表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第6章 エルトゥールの末裔
86/194

第83話 リアトリスの騎士

 リアトリスの退場後、叙任式は滞りなく終わった。式後、俺は真っ先にリアトリスの元へ向かいたかったのだが、新人騎士は色々な手続きや今後についての説明を受けなければならずなかなか解放されなかった。一通りこれからの仕事内容や配置についての話を聞いた後、ようやく俺は自由に行動できる様になった。近くの衛兵に聞いたところ、リアトリスはどうやらこの王城の地下牢へ連行されたらしい。


「なんでリアが逮捕なんてされなきゃいけないんだ……!?」


 俺は王城内を走ってリアトリスの元へ向かう。城内にいる人達も、突然の神子逮捕という知らせに騒然としていた。騎士達も慌ただしく走り回っている。

 大聖堂で、リアトリスは反逆罪を犯したと言われていた。冤罪であることは間違いないだろうが、一体どういうことなんだ。王城内の他の者も皆、詳しいことは分からないらしい。今は騎士団長が取り調べをしているとさっきの衛兵は言っていたが……リアトリスは大丈夫だろうか。


「あった、あそこか!!」


 廊下の窓から、角を曲がり長い廊下を進んだ先に地下牢へと続く扉があるのが見えた。一人の衛兵が扉前に立っている。


「……正面から行っても門前払いされるかもしれないな」


 堂々と正面から行って、入れてもらえる様に頼み込んでみるか、それとも衛兵を出し抜いて中へ入るか。騎士になった初日からそんな悪事を働くのには気が引けるな、なんて考えながら走っていると、


「ーーわっ!?」


 突然、爆発音が鳴り響いた。爆音と共に建物が振動し、俺は足を止める。王城内で何かが爆発したのだろうか。音からしてかなり近い位置だ。


「一体何なん……」


 振動が止まったのを確認し、窓から景色を確認しようとした。その時。


「!!!」


 第二の爆発。大音量の爆破音と、地震のような振動が襲う。そして、第一の爆発よりさらに近い位置での爆発だったらしく、廊下の壁に一気に亀裂が走った。俺は身をかがめ、壁に手をつこうとしたその瞬間ーー


「ーーあ」


 亀裂の入った壁と天井が崩壊し、装飾具や照明器具と共に大質量の瓦礫が降ってきた。逃げ場が無く、為すすべもなく俺は大量の瓦礫に呑み込まれた。




 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎




「……う」


 土埃の匂い。口の中に入った砂の不快な感触。全身に走る痛み。それらが、俺の意識を現実へと引き戻した。


「……うえっ」


 口の中を砂を吐き出す。そして朦朧とする意識の中、体を起こそうとした。しかし、体だが動かない。否、動かせない。一体、何があったのか。どうしてこんな状態になっているのか。ゆっくり目を開け、状況を確認しようとした。だが、目の前に広がったのは真っ暗な……瓦礫の中だ。そこで、ようやく自分が爆発の余波に巻き込まれたことを思い出した。


「く、そおっ!!」


 どうやら瓦礫に飲まれる直前に反射的に氣術で突風を起こしたため、上手く軌道が逸れて瓦礫でぺしゃんこになるのは避けられたらしい。俺は風の氣術で瓦礫を跳ね除ける。被さっていた大きな瓦礫が無くなり、ようやく体を起こすことができた。そして、周りを見回す。すると目の前に飛び込んできたのはーー半壊状態の王城と、それを包む炎だった。


「なんだよ、これ……」


 神子選考前日の悪夢の夜がフラッシュバックする。背筋が凍った。


「嘘だろ……リア!!」


 俺は急いで立ち上がり、地下牢の方へと走り出す。最早廊下は瓦礫の山で走れるような状態ではない。景色が様変わりしてしまったので方向も合っているか怪しい。しかし、それでも急がずにはいられなかった。また、何もかもが失われてしまう気がしたのだ。


「頼むから……無事でいてくれ!!」


 王城で何が起こっているのか全く分からない。先ほどの崩壊のせいで全身傷だらけだ。それでも、今は何とかリアトリスを見つけ出さなければ。


「はぁ、はぁ……」


 瓦礫を跨ぎ、そして避けながら進むと、衛兵が倒れていた。上半身が瓦礫に潰されており、下半身だけが見えている。瓦礫の下から大量の血が流れていた。


「っ!」


 思わず立ち止まり目をそらす。しかしその目をそらした先、壊れた廊下の壁の向こう側にも人が倒れていた。三人。瓦礫に体の一部を潰されたり、頭を打ちつけたりして血だらけになっており、皆動かない。


「ああぁーー」


 全身から冷や汗が吹き出し、動悸がし始めた。あの日の光景が脳裏に鮮明に映し出される。炎に包まれる屋敷。そこら中に倒れる血塗れの使用人や衛兵達。そして、鮮血で真っ赤に染まった床の上に寝転がる母さんとマリィ、凶刃に倒れる父さんーー。


「やめろ! やめろぉ!!」


 頭を左右に振り、悍ましい過去の光景を振り払う。胸に手を当て深呼吸をし、心を落ち着けた。


「はぁ、はぁ。もうあんなの御免だ。お願いだから、リア……無事でいて」


 リアトリスの無事を祈りながら再び足を動かす。壁や天井が盛大に破壊された今では自分の現在地や地下牢の場所がイマイチ分からないが、勘を頼りに進んでいく。すると、少し進んだところで複数の叫び声が聞こえた。言葉の内容までは聞き取れないが、悲鳴ではなく怒鳴りあっている感じだ。


「何だ……?」


 進むスピードを緩め、声の方向を見る。しかし、炎と瓦礫に遮られて何も見えない。その先から確かに声は聞こえてくるのだが。何が起こっているのか確かめるため、俺は瓦礫に登り周囲を見渡した。すると、炎の向こうで騎士達が戦っているのが見えた。侵入者と戦っているのではない。騎士同士で戦闘を行なっているのだ。


「は……? どういうことだよ……」


 意味が分からない。なぜ仲間同士で戦っているのだ。お互い剣を抜き、殺し合っている。


「この逆賊め!!」


「どっちが!! 反逆者の神子と王につくお前らの方が逆賊だ!! 恥を知れぇ!」


 騎士十数人が王城の中庭で戦闘行為を繰り広げている。そこまではまだ火が回っていない。彼等の言葉の内容から察するに、神子派と神子反対派の戦闘なのだろうか。いや反対派と言うには少々過激すぎるから、革命派と言ったところか。


「まさか、この爆発も革命派の仕業……?」


 思考をフル回転させる。元々、神子や王に対して不満を抱く騎士達は一定数おり、クーデターを考えていた。その不満の原因についてはリアトリスに全く身に覚えのないものばかりだったが。そして、今神子は反逆罪の容疑をかけられ王城にて拘束。そしてそこに爆破テロと革命派の襲撃。


「リアに冤罪をかけたのも、革命派の策略……!? マズイ、リアが殺される!!」


 大聖堂にリアトリスを連行しに来たのは恐らく革命派の騎士。そして彼女を捕縛し王城を破壊。奇襲をかけて神子とそれを擁護する王も殺すという算段か。だとしたら、リアトリスは捕まった時点でもしかしたら殺されてしまっているかもしれない。


「いや、でもさすがに……すぐ殺したりはしないよな!?」


 そうあって欲しいと願いながら、瓦礫から降りて走り出す。いくら革命派でもそんな早計な真似はしないと信じたい。戦闘を行なっている騎士達の目につかない様に少し屈みながら走り、地下牢があったと思われる場所を目指す。すると、右前方の壁が崩れてきた。


「ーーっ!!」


 発生させた追い風を使って高速で降ってくる瓦礫の隙間をすり抜ける。後ろを振り向くと、轟音を立てて先ほどまでいた廊下が崩れ落ちていた。王城が完全に崩れるのも時間の問題かもしれない。


「早く見つけないと!!」


 再び走り出そうとしたその時、前方に誰かが倒れているのが見えた。地下牢の入口はたぶんあの辺りのはずだ。


「入口に立ってた人か? それとも……」


 唾を飲み込み、少しずつ近づいて行く。倒れた人は動かない。血が大量に出ている様にも見える。頼むから、あれがリアトリスというのだけはやめてくれ。そう念じながら歩き、そして側まで辿り着いた。


 その人は、リアトリスでは無かった。





「……アリーチェ」



 瓦礫の上に仰向けに倒れて、胸部に空いた穴から大量の血を流していたのはアリーチェだった。目は虚ろで、既に命は失われていることは明白だ。師匠として、そして時には姉の様に親しくしていた大切な人。それがこうして目の前で死んでいる。その光景が目に映し出された瞬間、俺の心は喪失感で埋め尽くされた。


「アリーチェ、嘘だ……そんな……」


 俺はアリーチェを抱きかかえる。彼女の体は軽く、当然だが何の反応も無かった。また大切な人が一人、俺の前から消えた。胸の中が悲しみと苦しみと切なさと悔しさで混沌となる。


「……どうして」


 なぜアリーチェがこんなところで死んでいる? 確かにアリーチェはリアトリスの護衛として王城に来ていた。リアトリスが拘束されてからはどうしていた? この傷は何だ? 爆発に巻き込まれた様なものではない。革命派に斬られたにしては違和感がある。


「ユーリ?」


 その時、後ろから声をかけられた。探していた声だ。


「リア!!」


 振り返ると、そこにはリアトリスが立っていた。体に怪我は無さそうだが、爆発の余波を受けたのか煤を被っている。神妙な面持ちでこちらを見ていた。


「良かったリア、無事だったんだね!?」


 アリーチェを優しく下ろし、リアトリスの元へ駆け寄る。彼女は一瞬嬉しそうに口元を緩めたが、すぐに悲しそうな、そして辛そうな表情になった。


「リアはどうやってここに? いやそれよりアリーチェが……」


「……」


「……リア?」


 リアトリスが俯く。


「どうしたの? 大丈夫?」


「……」


 返事が無い。何か、嫌な予感がする。


「ユーリ、ごめんなさい」


「ーーリア!?」


 リアトリスは俺を突き飛ばし、それと同時に腰に携えていた俺の剣を抜き取った。俺はバランスを崩して数歩下がる。


「リア、一体何を……」


「来ないでください!!」


 駆け寄ろうとした瞬間、リアトリスに制止された。彼女は顔を上げ、苦しそうに、悲しそうに俺を見つめる。その双眸からは大粒の涙が流れていた。


「リア……?」


「お願いです。でないと私……このままではユーリまで殺してしまいますわ」


「……え?」


 辛そうに泣きながら、今リアトリスは何と言った? 俺を殺す?


「ど、どういう……」


「ーーあ」


 リアトリスの真意が分からず、俺が近づこうとしたその時。リアトリスの背中から黒くて大きい、そして鋭利な影が出てきた。その影は一目散に俺を狙って迫ってくる。


「っ!?」


 咄嗟に飛んでかわすと、影は瓦礫に激突しそれを抉った。


「なんだよそれ……」


 黒い影の様な凶器。それがリアトリスの中から出てきて俺を襲っただと?


「ユーリ、逃げて……」


 瓦礫の抉られ方。そしてリアトリスはさっき、俺まで(・・)殺してしまうと言った。


「リア……まさか、君がアリーチェを?」


「……ごめんなさい」


 否定しない。その言葉を聞いて、体を巡る血が一気に冷たくなった様に感じた。リアトリスは泣きながら俯く。


「一体何があったんだよ……。それは何なんだ?」


「……地下牢に連れていかれ、これを埋め込まれましたわ。私には制御できません。それどころか、私を乗っ取ろうとしています」


「か、革命派の奴らがそんなことをしたのか!? それは一体何なんだ! どうしたら外れる!?」


「もう……無理ですわ」


 そう言ってリアトリスは俺から奪った剣を両手で握り、そして剣先を自分に向けた。


「よ、よせリア!!」


「ごめんなさい!!」


「ーーっ!!」


 リアトリスが剣を引く。俺はそれを止めようと飛び出す。そして影が俺を抉ろうと突き出る。


 しかし、俺も影も間に合わなかった。


「ああぁっ!!」

「リア!!!」


 俺の剣が、リアトリスの胸を貫いた。瞬間、影は消え失せる。膝から崩れ落ちるリアトリスを俺は抱きとめた。剣が刺さった箇所から血が流れる。


「リア……どうして……」


「全ては……私の力足らずが原因ですわ……」


「嫌だよリア、死なないで」


「……ユーリには辛い思いをさせてしまいますわね……ごめんなさい」


「お願いだ、死なないで!」


 リアトリスをギュッと抱きしめた。嫌だ、失いたくない。大切な人を、大好きな人をまた失うなんて御免だ。

 すると、リアトリスが俺の頬に掌を当てた。


「ユーリ、この国から逃げなさい。私を陥れたのは寝返った騎士ですが、おそらく『異変』が関係しているでしょう……ごほっ」


「リア、ダメだ喋ったら……」


「私に埋め込まれたものは悍ましいものです。こんな危険なものを普通の騎士が扱える訳がありませんわ……。何か、大きな脅威が国を脅かしています。そしてあなたも標的に入っているはずです」


「……」


「ですから、私がユーリを安全な場所まで飛ばします……ごほっごほっ。ユーリは……どうか遠くまで逃げてくださいまし」


「そんなことできない! リアを置いてなんて……」


「ユーリ」


 リアトリスは血を吐きながら、優しい眼差しをこちらに向けた。


「あなたと過ごした時間はとても楽しかったですわ。あなたに会えて良かった」


「リア……やめてよ……」


「ユーリは生き延びてください。そしていつか、『異変』の謎を解いてユニトリクを取り戻してください」


「リア、嫌だよ……一緒じゃなきゃ俺は……」


「ユーリ・カルティアナ。あなたに命じます。神子リアトリスに仕えた騎士として、誇り高く、強く生きなさい。決して諦めず、エルトゥールの末裔として一族とユニトリクの未来を取り戻しなさい」


 リアトリスは真剣な、そして慈愛に満ちた眼差しでそう言った。それはリアトリスから俺への最初で最期の命令だった。


「……」


 もうリアトリスは助からない。それを分かっていながら受け入れられなかった心が、ようやく決心した。


「……御心のままに」


 涙を流しながら言った俺の一言に、リアトリスは頬を緩める。


「目の氣術……かけ直しておきますわね」


 リアトリスが俺の目に人差し指を向け、そして淡い光を放つ。次の瞬間、温かいものを感じた。目の色を変える術がかけ直され、効力が延長されたのだ。


「あとは……これであと数分で転移できるはずです」


 リアトリスが今度は俺の胸に手を当てる。何かが渦巻く様な感触を感じた。術を施したリアトリスは安心したのかだらんと脱力する。


「リア……ありがとう」


「……はい。私からも、ありがとうですわ」


「リア、君がいて本当に良かった」


「はい」


「リアが助けてくれたおかげて、俺は今日まで生きてこられた。一緒に暮らせてすごく充実してて、すごく楽しかった」


「はい」


「リア……好きだよ」


「……はい」


 俺はリアトリスを強く抱きしめる。



「ユーリ、ありがとう。私、も……」


「……」




 そして、リアトリスは動かなくなった。



 しばらく抱きしめた後、俺は彼女を優しく横たわらせる。





「ーーおいユーリ、何だよこれ」


「……」


 後ろから、声が聞こえた。しかし俺は振り返らない。誰かは分かっている。ロベルトだ。


「リアに刺さっているのは……お前の剣か?」


「……」


「リアは……死んだのか?」


「……」


「おい、何か言えよ!!」


 ロベルトが俺の胸ぐらを掴み、顔を目の前に近づける。


「リアが逮捕されたって聞いて慌てて来てみりゃあ、王城はめちゃくちゃだしクーデター起きてるし、リアにはお前の剣が刺さってる! 何なんだこれは!! お前がリアを殺したのか!?」


「……」


「何か答えろ馬鹿野郎!!」


「俺、は……」


 リアトリスを守れなかった。目の前にいたのに。すぐ手の届く場所にいたのに。


「何だよ!? ハッキリ言えよ!!」


 ロベルトは泣いている。


「俺は……」


 それでも、俺は生きなければならない。リアトリスとの最期の約束だから。


「俺はーー」


 その時、辺りが白い光に包まれた。







 俺はリアトリスの転移氣術で、気づけば遠い地まで一人で飛ばされていた。こうして、俺は一人で『世界の異変』を探る決意をしたのであった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ