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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第6章 エルトゥールの末裔
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第78話 騎士への道

 俺がリアトリスの屋敷で暮らす様になってから六年が経った。俺もリアトリスも十四歳だ。リアトリスに助けられ完全に体の調子が戻ってからは、俺は日々武術と氣術の鍛錬に明け暮れていた。ほぼ自主練ではあったが、アリーチェが暇な時には稽古をつけてもらった。ロベルトも入れて三人で遊ぶことも多くなり、俺達の仲は深まっていった。


 俺とロベルトは九歳になった時、騎士見習いに志願した。神子リアトリスを護る騎士になるためだ。それにいつまでも養ってもらう訳にはいかない。騎士見習いになると王か貴族か神子の屋敷で働くことになるのだが、リアトリスの計らいで俺はこの屋敷に勤めさせてもらえた。ここなら俺の正体を知っているリアトリスとアリーチェがいるので、何かあってもフォローできるだろう、という思惑のためだ。仕事内容はひたすら雑用をこなすことだった。


 そして昨年から俺とロベルトは騎士見習いから一段昇格した従騎士となり、共にアリーチェの弟子として働いている。弟子として騎士の振る舞いや礼節、剣術等を学び、実力をつけると晴れて騎士になれるのだ。しかし今まで俺をユーリ様と呼んでいたアリーチェにとっては当初かなりやりにくかったらしい。最近は慣れて普通に主人と従騎士として接してくれているが。


 そんな感じで俺とロベルトは騎士への道を共に進んでおり、今は束の間の休憩時間を神子屋敷の中庭で過ごしている。


「ユーリよお、せっかくの休憩時間なんだから休んだらどうなんだよ?」


「なかなか鍛錬の時間取れないからさ。夜中にやってるとリアに怒られるし」


 俺は中庭で木刀を振る。自主練だ。自主練自体はたぶん五歳くらいからずっと続けている。騎士見習いになる前は早朝に行なっていたが、志願した後は早朝から仕事があるので隙間時間をみつけて鍛錬しているのだった。ちなみに夜遅くにやるとリアトリスに早く寝なさいと怒られる。


「お前鍛錬バカだよな」


「ふふ、ありがとう」


「褒めてねえよ!」


 オヤツがわりにパンを頬張りながらロベルトが突っ込む。いつもの平和な日常だ。


「ユーリ、ロベルト。休憩中ですのね」


 リアトリスが中庭に出てくる。十四歳になり成長したリアトリスは益々綺麗になっていた。紫色の長く伸ばした艶のある髪はハーフアップで纏められており、女性らしくなってきた体は白い神子装束に包まれている。常に護身用として氣術増幅器である大きな飾りのついた錫杖を携帯する様になっていた。


「おう。リアはサボりか?」


「ふふ、ちゃんとやるべきお仕事は終えました。神使と会う約束の時間までまだ少しあるので遊びにきましたの。ユーリは相変わらず休まずトレーニングですのね」


「夜やるとリアに怒られちゃうからね」


「あら、私はユーリのためを思って言ってますのに。休むのも大事なことですわよ?」


「リア、この脳筋野郎に何言っても無駄だぜ」


「誰が脳筋だ」


 リアトリスは脳筋の意味が分からないらしく首を傾げた。何気ない日常会話を楽しむ俺達。本来なら神子屋敷に仕える騎士として俺とロベルトはリアトリスに敬語を使わなければならないのだが、それは嫌だとリアトリスに拒否された。だが馴れ馴れしくタメ口で話していると他の騎士がいい顔をしないため、誰も見ていない時だけこうして気楽に話すことにしている。他の誰かがいる際は騎士と神子としてお互い接する様にしていたのだった。


「まぁ、その毎日の鍛錬がユーリの実力に繋がっているのでしょうけど……私は心配ですわ」


「大丈夫だよ、リア。今までずっとやってきて俺倒れたことないでしょ?」


「オレはあんまトレーニングして欲しくないけどな? そんだけ強いのにこれ以上強くなられたら追いつけねえよ」


 俺の武術の実力はアリオスト内にいる多くの従騎士の中でもトップクラスらしい。近々普通の従騎士より早めに戦デビューの話がくるかも、なんて噂が立っているくらいだ。俺としては正体がバレたら困るので、あまり目立ちたくは無いのだが。ちなみにロベルトの武術の実力は従騎士としては中の上くらいである。

 すると、リアトリスが至近距離まで近づいてきたので俺は木刀を振るのを止めた。リアトリスは俺の耳元で囁く。


「……目は大丈夫ですの?」


「うん、問題無いよ」


 俺の答えを聞いて満足そうにリアトリスは離れた。何を言ったのか聞き取れていないロベルトは不満そうな顔をする。

 先日、リアトリスの氣術によって青く染められていた瞳が紅くなったのだ。氣術を使うタイミングで色が元に戻ってしまう。どうやら氣術の効果が切れかけていたらしく、リアトリスに術をかけ直してもらった。再度氣術をかけてからは今のところ焔瞳にはなっていない。しかし、またある程度年数が経てば効果が薄れてくるだろう。


「なんだよ、オレに秘密でヒソヒソしやがって」


「うふふ、ちょっとロベルトにドッキリを仕掛けてみようかしらと」


「それ本人に言ったらダメなやつだよな!? てかそんな相談してたのか!?」


「楽しみにしててね」


「ざっけんな脳筋!!」


「だから誰が脳筋だ!!」


 適当にロベルトのヤキモチをあしらっていると、アリーチェが中庭に面した廊下から叫んだ。


「ユーリ! ちょっと来なさい!」


 走ってきたのか息を切らして俺を呼ぶアリーチェ。少し焦った様な表情でこちらを見ている……俺何かマズイことしたかな。レオンとの図書館事件以降は盛大にハメを外す様な振る舞いはしない様に気をつけてきたが、ちょこちょこ可愛い悪戯くらいは行っている。よって、怒られることに思い当たる節は……いくつもあった。思わず俺はロベルトと顔を見合わせる。


「は、はい!」


 返事をし、アリーチェの元へ駆け寄る。


「何でしょうか?」


「ユーリ。君には私と共に戦に来てもらう」


「!」


「明日の朝出発するから、準備しておく様に。これは騎士団長からの命令だ。少し騎士のデビュー戦としては時期が早いが、ユーリなら大丈夫だろう」


「騎士団長が……?」


「ユーリの実力についての情報が騎士団の上層部にも流れている様でね。今の情勢が情勢だから、強い人間は積極的に起用していきたいらしい」


「そうですか……」


「大丈夫、ユーリの正体がバレない様私も気をつけるから」


 今も、俺の正体を知っているのはリアトリスとアリーチェのみだ。ロベルトは知らない。


「わかりました」


 俺は迷いなく受け入れる。本来俺は、神子になるよりもそうした最前線で戦うことを希望していた。願ったり叶ったりじゃないか。


「よし、じゃあしっかり準備しておきなさい。でもあまり気負わなくていい、私の後ろで見ていれば良いよ。初めてなんだから」


「は、はい」


 アリーチェはそう言い、笑顔で俺の頭をクシャクシャと撫でた後執務室へと戻って行った。アリーチェを見送り後ろを振り向くと、リアトリスとロベルトが不思議そうにこちらを見ている。俺は彼女達の方へ駆け戻った。


「何だった? お説教には見えなかったけど」


「うん、明日俺戦に行くんだって」


「え!?」

「なっ!?」


 リアトリスとロベルトが目を見開き驚く。リアトリスは不安げな表情に、ロベルトは焦った様な表情になった。


「マジかよー、ユーリいいなぁ。もうデビューすんのか」


「良くありませんわ! 大丈夫ですの? いつかこんな日が来るとは分かっていましたが……やっぱり戦に行くだなんて危険ですわ」


「大丈夫だよ。リアを、アリオストを護るために俺は騎士として戦うことを選んだんだから。無事にちゃんと帰ってくるから心配しないで」


「ユーリ、でも……」


「ちょっとデビューが早くなっただけだよ。大丈夫、俺まぁまぁ強いし」


「オレはいなくなってくれた方がせいせいするけどな」


「ロベルトの独壇場にさせないためにもちゃんと戻ってくるよ」


「けっ」


「……そうですわね。はい、お気をつけて。取り乱してすみませんでしたわ。私も国を護る神子です。わきまえなければいけませんわね」


 リアトリスは深呼吸し、そして凛とした目で俺を見た。


「ユーリ、頑張ってください」


「あぁ、ありがとう」



 こうして俺は、生まれて初めて戦に参加することになった。



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



 その日の夜、俺は自室のベッドに寝転がりぼーっとしていた。寝付けない。無意識に神子の唄を口ずさむ。特に歌詞は無く、ただのメロディだけであるが。


「あら、また唄っていましたのね」


「おわ!?」


 突然リアトリスの声がして驚き、ベッドから起き上がる。リアトリスが部屋の入口付近に立っていた。ビックリしている俺を見て少し笑い、こちらに歩いてくる。


「不思議ですわよね。違う国の神子なのになぜか同じ唄が代々伝わっているなんて」


「そうだね。リアがこれ唄ってるの初めて聞いたときはビックリしたよ」


「それにしても、まだ起きていましたのね。ユーリ」


「あーうん、ちょっと寝付けなくて」


「初めて戦に出るのですものね……」


 リアトリスは少し俯き何かを考えている。

 俺が明日行くのは小さな内紛が起きている首都西方の街だ。それを穏便におさめるのが目的だが、アリーチェが戦、と言ったことから恐らくもはや戦闘は避けられない状態なのだろう。アリオストは神子のお告げのお陰で長い間平和であったのだが、ここ最近はなぜか隣国からの戦闘による干渉や内紛が多発している。決して王の政治手腕が無いわけでも、神子のお告げが機能していないわけでもない。急に情勢が悪化しだしたのだ。内紛の理由も王家や神子へのイチャモンが殆どで、騎士達は手を焼いている。


「うん。でも何か戦う相手が同じ国の人間っていうのが嫌だな。どうして最近こんなことばっかり起きるんだろ」


「分かりませんわ。私も最善を尽くしているつもりなのですが」


「あ、別にリアを責めてるわけじゃないからね」


「えぇ、分かっています。……ユーリ、それについて気になる話があるのです」


「気になる話?」


 リアトリスが真剣な目で俺を見た。何か、大事なことを話す時の目だ。


「はい。これは噂なのですが……今、世界各地でこの様な『異変』が起きているらしいのです」


「異変?」


「お告げには無かった自然災害が起きたり、内政の良好だった国がいきなり傾いたり、戦争が起きたりしています。これらの厄災の原因はどれも分かりません」


「そんなことが……。その異変が今アリオストでも起きてるってこと?」


「かもしれません。そしてユーリ、もしかしたらあなたの一族が滅んだのも、異変によるものなのかもしれません」


「!!」


 俺は背筋が凍る。騎士見習いになってから、俺は様々な手段でエルトゥールを滅ぼした仮面の男の情報を集めようとした。しかし、全く手掛かりを得ることはできなかった。なぜエルトゥールが滅ぼされローウェンスとバルストリアが統合されたのか、なぜ無実の罪で俺が指名手配されなければならなかったのか、未だに分からないままだった。諦めかけていた。もう記憶に蓋をした方がいいのかと思っていた。それが、リアトリスの口から可能性が語られたことで再びあの日の記憶が鮮明に脳裏に浮かぶ。


「まさか……でも確かに、それまで父さんの政治は安定していたし、いきなり健全だった神子一族の改革が起こるなんて不自然だ」


「あくまでこれは私の予想です。ですが、明日は念のため用心してくださいませ。もしあなたを苦しめたのが『異変』であり、今アリオストで起きているのも『異変』であれば、ユーリに何かしらの干渉があるかもしれませんので」


「……うん、気をつけるよ」


「どうか、無事に帰ってきてくださいませ」


 そう言って、リアトリスは俺を抱きしめた。俺も彼女を抱きしめる。



 翌日早朝、俺は西方の街へと出発した。憧れの騎士として働ける高揚感と、戦への不安、そして異変への憂患を抱えて。







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