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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第7章 実験場
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第90話 キフネの神子

 黄緑色のショートカットは昨日同様にオドオドした様子でこちらを見ていた。顔だけ藪から出した状態で伏し目がちに私達の反応をうかがっている。


「こ、こんにちは。私はインジャの神子の八雲です。こちらはオルトとセファンと琴音。あなたは神子ですよね? ちょっと聞きたいことがあるんですけどいいですか?」


「あ、えええっとぉ……き、聞きたいことってぇ……何ですぅ……?」


「この町で起きている異変のことです」


「……い、いい異変ん……?」


「キフネ病のこと、何か知りませんか?」


「いたっ!」


 キフネ病という言葉にビクッと反応して少女が後ずさろうとした時、ちょうど頭の真後ろにあった幹にぶつかった。鈍い音がして、後頭部をかかえ少女が蹲る。


「……大丈夫ですか?」


「……はうぅ。ま、またやっちゃったよぅ……。どうして私はいつもこう……あ、え、えっと、すみません……大丈夫ですぅ」


 涙目になりながらも立ち上がり、こちらを見る少女。


「キフネ病は、もしかしたら神子を狙う危険な組織が引き起こしたものかもしれないんです。あなたの身が危ないかもしれない。だから、この町を救うために協力してもらえませんか?」


「……」


 少女は口をつぐんだまま俯く。


「……何か知ってるみたいですね」


 その様子を見てオルトが言った。少女は驚いて顔を上げる。


「もし何か知っているのなら、教えてもらえると助かります。俺達は神子信仰のある場所で起きている異変の原因を探っています。この町のキフネ病も異変のひとつで、それは恐らくある組織が意図的に流行らせています。俺達は病気を流行らせる理由と手口、そして病気を治す方法を突き止めたいんです」


 しばしオルトと少女は見つめ合う。少女の瞳には困惑の色が浮かんでいた。そして悩んだ後口を開く。


「……え、えと……そのぉ……わ、分かりましたぁ。み、神子っていうのも本当みたいだしぃ……は、入ってくださぁい」


 オルトの真剣な表情に何か感じたのか、どうやら屋敷に入れてくれるらしい。少女は叢をかき分け、私達に中に入るよう促した。


「や、やっぱり藪漕ぎで入っていかなきゃいけないのね」


「す、すみませぇん。わ、私掃除とか苦手で……」


「これ苦手がどうとかいうレベルじゃ……」


「セファン」


 セファンの発言に少女がビクッと肩を震わせる。また昨日様に怖気づいて逃げられてはたまらないので、琴音が制止した。


「あの……このルートで行けばそんなに大変じゃぁないのでぇ……」


 少女の道案内に私達はついていく。確かに昨日闇雲に進んだ藪漕ぎよりははるかに歩きやすい。顔の位置まで伸びる雑草や進路を阻む枝葉が無い箇所をうまく通り抜けていく。さすがこの屋敷の住人だ。


「っていうか、使用人とかいないんですか? この庭をお手入れしてくれる」


 基本、神子屋敷では神子に使える使用人が何人もいて屋敷の維持や神子の世話を行う。私の場合は智喜と春華が身の回りの世話をしてくれて、他の侍女達が屋敷の掃除や炊事等をしてくれていた。一継はその使用人達のトップだ。


「そのぉ……実はぁ……一人いた使用人の人もちょっと前にキフネ病になっちゃいましてぇ……出ていっちゃいましてぇ……今は私以外誰も住んでないんですぅ」


「え、そうなんですか!? というか一人しかいなかったんですか!?」


「ずっと前はいっぱいいたんですけどぉ……皆私に愛想尽かしていなくなっちゃったんですぅ。それで残りの一人は頑張ってくれてたんですけどぉ、病気になっちゃってぇ……うぅ」


 言いながら悲しくなってしまったらしく、最後の方は泣きそうになる少女。

 それにしても最後の使用人はこの大きな屋敷を一人で維持していたのか。とんでもない作業量になる気がするのだが、よっぽど優秀な人だったのだろう。そりゃ手入れする使用人がいなくなれば庭だってこれだけ鬱蒼と……あれ?

 疑問が一つ脳裏に浮かぶ。オルトの方を見ると、彼も同じことを思ったらしく怪訝な顔をしていた。


「ちょ、ちょっと待って。その最後の使用人は庭の手入れとかしていなかったんですか?」


「? え、えっとぉ、ちゃんと毎日してくれてましたよぉ……?」


「その使用人がいなくなったのはいつです?」


「えええっと……六日くらい前ですぅ。そ、その……私何か変なこと言っちゃいましたぁ……?」


 怯えた表情で顔だけ振り向く少女。特にキツイ言い方をしたわけでも何でもないのだが。

 私とオルトは顔を見合わせた。そしてオルトが言う。


「六日間放置してたくらいじゃこんなに鬱蒼とはしないと思うんですけど……どうなってるんです?」


「……あぁ」


 オルトの言葉を聞いて、少女が合点がいったと言わんばかりの表情になる。


「そ、それは……私のせいですねぇ」


「「?」」


「私がそばにいるとぉ……夜に植物達が元気になっちゃうみたいでぇ……元気有り余り過ぎてぇ……すぐこんな感じになっちゃうっていうかぁ……」


 少し恥ずかしそうに喋る少女。近くの植物を元気にする力とは……気術か何かの類だろうか。


「え、それどーいう仕組みなんだ?」


 後方から話を聞いていたセファンが尋ねる。


「そ、それがぁ……私もよく分からなくてぇ……困ってるんですぅ。朝起きたら何故かぁ、植物達がすごぉく成長しるんですぅ」


「こらセファン、相手は神子なんだからちゃんと敬語使いなさいよ!」


「あ、ごめんなさい」


「あ、い、いえぇ……気にしないでください……私になんかぁ、敬語無しでぇ……全然構わないのでぇ。っていうかもうぅ……こんなダメダメな私なんかぁ、もっと見下してもいいんでぇ……落ちこぼれの私なんかぁ……貶しても問題無いんでぇ」


「いやいやそこまでしねーよ。てか自己評価低すぎじゃね!? 謙遜どころの話じゃねえ」


「そ、そんなこと無いですぅ……」


 そんな会話をしているうちに屋敷の前まで辿り着いた。昨日とは違い、大量のひっつき虫などは体に付いていない。

 少女は蔓がはびこる壁の中、小さな出っ張りがある場所に手をかけそれを引いた。するとそれまでは蔓で覆われて壁面との区別がつかなかったドアが開いた。知っている人でないと、ここにドアがあるだなんて分からないだろう。


「こ、こちらへどうぞ……」


 少女に続き、私達も屋敷の中へと入る。窓も蔓に覆われており太陽の光が入らないことから、きっと暗くてジメジメした空間が広がっているのかと思っていた……が、入ってみるとそうでもない。屋敷の中は灯りがあって明るく、掃除が苦手という割には片付いていた。まぁ使用人がいなくなって六日なので、まだそこまで汚くなっていないだけなのかもしれないが。

 私達は客間へと案内された。


「あ、あのぅ……お、お茶……で、いいい良いですか? そ、それとも何か別のぉ……」


「あ、気にしなくて大丈夫よ」


「えぇ、で、でもぉ……そ、そのお客さんですしぃ……ちょ、ちょっと待っててくださいぃ……」


 そう言って少女は部屋をバタバタと出て行ってしまった。


「……大丈夫かしら」


「何かあいつ神子っぽくねーなあ? 本当にお告げとかできんのか?」


「まぁ八雲やエイリンさんとはだいぶタイプが違うね」


「私も神子といえばもう少し堂々とした人を想像していたのですが……」


「まぁ神子は人前に出る訳じゃないし、ちゃんとお告げさえしっかりできればいいのよ! 私はあの子悪い子じゃないと思うけど?」


「うん、まぁ悪い人ではなさそうだね」


「それにしても、植物が元気になっちゃうってどういうことなのかしら」


「本人も分かんないって言ってたよなー?」


「まぁ氣術が関係してるだろうね。見たことある種類の植物ばっかりだから、やたら成長が早い変異種ってことでもなさそうだし」


「それも気になりますが、今はキフネ病ですね。何か有力な情報が得られるといいのですが……」


「あああああぁ!!」


 突然、悲鳴と何かが割れる音が部屋の外から聞こえた。私達は驚いて廊下へと出る。

 すると、そこには廊下に割れて散らばった四つのティーカップと、その前で慌てふためく少女がいた。どういうこぼし方をしたのか、全身が無残にお茶まみれになっている。


「だ、大丈夫!?」


 私は少女に駆け寄る。特に火傷も怪我もしてなさそうだ。


「ごごごごめんなさいぃ……!! ああぁ、どうして私はこう……本当に私は出来損ないです……!! 何やっても失敗ばかりでポンコツのクズなんですぅ……もぅ嫌ですぅ……わ、私なんて生きててもぉ……」


「ちょ、落ち着いて!?」


 たかだかティーカップを落としたくらいでこの世の終わりかの様に落ち込む少女。私とオルトが慌てて彼女を宥めている間に琴音がそっと破片を片付ける。


「落ち着いた? 取り敢えず着替えるかい?」


「あ、い、いえ……このままでいいですぅ……そ、それよりもぉ……お茶をぉ……」


「お茶はいいから、あっちで座って話せるかな?」


「……はいぃ」


 オルトが優しく背をさすると、少女は落ち着いて頷いた。客間に戻り、私達は座る。一対四で対面形式で座ると少女が緊張して話せなくなりそうなので、私がこの子の隣に座った。


「えっと、じゃあさっきの話、進めていいかな?」


 ようやく落ち着いて話し合える状態になったところでオルトが切り出した。


「は、はい……あ、えっとその前に、自己紹介……私、一応この町の神子で……フィオラ・フィオリって言います……」


「フィオラさんね!」


「はい……ええっと、キフネ病のこと、なんですけどぉ……その、八雲さん達はどこまで知っているんですかぁ……?」


 少女は私とオルトを交互にチラチラと見る。するとオルトが話し出した。


「まずはキフネ病にかかると自分意図しない行動を取ってしまうこと、それのせいで信頼を失って自暴自棄になってしまうこと。その奇病が蔓延することによって、この町は今罹患者と健常者の間に壁ができてしまっているし、町の活力も落ちてきている」


「……はい」


「そして、この病気は恐らく人為的に流行らせられている。神子信仰のあるこの町を潰すために」


「──はい」


 少女は真剣な目でオルトを見た。口をキュッと引き締めている。


「……過激派盗賊団である竜の鉤爪と、神子信仰撲滅を図る組織コンクエスタンス。彼らの仕業じゃないかと俺達は考えてる。キフネ病をどうやって蔓延させているのか、どうしてキフネ病が神子を蝕むための手段なのかは分からない。だから、もし何かを知っているのなら教えて欲しいんだ」


「……!!」


 少女は俯き、溜息を吐く。そしてしばしの沈黙の後、


「……私も、キフネ病のことは調べてたんです」


 先ほどまでのオドオドした感じを消して、しっかりと話し出した。


「町で病気が流行り始めて……普通の病気じゃないって、何か裏があるんじゃないかって思って懸命に色々調べたんです。でもなかなか真実を掴めなくて……そうしている間に、最後の使用人もいなくなってしまって」


「フィオラさん……」


「で、でも誰かの企みで病気が流行っているってのは何となく分かりました。でもコンクエスタンスっていうのは初耳です。竜の鉤爪とその組織が関わってるってのも知りませんでした……」


「まぁあくまで推論なんだけどね」


「……使用人がいなくなって私、必死で町中捜査して……怪しい人を見つけたんです」


「怪しい人?」


 オルトが眉をひそめながら聞く。


「明らかにこの町の人間ではない人が、沢山の犬に囲まれて吠えられてたんです。何というか……すごく嫌なオーラみたいなものが出ていました。その人は特に気にしていない様でしたけど、犬達は凄く警戒していて……というか、その人が持っていた荷物に反応しているみたいでした。気になって私、後をつけたんです。犬を振り払ってからしばらく歩いて路地に入ったところで見失ってしまいました。でも、見失った場所の近くにこんなものが落ちていたんです」


「?」


 フィオラは立ち上がり、部屋の隅にある机の引き出しから小さな分包袋を取り出した。中には白い粉末が入っている。


「これは……?」


「たぶん、その人が落としたんだと思います。犬に吠えられていた時に一度ケースを落としてしまっていたので、その時に落ちたのでしょう。中身は私もよく分かりませんが……」


「それってどんな人だったの? 外見の特徴とか」


「何というか……みすぼらしい格好でしたね」


「もしかして、こんな感じの人じゃないかしら? 葉月、お願い!」


 私は立ち上がり、葉月に指示する。すると葉月は元気よく返事をして姿を変えた──あの異臭男だ。葉月の耳と羽が生えているので少々可愛らしくなっているが。


「!! こ、この人です! というか竜が変身……!?」


「葉月の特殊能力よ!」


「ということは、あの男が取引してたのはその白い粉か。ちょっと見せてもらっていい?」


「は、はい」


 オルトが分包袋を受け取り、確認する。


「……袋の端に何か書いてあるな。デスペア?」


「!!」

「え!?」


 反応したのは琴音とセファンだ。どうしたのだろうか。


「どうした二人共?」


「……デスペアは、伊織が作っていた麻薬です」


 目を見開き、そして眉をひそめる琴音。もしこれが本物なら、伊織が竜の鉤爪に作らされていた麻薬がコンクエスタンスの実験に使われていたということになる。でも確かに、異臭男は作り手がいなくなったと言っていた。伊織が退団したことを考えると辻褄が合う。


「……おい、それ本当なのか?」


「セファン?」


 琴音の発言にセファンが青ざめていた。






「そのデスペアってやつ……タネリが持ってたやつだ」




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