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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第7章 実験場
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第87話 陰鬱な町

 エリックの家を出発し、アリオストの首都を目指して歩いて十五日が経った。あれから小さな町をひとつ経由して山を越え、キフネという大きな町に到着する。ここはクライナスの首都で、町は大きく人は多い。経由した町の人間の情報だと、この町にも神子がおりお告げによって町を繁栄させ、国の要所として大きな役割を持っているとのことだった。


「……ねぇオルト、聞いてた話とだいぶ違う気がするんだけど、気のせいかしら?」


 私は田舎町出身だから、都会の景色というものに馴染みが無い。しかしこれまでの旅で幾度か栄えた町というのを見てきたので、ここがそれらの景色とは違うというのは分かる。大きな建物はたくさんあるし人通りもそれなりにあるのだが、明らかに活気が無い……というか雰囲気が暗い。


「うーん、気のせいじゃ無いと思うよ」


「神子のいる町でこの感じって、嫌な予感しかしねーよ」


「もしかしたら、ランバートみたいなことが起こっているかもしれませんね」


 ランバートでは神子であるエイリンがキメラに幽閉され、偽物の神子によって町の人々が苦しめられていた。


「かもね。取り敢えず宿の確保と買い出ししてから情報収集かな」


「はぁー、ちょっと休憩したいわ」


「俺もー!」


「そっか、じゃあひとまず宿で休憩しようか」


「「わーい!」」


 宿を探しながら少し歩き、大通りから少しだけ離れた場所にある豪華でも質素でもない中間くらいの宿にいつも通り泊まることにした。豪華な宿に泊まると金持ちを狙う子悪党に襲われるかもしれないし、質素過ぎるとセキュリティ上の不安があるので中間くらいがちょうどいい。それはオルトと旅をしてすぐに思い知らされていた。

 オルトが宿の受付をしている間、私達は近くのソファに腰かけて待つ。私とセファンはキョロキョロと周りを見回していた。


「落着きがありませんね二人共」


「えぇーだってやっぱ初めての町っていつでもワクワクしねえ?」


「そうそう、何か楽しいわよね」


「田舎者臭が漂ってますよ」


「えぇ!? そんなに私臭い!?」

「えぇ!? そんなに俺臭い!?」


「……まぁまぁ臭いです」


「「嘘ぉ!!」」


 私達のやり取りを見て葉月とサンダーは顔を見合わせ、そして笑った。するとその時、二匹がちょうど彼らの後ろを通った人を見る。急に何に反応したのだろうか。


「どうしたの葉月?」


「キュキュー」


「え?」


「どうしたんですか?」


 琴音が不思議そうに尋ねてきた。私は彼女の傍に寄り、小声で言う。


「何かね、今後ろを通った人変な臭いがしたらしいの」


「変な臭い?」


「サンダーも同じこと言ってるぜ」


 私達は皆、顔を見合わせる。流し目でそっと臭いがしたらしい人物を見ると、みすぼらしい恰好をした男性が客室の方へ歩いて行くところだった。男性は角を曲がり、こちらの視界から消える。


「変って、どんな臭いなんです?」


「キュ、キュー」

「ワウワウ!」


「うーん。言葉じゃ上手く表せないけど、何か鼻につく不快な感じだったみたい」


「……どうした皆?」


 オルトが戻ってきた。思案顔の私達を見て首を傾げる。


「オルト、今あっちに行った男の人見た?」


「? すれ違った時にチラッとだけ」


「えっと、葉月とサンダーがその人から変な臭いがしたって言ってるの。よく分からないけど嫌な臭い」


「嫌な臭い……? ずっと風呂に入ってないとか?」


「あ、そういう感じじゃないわ」


「それだったら強烈な臭いに気づくだろ……っていうかそれ言ったら俺らも風呂入ってねーから同類じゃね!?」


「俺は毎日ちゃんと体拭いてるからそこまで異臭はしてないはずだよ」


「私もよ」


「私もです」


「ちょっと待って!? この流れ、俺だけ超臭いみたいじゃん!?」


「ま、そういう臭いだったら俺も気づくはずだよね。その男の臭いは何だろうな」


「後で私が隠密に調べてみましょうか?」


「そうだな、頼むよ。町の様子が怪しいのと何か関係あるかもしれないし」


「分かりました。危険人物だったらシメておきますね」


「それはやめよう? 何にもされてないのに先走るのはちょっと」


「大丈夫ですよ。証拠は残しませんので」


「こえーよ琴音!! 普通にやりそうだし!」


「冗談ですよ」


「琴音が言うと冗談に聞こえねーんだよな……」


 これまたいつも通りのやり取りを見て私は笑う。そして視線を上げオルトを見た。


「オルト、部屋は取れた?」


「うん、大丈夫だよ。もう入っていいらしいから行こうか?」


「よっしゃーー!! ベッドにダイブだぜ! 何日ぶりかな!?」


 意気揚々とセファンが立ち上がった。私と琴音も立ち上がり、オルトの案内で部屋へと向かう。取った二部屋に男女別で入り、一息つく。隣の部屋から、セファンが大声ではしゃく声が聞こえた。



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎




 休憩後、私達は町に繰り出す。もうすぐ日暮れだ。灯りの数は決して少なくないのだが、もともと陰鬱な雰囲気だった町で太陽の光が陰ってくるとさらに町が物騒に見える。町行く人は皆表情が暗い。決して町全体が貧困であったり、獣魔の脅威にさらされている訳ではないのに、どうしてこんなに暗いのだろうか。


「日が完全に暮れる前に神子屋敷に行こう」


「そうね」


「場所分かんのか?」


「さっき宿の人に聞いたから大丈夫だよ」


「さすがですね」


 オルトの先導でキフネの神子屋敷へと向かう。大きな建物が並ぶ通りから二本ほど離れたところにそれはあるらしい。美味しそうな甘味や小洒落た雑貨屋の誘惑を振り払いながら、宿屋の人に教えてもらった場所に辿り着いた。


「……本当にここなの? オルト」


「のはずなんだけどね」


「何だよこれ? 屋敷が見えねーよ」


「ある意味神秘的ですね。森の精とか出てきそうじゃないですか?」


「どっちかって言うと精じゃなくて蛇とかじゃね?」


 皆口々に感想を言う。私達の目の前に現れたのは、大きな木々と雑草が生い茂る鬱蒼とした広い敷地だった。道路ギリギリまで生えている木や草のせいで見え辛いが、奥には大きな建物がある。その建物は全体が蔓に覆われていて窓や入口がどこにあるのかイマイチ分からない。道路に枝葉が飛び出ない様最低限の手入れはしてある様だが、敷地内は全く手付かずだ。町の中に突然小さな森が現れた様な感じで、ここだけ異様な景色となっている。一体どれだけの時間放置したらこんなことになるのだろうか。


「取り敢えず入ってみよう」


「入るって……入口がどこか分からないわよ」


「近づいてみて探すしかないんじゃない? 宿屋の人が嘘ついてなければ、場所はここで合ってるはずだし」


 オルトは行く気満々だ。私は実際のところちょっと怖いので入りたくないのだが、神子に会うためには仕方がない。どんどん草木を分入っていくオルトに続く。


「都会で藪漕ぎするって新鮮ですね」


「あぁー俺前見えねえよぉ! ってか何か草が擦れて色んなとこ痒い!」


 身長の低いセファンは藪に埋もれている。私も結構ギリギリだ。小さな虫がたくさん舞っていて鬱陶しい。ちなみに葉月は私の頭の上に乗っている。重い。


「えっと……この辺かな?」


 先頭のオルトが建物前に辿り着いた。しかし一面緑の蔓だらけで入口が分からない。建物の目の前に来ると、一層奇怪な感じが増して怖い。というかそもそもこんな建物に人なんて住んでいるのだろうか。

 オルトは一生懸命蔓を掻き分けて入口を探しているが、中々見つからない。私達も懸命に探す。


「あーもうどうなってんだよこの家!? 本当に神子屋敷なのかあ!? なぁ、もう帰らねえ?」


 セファンが諦めだした。まぁ日も暮れてきてどんどん暗くなっていくので、私も正直投げ出したい。


「オルト、このままでは日が暮れます。蔓をさっさと焼き払ってください」


「いやそれ放火になるよね!? 俺さすがにこれ以上追っ手がかかるのは嫌だな!」


「でも琴音の言う通り、もうだいぶ暗いわ。今日はやめない?」


「うーんそうだね、残念だけど今日は撤退しよう」


 私達は来た道──道なき道だが──を引き返す。ひっつき虫や蜘蛛の巣などのお土産をたくさん体中にくっつけながら藪から脱出した。


「はあぁー何か疲れたわね」


「今日はもう宿に戻ってゆっくりしようか」


「「賛成ー!!」」


 オルトに向かって私とセファンが右手を上げ賛同する。するとその時、気配を後ろに感じた。


「あ、あああの……ウチにぃ、何かご用でしょうかぁ……?」


 か細い声がした方を見る。そこには私より少し背の高い、黄緑色の髪をショートカットにした可愛らしい女の子が立っていた。私と同い年くらいだろうか。上目遣いで口をモゴモゴさせながらこちらを見ている。


「ウチって……君、この家に住んでるの?」


「! あ、えぇ……えっとぉ、す、すみませぇん!!」


「あっ!?」


 オルトが質問した途端少女は慌てだし、そして藪の中に飛び込んでしまった。藪に隠れてしまって姿は見えないが、藪漕ぎする音がどんどん遠くなっていく。


「……行っちゃいましたね」


「何だったんだあいつ?」


「分からないけど、入ってったってことは神子関係者かな? 追いかける……のはちょっと怖がらせちゃいそうだな」


 少女の進んだ方向を見てポカンとする三人。



「……今の、神子よ」



 刹那、その場の時間が止まる。


「「「……えぇ?」」」


 少しの沈黙の後、私の言葉に反応して全員が同時にこちらを向いた。


「八雲、今の子が神子なのか?」


「えぇ。神子同士だから分かるわ。あの子も私が神子だって分かったと思うんだけど」


「マジかよ!? 本当にコレ神子屋敷だったんだな!!」


「随分と挙動不審な神子でしたね」


 三人が目を見開いて次々と喋る。その時、扉が閉まる音が聞こえた。あの少女が屋敷の中に入ったのだろう。


「……マジでここに住んでんだな。中ってどーなってんだろ」


「うーん、明日また来て入れてもらうしかないね」


「簡単に会ってくれるといいんですが……あの調子だと、難しいかもしれませんね」


 まともに会話してくれなかったことを考えると、明日また来ても会うことはできないかもしれない。


「ま、その時は私が何とか頑張ってみるわ! 神子だし!」


 しかしそれで諦める訳にはいかない。コンクエスタンスの情報を得るためにも、この町で何が起きているのか知るためにも頑張らなければ。


 そうして私達は神子屋敷から引き返す。オルト達は夕食を何にするか話しながら歩きだした。

 私は、ふと神子屋敷を振り返る。先ほどと変わらず鬱蒼とした中に蔓に覆われた建物があり、灯りはついていない。少しの間屋敷を見つめた後、私は再び前を向き進み出した。


 おかしいな。何か視線の様なものを感じた気がしたのだが──気のせいだったのだろうか。




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