第79話 ローゼンの内紛
首都ヴォルグランツ西方の町、ローゼン。首都からは馬をかけて一日半ほどだ。俺はアリーチェと、そして数十名の他の騎士達と共に早朝に出発し、翌日昼前にローゼンに到着した。
「……のどかなところですね」
「ま、田舎ってやつだね」
俺は自分とアリーチェの馬を繋ぎ場にとめながら話す。ローゼンは広大な平原に囲まれた小さな町で、人口は少ない。主な産業は羊の放牧だ。ガーデニングに力を入れている人が多いらしく、ゆったりとした敷地の中で色鮮やかな花を咲かせている民家がたくさん見かけられた。
「本当に、こんなところで内紛なんてあるんですか?」
こんなのどかな町で内紛があるだなんてとても思えない。
「でしょ? 私もそう思ったんだけど……もう少し奥に行くとその答えがあるはず」
アリーチェは前方を歩く騎士達の先を指差した。そこには大きな教会が見えた。
ローゼンの町並みは少し綺麗な田舎町、といった感じで特に荒れている訳ではない。ただ、ここに来てとても違和感があったのは町人が一人も外に出ていないことだった。人っ子一人いない。家の中にいる訳でもない。それがこの小洒落た田舎町をゴーストタウンみたく異様な雰囲気にしていた。そして消えた町の人々の居場所、それがあの教会だと言う。それを見て俺は、ローゼンに来るまでの道中のアリーチェとの会話を思い出すーー。
「今回の内紛の発端って何なんです?」
「うーん、何かローゼン上層部の一部の人間が色々とやらかしてくれてるみたいでね」
「色々と?」
「お告げが外れただの、王が町に何も恩恵を与えないのに税金ばっかり持っていくだのイチャモンをつけて、アリオストの役人をタコ殴りにしたみたいでね。で、税金も全く払わず国の要請も無視し、町の人皆を洗脳して武装させ騎士を追い出したらしい。和解を求めた国からの使者も皆殺されたらしいよ。で、今は更に他の町も巻き込んでクーデターを目論んでるとか」
「あちらの要求は?」
「王と神子をその地位から引きずり下ろすこと。あわよくば処刑」
「!? そんな過激な……」
処刑、だなんて恐ろしい単語が飛び出てきて身の毛がよだつ。
「そんな過激発言をする連中がどうやら上層部に介入しているらしい」
「!? 外部からの働きかけで内紛が起きてるってことですか?」
「さすがユーリ、理解が早いね。今回の件は、何者かがローゼン上層部を抱き込んで起こした内紛だ。それが何者かまでは我々は掴めていないが、ここまで簡単に事態を悪化させられるのだからかなりタチの悪い奴らだろう。もう武力行使に踏み切らなければならないラインまで来ている。こちらにも散々被害者が出てるからね。あ、もちろん向こうから仕掛けてきたらの話だけど」
「それじゃあ、その何者かの思惑通りじゃ」
「そうなるね。でも、これが騎士団長の判断だ」
「そんな……町の人達は悪くないのに」
「今町の人達はローゼンの中心部にある大きな教会に集まって引きこもってるらしい。どうやらこちらから話し合いを求めに行った先遣隊を突っぱねて、そこへ籠城したらしいよ。でもまだ武力衝突はしてないらしいから、教会の中できっと燻っているだろう。たとえ町の人が騙されて暴動を起こすのだとしても、我々はそれを制裁しなければならない」
「何とか……助けられないのでしょうか」
「もちろん、我々もできるだけ相手を傷つけぬ努力はするよ。でもユーリ、血を流さざるを得ない場面だってある」
「……」
「もし危険を感じたらちゃんと迎撃しなさい。そこに躊躇してはいけない。……でないと、殺されるよ」
「……はい」
「ま、私の後ろに隠れていればいい。今回は初めての任務なんだから」
ーー血を流さざるを得ない場面、そんなものを見ずに済みますように、と心の中で祈りながら俺は教会を見つめる。数十名の騎士の隊列が教会の少し手前で足を止め、先頭の騎士が教会の中へと状況確認をしに行く。教会の外には誰もいない。見張りすら立てていなかった。
俺達は先頭の騎士が戻るのをしばらく待つーーそんな間もなく、その騎士が教会入口で急に倒れる姿を目にした。
「!?」
その光景を後ろで眺めていた騎士達全員に戦慄が走る。倒れた騎士の周りがどんどん朱に染まっていく。
「何事だ!?」
一人が倒れた騎士の元へ駆け寄ろうとした。あと一歩で辿り着くその時、教会の入口から駆け寄る騎士に向けて一本の長い槍が突き出る。
「うわっ!!」
間一髪、騎士は槍に気づいて即座にかわし、飛び退いた。それを見て、後ろで待機している騎士達は一斉に剣を構える。
「ユーリ、来るよ。構えて」
「は、はい!」
アリーチェに言われ、遅れて俺も構える。あぁ、もう衝突は避けられないのか。
「くたばれ国の犬どもがああぁーー!!!」
野太い掛け声と共に、教会から武装した男達が出てきた。ローゼンの町民だろう。次々と教会から出てくる彼らは槍や剣、鍬などを武器に騎士達に攻撃してきた。
「止むを得まい。行くぞ!!」
騎士団のリーダーが声をあげる。周りの騎士達は皆おぉ! と声を出し、町民達を迎え撃ちに行った。俺もアリーチェの後ろについて駆け出す。
「くそ、何でこうなるんだ!!」
悪化の一途を辿る事態に文句を言いながら進む。俺達はなるべく騒動の中心である教会から離れた場所で戦い始めた。この位置取りはアリーチェの配慮だろう。
「ふざけんなあぁーー!」
「消えろ悪党どもめぇ!!」
「俺達に国を明け渡せー!」
暴言を吐きながら武器を振り回す町民達を、俺達は手加減しながら相手し気絶させていく。あくまでこの状況を作り上げた首謀者以外は丁重に扱おうという考えだ。
「さすがユーリ、初めてなのに物怖じしないとはな」
「結構怖いですよ。でも先輩達がいるから安心してます」
相手は訓練なんてしていない武器を持った一般人、対してこちらは普段から厳しい訓練を受けた騎士団である。この圧倒的な力の差が俺の恐怖心を薄くさせていた。数は町民の方が圧倒的な多いが、戦況は騎士団の方が優勢で次々と武装町民は倒れていった。これならすぐ戦闘は収まるだろう。
するとその時、爆発音が教会の方から聞こえた。
「!?」
周辺で戦っていた町民も騎士も皆、音の発生源の方を見る。そこには手榴弾を手にした目つきの悪い男が立っていた。不敵な笑みを浮かべるその顔は八重歯が目立ち、腕と胸、脛には甲冑を付けている。
「ヒャッハァーー!! かかってこいヤァ! 全員吹き飛ばしてやるヨォーー!!」
両手を振り上げながら狂気じみた叫び声を放つ男。明らかに武装した町民とは違う。
「あいつ一体……!?」
「おそらくローゼン上層部に働きかけをした連中の一人だろう。ユーリは離れて!」
教会付近で戦っていた騎士達が攻撃対象を手榴弾の男に移し、走る。町民を相手している時とは違い、今度の敵には容赦しないという表情をしていた。
「ハッハァ!!」
騎士達の剣先が男に届く直前、男は手榴弾を足元に勢いよく投げつけた。爆ぜる手榴弾の爆炎で、近づいた騎士達の体が吹き飛ぶ。
「なっ自爆!?」
吹き飛ばされ次々と倒れる騎士達。町民達は巻き込まれまいと周囲に散り散りになって逃げていく。そして爆煙が晴れると、そこにはーー無傷の男が立っていた。
「無傷か。やっかいな氣術を持っていそうだね」
アリーチェが眉をひそめて言う。確かに、あの爆発の中心にいたにもかかわらず何のダメージも受けていないのは異常だ。何かカラクリがあるのだろう。
「貴様、一体何者だ!?」
爆発を運良く避けることができた近くの騎士が叫ぶ。すると男はニヤリと笑って、
「ッハァ!! 俺様はネストール! ローゼンの皆様にお力添えする超強力助っ人だゼェ!! よく覚えとけエェ!!」
大声で自己紹介するネストール。その甲高い声は教会付近に響き渡った。