第91話 伊織の薬
青ざめるセファンと困惑した表情の琴音。コンクエスタンスがキフネ病を起こすために竜の鉤爪から譲り受けていたのが『デスペア』という伊織が作った麻薬で、その麻薬をタネリが所持していたという。
「……それ、随分前にタネリが持ってた。聞いても何の薬が教えてくれなくて、でも何か飲むのすっげー迷ってたんだよな。……まさか、伊織の作った麻薬だったなんて」
「伊織も私も麻薬の取引先や使用方法までは知らされていませんでした。あれは全てコンクエスタンスの実験のために使われていたのでしょうか……でもおかしいですね。デスペアは無臭だったはず」
「伊織が作った後に誰かが手を加えたってことか?」
考えこむ琴音にオルトが聞く。
「……かもしれませんね。もしくは同じ名前の別の薬か」
「でも伊織が退団した時期と、あの異臭男が作り手がいなくなったって言ってた時期は一致するのよね?」
「そうですね。……やはり伊織のデスペアでしょうか」
「その可能性が高いだろうな。思うんだが、竜の鉤爪がデスペアを資金源にしてるならコンクエスタンス以外にもばら撒いてるんじゃないのか? 取引先が一つよりはいくつかあった方が儲かるよね。それでコンクエスタンスだけには一つ手を加えて渡している、とか」
「なぁ……その麻薬飲んだらどーなるんだ?」
セファンが暗いトーンで琴音に尋ねた。
「簡単に言うとうっとりとした感じになりますね。開放感に浸れるというか。ですが効果が切れると逆に喪失感だとか絶望感に襲われます。精神的におかしくなりますね」
「──じゃあ、その薬飲んだせいでタネリはおかしくなったのか!? そのせいで、父さんを殺したのか!?」
「……ごめんなさい」
「ち、違っ……別に琴音と伊織を攻めてる訳じゃねえ。琴音達だって被害者だ」
「セファン……」
「麻薬に手を出しちまったタネリが悪いし、それを止められなかった俺も悪い。……取り乱してごめん」
セファンが悔しそうに俯いた。しばし沈黙が流れる。
「……あ、ああ、あのうぅ……」
その沈黙を破ったのはフィオラだった。非常に気まずそうだ。先ほどの真剣な話し方は何処へやら、口調が元に戻ってしまっている。
「そ、それでキフネ病を、は、流行らせる方法なんですけどぉ……」
「知ってるの?」
「い、いえ……あ、あくまで予想なんですけどぉ……この薬を飲んだ人がぁ……き、キフネ病になってるんじゃないかなぁってぇ……お、思いましてぇ……」
「これを飲むと影が付くってこと?」
「か、影ぇ……?」
「コンクエスタンスが実験で製造している影。それを埋め込まれると体が勝手に動くんだ」
オルトがフィオラに説明する。
「うわぁ……そ、そんなエゲツない実験してるんですねぇ……あ、て、ってなるとぉ……やっぱりぃ、薬にそこ影っていうやつがぁ……入ってるんだとぉ、思うんですぅ」
「でもそうだとして、どーやって町中の人間に麻薬なんて飲ませるんだ?」
「そ、それはぁ……」
「……チョコレート」
皆一斉に発言したオルトの方を見た。
「は、はいぃ。き、キフネで評判のぉ……チョコレートならぁ……皆よく食べるんでぇ……それに混ぜちゃえばぁ……」
「あ! あのおねーさんのチョコレートか!」
「でもそれならチョコレートを買った旅人達がキフネ以外にも病気を広めちゃいそうじゃない? キフネ病はここでしか流行ってないのよね?」
「そ、それはぁ……旅の人はあまり買わないですねぇ……お、お土産屋さんには売ってないのでぇ……」
「ということは、チョコレートを生産している場所へ行けばコンクエスタンスの尻尾を掴めるかもしれない訳ですね」
「どこか分かるかい?」
「はいぃ……こ、この町にあるぅ、け、けけケーキ屋さんの中で作ってるみたいですぅ……」
「ちなみにフィオラはキフネ病じゃないわよね? チョコレート食べてないの?」
「わ、わ、私はぁ……甘いもの苦手なんですぅ……」
「キフネ病に罹ってないのは甘いものが苦手な人間か、お菓子に興味が無い人間かなんだな」
「私ソッコーで罹る自信があるわ! っていうか実際食べそうになったし!」
「俺もだぜ!」
「琴音がいて良かったな」
オルトの賞賛に琴音が少し嬉し恥ずかしそうにした。可愛い。
「じゃあフィオラさん、そのケーキ屋まで案内してもらえるかな?」
「は、はいぃ」
「善は急げだな!」
「ようやく謎が解けてきたわね!」
「あ、八雲達はお留守番だよ」
「「えぇ!?」」
「大人数で行ったら潜入捜査なんてできないだろ? それに、もしそこがコンクエスタンスの拠点だとしたら二人も神子が行くのは危険だ。奴らは神子を滅ぼそうとしてるからね」
「ひ、ひえぇ……」
「あ、大丈夫。フィオラさんはちゃんと俺が守るから」
「は、はい……お、お願いしますぅ……。あ、あと、さん付け……無しで、良いですのでぇ……フィオラとお呼びくださいぃ」
優しくフィオラの肩を叩くオルトを見て、なんだか胸がザワザワした。
「でもオルトとフィオラだけで大丈夫?」
「取り敢えずサラッと見てくるだけだからね。場所と状況を確認したらすぐ戻ってくるから、その後皆で一緒に行こう。その時は危険だからフィオラは屋敷で待っててくれればいいよ」
「うん分かった、それなら良いわ。気をつけてね」
「うん」
その言葉を聞いて少し安心した。私達は客間を出て、皆で玄関へと向かう。そしてオルトとフィオラが出て行こうとしたその時、
「──あ」
「オルトどうしたの?」
「……フィオラ、一旦着替えよう?」
「……! は、はいぃ!! す、すみませえぇん!! こ、こここんな汚らしい格好の私とぉ……一緒に歩くなんてぇ、は、恥ずかしくてできないですよねぇ!! っていうかぁ……お、オルトさんん、か、カッコいいのにぃ……こ、こんなモッサリしたぁ、わ、私なんかが隣歩いて良いのかなあぁ……すっごく不釣り合いっていうかぁ……も、申し訳ないっていうかぁ……ああぁやっぱり私なんてもうぅ」
「え、いや俺そこまで言ってないよ!? 風邪引くかもしれないのと、フィオラ自信がその格好で出歩くの嫌じゃないかなって思っただけで!」
そう言えば、フィオラは全身お茶まみれのままであった。
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オルト達が出かけて数十分。私達は屋敷の中をうろついていた。
「やっぱ神子屋敷って広いなーあ? でも住んでる人間が一人しかいねーなんて勿体ねぇ」
「まぁまぁ、フィオラだって好きで一人になった訳じゃないんだから」
「この広さの屋敷を一人で維持していたとは、最後の使用人の方はとんでもない方ですね」
「やっぱり琴音もそう思う? それに普通のお掃除とかだけじゃなくて、あの庭の手入れもしなきゃいけないもの。一晩で一気に成長する草木を毎日管理作業しなきゃいけないなんて、とんでもない労働量だわ」
「使用人の方々は給料が見合ってなくて出て行ったのかもしれませんね」
「フツーにありそうだなそれ!? 後でフィオラにアドバイスしとこうぜ」
「フィオラの感じだとむしろ、言われるがままにお給料あげ過ぎてそうな気もするけど……あ、そうだ!」
「どーした八雲?」
セファンと琴音が不思議そうにこちらを見た。
「オルト達が戻ってくるまで暇だし、私達で庭の手入れしない? どうせすぐ戻っちゃうんだろうけど、何もしないよりはマシでしょ!」
「ですが勝手に人様の家の庭をいじってしまっていいのでしょうか」
「フィオラも困ってる感じだったし良いんじゃない?」
「えーマジでやるのー?」
「はい、皆外に出ましょ!」
ということでセファン達を促して外に出る。入口すぐ横にあった物置部屋から剪定バサミや手袋等は拝借した。
早速入口付近の蔓撤去に取り掛かる。最初はぶつぶつ文句を言っていたセファンも、作業し始めると真剣になりだした。ハサミで蔓を切り、一気に引き剥がしていく。
「うぉーキレイに剥がれるなぁ! 何か気持ちいいぜ!」
蔓が外されたことで扉が見える様になった。これだけスルッと剥がれるとスッキリする。
「うん、この調子でどんどんいくわよ!」
「怪我しない様に気をつけてくださいね」
琴音が蜘蛛の様に壁にへばりついて、高い箇所の蔓を切っている。さすが忍者だなぁと思いながら彼女を見ていると、急に何かに気がついて道路の方へ顔を向けた。表情が一気に険しくなる。
「? 琴音、どうし──」
「八雲、隠れてください!」
「な、どうしたんだ!?」
するとその時、後方から声が聞こえた。
「──裏切者、見いつけた」