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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
番外編 その2
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番外編5 さいごのオヤスミ

 アリーチェ・ノヴェロ、十八歳。ヴォルグランツの平民街出身で、家族は父母と兄と弟。男兄弟に恵まれたお陰か昔からママゴトよりも外で駆け回る方が好きで、兄弟揃ってよくかけっこや木刀の打ち合いをしていた。八歳の時に騎士見習いに志願し、従騎士を経て齢十六歳で騎士として認められ、叙任を受ける。騎士一年目は国内外各所の戦に参加したり、街の警備や内務等様々な仕事を経験させてもらった。そして昨年からはかねてから希望していた神子仕えの騎士として、アリオストの神子であるリアトリス様の元で働かせてもらっている。とまぁ、私のざっくりとした経歴はこんなところだ。


「リアトリス様、おはようございます」


「おはようございます、アリーチェ」


 紫色の艶のある髪を揺らしながら、美しい少女が挨拶を返してくる。この方が、リアトリス様だ。年は私よりも十も下だが、私の憧れの存在だ。元々、神子という神秘的な存在に憧れて神子屋敷勤めを希望していたのだが、いざ神子本人に会ってみるとその洗練された心魂に心打たれた。リアトリス様は見た目が美しいのは勿論だが、心もとても美しい。彼女に会って、私は一生彼女に仕えると心に誓った。


「リアトリス様、そちらのお方は?」


 廊下を歩いて来たリアトリス様の隣に、見慣れない金髪の少年が立っている。年はリアトリス様と同じくらいだろうか。青い瞳に整った顔立ちをしており、不安げな目でこちらを見てきた。


「私の親戚のユーリですわ。ここで一緒に暮らすことになりましたの」


 はて、リアトリス様にその様な親類はいたという話は聞いたことがないが……しかし、神子に関しての事柄は極秘事項ばかりだ。それに倣って私達騎士にも知らされていなかったのかもしれない。


「ユーリ、この方はアリーチェ。アリオストを護る騎士の一人ですわ。お仕事でこの屋敷にいらっしゃってるの」


「ゆ、ユーリです。よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願い致しますユーリ様」


 お辞儀をし、再度ユーリ様を見る。


「しかしリアトリス様にユーリ様の様な親戚がいらしたとは……あまり似ていませんね」


「遠い親戚ですもの。それでもユーリはれっきとしたカルティアナ家の一員ですわ」


 思わず出てしまった言葉に、リアトリス様が少し強めの口調で反論した。しまった、失言だった。


「あ、いえ大変失礼致しました。そんなつもりではなくて……ご気分を害されたのでしたら申し訳ありません」


「いえ、大丈夫です」


 ユーリ様が可愛らしい笑顔を向けてきた。あぁ、癒される。


「では、私は仕事がありますので失礼します!」


「はい、頑張ってくださいませ」


 あまり二人の散歩を邪魔する訳にもいかないので、私は敬礼して退散することにした。仕事もあることだし。


「さて、頑張りますか!」


 独り言で自分を鼓舞し、私は執務室へと向かった。




 その翌日。今日は非番なので、ギンちゃんと昼から食事に出かけている。ギンちゃんは銀色の短髪に深緑色の瞳を持つ、私と同い年の幼馴染であり、彼氏だ。銀色の髪だから、あだ名がギンちゃん。本名は関係ない。彼はとても優しいのだが、あまり口数は多い方ではないのでよく他人から誤解される。ちなみにギンちゃんは史上最年少で騎士になったエリートで、アリオスト騎士の期待の星なんて言われている。そんな多忙なギンちゃんと久しぶりに非番の日が合ったので、こうして二人で出かけに来たのだった。


「最近どう? ギンちゃん色んな方面から引っ張りだこで大変だよね?」


「……まぁ、それなりにな。仕事自体は大変じゃないんだが、目上の人間にヘコヘコするのが面倒くさい」


「あはは、ギンちゃんらしい。まぁそれは仕方ないよね」


「明日からまた遠征の予定だ。しばらく帰れない」


「そっか。気をつけて行って来てね」


「アリーは最近どうなんだ?」


「私は特に変わりないかなぁ? あ、でも昨日ちょっと変わったことがあったわ」


「変わったこと?」


 神子関係の話は部外者にすることができない。ギンちゃんは神子仕えの騎士ではないから細かいことが話せないのが歯がゆいが、それも神子という存在の神秘性を守るためだから仕方ない。


「うん。具体的には言えないけど、何か楽しくなりそうな気がする」


「……そうか」


 こんな説明も何もない話でも、ギンちゃんはちゃんと聞いて笑ってくれた。騎士としての弁えがしっかりあるのと、本当に優しいからこそだろう。


「こっちはこっちでそれなりに忙しいけど、でもやり甲斐があるよ。憧れの職場だし」


「まぁ、くれぐれも失態は犯すなよ?」


「もーう、大丈夫よっ」


 そんな他愛ない会話を楽しんで、店を出る。その後はフラフラと町を散策して買物をし、公園で休憩することにした。公園には大きな池があり、その近くにあるベンチに私達は腰を下ろす。


「はーあ、長閑だねえ」


「そうだな」


「国外では戦争が起きてるのに……アリオストは平和だね」


「……そうだな」


「これも、国王の政治手腕と神子のお告げのお陰かな?」


「そうだな」


 ギンちゃんは単調な返事しかしない。でも、その返事一つ一つにはちゃんと意思が込められていて、決して適当に返事をしている訳ではないのが私には分かる。長年の付き合いの賜物だ。


「私達も、この平和がずっと続く様に国を護らないとね」


「そうだな。そのために、俺はまた遠征に行く」


「うん。頑張ってね」


 お互い目を合わせ、そして微笑む。すると、近くで遊んでいた五歳くらいの男の子二人がこちらを指差してきた。


「わー! おにいちゃんとおねえちゃんらぶらぶだー!」


「らぶらぶしてるー! ひゅーひゅー!!」


「なっ!?」


「……」


 小さな子供の冷やかしなど真に受ける必要は無いのだが、やはり少し恥ずかしい。


「いいなーひゅーひゅー!!」


「こら、大人をからかわないの!」


「「わー、逃げろー!!」」


 私が立ち上がると、男の子達は笑いながら逃げて行った。


「……大人が子供にムキになるなよ」


「う、ごめん」


「あれくらい受け流せないとはまだまだアリーも子供だな」


「悪かったわね!」


「……まぁ、俺も多少は恥ずかしかったけどな」


「……ふふっ。ありがと」


「何がだ?」


「何でもなーい」


 私とギンちゃんはクスッと笑った後、池の方に目をやる。ちょうど小さな魚が一匹、水面上に跳ねた。


 こうして私達は非番の日一日を満喫した。




 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎




 ユーリが神子屋敷に来てから六年の月日が経った。リアトリス様もユーリもあどけなさが抜けてきて、少しずつ大人に近づいてきた。とは言っても私にしてみればまだまだ子供だが。ユーリは騎士に志願し、着々と実力をつけてきている。私の従騎士となった時は少々戸惑ったが、今は慣れてまるで弟の様に可愛がっている。

 そして、明日はいよいよユーリの叙任式だ。わずか十四歳で騎士として認められるのはとても凄いことである。ギンちゃんといい、ユーリといい、私の周りには素晴らしい人材がたくさんいるな。ちなみに、色んな職場を回らずにいきなり神子仕えになるのは異例だ。それはユーリがリアトリス様の親戚となっていることと、彼の正体がバレる危険を極力減らそうというリアトリス様の思惑があることが大きい。勿論、ユーリ自身の実力が確かで尚且つ彼が神子仕えを希望していることが大前提にあるが。ユーリが晴れて神子仕えの騎士として叙任されることは、私にとっても誇れることだった。


「あー緊張するっ」


「……なんでアリーが緊張してるんだ」


 今日も非番のため、ギンちゃんと一緒に酒を飲みにきた。度の高い酒が入ったグラスを持ちながら、呆れ顔でギンちゃんがこちらを見てくる。彼は酒に強いので、顔色は全く変わっていない。


「いやだってね? 弟の様に可愛がってた弟子が明日いよいよ騎士になるのよ? 大舞台で失敗したりしないか不安で……」


「そんなドジなやつなのか? 最年少で騎士になれるくらいだから、失敗したりしないと思うんだが」


「確かにユーリはしっかり者だよ。私よりもずっと才能あるし。でも何かこうね、親心というかなんというか……」


 ユーリはきっと失敗なんてしない。頭が良いし、剣の実力もかなりのものだし、仕事もテキパキできる。たまに鈍感というか天然というか、そんな素振りを見せるがそれ以外は羨ましいくらいできた子だと思う。ただ、彼の正体のこともあるし、まだ若い故の無鉄砲さや経験不足もある。それがどうしても引っかかってしまうのだ。


「アリーが育てた弟子ならちゃんとできるだろう。心配しなくていい。それよりも、自分の心配したらどうだ?」


「自分?」


「色々……大変なんだろ?」


「あは、まぁね」


 実は今、私の家族は財政難で非常に苦しい生活を送っている。三年前に父が仕事に失敗して借金を残したまま蒸発し、弟と共に暮らす母が必死に働いて返済している。地頭が良く学者を目指していた兄は今は地方の学校で研究員として働きつつ、さらに仕事を掛け持ちして実家に仕送りをしている。私も勿論実家へ仕送りをしているが、病弱な弟の医療費と借金の返済でかなりの額がとぶらしく、母と弟はかなり苦しい生活を強いられているらしい。当然私と兄の生活もなかなか苦しい。


「全く……家族放り出してどこに行っちゃったんだか」


「……アリー、俺にもしできることがあれば何でも言ってくれよ?」


「うん、ありがとう」


 ギンちゃんは何度もそう言ってくれる。とても嬉しい。でも、これは私達家族の問題だ。ギンちゃんを巻き込めない。私がどうにかしなければ。


「アリー、前から言おうと思っていたが……無理しないでくれ」


「え?」


「見てれば分かる。俺達何年付き合ってると思ってるんだ」


「む、無理なんて私……」


「どうせ家族の問題だ、とか思ってるんだろ?」


「……」


「アリーは色々抱え込み過ぎだ。家族のことも、弟子のことも。そのうち爆発するぞ?」


「……」


「だから……その、もう少し頼ってくれてもいいと思うんだが」


 ギンちゃんが寂しげな、そして切なげな目で私を見た。はたから見れば無表情だが。


「でも……大好きなギンちゃんに迷惑かけたくないよ」


「……アリーは本当に阿呆だな」


「え?」


 ギンちゃんが大きく溜息をついた。そして真剣な眼差しをこちらに向ける。


「好意を寄せてる相手が頼ってくるのを迷惑だなんて思うわけないだろうが。阿呆」


「に、二回も言わなくても……」


「何回でも言う。阿呆」


「う……」


「アリーが一人で背負って苦しんで誰が得をするんだ。それでお前が倒れたら家族が悲しむだけだろう。それにアリー一人でできることなんて限られてるんだよ、阿呆」


「ギンちゃん……」


「だから、もっと周りを頼ればいいんだ。俺だって……アリーに協力したい」


「……ありがとう」


「だから……アリーが今のままじゃ頼りづらいって言うなら、俺は……」


「……?」


「俺は、アリーと……その、一緒に……」


 ギンちゃんが少し赤くなり、恥ずかしそうに目をそらす。いきなり歯切れが悪くなって、どうしたのだろうか。


「ギンちゃん? 何?」


「だからアリー、俺と……け、け、けっ……」


 いつものギンちゃんらしくない。周りの人からも分かるほど赤面している。

 あ、もしかして、次に言いたいことって……。


「け、け…………いや、何でもない」


「え、えぇ!?」


 何じゃそりゃ!! いや明らかに今プロポーズしようとしてたよね? まぁ、ギンちゃんらしいと言えばそうなのだけども。


「す、すまん。またそのうち話す」


「……うん、分かった」


 恥ずかしそうに俯くギンちゃんにそれ以上は追求しない。先が聞けなかったのは少し残念だが、でもそこまで私を想ってくれているのが分かって嬉しかった。


「と、取り敢えずだ! 自分一人で全部背負い込もうとするな! 明日の叙任式もそんなに考え込む必要はない!」


「あはは、そうだね。うん、気が楽になったよ、ありがとう」


「ならいい」


 そう言って、ギンちゃんは酒を口に含む。私も同じく酒を飲んだ。何だか、本当に緊張がほぐれた。先ほどまでのモヤモヤが嘘の様だ。


「あぁそれと……最近神子について嫌な噂が立っているが、アリーはどう思う?」


「あー、神子様のお告げが当たらないとか民を差し置いて贅沢三昧してるとかってやつ? あんなのデタラメよ! うちの神子様がそんなことする訳ないわ。しっかり国民の為に一生懸命働いてるわよ!」


「……だが、騎士の中では不穏な動きをしている奴もいる様だぞ。俺は神子についてはよく知らないから何とも言えないが。もしそいつらが強行手段に出たら、アリーも危険な目に遭う可能性がある」


「そうね。でも、神子様を守るのが私の使命よ。私にとって神子様は絶対の存在。何があっても神子様を信じるし、守り抜くわ」


「……そうか。くれぐれも気をつけろよ」


「うん、ありがとう」


 そしてまた、二人同時にグラスに口をつけた。決してお互いに真似している訳ではない。自然とシンクロするのだ。


「……そろそろ、帰ろうか」


「そうね」


 一頻り酒を楽しんだので、会計を済ませて店を出る。

 ギンちゃんは寄宿先まで送ってくれた。


「今日はありがとう。また、次の休みの日に会おうね!」


「あぁ。おやすみ」


「おやすみ!」


 ギンちゃんの後ろ姿を見送る。今日も彼に会えて良かった。たくさん話せて良かった。大切にしてもらえて、私は幸せ者だ。明日からもまた、頑張ろう。



 いつか、今日聞けなかった言葉の先……聞けるかな。もし言われたら、もちろんあなたの手を取る。あなたと一緒に、生きていきたい。




 だから待ってるね、ギンちゃん。






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