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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第7章 実験場
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第86話 病み上がり、制御不能

 エリックの家で目覚めてから四日目。ようやく体力が戻ってきた。傷は八雲がすぐに治してくれたが、大出血して死にかけた後だ。本調子に戻るまでは時間がかかる。三日間寝たきりだったのと、目覚めてから三日は八雲達に安静にするようキツく言われたため体はだいぶ鈍っていた。


「という訳で琴音、付き合ってくれ」


「はい」


 早朝、エリックの家からすぐの位置にある芝生の生えた丘で俺と琴音は対峙する。リハビリに付き合ってもらうのだ。ちなみに俺も琴音も筋トレや走り込み等、基礎トレーニングは完了済み。病み上がりなので俺はかなり甘い内容にしたが。


「まぁリハビリって言っても、いつもの鍛錬と同じ感じでいいよ。あ、でも手加減はしてね?」


「分かりました」


 刹那、お互いの出方を伺った後、同時に仕掛ける。琴音は足、俺は拳を出す。横腹を狙う蹴撃を避けようとしたが、体の反応が予想以上に悪いため腕で受け止める方法にシフトチェンジ。琴音の第一撃は防御できたが、すかさず二撃目の拳を繰り出してきた。それを体を後ろに大きくそらしてかわす。そらした勢いでバク転し、その途中で琴音を蹴り上げようとする。しかし、それは間一髪かわされた。お互い飛び退いて距離を取る。


「そいや、セファンは今日はいないのか?」


「リッキーの家に来てからはサボってますね」


「え、マジ?」


「師匠のオルトがいないと、モチベーションが上がらないみたいです」


「師匠としては自主トレくらいして欲しいんだけどなっ」


 再び攻撃を仕掛ける。しばらく打ち合いが続き、互いの汗の粒が朝日を反射してキラキラと光った。琴音は俺の拳を受け流し、そして懐へ蹴りを入れようとする。それをすんでのところで避け、回し蹴りをしようとした瞬間、


「わ、悪い! 寝坊した!! 俺も混ぜてくれー!」


 セファンが焦りながら駆けてきた。俺と琴音は攻撃を止め、セファンの方を見る。


「セファン、遅いぞ!? って言うか、昨日までサボってたんだって?」


「ごごごめんなさい!!」


 セファンは俺達の側まで来て、膝に手を置き息を切らしている。


「散々サボった上に遅刻とは、呆れたものですね」


「うぅ……ごめんなさい」


 溜息を吐く琴音とショボくれるセファン。


「じゃ、セファンも準備運動したら混ざって」


「は、はい!」


 準備運動が終わったところで、三人で仕切り直しだ。セファンもきっちり気持ちを切り替えている。俺対琴音とセファンで対峙する位置取りだ。


「なぁ琴音、今ならオルトに勝てるんじゃねーか? 一回やってみたくね?」


「それは私も思いました」


「え、マジ? 病み上がりに容赦ないね君達」


「だってこんな時でもなければ絶対に倒さねーからな!」


「サボり症のセファンにはこの状態でも負けないと思うぞ」


「ぬう!? 否定できねえー!!」


「オルト、覚悟してください」


「いや琴音はさすがに……」


「やっほーー、なーんか朝早くから面白そうなことしてるねー? エリちゃんも混ぜてー!!?」


「な、エリちゃん!? ちょっ……」


 だんだん雲行きが怪しくなってきたところに、唐突に能天気な声が割り入ってきた。声の方向を見ると、エリザベートが笑顔で走ってきている。そしてエリザベートは走りながら腕を振り上げた。


「いっくよーー!!」


「え!? ちょっとタンマ!!」


「うおおお!? 氣術使うのは反則だーー!!」


 飛び入り参加のエリザベートが放った雷撃の音が、朝の丘陵に鳴り響いた。セファンが見事に頭髪チリチリの刑の餌食となり、早朝の爽やかな鍛錬風景は幕を閉じた。




 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



「本当に世話になった。ありがとうリッキー。それにエリちゃんとグランも」


 朝食を終わらせ、俺達四人と二匹は荷物をまとめてエリックの家の前に立つ。ある程度体力が戻ったので、アリオストへ出発することにしたのだ。


「いやいや、もっとゆっくりしていっても良いんだよ? オルトくんまだ本調子じゃないだろうし」


「まぁ移動中に調子は取り戻せるだろうし、なるべく早くアリオストに行きたいからね」


「本当にありがとう。いつかお礼するわね!」


「楽しかったし飯超美味かったぜ! また食べに来るな!」


「お世話になりました。お元気で」


 エリックは屈託の無い笑顔で頷いた。エリザベートは腕を組み、少し名残惜しそうにしている。そして意外なことにグランヴィルも見送りに来てくれていた。


「気をつけてねー? お別れはちょっと寂しいかもだけど、またきっとすぐ会えるだろうしねー」


「そうね、また会いましょ!」


「……オルト、俺はお前とは別の方法で戦う」


「そうか」


 グランヴィルも、アリオストを襲った『異変』の原因を叩く決意ができたらしい。


「……それと、次は勝つからな」


「あぁ」


 無表情なグランヴィルが少し笑った気がした。俺は手を差し出す。するとグランヴィルは握手するのではなく掌を叩き、乾いた音が鳴った。互いに口角を上げる。


「よし、行こう」


 俺達はエリック達に背を向け歩き出す。エリックとエリザベートは手を振って見送ってくれた。また長旅の始まりだ。雲ひとつない快晴の中、意気揚々と進みだした。







 ──歩き始めて数時間、そろそろお昼時だ。出発時にエリックから弁当のサンドイッチを渡されていた。つくづく女子力の高い青年である。


「具は何でしょうね。私的には卵があると嬉しいのですが」


「卵は定番だからきっと入ってるんじゃない? あとはハムチーズとかかな」


「ツナマヨとかも美味しいわよね!」


「……おいお前ら!! 今そんなこと考えてる場合じゃねーだろ!? めっちゃ囲まれてるぞ!!」


 余裕でサンドイッチの具材を予想する俺達にセファンが怒る。というのも、今現在俺達は鼠型獣魔の群れに囲まれているのだ。体長五十センチほどの茶色がかった黄色い体毛の中に現れる可愛らしい口から鋭い牙が二本出ている。鼻の上からはサイのように角が一本生えていた。ハゲをひくひくと揺らせながら、鋭い目をしてこちらを警戒している。数はざっと二百はいるだろうか。


「よし、やろうか」


「さっさと片付けてお昼にしましょう」


「任せたわ」


 俺と琴音は武器を構え、八雲は結界を張る。


「なぁオルト、俺オルトが氣術使うところ見たいな。地下武闘会マグナントの時はなんか訳分かんなかったし」


「あー……確かにちゃんと見せたことは無かったよね。分かった。じゃあ一気に片付けちゃうね」


 ここなら俺達以外誰もいないから、目撃されるのを気にする必要は無い。俺は剣をしまい、そして腰に携えていたもう一本の剣──宝剣を構えた。ちょうどこれを試してみたかったところだ。ジゼル曰く、エルトゥールの血を色濃く受け継いだ者が使用すると途轍もない力を発揮するらしいが、使い心地はどんなもんだろうか。前回使用した際は暴走していてあまりよく覚えていないため、実質ちゃんと宝剣を使うのはこれが初めてだ。


「行くぞ」


 宝剣に炎を宿らせ、獣魔の群れの方へと駆ける。迎え撃とうと飛び出してきた獣魔を斬りつけようと宝剣を振ったその時。


「!!!」


 一振りで獣魔は消炭になり、燃え盛る炎の斬撃は瞬く間に周囲に広まって獣魔の群れを呑み込んだ。周辺一帯が火の海と化す。


「ひゃ! お、オルト!?」


「うおおお!? オルト気合い入れ過ぎだあぁ!!」


「これじゃ山火事じゃないですか!!」


「ご、ごめん!!」


 そこまで氣力を込めたつもりは無かったのに、予想以上の威力だ。周囲に広がった激しい炎は鼠の獣魔の群れ全てを焼き、獣魔の悲痛な悲鳴が轟く。そして炎はそれに留まらずどんどん延焼していく。マズイ、このままでは焼け野原になる。


「取り敢えず消火だ!!」


 再び氣力を練り、炎を消すために水の術を発動させる。宝剣を頭上にかざし、巨大な水疱を空中に出現させた。そして剣を振り下ろすと同時に水疱を破裂させ、雨を降らせる。


「あちちち! オルトあっちいぞ!?」


「熱湯じゃないですか!!」


「ごめん!! おっかしいな!?」


 何故か炎の氣術も融合してしまったらしく、水ではなく大量の熱湯が降り注いできた。八雲と葉月だけは結界に守られて被害が無い。

 しかし熱湯よりも燃え広がる炎の勢いの方が強く、鎮火には至らない。やはり不得意な水の氣術ではダメらしい。セファンと琴音、サンダーを火傷だらけにする訳にはいかないし、火事を広げる訳にもいかないのでひとまず氷を使うか。俺は燃えている箇所を全て凍らせようと宝剣を振った。


「あ!?」


「オルトやり過ぎだあぁ!!」


 炎があった箇所どころか、自分達が立っている場所含め半径約百メートル以内にあるものが全て凍った。降り注ぐ熱湯の雨は瞬時に冷やされ、氷の結晶となってパラパラと落ちてくる。獣魔は勿論のこと草木も凍り、そしてセファン達の足まで凍ってしまった。一瞬にして獣魔の氷像と樹氷が織り成す氷の世界の出来上がりだ。影響を受けていないのは結界内の八雲と葉月と、そして術者の俺だけである。


「オルト、確かに火も消えたし獣魔の動きも止めれたけど……」


「うわぁ髪の毛もパリパリになってるぜ……冷てえ。風邪引く。何か今日は朝から散々だな」


「同じくです」


 セファン達の熱湯で濡れた髪が冷気で冷やされて凍っている。サンダーに関しては全身ハリネズミみたく凍った毛が棘のように逆立っていた。


「ごめん!! 今溶かすから……」


「ま、待ってください! まず宝剣をしまってもらえますか? それからでないと、またオルトが氣術使ったら私達も灰になりかねませんので」


「す、すまん……」


 宝剣をしまい、熱風でセファン達の氷を溶かす。


「すげえな、この辺一体氷の世界になっちまったぜ」


「これはこれで綺麗ね」


「慣れるまではあまりその宝剣は使わない方が良さそうですね」


「はぁ……トレーニングメニューが増えたな」


 改めて周囲を見回してみる。ある意味幻想的な風景がそこには広がっていた。しかしこのまま全てを氷漬けにしておく訳にはいかないので、鼠獣魔の氷の氷像を全て破壊してから熱湯で氷結地帯を解凍する。結構広範囲だったので時間がかかってしまった。


「ふう。父さんはこの剣、使いこなしてたのかな……」


 エルトゥール一族に代々伝わる家宝。血を色濃く受け継ぐ者に強力な力を与える宝剣。


「ちゃんと、使いこなしてみせる」


 俺は空を見上げ、そう誓った。







「うおお!! サンドイッチがカチカチになってる!!」


「荷物も残念なことになってますね」


「……ごめん」


 うん、早く使いこなそう。




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