢いよく飛び上がり、そして町人の一人に飛び膝蹴りをかました。腹部にクリティカルヒットを食らった町人は吹き飛び倒れる。


「よ、容赦無いね君……」


「フィオラ様を守るためです。やむを得ません!」


「まぁ確かにそうなんだけどね。気絶させるしかないか──え?」


 俺達三人は目の前の光景にギョッとする。先ほど飛び蹴りを食らい、完全にのびたと思われた町人が起き上がったのだ。表情は虚ろで、そこに意識がある様には見えない。


「気絶させようとしても無駄ですよ? 彼らにはそもそも気絶する意識が無いのですからネ。私が止めない限り、体が朽ちるまで命令を遂行し続ける優秀な駒たちです」


「な、なな何てことをぉ……!」


「許せませんね……!」


「許して頂かなくて結構。それよりあなた、影の影響が薄いですねえ? やはり神子の付き人だけのことはある、ということですか。でもまぁ、出力を上げたらどうでしょうかネ」


 そう言いながらアレハンドロはニヤリと笑った。次の瞬間、シンシアは目を見開く。


「う……ああぁっ!?」


「し、ししシンシア!? どうし……」


「は、離れてください!」


「フィオラ!」


 シンシアが頭を抱えて苦しみ叫んだその直後、目つきが豹変した彼女はフィオラに蹴りを入れようとした。俺は間一髪、フィオラを抱えて飛び退く。シンシアは片手を頭に当てて痛そうにしながらこちらを睨んだ。


「し、シンシア……」


 すると、二階からアレハンドロの高笑いが聞こえた。



「──さぁ、見せてください。あなた達の慈悲深さを!!」




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