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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第6章 エルトゥールの末裔
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第81話 告白

 無事に俺達はアリーチェの屋敷へと戻ってきた。俺達の帰りを聞きつけたらしく、門でリアトリスが出迎えてくれた。彼女に会うのは実に十日ぶりだ。

 騎士団はネストールを倒し、小男を捕まえた後町民達と話し合い、和解した。そして戦闘でグチャグチャになった教会付近の片付け等をして帰ってきたのだった。上層部を騙し内紛へ先導した黒幕がいなくなったため、和解するのはさほど手間取らなかった。

 どうやらあの小男がローゼン上層部にちょっかいを出した犯人らしい。確かに、ネストールは自分のことを助っ人と言っていたし、彼はどちらかと言えば脳筋体質な上に変人。町民を騙して洗脳する、といった小手先に頼る人物では無さそうだった。あの小男に戦闘要員として呼ばれたといったところか。


「お帰りなさい!」


「「只今戻りました、リアトリス様」」


 俺とアリーチェはリアトリスにお辞儀をする。人前なので、俺はリアトリスに敬語だ。


「お疲れ様でした。無事で何よりですわ」


 俺達は屋敷内へと入る。屋敷内を歩く途中、使用人何人かにも声をかけられた。アリーチェは色々と雑務があるらしく、執務室へと向かっていった。


「ユーリ、無事で本当に良かったです」


「ありがとうリア。そっちは特に変わりない?」


「はい、大丈夫ですわ。それにしても聞きましたわよ? 新米騎士のユーリが首謀者を倒したって」


「え、そんな話になってるの? 違うよ、倒したのはアリーチェだ。俺は手伝っただけ」


 俺が遠隔操作を使った際にネストールの氣術器もダメージを受けたらしい。それで防壁が壊れてアリーチェがとどめを刺すことができたのだ。そしてアリーチェが氣術器にさらにヒビを入れて俺の正体をカモフラージュ。


「そうですの? なんだか凄い新人がいるって騒ぎになってますわよ」


「マジ? あんまり目立ちたくないんだけどな」


「まぁそうですわよね。……でも、周りに力を認められるということは素晴らしいことですわ」


「認められる、か……」


 正直、ローゼンへ向かった騎士団の中には突出した能力を持つ主砲はいなかった。アリーチェが頭一つ出ている、という感じである。ローゼンは小さな町だから、強力な手駒を向かわせる必要は無いと騎士団長が判断したのだろうか。

 確かに、自分の日々の努力が実を結ぶことは喜ばしいことだ。まだまだ駆け出しの騎士だが、夢見ていた国を守る騎士に近づいている気がして嬉しかった。本来守るべき国と家族は失ってしまったが、今はリアトリスと彼女が支える国がある。俺はそれを守ろう。


「ところでロベルトは?」


「あぁ、ロベルトなら今日は非番ですわ。お父様のお店に顔を出す様なことを言ってましたけど」


「ん……そっか」


「ユーリ、あと……特に何も変なことはなかったですか? 異変に関することだとか」


「あ……」


 出発前にリアトリスが言っていた異変。アリオストに降りかかる戦争の火種や内紛を引き起こしているのかもしれないもの。俺は、ローゼンから引き返す道中のことを思い出した。



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



「ーーなぁ、聞いたか? ウチの神子様の噂」


「あぁ、何か無茶苦茶なんだろ?」


 俺とアリーチェの少し前方で先輩騎士がヒソヒソ話をしている。本人らは声を小さくしているつもりだが、こちらまで聞こえていた。

 リアトリスが無茶苦茶だって? 聞き捨てならない。


「最近お告げほったらかして豪遊してるらしいぜ? だから戦が多くなってるって話だ。自分は仕事放棄して遊び呆けて、俺達にツケ払わせるなんていいご身分だよな」


「マジかよ。俺ら騎士が命懸けで戦ってんのにそれは許せねえな。今回だって何人犠牲になったか……」


「だからよ、もしクーデターが起きたら寝返るつもりの騎士も結構増えてるって話だぜ」


「へぇ。もしそうなったら……俺はどうしようかな」


「俺は間違いなく反乱側に付く。国を傾ける神子なんていらねえよ。あんなのに仕えてるアリーチェの気が知れねえ」


「ーーその辺にしときなよ」


 その声にギョッとして、ヒソヒソ話をしていた騎士二人がこちらを振り向いた。アリーチェ本人に嗜められて気まずそうにする。


「私の神子様はそんな方では無い。根拠の無い噂に騙されないで欲しいね。それと、それ以上言うのならーー」


「わ、悪かったよ!」


 アリーチェが静かに冷たい視線を向ける。その殺気立つ様子に慌てて騎士達は謝罪した。


「アリーチェ……」


「ユーリ、気にすることは無い。今は情勢が不安定になっているから、人の心も不安定なんだよ。私達が、しっかりリアトリス様を支えよう」


「……はい」



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



「ユーリ?」


「あ、いや……何でもない」


 思いにふけってぼーっとしてしまったらしく、心配してリアトリスが俺の顔を覗き込んできた。意識を引き戻した途端、目の前にリアトリスの顔があって少しドキっとする。


「異変は……関係あるのか分からないけど、ローゼンの内紛は外部の人が介入して起こったものだった。今は捕まって牢に放り込まれてるかな。あとは……騎士団の中でリアの良くない噂が流れてるみたい」


「……そうですか」


「リアは知ってるの?」


「はい。この屋敷に来る騎士の方でもたまに陰口を言っている方はいますわ。でも大丈夫です。気にしてませんから」


 リアトリスが笑顔で答える。何だか胸が締め付けられた。彼女は毎日頑張って使命を果たしているのに……どうして謂れのない噂などが立つのだろうか。


「ユーリ、今日はゆっくり休んでくださいまし。長旅で疲れているでしょうから」


「まぁ長旅ってほどではないけどね。ありがとう」


 片道一日半の道のりだ。そこまで疲れるものではない。しかし初めての遠征ということもあり、俺の体も精神も自分が思った以上に疲れていたらしい。自室に戻り、ベッドに寝転がるとすぐに寝入ってしまった。



 ーー翌日。早朝に起き、これまで通り仕事を始める。今日はロベルトもいる。朝会って早々、帰ってこなくて良かったのにと悪態をつかれた。とは言ってもこれは挨拶代わりだ。いつもと同じ様に俺達は淡々と仕事をこなし、昼休憩の時間になる。


「ユーリ、お前凄かったらしいな?」


「え、何が?」


「ローゼン遠征。一番ヤバいやつを倒したらしいじゃん。先輩らがどんどん殺されてくのに」


「いや、俺じゃなくてアリーチェが倒したんだけど」


「そうなのか? でも騎士団の中じゃそういう話になってるぜ? で、近々ユーリが叙任されて騎士になるかもって」


「……は?」


「もしそうなったら歴代最年少タイだってよ」


「ちょ、ちょ、え!? 俺が近々騎士になれるの!? まだ従騎士になって二年なのに!?」


 従騎士は師匠の元で様々な経験を積んで、一人前と認定されると叙任され騎士になれる。それは騎士を目指すものにとっての目標地点であり、俺にとって憧れの姿だった。その夢見ていた騎士に、近々なれるかもしれないという。予想以上に早い夢への到達を聞かされて俺の心は高鳴った。


「……さぁな」


「え、何ではぐらかすんだよ」


「あくまで噂だし知らねーよ! ってかお前なんかがなれる訳ねーだろバーカ!!」


「は!? なに何でいきなりキレて不貞腐れてんだ!?」


 どうやらロベルトは自分で言っているうちに腹ただしくなってきて拗ねてるらしい。自分から話振っといて、俺が嬉々としたら急に怒り出すとか何なんだ。


「てかロベルト、まだリアに本当のこと言ってないの?」


「……あ?」


 弾んだ気持ちに水を差されて少々不満だが、取り敢えずこの話題はこれ以上発展しないと判断して別の話題を振る。ロベルトは怪訝な顔をしてこちらを見た。


「出身のことだよ。昨日また父親の店に行ってたって言ったんだろ? いつまで嘘つき続けるんだ?」


「……別に何か不具合ある訳じゃねえからいいだろ」


 ロベルトはヴォルグランツのスラム街出身の孤児だ。それをリアトリスには商人の息子と偽っている。リアトリスは気づいていないが、俺は街でロベルトと遊ぶうちに違和感を感じ、問いただしたことがあった。嘘をついていたのは、スラム出身だと相手にしてもらえないと思ったかららしい。俺もリアトリスもそんなことはしないのだが。


「まぁ別に問題は無いんだけどさ。もしバレた場合、隠されてたことがちょっと悲しくなるかなって……」


 そこまで言って、自分も人のことを言える立場では無いことに気がついた。俺はエルトゥールであることをロベルトにまだ隠している。知ってしまったが最後、殺される可能性もあるためバラすつもりはないのだが、罪悪感は感じていた。


「……どうした?」


「いや、何でもない」


 急に口ごもった俺に対してロベルトが眉を寄せながら言う。しかし俺が目をそらすと彼は溜息をついた。


「なぁ、ユーリ」


「ん?」


 ロベルトが真剣な目で俺を見る。何だろうか……まさか、俺の正体がバレたか?

 ロベルトは真面目な表情でしばし沈黙し、そして口を開いた。



「オレは……リアが好きだ」


「…………はい?」


 ロベルトから出たのは斜め上からの告白。予想外の発言に俺は固まる。いきなり何を言い出すんだ。


「……だ・か・ら!! リアが好きだ!!」


「…………うん、知ってる」


「……え、マジかよ」


「マジだよ。ってかバレバレだよ」


「うおぉふ」


 顔を掌で覆い、俯くロベルト。覆い隠しきれていない耳が真っ赤になっている。ロベルトは何回か深呼吸をし、体を落ち着かせた。


「だから、オレはリアに釣り合う男になりたい。スラム出身ってのも孤児ってのも内緒だ! 神子様とは釣り合わねーからな!」


「あぁ、そういうことか……」


「ユーリ、お前はどうなんだ!?」


「え、どうって?」


「リアのこと、好きなんだろ?」


「ーー! 俺は……」


 ロベルトがこちらに人差し指を向けながら聞いてくる。俺は……俺にとってリアトリスは恩人で、親友で。彼女が助けてくれたから、励ましてくれたから、あの日立ち上がることができて。俺のことを信じてくれて、一緒に暮らしてくれたから今の俺がある。感謝してもしきれない。だが、俺は与えられてばかりだ。リアトリスに何一つ恩返しできていない。それどころか、正体がバレた場合彼女まで危険な目に晒す可能性がある。俺の方こそ、リアトリスとは不釣り合いだ。それに、リアトリスだって俺のことをそういう目では見ていないだろう。家族としては見ているかもしれないが。


「……俺に、そんな資格は無いかな」


「……はぁ?」


「リアのことを好きだなんて、言える資格俺には無いよ」


「どういう意味だよそれ」


 ロベルトの口調がキツくなる。


「俺といたってリアは幸せになれない。だから、」

「バーカ!!!」


 俺の声を遮って、ロベルトが叫んだ。


「え……」


「お前はバカだ!! ユーリ!!」


「ちょ、は?」


「資格が無いとか、一緒にいても幸せになれないとか、そういう話じゃねえ!!」


「……」


「ユーリ、お前はリアが好きか!? 好きな気持ちがあんのか!?」


「……」


「あのな、何を悩んでんのか知らねえが、リアのそばにいるのに大層な資格でもいるのか!? それに幸せにできるかどうかなんて、やってみなけりゃわかんねー!!」


「……」


「オレが言ってんのはそういう話じゃねえ! お前の気持ちがどうか、って話だ!!」


 ロベルトが他の人に聞こえかねない大声で熱弁した。おれはその勢いに気圧される。そしてーー口にするのを躊躇っていた言葉が、遮られることなく出てきた。


「ーー好きだよ」


「……だろうな」


「……分かってたくせに」


「お互い様だ、バーカ」


 ロベルトに言われ、俺は先ほどまでの自分の悩みが酷く馬鹿馬鹿しくなった。


「……負けないからね」


「オレもだ。オレだってすぐ騎士になってやるからな」




 昼休憩の時間を、こうして想い人への気持ちを暴露して終える俺達。不思議とスッキリした感覚になった。



 このわずか十日後、俺が叙任されることが決定した。

 

 そして俺はまだ知らなかった。そこに待ち受ける災厄のことを。






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