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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第6章 エルトゥールの末裔
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第80話 変人

 ネストールの狂気じみた振る舞いに彼を囲む騎士達は踏み込むのを躊躇する。町民達は既に皆散開し、教会の周りにいるのはネストールと騎士団メンバーだけだ。


「ユーリ、ここは危険だ。もう少し離れて」


「でも……!!」


 アリーチェが俺にもっと下がるよう手振りで示した。しかし、一番倒さなければならない敵を前にして、俺だけ引き下がるということはできない。たとえ戦に来るのが初めての新米騎士だとしても。

 そうして下がるのを躊躇っていると、ネストールと対峙する騎士達が攻撃を仕掛けた。ネストールを囲む約十人ほどが一斉に剣を突き刺す。


「ヒャッハァ!! 俺様にてめえら凡人の攻撃なんて効かねえヨォーー!」


 しかし騎士達の剣はことごとく軌道が逸れ、ネストールには届かなかった。何か剣に力が加わっていなされた様な感じだ。肩透かしを食らった騎士達は体勢を崩す。その瞬間、ネストールはその驚くべき跳躍力で飛び上がり、騎士達を狙ってダガーを投げた。


「ぐあっ!?」

「うわ!!」

「があぁっ!!」


 ネストールを囲んだ騎士の半数がダガーを食らう。ある者は首にダガーが刺さり倒れ、ある者は足に刺さり蹌踉めく。


「アリオストの騎士様達も大したことねぇなーーア!? やっぱり俺様一人でも全然問題無いじゃねえカァ!?」


 誰に対しての発言なのかはわからないが、この内紛を引き起こした黒幕は彼だけということだろうか。彼を倒せばこの騒動は沈静化できるのだろうか。


「貴様、舐めるな!!」


 恍惚感に浸っているネストールに斬りかかる騎士。しかし、先ほど同様剣撃は当たらない。


「くそ、何なんだこいつ!?」


「アッハァー! 良いねぇその表情!! もっと焦れ! もっと怯えろヤァ!!」


 ネストールはダガーで騎士を斬りつけた。即座に体勢を戻した騎士は応戦し、刃同士を打ち付け合う。そこに別の騎士の剣が後ろからネストールを狙った。しかし横目でそれを確認したネストールは余裕の表情で笑う。


「ッハァ! だから無駄だってんノォ!」


 打ち合っていたダガーを投げる。それと同時に後ろから迫る斬撃がネストールを襲うーーことはなく、また軌道が逸れた。投げられたダガーは剣を打ち合っていた騎士の胸に命中する。そしてネストールは振り返り、後ろから攻撃を仕掛けていた騎士の胸にダガーを突き立てた。胸にダガーを受け、崩れ落ちる騎士達。ほんの一瞬の間で二人の騎士の命を奪い、ネストールは満足気に周りを見回した。


「……マズイな」


 アリーチェの頬に冷や汗が垂れている。彼女の言う通り、状況はかなり悪い。ネストールはかなりの手練れな上に、こちらの攻撃はどういうカラクリなのか全く当たらない。経験豊富なはずの先輩騎士達が呆気なく倒されてしまっている。……だが、俺はまだ勝機はあると思った。


「攻撃が当たらない仕組みさえ分かれば……」


 ネストールと先輩騎士の打ち合いをこの目で見て、全く自分が届かない領域の強さではないことが分かった。あとは攻撃さえ当たる様になれば、この状況を打開できるかもしれない。


「俺達も行きましょう」


「ユーリ!? しかし君はまだ……」


「俺なら大丈夫です。騎士として、俺も戦わせてください」


 アリーチェが心配そうに俺を見つめる。しかし俺の眼差しに覚悟を感じたのか、コクリと頷いた。


「行くぞ! 無理はするなよ!」


「はい!!」


 俺達はネストールに向かって駆け出した。こうしている間にも、騎士が何人かやられている。ネストールは睨みつけながら出方を伺う騎士達の後ろから、俺達が走って来ていることに気がついた。


「ハッハァー。ずいぶん若い……ってか幼い騎士もいんだなァ?」


「余所見をするな!!」


 俺を見て感想を述べるネストールに騎士の一人が一撃を放つが、相変わらず当たらない。またダガーの迎撃に倒れるか、と思いきやその騎士はギリギリでカウンターをかわした。


「ヘヘッ! ちっとは俺様のパターンに慣れてきたカァ!? でもそれだけじゃ俺様を倒せねえナァー!」


 そう言いながらネストールは高くジャンプし、そして俺とアリーチェの目の前に着地した。


「ヘェー。可愛いじゃん、小さな騎士様ヨォ」


 俺を見て不気味にニヤつくネストール。全身に悪寒を感じた。次の瞬間、アリーチェの剣がネストールを斬り裂こうとする。また同じ様に軌道を逸らされる、そう思った時ネストールの目が見開いた。そして、ダガーで剣を受け止める。鋭い金属音が鳴る。


「ッハァ! よーやく見破られたカァ!?」


「お前、風の氣術で軌道を変えてるんでしょ」


 アリーチェがいつもより低い声で言った。


「ハッハァー、一応正解! 正確に言うと、この氣術器で攻撃を弾く風を周りに発生させてんだゼェ! 俺様は氣術の才能ねえからなーア!! ちなみにこっち側からの攻撃は通っちゃうっていうスグレモノ!!」


 ポケットから黒いスティック状の氣術器を取り出し、プラプラ揺らして見せつけるネストール。敵前でネタばらしどころか自分の氣術の才まで暴露するとは気前のいい奴だ。


「女、同じ風の氣術で干渉してくるとはやるナァ? 俺様が褒めてやるゼェ」


「それはどうも!」


 アリーチェが力を加えて剣を押すと、ネストールはダガーを持ったまま飛び退いた。


「だがな、出力上げちまえばそんなの無理だろーヨォ!」


 ネストールは氣術器をいじって出力を上げる。見た目の変化は無いが、彼の周りを覆う風の防壁は強さを増したらしい。


「ちぃ!」


 アリーチェが風の氣術をネストールに向けて放つが、防壁によってそれは弾かれてしまった。先ほどはそれで防壁が相殺できていたというのに。


「ってな訳で!! さっさとくたばレェーー!!」


 ネストールが三本のダガーをアリーチェに投げる。アリーチェはダガー全てを剣で弾き、斬りにかかるがそれは逸らされてしまう。そして体勢を少し崩したところへネストールの蹴りが炸裂した。


「がっ!!」


 アリーチェが教会の壁まで吹っ飛んだ。壁に激突して呻き声をあげる。


「さて、可愛い騎士様ヨォ。俺様とちょっと遊んでくれるカァ?」


 目を細めながらこちらに近づいてくるネストール。いざ、こうして敵と対峙すると一気に恐怖と不安が押し寄せる。稽古とは違い、これは本当の命を懸けた戦いだ。剣の腕に自信はある。氣術もそこそこだ。だが、初めての殺し合いに俺の体は震えていた。何が勝機はある、だ。何が手が届かない領域ではない、だ。実際こうして殺気を向ける敵を目の前にして、俺は怯えて動けないではないか。


「……させるかぁ!!」

「うおおぉ!!」


 騎士二人がネストールへ突っ込んできた。おそらく怖気付いている俺からネストールの気をそらすためだろう。しかし、彼らの攻撃はそらされネストールのダガーが胸部を狙って放たれる。


「食らうか!!」


 何度も見たパターンだ。そう同じ手は食らうまいと騎士達はダガーをかわし、攻撃を続ける。しかし防壁のカラクリは分かっていても、彼らには対処できる高度な氣術スキルが無いらしい。全く氣術を使う素振りを見せていない。ちなみにアリーチェが先ほどネストールと撃ち合えたのは何気にかなりの氣術の使い手であるからだ。とは言っても、氣術器の出力を上げられた今では彼ら同様に太刀打ちできなくなったが。

 さらに騎士が加わって五人の剣撃がネストールを襲う。すると、ネストールは溜息を吐き呟いた。


「ッハァ。面倒くせぇーナァ」


 直後、ネストールは取り出した手榴弾を目の前に叩きつけた。爆発が五人の騎士を襲う。


「うわっ!!」


 当然、近くにいた俺にも爆炎が迫る。咄嗟に分厚い氷の壁を目の前に出現させた。間一髪、爆発から身を守る。熱風と焦げる臭いが周りにたちこめた。


「アッハァ! お前氣術使えんのネェ! その年でそこまで使いこなせてんのはスゲーわァ!」


 氷の壁が崩れ、その先に見えたのは爆発を食らって倒れた五人の騎士と無傷のネストール。


「くっそおぉ!」


 俺は震える足を鼓舞し、ネストールに向かって剣を振る。もちろん風の氣術を防壁に放ちながら。しかし、強化された防壁は少し揺らいだだけで相殺させることは叶わず、俺の剣撃はそらされてしまった。


「ッハァなるほどォ! その辺の騎士よりよっぽど使えるナァ可愛子ちゃンー!」


「ぐあ!!」


 攻撃をそらされて体勢を立て直す俺の腹にネストールの拳が入る。腹部に激痛が走り、胃の内容物が上がってくる感覚があった。衝撃で剣を離してしまった手で腹と口を押さえ、すんでのところで吐き気を抑え込む。すると、痛みに悶える俺の頭をネストールが掴んだ。


「ホント綺麗な顔してんナァ? 美少年ってやつカァ。ーーなぁ可愛子ちゃん、俺様のモノにならネェ?」


「な、ん……!?」


 顔を近づけ、不気味な笑みを浮かべながらネストールが言う。一体どういう意味だ。俺に、仲間になれと言うのか?


「その子を離せぇ!!」


 騎士達が斬りかかってきた。やはり、防壁内部にいるネストールと俺には剣撃は当たらない。ネストールは邪魔が入ったとばかりに舌打ちをし、手榴弾を投げた。勢いよく爆発し、騎士達は吹き飛ぶ。


「こ、のぉっ!!」


 俺も対抗してネストールを蹴ろうとする。防壁内にいる今なら当たるはずだ。


「おっと、抵抗すんなヨォ」


 蹴り出した足はネストールに掴まれてしまう。しかし俺は体を捻り、掴まれたままの足を軸にして反対の足で蹴りつけた。ネストールの腹にそれはヒットする。


「ウォっ! やりやがったナァ!?」


 少し渋い顔をした後、ネストールは俺を地面に投げつけた。俺の体は防壁の外へと出る。受身は取ったが、地面に叩きつけられるのはなかなか痛い。


「ッハァ。……可愛子ちゃんは可愛子ちゃんらしく俺様に怯えて従ってればいいのにヨォ。やっぱ可愛げ無えわ、おめえ」


 その言葉の最後、ネストールの雰囲気が変わったのを感じた。俺に向かって殺気が放たれているのを肌で感じる。これは、ヤバい。俺は急いで顔を上げ、立ち上がろうとするとーー目の前にダガーの先が迫っていた。




「!!」

「ぐあァ!?」




 次の瞬間、視界が赤に変わった。


 自分で意識して行動した訳ではない。ただ、目の前に迫った凶器から、そして狂気からどうにかして逃れなければと思っただけだ。死が襲いくるのに体が動かず、ただ呆然としていただけのはずなのにーー目の前の景色が変わっていた。ネストールは炎に包まれ踠き苦しんでおり、飛んで来たダガーは消炭となっている。そして、その炎が自分の氣術によるものだということを俺は感覚的に確信していた。


「ーーしまった」


 誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟く。今、俺は咄嗟にエルトゥールの遠隔操作を使ってしまったのだ。攻撃が届かない防壁内のネストールが燃えていることがその証明である。この光景を周りで騎士達が見ているはずだ。もし、俺の正体がバレたらーー



「がふっ!!」


 俺が呆気にとられ様々な思考を巡らせていたその時、燃えるネストールの胸から剣が突き出た。


「まさかーー……アァ」


 血濡れた剣が引き抜かれるとネストールは力なく倒れる。倒れたネストールの後ろに姿を現したのはアリーチェだった。


「あ、アリー……」


「大丈夫か!?」


 アリーチェは俺に駆け寄り、傷が無いかを確認する。そして大した怪我が無いことが分かってホッと一息ついた。


「良かった無事で……」


 困惑する俺に笑顔を向けたあと、アリーチェはネストールの方を振り返る。ネストールの体は動くことなく、炎に燃やされ続けていた。


「おい、大丈夫か!?」

「やったな!!」


 すると、周囲で手をこまねいていた騎士達も駆け寄ってきた。アリーチェは俺の頭を撫でた後立ち上がり、ネストールを確認する。


「凄いな君は! どうやってあいつに氣術を当てたんだ?」


「あ、それは……」


 寄ってきた騎士がいきなり核心をついてくる。ヤバい、どう言い訳しようか。すると、後ろから声が聞こえた。


「どうやら氣術器にヒビが入っていて上手く作動しなかった様だ」


 アリーチェがヒビが入り、そして煤まみれになったネストールの氣術器を手にして言った。俺とアリーチェは至近距離であの氣術器を見たが、先ほどまであんなヒビは入っていなかった。おそらくアリーチェが誤魔化すために今つけたものだろう。ありがとうアリーチェ。


「ほう、運が良かったな! 良くやったぞ!!」


「は、はい……」


 背中をバンバンと叩く先輩騎士。ちょっと痛い。


「取り敢えず内紛の首謀者は片付けられたかーーあ!?」


「どうしたアリーチェ……あ!!」


 アリーチェが再び振り返った瞬間、驚いた様な声を出す。つられて隣の騎士もアリーチェの視線の先を見やり、何かを発見したらしき表情をした。俺も同じくそちらへ目を向けるとーー教会からコソコソと出て行く一人の小男がいた。武装はしておらず、ローゼンの町民というには少し違和感のある修道服に似た服を着ている。


「あいつが黒幕だ!!」

「待て!!」


 アリーチェが叫ぶ。隣の騎士やその他周辺にいた騎士達が一斉にその男へ向かって走り出した。小男は慌てて逃げるが、大して足も速くなくあっけなく騎士達に捕まった。騎士達は教会の中を確認するが、他には誰もいないらしい。小男は無実だの何だのと必死に叫んでいる。


「これで……終わったんですか?」


「あぁ、あとはあの男を尋問、それに町民と和解して今回の任務は終了だ」


「はぁ……良かった」


「ユーリ、お疲れ様」


 アリーチェが微笑む。ようやく俺は緊張が解けた。こうして、俺の初めての戦は終わった。






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